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閑話 1 魔王城保育日誌

 私が魔王城で目覚めたのは、夏の盛りの頃だった。

 蝉の声は無いはずの世界なのに、肌にまとわりつくような熱気だけは、確かにそこにあったのを覚えている。


 今は春。

 だからあの頃から丸三年と少しが過ぎ、もうすぐ四年になるのだなあ、と改めて思う。


 色々な事があった。

 本当に、目まぐるしく世界が変わっていって、振り落とされないようにしがみつくので精一杯だった。

 めまいがしそうなほど、慌ただしく、そして濃密な時間だった。


 でも、色々な人との出会いがあったから。

 だからこそ、ちょっと振り返っておこうかな、とも思うのだ。


 この先、当たり前だけれど、出会う人、私と関わる人は増えることはあっても減ることは無い。

 それは嬉しいことだけれど、同時に責任も増えていくということだ。


 ティーナに頼んでいる魔王城の子ども達の保育計画も、そろそろ見直す頃だろうし。

 私自身の気持ちの整理も兼ねて、ここに書き留めておこう。


 異世界保育士をやっていて、現実と一番違ってホッとすること。

 それは、毎月・毎週の日誌や保育計画、個票を書いて提出しなくてもいいこと。


 締切に追われない。

 朱書きも無い。

 園長先生の「ここ、もう少し具体的にね」も無い。


 それが大事な事だというのは解っている。

 記録は振り返り。

 振り返りは成長の糧。


 だからこれは、誰に提出するわけでもない、私だけの保育日誌。

 私は、私の大事な家――魔王城と、その子ども達のことを思い返していた。





 魔王城には現在、十七人の子どもがいる。

 スタートは十四人だったので、三人増えたことになる。


 アルケディウスの第三皇子にして、今の私、マリカの養父であるライオット皇子が、子どもに人権の無いこの世界で死にかけていた子ども達を集め、救ってくれたのがこの魔王城。


 そしてそれが、異世界保育士・マリカの覚醒――

 (自分で言うとなんだか気恥ずかしい。中二病みたいだ)

 のきっかけだった。


 私はマリカ。

 この世界では、やっと十一歳になったところ。


 目覚めた時は八歳だったという記憶が朧げに在る。

 後で、捨て子だったという人物の話を聞くに、その辺は間違いないのだろう。


 最初は何の記憶も無い、普通の子どもだったと思う。

 でも、この世界に来てリオンに名前を貰って――

 その瞬間、前世の記憶。


 北村真理香だった時のことを、思い出した。


 ……思えば、この世界ではちゃんと名前も貰えていなかったんだよね。

 やれやれ。


 私には、この世界に来る前、別の世界にいた記憶がある。

 現代日本で、二十五歳の保育士をしていた記憶だ。

 所謂、異世界転生というやつだと、自分では思っている。


 良くある異世界転生系テンプレートのようにトラックに轢かれたわけでも、転生女神様がチュートリアルをしてくれたわけでもないから、本当に転生したのかはよく解らない。

 リアルな夢だった、と言われても否定できない感じもある。


 お遊戯会前で衣装作りと月末の書類作成で二徹。

 いつものように仕事帰り、疲れ果てて「ちょっと仮眠」と思ったところが最期の記憶だ。


 ちなみに私の仕事は、取り立ててブラック保育所だった、という訳じゃあない。

 まあ、二歳児二十一人(特性があると思われる子二名在籍)に加配担任無し。


 という時点で地獄ではあったのだけれど。

 でも割と、どこの保育所にもある状況だったのではないかと思う。

 ……っと、話がずれた。


 そんなこんなで異世界で目覚めた私は、誰も大人がいない大きなお城の中で、放置状態だった私を含めた十四人の子どもを放っておくことができず、異世界で保育士を始めることになったのだ。


