魔王城 フェイ視点 精霊達の内緒話 後編
リオンの声は低く、静かだった。
「心配をかけたな。大神殿で色々あって、こういう事になってしまった。
『星』は心配して力を分けたり、封じて下さっていたのに、申し訳ない事だが…」
謝罪の言葉。
だが、それは誰かに許しを請うものではなく――
既に受け入れた運命を、ただ確認するような響きだった。
エルフィリーネは首を横に振る。
「それは良いのです。貴方達の為に為された事。
貴方達が自分の選択を悔いているのでなければ。
でも、どうしてそこまで…『星』の力と干渉無しで辿り着いてしまったのですか?」
その問いは、責めるものではない。
純粋な驚きと、そして――恐れと敬意。
辿り着いてはならない領域へ、自らの力で至った存在への。
リオンは、少しだけ考えるように沈黙した後。
ゆっくりと微笑し答える。
「正直に言えば、完全に『精霊の獣』として覚醒したわけじゃあない。
神の大神官、フェデリクス・アルディクス。
俺の『弟』とも言える奴を倒した事で、そいつの力を俺は知らず取り込んだ。
結果、奴の記憶や力の一部が流れ込んで、自分が何か、どういう存在か、忘れていたというか目を反らしていた事を理解した、というだけだ」
弟。
その言葉が、胸を刺す。
敵だった存在。
殺すしかなかった存在。
だが彼にとっては――弟だった。
「では……貴方は自分で『気付いた』と?」
「まあな」
淡々と答える。
だがその言葉の裏にあるものを、僕は感じていた。
気付きとは、救いではない。
気付きとは――
背負うことだ。
全てを。
過去も。
罪も。
責任も。
リオンは精霊石に触れ目を閉じた。
伝わる冷たい石の感触は彼に何も語らない。
応答の無い石。
死んだ『精霊石』
かつて在ったものの墓標に等しい。
「長の『死』は俺の責任だ。
俺がその命と存在を奪い取ったようなもの。
それだけじゃなく、『俺』はきっと『神』の端末として何も考えず…多くの精霊や『精霊の貴人』を傷つけてきたんだろうな。
今の俺は多くの犠牲の上にある」
その言葉に。
僕は息を止めた。
自責。
否定しようのない自責。
エルフィリーネは彼の思いを否定するように首を振る。
「それは、貴方が責任を感じる事ではありません……。
長はマリカ様の願いがあったとはいえ、自らの意志で、貴方に希望と命を託したのですし。
実際貴方は、私達に多くの希望と喜びを与えてくれた…。
私達、生まれながらに完成された『精霊』には在りえなかった『成長』という祝福を見せてくれたのですから」
完成された存在には、変化は無い。
変化が無いということは――未来が無いということ。
だが彼は違った。
成長した。
変わった。
未来を持つ命として生まれて。
けれど。
「だが、幸せを、エルトゥリアを壊したのも俺だ。
俺が何も知らないまま、外に出たりしなければ…。『神』の口車に乗って良いように操られたりしなければ…」
その声は。
かすかに震えていた。
初めて見る。
彼の弱さ。
「アルフィリーガ……」
その名をエルフィリーネは呼ぶ。
リオンではない名。
だが確かに、彼を示す魂の名を。
彼は続ける。
「心配しなくても俺は『精霊の獣』だ。もう奴の端末じゃない。
『神』を斃し、この世界に『星』の力を取り戻す。
その使命に迷いも、躊躇いも無い」
その瞳には、揺らぎが無かった。
覚悟。
絶対の意思が見える。
「大神官が転生し、成長するまで短くて三年、遅くとも五年。
遠くないうちには奴は戻ってくるだろう。
それまでに、世界を掌握する。
もう、神の影響に怯える必要も、精霊の力を隠す必要も無くなったからな。
全力で行くさ」
未来を見据えた言葉。
戦いは終わっていない。
ただ、次の段階へ移っただけ。
「任せておいてくれ。
俺達を信じ、見守り、任せてくれる『星』の意志に俺は応える。
応えなくてはならない。
それがマリカやフェイ、皆の側にいたい、と。
『星』の手足たると、自分で選んだ俺の責任であり、義務なのだから」
義務。
その言葉は重い。
だが同時に。
それは彼の意志だった。
「ええ、貴方達とマリカ様ならやりとげるでしょう。心配はしていません」
エルフィリーネの声は確信に満ちていた。
「でも、一人で抱え込み過ぎてはいけませんよ。貴方の『力』のことも『星』と相談してみますから」
エルフィリーネの声は、静かでありながら確かな意思を帯びていた。
それは守護精霊としての義務ではなく――
一つの存在として、彼を案じる心そのものだった。
長い時間を見守ってきた者だからこそ解る。
その力が、祝福であると同時に――重荷でもあることを。
「頼む。
正直、ようやく『ない』事に慣れたところだったから、急に前より強くなって戻ってきた力は重い…。
マリカは、大丈夫なのか」
