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大聖都 『覚醒』

前半マリカ 後半リオン視点 この物語の真実の欠片

 頭にきた。

 胸の奥の奥、言葉になる前のところから、熱が一気に噴き上がる。

 話を聞いて、本当に頭にきた!!


「リオンのバカ! バカ、バカ! バカ!!! 本当にドバカ!!!」


 声がひっくり返るのも、喉が痛くなるのも構わない。指先まで怒りが伝わって、震えているのが自分でもわかる。

 流石に自分のやったことが悪いと思っていたのだろう。

 今まで全く口答えせずに私の高圧的かつ、爆発的な怒りを黙って受け止めていたリオンだけれど、一向に止むことの無い罵倒にいい加減呆れもし、カチン、ともきたのかもしれない。

 その眉間が、ほんの僅かに寄る。いつもなら見落とす程度の変化――でも今は、全部が目に刺さる。


「そこまで、言わなくてもいいだろう?

 あの時には、それが最善手にしか思えなかったんだ!」


 顔を赤く染め反論を始める。けど、何を言われようと私は納得する気はない。

 言い返したいんじゃない。――無事でいてくれたことに、怒りたいんだ。矛盾してるのに、止められない。


「だから、それがドバカだって言ってるの!

 あんな無茶して、私達が間に合わなかったら、本気の本気で死んでたんだよ!」

「相手は、正真正銘の神の手足で、俺達の正体を知る最悪の『能力者』。

 しかも相手の本拠地だぞ。

 刺し違える覚悟無しで倒せるもんか!」


 相手が自分の圧倒的有利に油断し、自分が命を賭しても殺す、という覚悟で挑んでいると思わなかったから何とか倒せた、とリオンは言うが、だからこそ余計に頭にくる。

 勝てた、という結果で「正しかった」みたいな顔をするな。

 勝てなかったら、私は――想像しただけで息が詰まる。


「そんな強敵相手に、何も言わず、一人で突っ込んでいくのがバカじゃなくって、何だって言うの!」

「ぐはっ!!」


 思いっきり、リオンの腹にかました頭突きは、どっからどう見てもメルヘンでもファンタジーでも無いけれど、そうでもしなければ、いやそうしても怒りは収まらない。

 額に伝わった硬い感触が、逆に私を現実へ引き戻す。ちゃんと、ここにいる。生きてる。

 なのに、どうしてそんなことをしたの、と。胸の奥が痛い。


「お前達を巻き込みたくなかったんだ!

 あいつがお前達を人質にすることだって在りえたし、大神殿とあいつという文字通りの手足を失えば、神は事実上孤立する。

 奴が最速で転生しても動けるようになるまで数年はかかるだろう。

 それだけの時間があれば、お前達なら神を倒せると確信できたから、俺は…」


 ぐだぐだと言い訳を続けるリオンを睨む私の後ろで、きゅぽん、小さな音がした。

 何だろう、と思うより早く。

 空気が一瞬だけ、変なふうに沈む。


 リオンの頭上に


 どばしゃあああ!!