 さっき、リオンと言ったけれど。


 私を除く十三人の子どものうち、十人は私より小さく、明らかに学齢未満の幼児だった。


 けれど三人――

 自分の意志で動ける子どもがいた。


 それが、リオンとフェイとアル。

 私の頼もしい、三人の『兄』だった。


 最年長で、今もこの城の柱であるリオンは、私が出会った時十歳。

 今は多分十三歳になるはず。


 この世界は、存在する大人全てが不老不死を持っていて、五〇〇年前からほぼ文化と世界が停滞している。

 子どもが殆どいない上に、迫害されている世界。


 五〇〇年前、世界を滅ぼそうとした『魔王』がいて、それを倒した勇者が命を賭けて『神』に願った。


 世界の人々が永遠に平和に生きられる世界。

 不老不死を願い、叶えてもらった世界。


 その結果が、今。

 リオンはその勇者の転生。

 そして私が、その『魔王』の転生だというから驚きだ。


 けれど完璧に記憶と能力(ギフト)を維持しているリオンと違い、私は今もまったく記憶がないので、正直、他人事のようにしか思えない。


 魔王城の守護精霊、エルフィリーネは、私の事を魔王の転生。

 この国の元女王である『精霊の貴人(エルトリンデ)』であると断言して私に仕えてくれているし。


 能力(ギフト)やその他色々なことが、私は本当に『魔王の転生』だと証明しているのだけれど……。


 うーん。


 まあ、これを思い出すのはまたにしよう。


 私のやらかしの歴史だから、思い返すのも恥ずかしい。


 リオンの親友で、相棒ともいえる存在がフェイ。


 闇色の髪と黒い露のような瞳のリオンとは正反対に、虹のような銀髪と、吸い込まれそうな蒼瞳。

 同い年の二人が並ぶと、本当に絵になる一対のようだ。


 リオンは今、皇王国アルケディウスの騎士。

 フェイは王宮の魔術師をしている。


 最近は王宮でもファンが増えているという。

 ……ちょっと悔しい。


 リオンが子どもの頃――って今も子どもだけど――死にかけていたフェイを拾って助けてから、ずっと一緒に生きて来た、と聞いた。


 だからだろう。

 フェイがリオンに寄せる信頼はとても強い。

 リオンの為なら、どんなことでもする、という怖さを持っている。

 基本はとっても礼儀正しくて、優しくて、誰にでも丁寧口調で、とっても頭のいい頼りになる兄だけど。


 ちなみにフェイの頭の良さは『頭がいい』という単純な言葉とは別次元だ。

 この世界では、子どもは不老不死を持たない代わりに異能が目覚めることが多いらしい。


 私達が『能力(ギフト)』と呼ぶその異能は、子どもが生きるための力。

 子どもを助け、守ってくれる。ものらしい。

 仕組みなのかは解明されていないけれど。


 フェイの頭脳は、その『能力(ギフト)』の為か異次元で。

 その気になって覚えたありとあらゆるものを記憶し、脳の中でいつでも思い返せるとフェイは言う。


 コンピューター並みで、現在、魔王城にあった千冊以上の本すべてと、アルケディウス王宮の本の半分以上を記憶している。

 控えめに言って天才。


 私達の知の要だ。

 その才能を見込まれて、世界でおそらく今、ただ一人の『精霊に選ばれた魔術師』になっている。


  異世界転生らしく、この世界は中世ファンタジーの世界で、世界には『精霊』が溢れ、全ての『魔法』『魔術』は精霊の力を借りて行われる。


 精霊の力を借りて術を使う存在は、ある程度いる。

