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王都 閑話 孤児院長視点 皇国の未来

 あたしは、リタ。

 ゲシュマック商会、いや今は皇王家が後見する孤児院兼託児所を任せて貰っている。

 ここを開いたマリカ皇女曰く『ホイクショ』なのだそうけれど。

 要するは身寄りのない子どもを保護し、仕事で親が一緒にいられない子どもを、親の仕事が終わるまで預かる場所だ。


 冬が終わるまでここにいる子どもは身寄りのない元奴隷の子ども四人と、父親が仕事で一緒にいられなくてここに預けられている子ども二人の計六人だった。

 それをあたしと、もう一人カリテの二人で見ていた。

 ところが新年になってから子どもが二人、大人が二人増えたのだ。


「リタさん! 大変です! 門の前に子どもが捨てられて…!」

「なんだって!?」


 門の前に置き去りにされていた子どもを見つけたのは木の一月も終わりに近づいた朝方の事だった。

 まだ春先、朝夕は冷え込むというのに置き去りにされていた子どもは多分、生後二ヶ月…三ヶ月にはなっていないと思う。

 あたしもこう見えて何人もの子どもを育て上げた経験がある。

 500年以上前のことではあるけどね。

 そのくらいの見分けは着くつもりさ。


 男の子だった。まだ歯も殆ど生えてない。

 勿論立つ事も出来ない。

 いい布に身を包まれて、比較的清潔にしているけれどこのまま放置しておくことはできない。

 そう確信した。


「カリテ! 厨房から牛乳を貰ってきておくれ。

 あ、裏庭のヤギからの方がいいかも」

「解りました」


 カリテが踵を返す足音を聞きながら、あたしは赤ん坊の顔を覗き込んだ。鼻先が少し赤い。泣き声は弱く、それでも息はしている。

 指先で頬に触れると、冷たい。背筋にひやりとしたものが走った。

 助ける。助けるしかない。ここはそういう場所なんだから。


 この孤児院には親子のヤギが飼われている。

 マリカ皇女が子ども達の「ジョウチョキョウイク」とやらの為、とか言って連れて来たのだ。

 エサやりや、掃除はできるだけ子ども達に任せるように言われている。


「大事に育てればミルクも飲めますよ」


 と言ってたけど、まさかこういう状況を予想してたんじゃないだろうね? あの子は。

 幸い、新生児という訳でもなく首も座っているけれど、放っておいたら色々な意味で危ない。

 部屋に入れ、お湯で身体を温め、子ども用に用意されていた服の着替え――その上衣を着せる。

 布越しに伝わる小さな心臓の鼓動が、頼りなく、それでも確かに打っているのが分かる。


 そしてヤギのミルクを人肌に温めて布に含ませ口元に運んでやれば、小さな身体は全力でそれを吸い始めた。


「おー、頑張って飲んでますね」

「これなら大丈夫かね。生きたいって気力がある」


 あたしたちはとりあえずホッと胸をなでおろした。

 孤児院で子どもを死なせた、なんてことになったらあの子がどんなに悲しむだろう。

 それだけじゃない。ここを頼って来た『最後の一歩』を、踏みにじることになる。そんな真似、出来るものか。


「この子もアレですかね。

 望まない子を宿し、なんとか産んでここまで見たけど育てられなかった、っていうのでしょうか?」

「多分ね。その辺に放置せず、孤児院まで連れて来てくれただけでも上出来さね。

 死なせたくない、って母心がまだ残っててくれたんだと思うよ」

「そうですね。今、この国、というかこの世界で子どもが一番安全に育つ可能性が高いのはここでしょうからね~」


 ミルクを飲み終えるとその子は、とろとろと目を閉じかけていた。

 軽く目元を撫でてやると直ぐにすやすやと規則正しい呼吸で眠り始める。

 逞しい、強い子だと思う。

 どんな状況でも食べて、寝る事ができる子は生き延びられる確率が高まる。

 その寝顔を見ていると、胸の奥がじん、と熱くなる。小さすぎる命が、こんな寒い朝に、たった一人で置かれていた事実が腹立たしい。


「でもどうしましょうか?