「うわああっ!!」


 大量の水が降って来る。

 まるでバケツ、じゃない。もっと、たらいか風呂桶をひっくり返したような水を集中的に被ったリオンは見事な濡れ鼠ならぬ濡れリオン、だ。

 水音が豪快すぎて、怒鳴り声が一瞬遅れて追いかけてくる。

 どっから持ってきたんだろう。

 いや、違う。


「うぷっ! 何しやるんだ。フェイ!」

「おや、少しは男前が戻ったのではありませんか?」


 子犬のように頭をぶるぶると振り、水気を飛ばすけどリオンの伸びた髪の毛はワカメのようにぺったりと貼りついていた。

 服も床も当然びしょぬれ。

 この部屋、借り物なのに掃除たいへんそうだなあ、などとどうでもいいことを思ったけれど。

 怒りの熱が、冷水で一段落ちたみたいに、少しだけ呼吸ができる。


 あ…おかげで、返り血で真っ赤に染まっていた髪は殆ど血が流れていつもの優しい闇色に戻っている。

 その「いつもの」が、泣きたくなるほどありがたい。


「くだらない言い訳は聞きたくありません。少し、頭を冷やして下さい。リオン。

 今回の件は、僕も全面的にマリカと同意です。

 一人で抱え込み、あまつさえ、命を賭す…死ぬ覚悟だったなんて。

 ただいま、なんて言葉では誤魔化されない。

 勿論、簡単な謝罪では許しませんからね」

「フェイ…」


 相当に怒ってる。

 当たり前だけど、もう無茶苦茶怒って怒りの冷気を振りまくフェイに、リオンはぶるんと、身震いした。

 水のせいだけじゃない。フェイの声が、刃みたいに冷たくて、真っ直ぐだから。


 その弛緩の隙をついて。


「俺も同じだ。リオン兄!」

「ぐっ! …ア、アル!!」


 背後に回り込んで、リオンの首にチョークをかける。

 空気が軋む。腕に入る力が、いつものじゃない。


「逃げるなよ。

 さっき、リオン兄が俺達にしてったのと同じことだからな」


 服が濡れるのも気にも留めない、マジのギロチンチョークは大人げないと思うけど、止めない。

 止めたら、たぶん私が泣く。

 リオンは私達の怒りと心配を、少しは思い知るといいんだ。


「こ、降参だ。止めろ、止めてくれ。

 死ぬ、本当に死ぬから…」


 まあ、リオンが本当の本当に本気になれば抜けることはできる筈。

 それをしないという事は私達の怒りを甘んじて受ける覚悟なのだろうと思うから。

 だから私は、腕を組み直して、息を吐く。吐いた息が、まだ震えている。


 ドタバタ、ワイワイ、やいやいの騒ぎの中、それでも。

 私達は、ギリギリ、本当に薄氷を踏む思いで繋ぎ止めた幸せを、それぞれに深く噛みしめていた。

 壊れそうなほど柔らかいものを、乱暴に抱え込むみたいに。




 リオンが、一人、大神殿の大神官(黒幕)を倒す為に、私達の前から消えたのは、本当に深夜の事だったらしい。

 らしい、というのは今もって私、今、何日の何刻なのか解らないから。

 部屋の時計を見ると、水の刻が半分過ぎてるから、真夜中の二~三時ってところか。

 逆算すると、私の部屋にリオンが来て、その足で大神官の所に乗り込んだのなら、それは本当に日の変わる真夜中だった筈だ。

 寝起きの頭に数字を押し込むみたいで、嫌になる。――でも、考えないと、追いつけない。


 部屋を訪れたリオンの異変、それを察知した私は無意識に、本当に何も考える余裕も無く『精霊の貴人』になっていた。

 自分でなろうと思ってなった訳じゃないから、本当の所の理由は解らないけれど、子どもの体力ではどうしようもない程の消耗、加えてもしかしたらリオンがしていったかもしれない足止めの術で動けない身体を動かして、リオンを追う為には他に方法が無かったのだ、と思う。

 追いつきたい、ただそれだけが私の体を動かした。理屈より先に。


 精霊の力を込めたバングルは壊れたけど、痛みも苦しみも全く無かった、というか感じなかった。

 逆に、ありとあらゆる精霊達が力を貸してくれる意志を感じる。

 背中を押されるように、手を引かれるように。

 だから、私は空気を吸う様に飛翔して、リオンを追いかけたのだ。


 と言っても、居場所が解らなかったからまず、向かったのはフェイの所。

 あの様子からしてフェイにも何も言わずに行ったのだろうという予感はビンゴだった。

 嫌な予感ほど、当たる。


「フェイ! アル!」


 アルケディウス区画の護衛騎士部屋。

 ここでもやっぱり同室していたリオンとフェイの部屋で、フェイとアルが倒れていたからだ。

 ちゃんとベッドに寝かされていたあたり、生真面目なリオンの性格が見えるけれど、だったら気絶させるなんてしないで欲しい。

 胸の奥が、じわりと冷たくなる。怒りとは別の、怖さ。


「フェイ! フェイ! 目を覚まして! リオンが大変なの!!」

「…あ、マ…リカ?」

「良かった。気が付いて。あのね、リオンが、リオンがね!!」

「解っています。少しだけ…時間を下さい。

 状況を纏めます」

「うん」


 精霊の貴人になっている私に、少し驚いて目を剥いたけれど、フェイはそれを追求する、なんて時間の無駄はせずに、対策を考えてくれているらしい。

 頼もしさが、今は救いだ。

 だから、私は邪魔せずにアルを起こしにかかった。


「アル? アル? しっかりして!!」

「あ…マリカ? なんで、またその恰好…じゃない、リオン兄は? リオン兄はどこ行った!」

「私も解らないの。何があってリオンは一体どこに行ったの?