 けれどフェイはただ一人――『精霊が選び、魔術を行使する存在』として作り変えられた真正の『魔術師』なのだ。


 それは「才能がある」や「努力した」という言葉では説明できない。

 精霊に選ばれる、という事そのものが、この世界では奇跡に近い。


 風を司る精霊の長たる精霊石、シュルーストラム。

 その高位精霊と共に、フェイはその知恵で私達を助けてくれている。


 リオンは勇者の転生らしく、剣と格闘術で戦う。

 力強く、真っ直ぐで、迷いなく。


 だから二人は、戦場でも日常でも完璧な一対だ。


 二人の間には、私にも簡単には入れない絆があって。

 理屈ではなく、呼吸で通じ合っているような、そんな空気。


 ……ちょっとジェラってしまうことも多い。


 そして二人に助けられたのがアル。

 私と同じ、今十一歳。


 未来を先読みしたり、隠れているものを見つけ出したり、良いものを探し当てたりする、特別な『眼』を持っている。


 その『能力(ギフト)』と、金髪、緑の瞳。

 勇者と同じ色合いで整った容姿。


 そのせいで貴族に飼われ、奴隷として酷い目に遭わされていた。


 綺麗だから価値がある。

 役に立つから価値がある。


 この世界では、子どもはそうやって「物」として扱われる。

 今はその主をやっつけたので自由な存在になっているけれど、本当に大変な目に遭っていたのだ。


 アルは笑う。

 軽くて、明るくて、少し茶化すような笑い方をする。

 でもその奥にある痛みを、私は知っている。


 ……そう。

 この世界には、子どもには人権がほぼ無くて。


 男女の営みによって子どもはできるけれど、妊娠率はかなり低い。

 魔術で流す人も多く、生まれて来る子どもはさらに少ない。


 そしてその子ども達も、大抵は放置。

 良くて下働きや、様々な形で消費される。

 成人まで生き残れる人は、ごく僅かだという。


 以前、成長し、大人となって不老不死を得る子どもは年間十人を切る、と大神殿の神官長は言っていた。

 つまり大半の子ども達は、声も出せぬまま、『平和』な不老不死世界の影に埋もれて死んでいく。


 最初は、魔王城の子ども達を守り、助けることしか考えられなかった。

 でも今は違う。


 世界の子ども達を救い、彼らが幸せに生きられる世界を作るために、この不老不死世界を打倒したいと思っている。

 これは、保育士としての私の、延長線上にある決意だ。


 アーサー、アレク、エリセの三人は、私がこの島で最初に見た時には五歳前後に思えた。

 今は八歳くらい。


 それぞれに才能を発揮し、今は頼りになる戦力として、魔王城から出して外で働いてもらっている。


 魔王城は結界と自然環境に守られた孤島で安全だけれど、外に出ると子ども達には偏見や、様々な意味での危険がある。


 だから最低でもこのくらいにならないと、外に出すのは危険だ。

 アーサーは、兄であるリオンを心から慕って同じ戦士を目指している。


 昔、周囲の見えない子どもならではの無茶をして、リオンに怪我をさせたことが今もトラウマのようだ。

 それを忘れないところが、アーサーの優しさでもある。


 手にかかるものの重さを感じず、どんな重いものでも手で持てる範囲のものであれば持ち上げる『能力(ギフト)』を持っている。

 戦士には向いていると思う。


 今までは孤児院の子ども達と遊んでもらうのが仕事だったけれど、この春からはリオンの従卒見習いとして騎士団に入ることになっている。

 あ、まだリオンにはちゃんと話してなかったっけ?


