閑話 2 ゲシュマック商会営業日誌
「お帰り、マリカちゃん」
私が大聖都から戻った翌々日。
貴族区画、ゲシュマック商会実習店舗にて。
部屋の中に入り、侍女のセリーナに荷物を片付けてもらっていると、ラールさんがやってきた。
この店の副店長にして、ゲシュマック商会の幹部。
『私達』の秘密を知る数少ない人物で、そして『この店』を任せられると見込んだ人物だ。
「ただ今戻りました。ラールさん」
「っと、皇女様にこの口調は拙いかな?」
「今は他に見ている人もいませんから。私としてはその方が嬉しいです」
なら今まで通りに――そう言ってくれるラールさんに、私は頷いた。
元々、私をマリカちゃんなんて可愛く呼んでくれていたのは、ラールさんと、後は第三皇子家の料理人カルネさんだけ。
後は『様』呼びか、呼び捨て、後は姉。
なんだか和む気がして、頬が緩む。
「すみません。一週間も戻るのが遅れてしまって。私の留守中も予定通りに開店して、営業を始めて下さってたんですね」
私はテーブルの上に積み重なっていた木札や植物紙の書類を、確認しながらサインしていく。
私の帰国を待って始める予定だった調理実習生の実習店舗は、既に開店から一週間。
日の売り上げが、高額銀貨どころか金貨に迫る勢いで上がっている。
数字が、嘘みたいに跳ねている。
――忙しさも、責任も、同じだけ跳ねているはずだ。
「店長を待つのが筋かな、とは思ったんだけれどね。
他所から預かっている料理人達だから、一刻も早く料理を覚えて戻ってきて欲しいという思いもあるだろうし。
ケントニス様のご命令もあったから、進めさせてもらった。ごめんね」
「いえ、助かりました。元々貴族区画ですから利用層は限られてますし、そんな大々的に開店アピールはしなくてもいいと思ってましたから」
「でもね。利用者はけっこう多いんだ。
本店と同じ『ランチ』は毎日百食用意しているけれど完売。
それとは別に夜に、個室を予約して『ディナー』を予約する人も、毎日最大定員の十組に迫っているよ」
「大貴族様達がまだいない春でこれですからね。これからもっと利用者希望者は増えると思います。
今回の国王会議で各国が本気で料理実習生を送り込んできますから、従業員はどんどん増えてきますけど……ラールさんの負担は増えますね。すみません」
「なあに。ゲシュマック商会の従業員はみんな優秀だし、料理人達は精鋭揃いだ。
国や領地の代表として、みっともない所は見せられないから意欲も高い。
僕は全体の管理と指導ばっかりで、料理が出来なくてつまらないくらいだよ」
ラールさんは、生粋の料理人らしい不満で肩を竦めて見せる。
けれど――料理実習生たちに指導を行いながら店舗を管理できるのは、この人だけだ。
最終的には私にとって、ガルフにとってのリードさんみたいな存在になって欲しい。
そう期待している。
「じゃあ、頑張って下さったラールさんにステキなお土産です。
これ、国王会議でエルディランドから分けて貰った調味料。『ショーユ』っていうんですよ」
私は小さな小瓶を指し出す。
エルディランドから最大量分けてもらった醤油の残りは、王宮に半分、私が半分預かることになった。
次の荷物が来るまでは大事に使うつもりだけど――ラールさんになら分けてもいい。
「へえ~。これが君が時々欲しい欲しいと言ってた調味料?
