表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/136

魔王城 冬支度と幸せの味

 少しずつ――けれど確実に冷えていく空気に、思わず身震いした。

 秋はゆっくりと深まりを見せ、もう少しすれば冬が来る。


 『私』にとって、初めての冬だ。


 その前に、できる限りの準備を進めておかないと――。


「エリセ、あんまり混ぜすぎないように気を付けて」

「はーい」


 いい返事をしながら、エリセは鍋の中の肉をまた混ぜ始める。

 ざっくりと切るように。木べらでゆっくり、丁寧に。


「エリセはソーセージって食べたことあったっけ?」

「う~ん、マリカ姉が作ってくれてなければ、ないと思う」

「そっか、そうだよね…」


 私は頷き、それから少し考えて――。


「ねえ、エリセ?」


 そっと耳元で囁く。


「上手く出来たら、最初の一本、一緒に味見しようね」

「いいの?」

「うん。だってエリセ、いつも頑張ってくれてるもの」

「ありがとう! ふふ、楽しみだなあ~」


 味見は料理人の役得。

 それぐらいのご褒美は、あってもいい。


 楽しそうで、嬉しそうなエリセを見ていると、

 私も『異世界ソーセージ』の味が楽しみになってきた。


 迫る冬に備え、私達は相変わらず食料の貯蔵に励む日々を送っている。


 中世に限らず、冬支度とはつまり

 食糧貯蔵と燃料集め だ。


 本来なら――私達は冬支度など必要ない。

 この世界では人は食べなくても死なないし、魔王城は冷暖房完備。

 童話の『遊び暮らす虫』よろしく、適当に暮らしていても生きてはいける。


 けれど、ここに重要な事実がある。


 『私』がこの異世界に転生してきて、約三ヶ月。

 みんなで試行錯誤しながら毎日食事をしてきた結果――


 私は約5センチも身長が伸びた。


 ここに来る前の状態が悪すぎて単純な比較は難しいけれど、

 当初は小学校一年生くらいにしか見えなかった私が、

 今では二年生、もしくは小柄な三年生と言っても疑われない程度の体格になっている。


 最年少のジャックとリュウも足腰がしっかりして、走り回るほど元気に。

 最年長のリオンとフェイに至っては、別人のように背が伸び、体つきも逞しくなった。

 リオンなんて、とうとうエルフィリーネの背を追い越してしまった。


 ――やっぱり、身体作りには食事が欠かせない。


 それに、冬の間屋内に閉じこもるのに、

 『食事』という楽しみがないなんて……私自身が耐えられない。


 だから私は決めた。


 冬の食卓を豊かにするため、持てる知識を全部使おう。


 リオンとフェイは毎日のように狩りへ出かけ、必ず獲物を持ち帰ってくれる。

 冷蔵庫保存分もあるけれど、ただ保存するだけでは飽きがくる。

 加工して、食の楽しみを増やすことも重要だ。


 今作っているのは――ソーセージ。


 ひき肉に玉ねぎ、塩、卵黄を加えてよく混ぜ、

 洗い上げた“『豚ならぬイノシシ』の腸に詰めていく。

 香辛料を入れればもっと美味しくなるけれど、今は手持ちが少ないので我慢。


 最初は腸詰めがうまくいかず苦労したけれど、

 口金を作ってからはずいぶん楽になった。


「わあ、太いねえ。リオン兄の指より太い」


 ぎゅうぎゅうに詰め、強い糸で結ぶ。

 イノシシの腸は太くて、見た目はほとんどフランクフルトだ。


 茹で上がった一本を、約束通りエリセと半分こ。


 ナイフを入れると――


 パキッ

 と心地よい音がして、肉汁が弾け飛んだ。

 指でつまんで口へ運ぶ。


「うん、まあまあかな?」


 噛めば、じゅわっと旨味が広がる。


「ふわわあ~」

「エリセ?」

「マリカ姉、これ、おいしい!!」

「そう?」

「お口の中にね、お肉のおいしい味が、あふれるの。

 やわらかくて、ふんわり、とろっ……って」


 私には香辛料不足で少し物足りないけれど、

 エリセはほっぺが落ちそうな顔で幸せに頬を押さえる。


 ――ソーセージは、やっぱり子どもの大好きな味。


 ふむ、と私は考える。

 これがこんなに喜ばれるなら、『アレ』を作ったら――どんな顔をするだろう?