 捨ててった、ってことは親が戻ってきてくれることを期待するのは無理ですよね」

「孤児院で育てるしかないだろ? その為の孤児院なんだから」

「ええ、解ってます。起きたら子ども達に話して、あとはゲシュマック商会にも報告、ですね」

「あの子はまだ旅行中で戻ってこないけど、店主に話が届けば色々と手配してくれる筈さ」


 口ではそう言いながら、あたしは眠る赤ん坊の背にそっと手を当てた。

 温かい。さっきよりずっと。

 それだけで、救われる気がした。


 思った通り、翌日、朝一でゲシュマック商会に捨て子について連絡すれば、程なく女の子が一人色々な荷物をもって手伝いに来てくれた。


「リタさん、カリテさん。お久しぶりです」

「おや、アイシャじゃないか。あんたが手伝いに来てくれたのかい?」

「ええ。暫くこちらにお世話になってもいいですか?

 泊まり込みで」

「歓迎しますよ。部屋の準備、しておきますね」

「助かります。また前の男が周囲をうろちょろし始めてですね。

 店に迷惑をかけそうだったので、困ってたんです」


 アイシャの声は明るく見える。けれど、その言葉の端には疲れがにじんでいた。

 『また』という一言が、長い厄介さを物語っている。


 女の子、と言ってもアイシャはれっきとした成人の不老不死者だ。

 真面目な子なのに若くて可愛い外見をしているので言い寄る男が多く、困っていた所をガルフの店に拾われたと聞いている。

 不老不死世界で、手に職を持たない女が働ける場はそう多くは無い。

 大抵は男と共に生きていくしかないから悪い男にひっかかると大変なのだ。

 あたしも身に染みて解っている。

 だからこそ、ここに来た理由が『仕事』だけじゃないのは、よく分かる。


「ああ、この子が捨てられてたって子ですか?

 ちっちゃくて可愛い子じゃありませんか?」


 抱き上げてスリスリとほっぺを寄せるアイシャ。

 赤ん坊は一瞬むずがったが、抱き方が上手いのか、すぐ落ち着いた。

 マリカ皇女が次の『ホイクシ』候補とやらに見込んでいただけあって、子ども好きであるらしい。


「とりあえず、この子の事はお任せを。お二人はいつものように子ども達の方をお願いします。

 ガルフ様は、ライオット皇子に報告してマリカ様が戻り次第受け入れの手続きをするそうです」

「ありがと。頼んだよ」


 あたしは頷いて、子ども達のいる部屋へ向かった。

 廊下には、朝の匂いがする。洗い立ての布と、湯気と、少しだけ焦げたパン。

 この匂いを当たり前にするのが、あたし達の仕事だ。


「どうしたの?」

「ああ、新しい子が来たんだよ。

 この家で皆と一緒に暮らす、新しい家族。行ってみれば兄弟、だね」

「きょーだい?」

「そう。アレクとアーサーや、プリエラとクレイス。後はあんた達みたいな。だよ」

「きょーだい!」


 ルスティはちょっと首を傾げているがサニーは、嬉しそうに手を上げている。

 小さい二人はまだよく解っていないようだが、新しい家族が来たことを素直に喜んでいるようだ。

 一方で、大きな二人、マーテとシャンスの表情には不安げなものも見える。

 その目が、ほんの少しだけ揺れる。期待と怖さが一緒くたになった色だ。

 無理もない。奪い合うしかない環境で生きてきた子が、『増える』ことを素直に喜べるとは限らない。


「仲良くしてやっておくれ。あの小さな子にとってはあんた達がアレクやアーサー、リオン達やアルみたいに頼りにする兄になるんだからね」

「あー」「うん」


 自分達が『兄』になるとかピンと来ないのだろう。

 奴隷として酷い目に合されて来たせいで、今いる四人については互いに助け合う仲間や家族、というよりライバル意識が強いように感じる。

 新しい赤ん坊に興味深々だった孤児院の子ども達だけれど、託児所の子ども達と違う『新しい兄弟』を迎えるのは初めてだから色々と不安になるかもしれない。

 よく様子を見てやることが必要になりそうだった。

 皇女曰く『フォロー』だったっけ?