……黒くて不思議な風味だね」
「夕方、ゲシュマック商会にも挨拶と報告に行くので、その時に使って見せます。
これがあるだけで料理の幅が凄く広がるんですよ。新しいレシピも実は、いっぱい増えました」
「それは楽しみだ。じゃあ、それを楽しみに、仕事、頑張るとしようか」
そんな会話に私達が顔を見合わせていると、外から控えめなノックの音がした。
「どうした?」
副店長らしく声をかけるラールさんに、給仕を担当している実習生が扉を開け、おずおずと声をかけてきた。
「本日の営業開始の時間です。もしよろしければ確認をお願いできませんか?」
「ああ、もうそんな時間か。解った。すぐ行く。
ゲシュマック商会に行くのはいつ頃?」
「こちらとあちらの営業が落ちついた地の刻頃にしたいと思いますが、大丈夫ですか?」
「了解。今日の夜営業も確か十組だった筈だから、コリーヌ達と打ちあわせておくよ。
コリーヌはプラーミァ派遣の最古参実習生だからね。最近はほぼ任せておける」
「お願いします」
部屋を出たラールさんを見送った私は、さて、と書類の山に向かい合う。
丸一カ月分溜まった書類を処理して片付けないと、久しぶりのガルフ達にも会えない。
会いたいのに、先に片付けなきゃいけないことが山ほどあるのが、いかにも私らしい。
「セリーナ、そっちの端から順にこっちに書類を運んで!」
「解りました」
私は誰も見ていないことを良いことに、上布の袖を汚さないように腕まくりしてから、書類に向かい合ったのだった。
ゲシュマック商会の本店の営業は基本『ランチ』のみである。
上客や豪商からの予約があれば夜に店を開けることもあるけれど、予約専門の料亭扱いの店は別にあるので滅多にない。
だから、二の火の刻近く。
私が店に戻った時にはもう、通常の従業員はいないと思ったのだけれど――
「お帰りなさいませ。大聖都からご無事のお戻り、心からお喜び申し上げます」
「ガルフ、リードさん。それに皆まで……」
私がリードさんのエスコートで馬車から降りたら、店長ガルフ、番頭リードさん、本店店主ジェイド、護衛主任グランを含む主要従業員が揃って跪いていたのだ。
びっくり。
「私を待っていて下さったのですか?」
申し訳なく思ったのだけれど、ガルフは胸に手を当てたまま首を横に振る。
「別に強制させた訳では無いですが、マリカ様のお運びと聞いて従業員達のほぼ全員が、一目ご挨拶を、と残っているようです。
もし、宜しければ声をかけてやってください」
「ありがとう」
実際、中に入ってみると本当に従業員が皆揃っていた。
ガルフの秘書というか従者のルカさん、四号店の店長ヒュージさん。
新しい小売店舗の店長のイアンに、その助手クオレ。
エリセにミルカ、ニムルだけではなく、厨房担当者、ホール担当者まで。
私の知っている顔は全部いるっぽい。
「お帰りなさい。マリカ様」
「お帰りが遅れていると聞いて心配しておりました」
「ご無事でよかったです」
口々に言ってくれるみんなの言葉に、おべんちゃらや強制は見られない。
ただ真っ直ぐに、帰還を喜んでくれている。
「忙しい中、わざわざ残ってくれてありがとう。
皇女になっても、こうして声をかけて親しく思って貰えるのはとても嬉しいです。
難しいかもしれませんが、どうか気さくに声をかけて下さいな」
私はそう言って、貴婦人らしく腰と頭をふわりと落とす。
すると周囲から、ざわざわっと声が上がった。
でもそれは非難や嘲笑ではなく――
言ってみれば、『推しキャラが自分達を見て声をかけてくれた』状態。
みんな嬉しそうなので、ついでにニッコリ笑顔コンボもつける。
向こうの世界では十人並みの容姿だった私には無理だったけれど、この世界ではかなりな美少女レベル高い皇女の笑顔は効果ありだと、私は学んでいる。
「うわっ、笑った」
「凄い。本当のマリカ様だ」
「なんかドキドキするな」
「新年の参賀にも行ったけど、こっちの方が近い!」
「ゲシュマック商会に来て良かった!!」
あれ?
なんだか一カ月前よりも、反応、変わってません?
「さて、皆、退勤だ。マリカ様はこれからここで打ち合わせとお仕事をなさる。邪魔をするな」
パンパンと手を叩いてガルフは、挨拶を終えた従業員達を追い出しにかかる。
あちこちから不満そうな声が零れるけれど――
「明日の朝、マリカ様が手ずから作られる新作料理を食べたくないのですか?
流石に皆がいるところで皇女がお料理をされることはできませんよ?」
とリードさんが声をかけると、即座に。本当に潮が引くように退去の挨拶をして去って行った。
解りやす!
