大聖都 リオン視点 『帰還』
俺は一人歩いていた。
人気のない、大神殿。
その中を。
夜気は静まり返り、音という音が吸い込まれるように消えている。
それでも純白の大理石は月光を反射し、灯りがなくとも空間は異様なほど明るい。
この場所は侵入を想定していない。
守るべきは外敵ではなく、外界そのものなのだから。
深夜であっても純白の大理石が輝いて、灯りが必要も無い程に明るい。
外敵の侵入を基本想定していないから、警戒はそこまで厳しくない。
会議期間中に大よそのスケジュールは把握している。隙を突くなど造作も無い事だ。
足音が響くたび、五百年前の記憶が微かに揺れる。
この回廊も、この天井も、この静けさも。
覚えている。
俺の死を見届けた空間。
思えば今回の会議中、全ては離宮で行われていたから、大神殿そのものに入る機会は無かったな、と思い返す。
大神殿の中になど勿論、積極的に入りたいとは決して思わないけれど。
ここは俺が『俺』である最初の生。
勇者アルフィリーガが死んだ場所。
そして、その後、今、この時まで二度と辿り着けなかった神の拠点であるのだから。
礼拝堂は無音だった。
祈りの残滓すら感じない。
中央の祭壇へ進み、背後の壁に手を触れる。
肌に伝わるのは石の冷たさではない。
管理中枢へと続く、異質な位相の振動。
静まり返った礼拝堂に入り最奥の祭壇の後ろの壁に手を触れ、俺は飛翔した。
空間が捻じれる。
座標を強制的に書き換え、許可を持たぬ侵入者として内部へ跳ぶ。
今、この大神殿に勤める者も多くは多分、知るまい。
この奥に隠し部屋、神の心臓部と言える場所があることを。
神に繋がる中枢石。
大昔、勇者だった俺はそこで『殺された』
あの時と同じ匂いがする。
閉鎖された循環の匂い。
許された者の前以外の前には開かれない扉。
当然、今の俺は許される筈も無いから能力で、跳んだのだ。
罠が仕掛けられているであろう事は承知の上。
奴がいる。
理由は、それで十分だ。
着地する。
ひらり、と着地すると足が敷き詰められた蒼い床を踏んだ。
周囲は白い壁。
中央には薄く虹色に輝く、大きな石が浮かんでいる。
あの時と、様子は殆ど変わってはいない。
石は脈打っている。
規則正しく。
この世界の演算と循環を司る心臓部だ。
以前、マリカが言っていたっけ。
アルケディウスの神殿にも似た隠し部屋があったと。
俺は知らなかったが、きっとここに似たものだろうと推察できる。
『神』と『星』と七つの従属神。
それらは皆、同じ起源をもっている筈だから。
空気が歪むと同時。
「やあ、お帰り。アルフィリーガ。随分と長い旅だったじゃないか?
ずっと、待ちくたびれていたんだよ」
声が響いた。
軽い。
だが、この空間と同質の冷たさを孕んでいる。
まるで友人に話しかけるような親し気な声が、俺の名を呼ぶ。
やっぱり待ち構えていたか。
少年というより子ども、高くカンに触る声は500年前と全く変わらない。
「お前は、まったく変わらないな。
相変わらず、自分勝手で悪趣味だ」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
怒りはとうに通り越している。
だから、そう素直に言ってやった。
どうせ誰もこいつにそんな事を告げはしないだろう。
「ふーん。気付いてたんだ。顔にも仕草にもそんなそぶりは見えなかったけれど。
隠し事が上手になったんだね」
「500年もあればそんな腹芸が嫌でも身に着くさ。貴様程ではなくても。
大神官 フェデリクス・アルディクス」
呼び返す。
この世界の実質的な管理者。
大聖都 ルペア・カディナと世界の中枢たるこの場所を預かる、真実の支配者の名を。
俺達の前に小姓 エレシウスと名乗って現れた子どもは、ふわふわと、大地の軛と力を無視して、空に浮かんでいた。
肉体は子ども。
だが内側は演算装置だ。
俺と同じく。
大神官 フェデリクス・アルディクスは全く悪びれる様子も無くニヤニヤと笑って見せる。
人を、あらゆる者を小さな体で見下す眼差しは、500年前から本当に変わらない。
「エレシウス、とは悪い冗談だ。
ミオルの弟でお前の小姓だった奴じゃないか。
あいつと、入れ替わったのか?」
「まあ、そう。大神殿の長が子どもだと色々と都合が悪いだろ?