 改めて相談しないと。

 ……怒られないといいな。


 アレクは音楽の天才だ。

 初めて私達四人以外で『能力(ギフト)』を発現させたのはアレクだった。


 アレクの声とリュートは、人間だけでなく、ありとあらゆる生き物を魅了し、心を安らがせる。

 争いの気配を溶かし、涙を静め、怒りを鎮める。

 音が、空気を変えると評判だ。

 今年から宮廷楽師としてデビューさせる予定。


 この才能を島に閉じ込めておきたくない、と思った。

 それが、私が島を出て、世界を変えたいと思ったきっかけだった。


 エリセは精霊術士見習い。

 エルストラーシェという精霊石に見込まれて、精霊術士としての道を歩み始めた。

 普通の人には聞こえない『声なき者の声を聴く』『能力(ギフト)』がある。

 自分の精霊と、まるで友達のように仲良くしている。

 まだ見習いだけど、フェイ曰く、外世の精霊術士と比較して考えればかなりの上位、だそうだ。

 今は、私達の外世界の拠点『ゲシュマック商会』で魔術師として仕事をしている。


 あの小さかった子が、外で働いている。

 成長というのは、嬉しくて……少し寂しい。

 誰にも言うつもりはないけど。


 クリス、シュウ、ヨハンは今七歳。

 小学校一年生くらいだろうか。


 でも、みんなしっかりとした意志と自覚をもって頑張ってくれている。


 私達や年長組がいなくなってからも、もっと小さい子ども達の面倒を見てくれているのは、凄く偉くて助かる。

 クリスには、人よりも遥かに早く走る『能力(ギフト)』が。

 シュウには、ものの構造を理解して作り上げる『能力(ギフト)』が。

 そしてヨハンには、動物と意志を通わせる『能力(ギフト)』が、それぞれある。

 みんな島の中にいるよりも、外の世界の方が輝ける能力(ギフト)だ。

 だから、いつかは外に出してあげたいと思っている。


 いや、いつかではない。

 絶対に外に出す。

 子ども達が安心して外で暮らし、才能を発揮できる。そんな世界を作るのだ。


 ギルとジョイは六歳くらい。

 幼稚園年長児、と感覚的に思っている。

 もっと小さい子がいるので、なかなか甘えさせてあげられず寂しい思いをさせたけれど、最近、同じくらいの女の子ファミーちゃんが来て、ぐっと大人びた。


 『能力(ギフト)』とはっきり検証できている訳ではないけれど、ギルは六歳とは思えない。大人でも滅多にいないような精緻精密な絵を描く。


 物の特徴をよく捉えて描ける。

 観察眼が鋭い。

 天才だと思う。保育士の贔屓目なしで。


 ジョイは料理の才能がある。

 最近は魔王城の料理当番のローテーションに、ファミーちゃんと一緒に加わっているのだそうだ。


 そして危険植物や生き物を敏感に見分ける。

 秋にキノコ狩りをしたとき、


「これはダメ、こっちは美味しい。コレもダメ」


 と、今まであやふやだったキノコと毒キノコを完璧に見分けてくれた。

 今は、ジョイが見分け、ギルが描いてくれたキノコ図鑑のキノコ以外は採ってはいけないと言明してある。


 外から持ってきた魚も、見たことが無いはずなのに、


「これ、このトゲトゲ、さわると痛い。こっちはお腹の中、食べるとダメ」


 と教えてくれたから多分、危機感知の『能力(ギフト)』じゃないかと思っている。


 元最年少がジャックとリュウ。

 多分双子らしい二人は、とっても仲が良く、解りあっている。


 『能力(ギフト)』はまだ見えないし、長く最年少だったので甘えはあるけれど、魔王城の躾の厳しい生活を生きて来たので、やるべきことはちゃんと、何でもふざけないでやってくれるのが頼もしい。


 そして現在の最年少はリグ。

 魔王城で生まれた子だ。


 今、一歳半から二歳といったところで、言葉はまだ片言だけれど、兄弟がいっぱいいるので多分、これから猛烈にしゃべり始める。


 遠慮も何もなく、思うままちっちゃな体で城を駆け回る、かわいい怪獣だ。


 笑えば皆が笑う。

 泣けば皆が飛んでくる。

 魔王城の、未来そのもの。


 リグを産んだ母親がティーナ。

 今、魔王城の子ども達を母親代わり、保育士代わりに見てくれている、私の頼りになる親友だ。


 彼女がいなければ、私は魔王城を出る決心はできなかった。

 優しくて、でも厳しいところもちゃんとあって。

 やんちゃな男の子ばかりの魔王城の子ども達を、エルフィリーネと一緒に支えてくれている。


 彼女は元不老不死者だけど、今はそれを失っている。

 だから今はまだ、魔王城の外には出せない。

 でもいつかは、彼女も外に戻れる方法がないか、探してみるつもりだ。


 それに、私達の外の拠点『ゲシュマック商会』を率いるガルフの養女、八歳のミルカと。

 外の妓楼から救出された女の子、五歳のファミーちゃんで、十七人だ。


 少し前までファミーちゃんの姉のセリーナがいたのだけれど、今は皇女となった私の侍女見習いとして外に出ている。


 ミルカには『変身』の『能力(ギフト)』がある。

 自分の身体を成長させることと、よく見知った他人に変身することができる。


 前は親友であり妹であるエリセにしか変身できなかったけれど、最近はガルフにも姿を変えられるようになったそうだ。

 ただ、


「ホントに形だけ、だと思います。あそこに……その……無いんです」


 と頬を赤らめて言っていた。

 フェイは興味津々といった様子だったけど、それ以上の確認検証は当面、絶対許さない。


 ファミーちゃんは精霊術士としての勉強を始めた。

 エリセと同じく、精霊と仲良くしたい、という思いかららしい。

 精霊をうっすらとだが見ているようだ、との話も聞いている。


 そういう『能力(ギフト)』を持つ人が外にはいた、という話だし、時間ができたら調べてみた方がいいかもしれない。

 最近はなんだかんだで外に出て行くことが多くて、寂しい思いをさせているけれど。


 この魔王城が、私の原点で帰る場所。

 守るべきところ。

 絶対に島の子ども達は守り、そしていつか、外の世界に羽ばたけるようにする。


 それが私の絶対の目標で、望み。

 そのためには、私は何でもするつもりだし。

 何が有ろうとも、やり遂げると決めている。


 世界を支配する『神』を倒す『魔王』になっても……。

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