 さっき、私の部屋に来て、私の血を持って行ったみたいだけど」

「マリカの血液を?」

「うん、何か解る?」


 ぼんやりしているアルに説明する為の言葉であったけれど、それを拾ったフェイの顔からみるみる血の気が引いていく。

 その変化が、いやに鮮明で、胸がぎゅっと縮む。


 目が覚めたら手首には綺麗な白いハンカチが巻かれていたけれど、解けばまだうっすらと細い線が見える。

 リオンが理由もなしに私を傷つける事は在りえないから、私の血が必要な何かがあったのだと思うけれど、理由はさっぱり、まったく解らない。

 解らない、が怖い。――でも今は、怖がっている時間が惜しい。


「……事は緊急を要します。

 リオンは多分、大神殿の支配者。神の手先を倒す為に一人向かったのだと思います」

「嘘だろ!」「なんで!?」


 フェイの言葉に私とアルは絶句する。

 喉が鳴る。何か言おうとして、言葉が引っかかって出てこない。


「昨夜の、魔性の襲撃。

 あれをリオンは神による僕達に対する『攻撃』だと認識していました。

 マリカは調理に入り、その後意識を失ったから知らないかもしれませんが、あの後は本当に凄い事になっていたのですよ。

『聖なる乙女』が500年ぶりに戻ってきた。

 人々を癒し、導く真の力を持つ乙女だと。戦いから戻ってきた兵士達は大興奮で。

 マリカを大神殿に迎え入れようという声が引きも切らず。さらには宴席の料理が大好評で。

『マリカを大神殿に残して貰えないか?』

『我が国に来て料理を教えて欲しい』

『それなら先に、我が国に』

 という誘いもひっきりなし。

 マリカが意識を失っている事で返事も出来ず、皇王陛下も皇王妃様も即答を避け、本来なら会議と宴席が終わり次第帰国だった筈が一日伸びているのです」

「あ、だから、まだ大聖都にいたんだね」


 はい、と頷きながらフェイは私が意識を失った後のことをそう説明してくれる。

 なるほど、と頭では理解しても、胸の奥がざわつく。

 あの熱と喧噪が、私達を捕らえる「檻」みたいに思えてしまう。


「恐らく敵の狙いは、マリカと……本人ははっきりと口にしませんでしたが……リオンを含めた僕達の括りつけだと思われました。

 周囲に、世界に僕達を認識させることで僕達を逃がさず、大聖都の圧力で手の中に入れ、支配するつもりであると……」


 偽勇者の暴走を放置したのも恐らくは『本物』の引き立て役。

『勇者の転生』という世界の最高峰よりも優れた存在を世界に印象付ける為ということなのか。

 怖……っ!

 喉がひゅっと鳴って、背筋が冷たくなる。――でも、それでも。


「だから、リオンは大神殿の長、神の直接の手足となる配下を倒しに行ったのだと思います。

 今現在『神』がどの程度、大神殿に直接の影響力を置いているのか。

 僕には解りませんが、リオンにはこの五日間で解ったのかも。だから…その影響力を削ることで、僕達を守ろうとした可能性があります」

「でも、それって神の手先との直接対決って事じゃね?

 大丈夫なのか? リオン兄、勝てるのか?」

「………」


 アルの問いかけに、フェイの返事は凍り付いたように止まった。

 その沈黙が答えの一部で、私の心臓を強く叩く。


「フェイ!」


「……敗北は、無いでしょう。

 おそらく、戦いに挑む以上、リオンは勝利の自信と確信をもって、万全の手を尽くしている筈です」


 私を、正確には私の手首を見やりフェイは呟く。

 視線がそこに落ちた瞬間、私は自分の傷跡が、まるで「鍵」みたいに見えて、ぞっとした。


「なら……」

「ただ、それは自分の命を賭し、おそらくは相手と刺し違える覚悟で。

 相手は本拠地で、リオンを逃がさないように手段を講じている筈です。

 自分は戻らない覚悟で、敵と相打ち、リオンは僕達に力をつける猶予を与えようとしているのではないでしょうか?」

「そんな!」


 足元が、無くなったような気がした。

 膝から崩れ落ちて私はペタンと座り込んでしまう。

 みっともない震えが止まらない。

 リオンがいなくなる。それを考えただけで、世界が真っ暗になってしまう。

 嫌だ。絶対に嫌だ!