 言葉はまだ馴染まないが、やることは分かる。

 目を離さない。声を掛ける。気持ちを拾う。


 目が覚めた子どもは周囲の環境の変化に気付いたのか、暫くジタバタと手を動かす事もあったけれど、後は素直に飲んで寝てを繰り返している。

 とりあえず命の危険は無さそうだと、一安心し、日常を取り戻し始めた頃だ。

『二人目』が訪れたのは。


 それは、やはり明け方のこと、だった。

 多分夜は安全の為に扉が施錠されているから、だね。

 あたしが朝、外の安全確認に出た時だ。

 空気が冷たく、息が白い。門の蝶番まで凍りつきそうな静けさの中で――声がした。


「お願いします…。助けて下さい…」

「あんたは?」


 門の外に寒さに震える女がいるのを見つけたのは。


「あんたは、一体?」

「夫に追われているんです。ダメならせめて、この子だけでも…」


 女は薄着で、着の身着のまま、しかもまだ冷え込むというのに裸足だった。

 お世辞にも整っていると言えない服装の女が指し出したのは服に幾重にも包まれた赤ん坊。

 自分の上着もこの女はこの子に巻いてやっていたのだと気付いた時、胸の奥がきり、と痛んだ。

 この女は、自分の体温を削ってでも子を守ろうとしたんだ。


「とりあえず、中にお入り。早く!」


 あたしは迷わず孤児院の中に入れていた。

 周囲を伺い、人気が無い事を確認して開けるつもりだった表門の鍵をもう一度閉める。

 通いの職員連中は鍵を持っているから大丈夫の筈だ。

 それでも、背中がぞわりとする。追って来る『夫』が、今この角を曲がって現れたら――そう考えるだけで、歯が鳴りそうになる。


 震える女を食堂に入れて、あたしは白湯を沸かしてやった。

 湯気が立ちのぼるのを見て、女の肩がほんの少しだけ落ち着いた気がした。

 火と湯は、それだけで人を救う。


「ほら、まずはこれでも飲んで温まりな…」

「ありがとう…ございます」


 まだ子ども達は起きだしてこないけれど、カリテはざわつく様子に気付いて起きてきたようだ。


「どうしたんです? リタさん。

 こんな朝早くから」

「この人がさ、子どもを抱いて駆け込んで来たんだよ」

「えっ?」


 怯えた顔をした女をカリテも見つめる。

 年の頃は二十代前半から後半。

 茶色い髪は艶なく乱れていて、同じ色合いの瞳も黒い隈がくっきりと浮かんで落ち窪んでいる。

 素材は十分に良い、ちゃんとした身なりで立っていれば目を引く美人なのに疲れ切った様子は、哀れに見えた。

 テーブルの上に置かれた赤ん坊は、多分、生後まだ数日。

 この間拾われた子よりもさらに小さい。

 小さすぎて、まるで『息をしている』こと自体が奇跡みたいに見える。


「事情を聞かせて貰えるかい。

 悪い様にはしないから…さ」

「はい…私はローラと申します。不老不死者で夫と暮らしていましたが、最近子どもを孕み…その後から夫の態度が豹変したのです。

 優しい、という程ではありませんが、普通に接していてくれていたのが、子どもが腹に入って身体を合わせられなくなった事でイラつき、子を流せ、と乱暴をするようになりました」