でも、そんなに楽しみにしてくれるなら、頑張って作ってみようと気合が入る。
ジェイド達が名残惜しそうに去って行ったのを確認して、しばし。
「マリカ姉、お帰りなさい!!」
「エリセ。ただいま。心配かけてごめんね」
エリセが飛びついてきてくれた。
今まで他の従業員の目があるので我慢してくれていたのだと思う。
エリセが私の妹分だということを店の皆は知っている。
けれど皇女になってしまったので、エリセの身の安全も考えると、あんまり大っぴらに仲良くはできない。
私のウィークポイントと思われて、誘拐とかされるのも怖いし。
色々と辛い。
「一カ月も会えなくて寂しかったよ。でも、私、頑張ってお仕事したよ」
「うん、偉い偉い」
本当に偉いので、頭を思いっきりスリスリする。
ああ、安らぐ。
「お姉様、お帰りなさいませ」
「ミルカもただいま。なんだか背が伸びて、大人っぽくなったんじゃない?」
会えなかった時間は一カ月くらいだけれど、本当に少し背が伸びた気がする。
おどおどした感じが薄れて、空気が少しだけ落ち着いた。
「ミルカには新年からジェイドの補佐として本店の名代を任せています。頑張っていますよ」
「俺の自慢の娘だからな」
リードさんとガルフに褒められて、ミルカが嬉しそうに破顔する。
私が抜けた後の重責を任せてしまうことになるけれど、ミルカならきっと大丈夫だろう。
大きく深呼吸。
自分を切り替える。
「今日の夕食は私に任せて下さいね」
店の皆が帰ったので、私も皇女マリカから、普通のマリカに戻る。
ゲシュマック商会の皆の前でなら、私は普通(?)の女の子に戻れるのだ。
「エルディランドから、いいものを仕入れたんです。
料理の味がぐっと良くなる魔法の調味料。
それを使って美味しい料理、作りますから」
「私もお手伝いする!」
「私もどうか……」
「七人の料理に料理人四人は多すぎじゃないかな?」
「大丈夫です、メイン料理の肉じゃがはたっぷり作って、お店の試食と魔王城のお土産に持って帰ってもらいますから。
エリセ。魔王城には数日中に一度戻るからって言って、肉じゃがもっていってあげて」
「了解」
「わかった~!」
「ガルフ、リードさん。向こうでの報告とゲシュマック商会への依頼、それからこっちからの報告は食事をしながら聞いても良いですか?」
皇女が料理、なんて他の所で他の人が見たら眉を顰めるのだろうけれど。
ガルフ達は小さな苦笑を浮かべるだけで、何も言わないでくれる。
「解りました。楽しみにお待ちしております」
「こちらで資料などを揃えておきますので」
「お願いします。よーし、皆で仲良しクッキング。
今日のメニューはね。シーザーサラダと、イノシシ肉の生姜焼き、それからメインは肉じゃがとお吸い物。
デザートはヴェリココの氷菓で行くよ」
「凍らせるの、お手伝いするね!」
こういう時の空気は、魔王城と同じだ。
肩書きも、距離も、いったん鍋の湯気に溶ける。
人数が多いので料理そのものはあっという間にできる。
肉じゃがを煮込むのに一番時間がかかったくらいだ。
でも、お手軽料理っぽく見えるけれど、ちゃんと昆布から出汁も取っているので味はバッチリ。
そういう訳で今日の夕食は、和食もどき。
念願のお醤油――ゲシュマック商会初お目見えだ。
「セリーナも一緒に食べて?」
「でも、私は使用人で……」
「いいからいいから」
ご飯は皆でわいわい、食卓を囲んで食べるのが一番美味しくて楽しい。
晩餐会とか皇王様との食事は豪華でも、どうしても少し緊張してしまうから。
「いただきまーす」
「うわー、この煮物美味しい!」
「このイングヴェリアの焼肉、今までのものとは味わいが全く違いますね。
濃厚で味わいが深い」
「これがマリカちゃん自慢の新作調味料の効果か……」
「ええ、お醤油の力です。お酒って言って、こっちは麦とは違う穀物で作った酒精を使っています。
どう思います?」
お料理の合間に小さな陶器のカップを用意して、大人三人にはエルディランド産のお酒も飲んでもらった。
「どうです? このまま飲んでも良くありませんか?」
「……悪くない、というか、いいですな。透き通るような味わい。爽やかな風味。
この透き通るような透明さも良い。葡萄酒や麦酒とはまったく方向性の違う味わいです」
「これがエルディランド特産と? エルディランド方面には今まで伝手はありませんでしたが、なんとか探してみないといけませんな」
「料理に使った酒と、料理は文句なく相性がいいね。
それにこの酒と醤油があれば、いろんな料理がレベルアップしそうだ」
うん。大人達の評判も上々だ。
――これは「美味しい」で終わる話じゃない。商売になる。国が動く。
「醤油はソーハというお豆から、酒はリアという穀物から作られるんです。
アルケディウスでも栽培できないものでしょうか?」
「野菜類は魔王城から苗や種を探して来たり、こちらで見つけたモノもあるので、麦と合わせて栽培を依頼しています。
栽培を開始できるのは次年度以降になるでしょうが……」
ここから先は、味の話と同じくらい、大事な「土」と「物流」の話になる。
この国の食は、鍋の中だけで完結しない。
今の所、トマトそのもののエナ。
ジャガイモとほぼ同じに使えるパータト。