 視界が滲む。泣くな、泣くな、と自分に言い聞かせても、胸の奥がうるさくて。


「助けに行こう! リオンを迎えに!」

「はい。僕もそうするつもりです」

「でも、どこだ? どこにリオン兄はいるんだよ!」


 アルの言葉に、私は目を閉じた。

 自分の全身全霊を働かせる。

 目も耳も脳も指先も、力を貸してくれる精霊も、全てをフル活用してただ、ただリオンの事だけを思う。

 怖い、悲しい、怒ってる、全部ごちゃまぜのまま。――それでも、考える。

 過去の記憶、思い出話、リオンの行動範囲、思考パターン。

 考えろ。何かきっと手がかりが…


「大神殿!!」


 私は稲妻のように降りて来た答えに立ち上がった。

 膝がまだ笑っているのに、立てる。――立たないと。


「本拠地なんだもの、大ボスはきっと大神殿にいる。

 そして大神殿にきっと隠し部屋みたいなところがあって、そこにリオン達はいるんだ!」

「どうして、そう思うんです?」

「アルケディウスの神殿に、中枢に繋がる隠し部屋、あったもの! 大神殿にもきっとある!」


 ボスは隠し部屋で待ち構えている、のがお約束、なんて茶化すつもりはない。

 ただ、かつて勇者だった時代、死んだのは大神殿だった筈だし、騎士とライオット皇子は中に入れず外で待っていた。

 ならば『精霊』か『神』の力を持つものしか入れない隠し部屋があるのではないだろうか。

 理屈を並べて、自分の足を動かす。怖さに飲まれないために。


「敵の首魁がいるのなら、確かに大神殿でしょうね…」


 行くべき場所、やるべき道を見つけたフェイの目には力が戻っている。

 頼もしい。――この人が一緒なら、私は折れない。


「ここ暫く見ていましたが、大神殿は攻め入る敵がいないせいか、内部の警戒は決して厳しくは無く、今は魔性の襲撃に備えて外界への警備の方が強められています。

 今なら、侵入も難しくはないかも……」

「行こう! 急いで!!」

「アルも来てくれますか? 隠し扉があるのなら、アルの目が必要です」

「置いてくつもりだったのか? 一緒に行くに決まってるだろ!」

「ありがとう。そこにあるフードつきのマントを羽織って。万が一、警備兵に見つかりアルケディウスの者だと知れるとやっかいです」

「解った」

「私は?」

「マリカは今、精霊の貴人(エルトリンデ) です。美しさに人が見惚れる事はあってもアルケディウスのマリカ皇女と同一人物だと、気付かれる可能性は無いでしょう……。

 あ、でもマントは着て下さい。

 色々と刺激が強いので」

「?」


 そして私達は大神殿に忍び込み、アルが見つけてくれた隠し部屋の扉を開けて(物理 全力全開の精霊の貴人の物の形を変える力、フルパワー全開でぶっ壊した)

 石が軋み、古い空気が肺に入る。鼻の奥がつんとする、冷えた匂い。


「見つけた! リオン!!」

「なっ!」

「フェイ! アル! リオン見つけたよ!」


 リオンを見つけ出したのだ。


 壁に預け、目を閉じていたので一瞬死んでいるのかと、本気で胸が冷やついた。

 喉の奥で心臓が鳴るみたいに、どくどくと鼓動がうるさい。


「マリカ…」


 直ぐに目を開けてくれたので安心したけれど、私を見つめる緑と黒のオッドアイ。

 それがあんまりにも意外なものを見る眼差しだったので、私は急にムカムカきて

 安心が怒りに変わるのが、自分でも乱暴だと思うのに止められない。


「バカッ!!」


 バチン!!