リオンは精霊石から手を離し、わずかに目を伏せる。
彼が口にした『ない事に慣れた』という言葉。
それは、かつて失った力と、その空白に適応するまでの時間を示していた。
失うことは苦しい。
だが――
取り戻すこともまた、苦しい。
身体も、精神も、かつての自分とは違うのだから。
「マリカ様は普段の生活に精霊の力を使っておられませんからさほど問題はありません。
前にも言いましたが貴方の方が危険度が高い。今のままでは…」
言葉は途中で止まる。
続きは、言うまでもないことだった。
「解ってるから言わなくていい。皆にも言うなよ。
当面は魔性退治とかで発散させつつ、方法を探すさ。結界強化とか力が必要な時には言ってくれ」
リオンは軽く言う。
だが、その軽さは意図的なものだった。
本当の重さを隠す為の。
彼は決して弱音を見せない。
見せてくれないのだ。
「ええ、その時はお願いします。くれぐれも無理はせずに…」
エルフィリーネは静かに応じる。
その時だった。
僕の意識が揺らいだ。
視界がぼやける。
遠ざかり引き戻される。
抵抗できない眠気。抗えない力に翻弄され
そして――
気付けば僕は、自分の身体に戻っていた。
「貴方達は……一体何を考えて、僕にあんなものを見せたのですか?」
呼吸が荒い。
心臓が速い。
まだ、彼の背負う重さの残響が胸に残っている。
シュルーストラムは、真剣な眼差しで僕を見る。
『言っただろう? 我らは精霊。星の手足にして人の道具たるもの。
余計な事を言う権利は無く、単独で出来る事は限られている。
だがそれでも…其方達を心配しない訳でもなく、案じていない訳でもないのだ。
貴様なら、あれを見てもアルフィリーガへの態度を変える事はあるまい?』
試されていたのだと解る。
僕の覚悟を。
僕の心を。
「当然です。過去に何が有ろうと、生まれがどうあろうと…リオンはリオンですから」
迷いは無い。
一切無かった。
『なら良い。見せたかいもあったというものだ』
シュルーストラムはわずかに表情を緩める。
「貴方達は優しいですね。本当に…」
嫌味ではなく、本心からその言葉が零れた。
精霊達は、ただ従う存在ではない。
想っている。
案じている。
そして――支えている。
シュルーストラムは照れたように顔を背けた。
精霊達の優しさ。
それには言葉ではなく、行動で示し応えるべきだろう。
リオンの苦しみ。
彼の背負うもの。
それを僕に見せた理由は
――信頼だと自惚れていいのなら。
「感謝しています。僕も覚悟が決まりました」
静かに言葉に宣じる。
これは僕の戦いでもあるのだ。
彼を支えると決めた日から。
彼の魔術師になると決めた日から。
それは変わらない。
「リオンの精霊の力は封印が解かれて、前よりもリオンを圧迫しているのですね。
何とかする方法は?」
『あればしている。当面は肉体の成長を待ちつつ本人が言った通り対処療法で行くしかない。
後は前のように分割封印する方法を探すか、消費する方法を探すか……』
完全な解決策は無い。
強すぎる力に脆弱な肉体。『精霊の獣』の一番の弱点だ。
けれど――
「少し時間を下さい。考えます」
僕は答える。
考える。
見つける。
必ず。それこそが『僕』の役目だ。
『頼んだぞ。
後は寝台に戻れ。そろそろアルフィリーガが戻って来る』
「解りました」
シュルーストラムは消え、僕は寝台に戻る。
呼吸を整える。
眠っているふりをする。
扉が開き、リオンが戻る。
彼は僕を見て、安堵したように微笑み寝台に横になる。
その時だった。
微かな音。
呻き。
噛み殺された苦痛。
彼は耐えている。
一人で。
誰にも見せずに。
だから僕は――
見ない。
見なかったことにする。
その代わり。
必ず助ける。
その方法を見つける。
リオンを繋ぎ止める方法を。
彼の魔術師として。
隣に立つ者として。
僕は彼の『魔術師』なのだから。
「おはよう。フェイ」
朝の光。
何事も無かったかのような日常の始まりに
「おはようございます。リオン、良い朝ですね」
互いに笑う。
何も変わらないように。
「そろそろ朝食だ。行くぞ」
「ええ。今日も朝はマリカが腕を振るっている事でしょう。
昨日のカラアゲも美味でしたし、楽しみですね」
「おはよう! 二人とも。もうご飯出来ているよ。
早く顔と手を洗って座って!」
「おはよう。マリカ」
「おはようございます。今日も朝から良い匂いですね。はい。今すぐに。
リオン。急ぎましょう」
変わらない日常。
だがその裏で戦いは続いている。
マリカがいて。
リオンがいて。
アルがいて。
兄弟達がいて。
この日常を。
この平和を。
この幸せを。
守る。
何があっても。
何を背負っても。
僕は改めて――強く、深く、心に誓ったのだった。