 ひふ、み、と指を折る。


 秋は深まっているけれど、雪はまだすぐではない。

 材料はある。香辛料不足は……まあ、なんとかしよう。


 私は冷蔵庫からイノシシの肉を抱えて戻る。


「エリセ。ソーセージは今日の夕ご飯ね。お皿、準備お願い」

「いいけど…何してるの? マリカ姉?」

「ないしょ。できてからのお楽しみ」


 ――その日の夕方。

 茹でたてソーセージは案の定、大好評だった。


 一人二本と決めていたのに、「もっと!」と取り合いが起こるほど。


「お肉をこんな風に加工できるなんて、思ってもみませんでしたよ」

「イノシシの腸で、こんなことを思いつくとは…。

 ……もっと狩ってくるか」


 フェイとリオンの皿の減りが尋常じゃない。

 わかりやすいなぁ。


「二人にお願いがあるんだけれど…」


 私は彼らの皿へ、そっとソーセージを追加する。


「あー! ずるい! リオン兄とフェイ兄ばっかり!!」


 素早くフォークを突き出すアーサー。

 ――だが、カチン。皿を叩いただけ。

 空振り。

 さすがリオン。こういうときの反射神経、すごい。


「なんだ?」

「セフィーレの木の枝を取ってきてほしいの」

「幹ではなく枝で? それなら簡単ですが、用途は?」

「スモークチップを作ろうと思って」

「? スモークとは?」

「説明するより、見せた方が早いかな。

 上手くいったら――ソーセージより『もっとおいしい』お肉をごちそうするから」


「わかった」「わかりました」


 即答。頼もしすぎる。


 私は必要な材料を頭の中で数え始めた。



 ――日本で『真理香』だった頃。


 父の趣味で、よくキャンプに行った。

 普段の料理は母の担当だったけれど、


 バーベキューと燻製作りだけは、絶対に父の領分だった。


 手作りの木製スモーカーまで作ってしまうほどの凝り性。

 そして、それで作る燻製は本当にどれも美味しかった。


 特に――ベーコン。


 飴色に輝く肉の塊。

 ナイフを入れると、目が覚めるような薄桃色が姿を現し、


『本当は少し寝かせてから食べるんだぞ』


 そう言いながら、炙った端を私にくれた。

 あの時の感動は、今もずっと胸に残っている。


 だから、スーパーの薄切りベーコンが耐えられなかった私は、

 独り暮らしを始めてからも父にせがみ続けた。

 思い出すと、自然と口元が緩んだ。


「確か、あの時のスモーカーはこんな感じ…」


 ロッカーを作った時と同じ要領で木の箱を組み、

 網を置く段差と棒を通す穴を開ける。


 父のハンマーの音が、耳の奥で蘇る。


 お肉に塩と香辛料をたっぷり揉み込み、冷暗所で一週間。

 水分が抜けたら水につけて塩抜きし、風に当てて乾燥。


 リオン達が取ってきた木の枝を細かく削り、チップに。

 桜やリンゴの木が良いと聞いたことがある。

 木の香りが肉へ染みるのだ。


 古い鉄鍋でチップを燻し、

 油受けの皿と共に肉を吊るし、スモーカーの蓋を閉める。


 城内では無理なので中庭で開始。


 ほどなく、香ばしい煙が広がりはじめ――


「何の匂いだ?」

「いーにおい…」


 匂いは胃袋を直接叩く魔法だ。

 気づけば、全員集合。


「そろそろいいかな?」


 みんなの期待を背負い、蓋を開ける。


「おーー!」


 飴色に輝く肉塊に、目が輝く子ども達。


「本当は一日寝かせたいんだけど…」


 無理だと一番わかっているのは私だ。

 ナイフを入れる。

 綺麗なピンク色。


 ――よかった。

 一応、成功。

 切り落とした端を火で炙ると、じわじわと肉汁が滲み出した。


「どうぞ」


 小さく切って配ると――

 瞬間消滅。


 驚いた顔。

 丸い目。

 押さえられた口元。


「すごい!」

「美味い!」

「おいしい!!」


 ――みんな、昔の私と同じ顔をしていた。


 まだ完璧ではない。

 少し酸味も臭みも残っている。

 父の教えは正しい。


 でも――


 今、この瞬間に食べる感動は、この時だけの味だ。

 そう思った。


 そして熟成完了後のベーコンで作ったベーコンパンケーキ。

 結果は言うまでもなく――


「マリカ姉! いっしょうけんめい、はたけのおせわするから、もっとパンケーキつくって!!」


 涙目のヨハンに、全員が全力同意するほどの大成功。


 スモーカーも完成し、試運転も成功。

 これから、いろいろ作れる。


 燻製温玉……みんな、どんな顔をするかな?


 笑顔。

 幸せな時間。

 そして、美味しいベーコン。


 私はその一つひとつを噛みしめる。


 これは――父からの贈り物なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