 全力で、リオンのほっぺをひっぱたいていた。


「なんで! 一人で! こんなところに!! いるの!! 大バカリオン!!!!!」


 外見はリオンのままだけれど、髪の毛は成長した『精霊の獣』なみに伸びている。

 所々に赤黒い血がこびりついて、同じように真っ赤に染まった手と、服と同じくここであったであろう戦いの厳しさを物語っていた。

 血の匂いがする。鉄みたいで、喉が渇く。

 そんな匂いを、彼の周りにまとわせたままにしたくない。


「その格好何!? また、一人で抱え込んで…。

 私達の為に無茶して………」


「マリカ」


 何か、リオンは言いかけたのかもしれない、と思うけれどもそれを聞いてあげる余裕は私達には全くない。

 聞いたら、きっと私は崩れる。だから今は聞けない。


 私達が入った時、部屋は燃え上がるように紅に染まっていた。

 自爆装置作動、炎上爆発5秒前、と言った感じ。

 熱が肌を刺す。空気が重い。息を吸うたびに焦げの味がする。


 私達が部屋を出て直ぐに、爆発音がしたから、あながち間違っていなかったのではないだろうか。


「話と言い争いは後です。リオンを見つけたのなら、とにかく今は、この場を離れますよ!!」

「解った。フェイ。お願い!!」

「アル! 速くこっちへ!」

「おう!!!」


 だから、私はリオンの手を全力で引っ掴んで、私達の方に渾身の力で引っ張り寄せて。

 その手は熱くて、硬くて、ちゃんと「生きてる手」で――それだけで泣きそうになる。

 みんなで、戻ってきたのだ。


「すまなかった。俺が間違っていた。

 本当に悪い事をしたと思ってる」


 私、フェイ、アルの八つ当たりを全力で受け止めた後、リオンは、そう言って頭を垂れた。

 しゅんとした表情はしおらしく、絆されてしまいそうになるけれど、まだ許してあげない。

 絆されたら負け、じゃない。――また繰り返されたら、今度こそ耐えられない。


 私は厳しい顔を作って、腕組みしてリオンの前で仁王立った。


「そう。リオンが悪いの。全部」


 リオンがしでかした、今回の悪い事を指折り数えてみる。

 数えるほど増える怒りと、数えるほど蘇る恐怖。

 私達に何も言わずに敵の本拠に攻め込んだこと。

 大神殿の、真実の支配者だったエレシウス少年と、一人で対峙し殺めた事。

 大神殿の中枢を壊し、爆発炎上させた事は、見つかれば重犯罪者間違いなしだけれどそれは別にいい。

 問題はそこじゃない。罪状の話じゃない。


「一番悪いのは、何にも云わないで、一人で死ぬつもりだった事!