 声は震えているのに、言葉ははっきりしている。

 吐き出さないと、自分が壊れる。そんな勢いだった。


 勿論、流す事も考えたが術で流す堕胎には最低でも銀貨の支払いが必要になる。

 裕福ではない彼らにはそんな余裕は無く、結局産むしか無くなっていた。

 あたしはそこで一度息を吐いた。

 銀貨が命の値札になる。そんな世界を、あたし達は当たり前のように生きてきた。

 けれど今は、変えようとしている。変わり始めている。

 だからローラはここに来た。


「誰の助けも無く、夫の留守に一人で出産しました。

 死にそうな苦痛の中、それでも生まれて来た我が子に私は愛着を持ったのですが夫は捨てろ、売れと…。

 挙句の果てに奴隷商人に売る手筈を付けて来たからという始末」


 その言葉を聞いた瞬間、カリテの口元がきゅっと固くなる。

 あたしも同じだった。怒りは、熱になる前に冷たい刃みたいに胸に刺さる。


 女の子なので育てればそれなりの元が取れるから値が付いたと、我が子を取り上げた夫が眠っている隙をついて子どもと共に家を抜け出したと女、ローラは言う。

 抜け出す、って簡単に言うけどね。

 怖かっただろう。足は冷たかっただろう。何度も振り返っただろう。

 それでも来た。ここに。


「けれど行く当ても無くて、どうしようかと思っていた時、噂を聞きました。

 今年から、子どもを国が保護する法律ができた。と。

 ゲシュマック商会の孤児院に預ければ、子どもは守られ育てて貰えると…。

 どうかお願いです。この子を預かって下さい」

「それは勿論構わないんだけど…ね」


 別に子どもを預かることに異議異論はない。

 ここは孤児院だ。親が育てられない子どもを引き取り守ることが役割。

 けれど…。

 あたしの目は、どうしてもローラの手元を追う。

 子を差し出す時の指が、ぎゅっと震えていた。差し出しているのに、放したくない。

 その矛盾が、胸を締めつける。


「あんたはどうするんだい? 行く当てはあるのかい?」


 あたしは目の前にいる女、母親を見やる。

 女はぎゅっと、手を強く握り無言。

 その様子は覚悟を決めているようにあたしには思えた。

 覚悟ってのは、時に人を黙らせる。

 泣くより先に、言葉より先に、喉を固くする。


「乱暴をはたらく旦那さんのところに戻るつもりですか?」

「戻りたいのかい?」

「戻りたくはありませんが…他に…行く場所はありませんから…」


 女は諦めた様に呟く。

 その『諦め』は、弱さじゃない。

 この世界で、女が生き延びるために何度も飲み込んできた現実だ。


 不老不死社会。

 実際の家族関係ですら希薄になっている。

 あたしの子ども達も不仲でこそないけれどそれぞれに独立して、もう何百年と会ってはいない。

 まして長い間男と共に生きて来た、というのであれば頼れる家族などはいないと見ていい。

 頼れる者がいないから、行く場所がないから、無体を働く男と一緒にいるしかなかった、という女はゲシュマック商会にもたくさんいる。

 家を飛び出し、路地に逃げても手に職を持たない女にできることは結局形を変えても同じだからだ。

 逃げても、逃げても、また同じ場所に戻される。

 その輪を断ち切る手が今ここにあるなら、伸ばさない理由はない。


「売る予定だった子どもを捨てて来たと知れれば、戻っても余計に酷い目に遭わされると思いますよ」

「ではどうすれば! 私は僅かな家事以外にとりえやできる事など何も…」

「じゃあ、ここで働かないかい?」

「え?」


 驚く女にあたしは労働条件を提示する。

 言葉は淡々と。けれど腹の底は決まっていた。

 『助けてくれ』と言われた時点で、あたしはもう門を閉めたのだ。追い返すためじゃない。守るために。


「ここには今、五人の子どもがいる。

 一人はつい最近拾われた乳飲み子でね。今はヤギの乳で育てているけど、母乳を与えてやりたい。

 我が子と一緒にここの子どもに乳をやって、掃除とかを手伝ってくれたら週に少額銀貨一枚支払おうじゃないか。

 勿論、住む場所はここの孤児院に一室、子どもと一緒に暮らせる部屋を用意する」


 院長権限としてこれくらいは許されている範囲だと思う。

 むしろ乳飲み子と母親をこの寒空に追い出したりしたら皇女に怒られるってもんだ。

 ――いや、怒られるだけじゃない。あの子は泣く。

 そういう涙を、あたしはもう見たくない。


「少額銀貨…って本気ですか?」

「安いかい? ここの孤児院は皇王家の息がかかってるからね。皆週で少額銀貨二枚以上は貰ってるんだ。

 あんたの一枚分は住居費代わりに引かせて貰うけれど、その代り衣食住と安全は保障するよ」

「や、安いなんてとんでもない。ですが、私のような取りえのない女にそのような…」

「母親、っていうのは孤児院では十分な技術職ですよ~。おっぱいをあげるのも私達にはまねごとしかできませんからねえ~」


 弱気になる女にカリテが畳みかけてくれる。

 流石、結構な時間一緒に仕事をしてきた相棒だ。タイミングもバッチリ。

 カリテの声は軽いのに、ちゃんと『肯定』が入っている。

 それがローラの肩を、ほんの少しだけほどく。


「出産したばかりで、まだアンタも赤ん坊も落ちつかないだろ?