キャベツとレタスの中間のような味わいのサーシュラ。
あとニンジンそっくりのキャロと、玉ねぎとうり二つのシャロは量産を依頼してある。
各領地に配布して、旅商人にも配った食料品図録にも載せてあるので、他国で雑草扱いされていたら買い取ってきてくれるはずだ。
秋播きで育てたリューベは蕪のような野菜で、味わいはほぼ向こうと同じ。
冬の貴重な野菜として、晩餐会で大活躍してくれた。
ヴェルケンヴォーネはソラマメと思われる実。
こっちも春になって本格的に育ち始めているという。
グルケは胡瓜。
オベルジーヌは茄子のような野菜で、これから植え始める。
肉料理だけでは味わいも偏る。
だから野菜や果物も気合を入れて集め、栽培も始めてくれるようにガルフには力を入れて頼んであった。
食油用のナーハは、北で穀物の収穫が難しい領地に栽培をお願いしている。
菜の花によく似た黄色い花は、雑草扱いで自生しているけれど放置されていた、というところも多いようなので。
高値で買い取る今年は、かなりまとまった量が手に入るのではないかと、期待で胸は膨らむ。
桃に似たピアン。
リンゴに似たサフィーレ。
王都で良く実るオランジュは、その名の通りオレンジに似ている。
ミクルはクルミ。
マーロはマロン。
アヴェンドラはアーモンド。
チリエージアはチェリー。
メローネはメロン。
向こうの世界と比較的に名前の音が似た野菜、果物が多いのは偶然だろうか。
まあ、ラズベリーそっくりのグレシュール。
パイナップルはアナナスと違うのも多いけど。
セージ、ローズマリー――じゃなくってローマリアなどの香草類は、試験的に孤児院の庭に植えさせてもらっている。
ミンスはミントとよく似て繁殖力が強くて、こちらに植えたらあっという間に広がったと聞いているから、きっと良く育つだろう。
お肉焼きにも使った生姜ことイングヴェリアと、ニンニクもどきのチスノークは大きな畑が欲しいので、北方領地に栽培を依頼した。
結果は夏の戦の頃には出るかなと思う。
「直ぐには難しいかもしれませんが、農業はお金になると解って、仕事が無くて燻っていた人達が麦や野菜栽培に従事してくれるといいですね」
「既にそういう傾向はあるようですよ。
アルケディウスは近年、浮浪者の数が激減し、治安が良くなったようですから」
食が、アルケディウスの国策になって。
農業従事者には補助金が出ることになった。
今はまだ貴族階級の娯楽のように思われている食事だけれども、『食べる』ということは大事だ。
食べ物を食べることで精霊の力を身体に入れ、元気や気力を得ることが出来るらしい――ということも解っている。
それは、死を決意していたガルフを思いとどまらせ、新しい仕事に向かわせ、国一番の出世頭、国を動かす大豪商にまで伸し上がらせる程に。
「新年から開始した食料の小売店舗も順調です。
イアンとクオレも頑張っていますよ」
本店店長になったジェイド。
警備部を預けられたグラン。
そして小売店舗を任されているイアン。
去年までは不老不死を得られず、路地裏で屯っていた子ども達だ。
ガルフに拾われて店で働き、一年で見違えるような成長を見せた。
クオレは大貴族に使われていた奴隷だったけれど、今は貴族対応もできる商人として、イアンを助けている。
私は庶民にこそ、食事をして欲しいと思う。
ゲシュマック商会の従業員は職が無く、居場所も無い浮浪者が多かった。
けれどほぼ全員が今では読み書きもできる戦力として成長している。
今の苦しい生活から立ち上がる力を得るために。
そのためには食料の増産は必須だ。
頑張ってほしい。
農業従事者にも、ガルフにも。
「今後も働く場所がない人や子どもの受け皿になってあげて下さいね」
「それは勿論です。お任せください」
ドンと胸を叩いてくれるガルフが、頼もしかった。
「あ、マリカ姉。ニムル兄さんにね、力を貸してもいいって石がいるってエルフィリーネが言ってた。頼んだ通り風属性だって。石と直接合わせて相性を見たいって」
ニムルというのは、精霊術士を目指すゲシュマック商会の子どもだ。
エリセが呪文などを教えているけど、年下のエリセに教えられることを苦にせず、前向きに頑張っている。
筋は悪くないようだとフェイは褒めていたっけ。
転移術が使える魔術師を早く育てたい、とフェイは言っていた。
今、貴族の間で人気の食材『海産物』の安定供給には、どうしても転移術が必要なのだ。
牡蠣であるユイットル。
ホタテと同じクテイス。
鯛とよく似たティンチェ。
サーマンは鮭。
セリルは鱒だった。
鰹節はまだ難しいけれど、昆布であるアルガが採れるようになったことで出汁がとれ、和食の幅が広がった。
アルケディウス唯一の海産物を産するビエイリークの仕入れのためにも、精霊術士の強化は必須だと私も思う。
エリセは万能性がある代わりに、全体の力は弱いので、素質はあるがもう少し精霊石と自分に力が付かないと転移術が難しいのだとか。
ニムルはゲシュマック商会に拾われた四人の子どもの中では一番生真面目で努力家。
勉強も、年下のエリセに学ぶことを嫌がらず真摯に取り組んでいる。
風の精霊石に好かれる素質は十分にあると思う。
あとは、もう少し――自分に自信が出れば、かな?