 約束したのに。分け合うって。神を倒すのも皆でって。

 力を合わせよう。自分を大事にしろって、自分で言ったくせに!!」

「悪かった。本当に、悪かったと思ってる。

 今考えれば、お前達に辛い事や面倒事、全部押し付けて自分は逃げる、最悪な方法だよな」


 俯き反省のポーズで言うリオンは、まだ解ってない。

 「面倒事」じゃない。

 それが「重い」から一人で背負うんじゃない。

 私達の気持ちの話だ。


 呆れたように肩を竦め、フェイは言い含める。


「そういう意味じゃありません。リオン。

 僕達の前から、貴方が消える。それが何より、最悪の罪なんです」


 そうだ、言ってやって。フェイ。

 リオンが解っていない、一番の基本事項を。

 その言葉が、胸にすとんと落ちて、私は頷きたくなるのに、こらえる。


「貴方は僕達の要であり、柱だ。

 リオンがいなくなったら、僕達は敵討ちとして敵を倒すことしかきっと考えられなくなる。

 貴方が望んだ様に、穏やかに生きて、着実に力をつけて世界を神から取り戻すなんてことは、絶対にできません」

「ま、そうだな。後先考えずに神を見つけてぶっ殺す。

 その為に突っ走るフェイ兄とマリカしか見えねえぜ」

「……うっ」


 反論を封じられたリオンにさらにフェイが追い打ちをかける。


「想像してみて下さい。

 もし、マリカが僕達、リオンを庇って神の手で命を落とした。

 復讐なんてしないで、平和に生きて、と言い残したとしてリオンはそれを守りますか?」


 私は、多分そんなしおらしい事は言わないと思うけれど、想像するよりも早くリオンの中では結論が出ているようだ。

 一瞬だけ目を見開いて、彼は拳を握りしめ、応える。


「……守らない。守れるわけがないだろう。俺は……多分、今以上に自分と神を許せなくなる。

 俺は、俺である全てを捨てても神を殺す」

「そう言う事です。マリカにも何度も言ってきている事ですが、貴方にもはっきり言います。

 自分を、リオン・アルフィリーガという存在を大事にして下さい。

 転生が許されている貴方達であっても、命は一つ。

 失われたら戻らない。

 転生できたとしても、それは前の貴方とは同じであっても、やはり違う存在なんです」

「ああ……身に染みた」


「リオン」


 俯くリオンに膝を合わせ、私はパチン、と両手でその頬を叩く。

 叩く音が、妙に大きく響いた。

 顔を挟む様に当てた手のひらに感じるリオンの体温に安堵して、その顔を、視線を、露に濡れたような瞳をくいと、引き寄せた。

 ここにいる。生きてる。――それだけを、確かめさせて。


「マリカ……」

「はっきり言っておくからね。私はリオンが死んだら、もしくは敵に捕らえられたとしても、地獄の底だろうと、星の彼方だろうと、追いかけて行って引っ張り戻す。

 もし邪魔する相手がいたら、それが『神』であろうと『星』であろうと容赦しないで蹴とばすから」

「ああ……解ってる。

 お前は、マリカは、そういう奴だって……知ってる」


 うん、リオンは、私の事をちゃんと解ってくれている。

 理解があるのに、どうして置いていこうとしたの。――その問いは、今は飲み込む。


「でも、そんなのイヤだから。

 めんどくさくて、怖いから。……もう、どこにもいかないで。

 私を……守って。私の(リーガ)……」


 ほっぺに当てていた手を、くるりと背中に回して、リオンに抱き付く。

 腕に力を込めたら、やっと息ができた。

 リオンは少しビックリしたような顔をしてから、私の背中に同じように手を回して、抱きしめてくれた。


「解った。約束する。

 もう黙って一人で行ったりしない。お前達を……お前を、おいて行ったりしないから」


 ああ、あったかい。

 本当にリオンだ。リオンが帰ってきたんだ。


 私はリオンの体温と、心臓の音を堪能する。

 伝わってくる、リオンの優しさに安心する。

 安心が、遅れて涙になりそうで、私は必死に瞼を閉じる。


 いつの間にか、私の一番安心できる場所は、リオンの腕の中になってたんだ。

 と気付いた時、張り詰めていたもの全てがフッ、と消えて身体と心が宙に浮かぶ。

 くらりと、どうしようもない睡魔が襲ってくる。

 怖さが消えたから、眠れる。――その事実が、また胸を締めつける。


「約束、やくそく……だから……ね」


 リオンの腕に抱き付いたまま、私は意識を手放した。

 でも、それは気絶でも、意識喪失でもない。

 二日ぶりの、甘くて優しい気持ちのいい、眠りの訪れだった。


◇◇◇


 腕の中で、シュルシュルと空気が抜けるような音がしてマリカが縮んでいくのを、俺は黙って見つめ、息を吐いた。

 本人は気付いていなかったろうけれど、他人から見たら、相当にヤバイ光景だった。

 今のは。

 胸の奥を握り潰されるみたいな、恐ろしくて、ありがたい光景。――戻ってきた、という事実が重すぎる。


 何せ、ぱっつんぱっつんのネグリジェを纏ったマント美女が、俺に抱き付いていたのだから。

 性別なんて単なる個体識別と用途の為に設定された意味の無いもの、自分には性欲などないと思っていたけど、どうやらそういう訳でもないらしいと500年の間、違う、この三年で気付いた。

 他の女性に関しては持ったことの無い、感じた事の無い感情(バグ)に、マリカを前にした時だけは振り回される。

 理屈の外側で、勝手に揺れる。自分が自分じゃないみたいになる。

 本当に、自分でもどうしようもない気持ちになるのは…俺が、アルフィリーガだからなのか、それとも…。


 完全に子どもに戻っても、ぺたりと貼りつき、俺の背中から回した手を戻さないマリカを落さないように、抱き直す。

 腕の中の重さが、やけに軽くて、怖い。


「離れませんね…どうします?」

「スキを見てベッドに戻すさ。もう精霊の力を隠す必要もないし、できないしな」


 女の子、しかも皇女の部屋に護衛騎士が忍び込んでいるのがバレたらとんでもないことになるから、慎重にいかないといけないが。

 まあ、なんとかなるだろう。

 ――そう思わないと、今すぐ崩れそうだ。


「隠す必要はない…って、大丈夫なんですか? 本当に。

『神』の直接の手足たる配下、隠れていた大神官を倒したという話ですが、遺された神官長や配下が犯人としてリオンを追う事は?