 とりあえずはゆっくり身体を休めつつ授乳だけしてくればいいさ。

 体調が整ったら調理や掃除、子どもの世話とかを手伝ってくれるとありがたいねえ」

「でも…それじゃあ、あんまりにも…」

「いいんだよ。あんたはこれまで十分に頑張ってきたんだからね。ローラ」

「え?」


 あたしは女、いやローラの肩を抱きしめて背中を叩いてやった。

 痩せた肩が、骨ばっている。

 『頑張った』の中身が、骨の形にまで出ているみたいで、胸が痛む。


「今まで大変だったね。

 辛かっただろう?

 あんたは一人で頑張り、子を産んだ。それはとっても偉い事だ。誇っていい。

 カリテが言った通り、母親ってのはそれだけで立派な技術職なのさ」

「あ…ありがとうございます…。私、そんな事…言われたの初めてで…」


 ぽんぽんと、軽く背を叩いてやると、あたしの胸に顔を当てたままローラは泣きじゃくる。

 泣き声は抑えようとしているのに、抑えきれない。

 それが余計に、これまでの孤独を語っていた。

 孤児院の子ども達にやってやるのと同じように、同じ思いであたしはそれを受け止めた。

 泣かせてやる。ここでは泣いていい。

 泣いた後に、息がしやすくなるのを、あたしは知っている。


 ふと、あの小さな皇女の顔がぽわんと頭に浮かぶ。


『子どもも、大人もそうですけど、できるだけ気持ちを受け止めて、認めてあげて下さい。

 自分の思い、考え、気持ちを理解してくれると思える相手には人は心を許すものですから。

 その上で、悪い事ややってはいけないことをしたら、しっかりと注意をしないといけないと時もありますけど』


 孤児院を預かる前に『ホイクシ』の心得だ、と皇女が繰り返し言っていた事だ。


 相手の気持ちを受け止め、努力や思いを認め共感する。

 それは確かに効果があることだと、孤児院で子ども達と接するようになって理解した。

 大人であっても子どもであっても、人格を持つ人間であるならそれは大事な事なのだ。

 上から目線で命令しても言葉は相手に届かない。

 視線を合わせ、心を合わせて相手の立場に立つ事が大事なのだと。


(あんなちっこいのにどうして、あそこまで人の気持ちを考えられるのかね?)


 くすっ、と小さくあたしが笑った事に気付いたのだろう。

 胸元からあたしを見上げるローラに何でもない、と首を横に振った。

 ただ、少しだけ――未来の匂いがしたんだ。

 変わるかもしれないっていう、希望の匂いが。


「とにかく、まだ早いから今日はゆっくりお休み。空き部屋を貸してやるから。

 返事は明日にでも良く考えて聞かせておくれ」

「いいえ、明日まで待つ必要もありません。

 どうか、よろしくお願いします」

「解った。あたしはリタ。こっちはカリテ。この孤児院を皇王家から預かっている者だ。

 あたしらがあんたと娘のことは責任をもって守るからね」

「宜しくお願いしますねー。余裕が出来たら他の子達とも仲良くしてやって下さい」


 勝手な差配を~と怒られるかとちょびっと思ったんだけれど、ゲシュマック商会経由で上がった報告の返答になんと第三皇子妃自らやってきて、


「正しい判断でした。

 マリカが見込み、選んだ貴女達は素晴らしい『保育士』です」

 と褒めてくれたことには驚いた。


 そしてローラは双子を産んだばかりの第三皇子妃に、その苦労を労われ、皇女が成長して使わなくなったという服まで譲られ感涙する事になる。

 孤児院は今年、皇女のたっての頼みで第三皇子妃が監督する事になるのだそうだ。


「子ども達と母親の保護を、どうぞよろしくお願いします。

 現場に立つ貴方達の判断が、この国の未来を担う子ども達とその母親を救う事になるのです」


 そう言われ、第三皇子妃直々に手を握られた時には、気が引き締まる思いになった。

 手の温かさが、まるで『責任』そのものみたいでね。

 重いのに、嫌じゃない。

 むしろ、やっと手に入れた重さだった。


『子どもはこの国の未来』


 そう。

 いつの間にか忘れていたけれど、子ども達は未来を担う大事な存在だったのだと、今更ながらに思い出す。

 そして、あたしは改めて子ども達を守って行こうと、心に誓ったのだった。


 こうして、新年早々、アルケディウス王立孤児院は二人の子どもと、二人の大人を加え新しいスタートを切った。

 やがてここで育った子ども達が正真正銘、アルケディウスどころか『星』の未来を変える事になるとは、この時はまだ想像もしていなかったのだけれど。

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