「魔王城に連れて行ってもいい?」
「うーん、魔王城に連れていくとなると、契約とか色々考えなきゃいけないから。もう少し待って」
「解った。早くニムル兄さんと一緒にお仕事出来るようになればいいなあ、ってちょっと思っただけだから」
「フェイが王宮魔術師になっちゃってエリセの仕事も増えてるからね。うん、なるべく早くするよ」
「お願いしまーす」
軽い口調の裏に、ちゃんと現実がある。
人が育つのには時間がかかる。
でも、待っているだけでは追いつけない。
世界は、もう動き始めているのだから。
「ああ、そうだ。国王会議の結果を報告しますね。
結論から言うと、ゲシュマック商会の仕事、うーーーーーんと増えそうです。諸外国からの輸出入が多くなりそうでね。
あと、私が今年一年七国を回ることになっていて。
ゲシュマック商会の代表を今回みたいに一人、付けて欲しいです。
詳細の報告書は食事の後に渡すので」
「皇女に同行するゲシュマック商会の代表……、なるとやっぱりアルでしょうな」
「アルには旦那様の代理を頼む予定だったのですが、あまり負担はかけられませんね」
これからゲシュマック商会の仕事は増える。
増えこそすれ、減ることはまずない。
「……冬の間に職員教育を進めておいて良かったですね」
「それでもまだ足りないぞ。これは。
ギルド長のところのエスファード商会が食料品小売にも参入したいと言っていたか、回してやるか……」
「食料品は下手な商会に独占されないように、ゲシュマック商会優先の方向性は崩さないように皇王陛下にも申し上げておきます。
負担と責任は多いけれど……なんとかお願いしますね」
困ったように顔を見合わせた二人だったけれど、それは本当に一瞬のこと。
「前にも言いましたが、そのようなご心配は無用です。
ゲシュマック商会は皇王陛下から授かった名前のごとく、この国の食の事業を陰から、香り支えるのが誇り。
命を救われ、生きがいを与えて頂いたお礼は必ずお返しいたします」
「同じく。非才な身ですが世界を変える魔王に見込んで頂いたのです。全力をもってお応えして見せましょう」
「宜しくお願いします」
頼もしい二人の笑みに、私は安堵した。
胸の奥の固いところが、少しだけほどける。
「そう言えばギルド長や契約店主達が近々お目通りを願いたいと申しておりました」
「ガルナシア商会のアインカウフさん、でしたよね」
「ええ、ですがもう『ギルド長』呼びで良いと思いますよ。上下関係はしっかりとさせておいた方が良い」
「はーい。デザート持ってきたよ。
マリカちゃんが南の国の国王様から貰って来た南国フルーツデザート。
ヴェリココの氷菓とナバナとキーリャのクレープはいかがかな?」
「わーい、食べる!」
「このクレープの果物、緑が凄くキレイですね。それにとっても甘くておいしい!」
「こっちのクレープの果物は柔らかくてとろってした味です」
「これば、鮮烈で素晴らしい味ですな」
「南の国そのもの、という鮮やかな甘さです。これも継続輸入できるといいのですが……」
湯気と、甘い香り。
笑い声。
帳簿も、栽培計画も、転移術も、国王会議の報告書も。
全部、現実だ。
でも、その全部の中心にあるのは――
こうして同じテーブルを囲んで、同じものを食べて、笑えるということ。
そうして私は、大事な人達の笑顔を、アイスと一緒に幸せな気分で頬張ったのだった。