『神』がやってきて、リオンやマリカ、僕達に攻撃を仕掛けて来る事は?」

「絶対、とは言い切れないがほぼ、無いと思う」


 心配そうに俺達を見るフェイに俺は頭を振った。

 大丈夫だ、と言い切ってやりたいのに、世界はそんなに優しくない。だからせめて、俺が持っている「確度」を渡す。


「『神』は大神殿にはいない。どこかで何かをしていると、あいつは言っていた。

『神』は『星』とほぼ同じ。

 確かに存在しているけれども、直接人の世に関わることはしない、できない。

 介入する為には、手足たる代行者(端末)が必要なんだ」

「その手足を倒したから暫く大丈夫って?

 いざという時の代わりとか代理とかいねえの?」

「手足となる人型精霊(自立型端末)というのは『星』にとっても『神』にとってもそう容易く作れるモノじゃない。

『星』も『精霊の貴人(インターフェース)』の代わり(コピー)を用意する事はできず、その都度再生(リサイクル)させていた。

 肉体(ハード)もだけれど、精神(ソフト)が量産できないらしい。

 自らの(リソース)を切り分けた、基本的に唯一無二の存在なんだろう」

「リオン…何を言っているんですか?

 精霊古語でもない、理解できない単語をしゃべっていませんか?

 意味は通じているんですけれど、何を言っているのかよく解りません」


 僕が知らない言葉があるなんて…。

 怪訝そうな顔でフェイに問われて、その時俺は始めて気付いた。

 戦いの前と後では、全く、別物と言っていいほどに『俺』という存在が変質している事に。

 舌が勝手に、知らない語彙を引っ張り出す。思考の経路が、戦うための形に変わっている。

 原因は…アレか。


「…すまない。『神』の『大神官(端末)』の体液(情報)を浴びたせいで、一時的に混乱して(バグって)るんだ。多分…。

 気にしないでくれ。直ぐに治る」

「リオンが、そう言うなら…」

「色々あったからな、少し休んだ方がいいんじゃないか? 俺は戻っとくから」

「ああ、マリカを戻したら、そうさせて貰う。

 明日は色々とまた騒ぎになりそうだからな」


 マリカが目を覚ませば、帰国せずに留まっていた各国も動き出すだろう。

 中枢部の火災の影響で混乱しているだろうし、タイミングを見てエレシウスとも話をした方がいいかもしれない。

 …あの子は多分。俺達を追わない。

 大神官の帰りを待ち、世界を維持してくれるだろう。

 ミオルの弟だ、その辺は理解している。

 俺が奪ったものと、残したもの。その釣り合いの悪さが、胸の底に沈む。


「じゃあな。兄貴……。と、忘れ物」

「アル」


 気を効かせて、帰りかけてくれたアルが、マリカの反対、背中から、俺を抱きしめる。

 ぎゅう、と力を込めて。

 さっきのチョーク攻撃では無い。

 伝わるぬくもりは、ただただひたすらに優しい。

 ああ、こんなふうに触れられる資格が、俺にまだあるのか、と。


「もう、本当に、頼むから置いていくなよ…。

 俺は、人間だけど。どこまで言っても人間でしかないけれど…それでも兄貴達と、マリカとどこまでも一緒に行くんだ」

「ああ。悪かった。

 もうしない。約束する」


 そして暖かい。

 マリカと、ただひたむきに俺を慕ってくれるアルの優しさが冷えて強張った俺の身体に体温を戻してくれるようだ。

 それは救いで、同時に罰みたいでもある。――失う怖さを、はっきりと教えてくるから。


「ん、それじゃあ、今度こそおやすみ。リオン兄、フェイ兄」

「おやすみ」「おやすみなさい…」


 パタンと扉が閉じられ、部屋の中が静かになる。

 フェイと俺とマリカの三人だけ。

 何とも言えない、静寂が支配して居心地が悪い。

 戦いの熱が引いたあとに残る、空洞みたいな静けさ。


「リオン、そろそろマリカを戻してきた方がいいと思います。

 手伝います。行きましょう」

「ああ、頼む……」


 フェイもそう思ったのだろう。

 空気から逃げるように顔を背け、杖を掲げた。

 ああ、精霊(仲間)達にもだいぶ心配をかけたな、と思い出す。

 区切りが付いたら、埋め合わせはちゃんとしないと。

 俺が、俺でいるために。


 転移術でマリカの部屋に忍び込み、マリカをそっとベッドに戻して直ぐにもう一度転移。


  部屋に戻り、俺達は、ようやく二人に戻った。


「フェイ。お前にも本当に心配をかけた」

「リオン。いいえ、リオン・アルフィリーガ」


 スッと、流れるような仕草で、己の杖を前に置き、跪くフェイ。

 それは主に部下が捧げる忠誠の仕草だ。

 彼の膝の付き方に、迷いがない。怖いほどまっすぐだ。


「僕には、いえ、僕であっても貴方の真意や願い、そして存在の意味は解りません。

 ただ、貴方という存在が僕らにとってだけでは無く、この世界にとって柱なのだ、そのことだけは解るのです」

「フェイ……」

「だから、お願いです。もう二度と、置いて行かないで下さい。

 僕は貴方の隣でその身を守る貴方の魔術師。

 貴方のいない世界では、存在する意味がない。

 足手まといにならないように全力で力を付けますから…。どうか…お願いします」


 泣き出しそうな顔で、フェイは俺を見つめている。

 縋るような、泣き出しそうな眼差しは、主を必死で追い求める子犬のようだ。

 その目を見て、俺は逃げる場所を失う。――そして、逃げる気もなくなる。


 俺が選び、運命を変えてしまったフェイ。

 ならば、最期まで責任を持つのが、俺の役目だろう。


「ああ。約束する。

 二度と、一人で同じような事はしない。する時は必ずお前を連れていく。頼りにしているぞ。

 俺の魔術師(バディ)

「はい。必ず。這ってでもついていきます。地獄の底までも星の彼方までも」


 顔を見合わせ、くすりと笑い合い。

 笑えたことが、少しだけ救いだ。


「フェイ。湯あみの用意を頼めないか? 流石にこの格好のままじゃ明日、陛下達に顔を合わせる事ができない」

「解りました。あと、水の用意もした方がいいですね。

 エルーシュウィンには清めの儀式が必要でしょう?」

「流石、解ってるな」

「貴方の魔術師ですから。着替えの準備でもして待っていて下さい」

「頼んだ」「ええ。すぐ戻ります」


 いつものリオンとフェイに戻った。

 戻る事が出来たのだ。

 それでも――胸の奥のどこかが、まだ戦場に置き去りのままなのを感じる。


 扉が閉じられ、俺は一人になる。

 髪を元に戻し、洗い流す前に身体に残る、奴の血液(個体情報)を完全に取り込む。

 これができただけでも、あの戦いに意味はあった。

 今まで朧げに感じていただけで、理解できていなかったいろいろな情報(データ)管理権限(キー)を得て明確(クリア)になる。

 視界の霧が晴れていく代わりに、胸の底に冷たいものが沈む。知る、というのはそういうことだ。


「今の、俺とは違う、星の管理代行者…か」


 以前、俺が完全に覚醒して『精霊の獣』になってしまえば今の『リオン・アルフィリーガ』とは全く違う存在になってしまう、と魔王城の守護精霊(『星』の簡易端末)、エルフィリーネは言っていた。

 あの時は解らなかった言葉の意味が、今は理解できる気がする。

 理解できる、が――受け入れられる、とは限らない。


 (記憶領域)に蘇る奴の最期の言葉と表情を振り払う。

 振り払っても、貼り付いてくる。血の匂いみたいに。


「悪いな。

 俺はもうアルフィリーガ(神の端末)、じゃなくって『精霊の獣』なんだ。

 そうあれと、作られたからじゃない。

 俺が、そうしたいと願ったから」


 例え、俺が、俺達がそうあれと定義され、作られたものであっても、自分で選択する自由意思は与えられた。

 ならば、俺は、俺の大切に思うもの。帰る場所、迎えてくれる存在。

 守りたいと思う世界の為に戦う。

 例え、『(創造主)』を敵に回そうとも。

 ――恐れるな。俺は、もう決めた。


 目を閉じ、接続(アクセス)

 存在意義(レゾンテートル)再認証(リアクト)認証定義(デイファイン)


 俺は『リオン・アルフィリーガ』


『神』によって作られた精神(ソフト)と『星』に授けられた肉体(ハード)を持つ『(戦闘型)霊の獣(インターフェース)』だ。

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