当時の神官長は色々と知り過ぎていたしー。
君が死んだ後に、エレシウスを育ててサクッとね。
あの子はいい子だから。僕と神の言う事なら何でも聞いてくれる」
胸の奥が微かに軋む。
五百年前の、名も顔も曖昧な少年の影。
もう500年前。
朧げにさえ覚えてるだけの。
ミオルが自分の弟分だ、神に救われた者同士、と紹介してくれた少年が兄の死後、どんな苦悩の果てに神官長等と名乗る老人になり、あの位置に辿り着いたのか解らない。
けれども兄を慕う無邪気な子どもだったあの子も、神とこいつの勝手と、俺の不手際に巻き込まれた犠牲者だろうと、少し申し訳なくなる。
「まずは、こいつを返すぞ。大神官」
俺は服の隠しから取り出したものをぶつけるように投げつけた。
オレンジ色の小さな結晶体。
やつは造作も無くキャッチするけれど。
「あれ? もう取っちゃってたの?」
「いつまでもこんなものをマリカの中に入れておけるか?」
「まあ、君がいるならそうするよね。だって、これのおかげで精霊の貴人と決別する事になったんだもの」
指先でカシュンと小さな音を立てて結晶は潰れ、光になって奴の体内に還る。
「ああ、俺の思いに同意し、授けられた『神』の『祝福』がまさかあんなものだとは思わなかった。
マリカ様が命を賭けて止めて外して下さらなかったら、俺はあのまま、神の手先にされていただろう。
マリカ様のおかげで『精霊の獣』として…死ぬことができた」
うーん、と唸り声を上げた奴は上目遣いで俺を見た。
困ったものを見るような、聞き分けの悪い子どもに言い聞かせるような目で。
「ねえ、アルフィリーガ。
君の『マリカ様』
いい加減、それが呪いだって、理解する気ない?
僕達はね、ずっと、本当にずっと前から君を待ってたんだよ。
やっと帰って来てくれたと思ったのに君は逃げ出して、……何度生まれ変わっても勝手に生きて、勝手に死んでしまう。
『星』は君を良いように使ってるだけだと解らない愚かな君でも無い筈だろ。
早く戻ってきて欲しかったのに。一度見失うと見つけるの、本当に大変なんだからね!」
奴の言葉は軽い。
だがその裏にあるのは執着だ。
五百年、二十四回。
追跡と再捕獲を繰り返してきた管理者の声。
「……成程。だから、か? エリクスを使った今回の騒動は」
ようやく全てが一本に繋がった気がした。
偽勇者、暴走、聖なる乙女の演出。
舞台装置。それらは全て……
「そっ。君と、君の『マリカ様』を逃がさないようにする為。
表舞台から消えられるとまた探すのが面倒だからね」
我が意を得たりという顔で肩を竦める大神官。
「いい引き立て役になっただろう?
あの子は解りやすい。
エリクスは必ず、本物の勇者にライバル意識を持つ。
エリクスは必ず、憧れの戦士の娘に、始めて会う女の子に恋をする。
だからそれを利用して『勇者の転生よりも優れた戦士』を、『勇者の転生を助けた聖なる乙女』を世界に知らしめた。
何を考えてか解らないけれど、君達はこの世界の表舞台に戻ってきた。
だったら、もう逃がさない。勝手に退場なんかさせない。
首にしっかりと縄を付けさせて貰うさ」
縄。
最初から見られていた。
おそらく魔王城で魔性が俺達を見つけたあの瞬間から。
「君達がもっと早く戻ってきて、僕達にちゃんと協力してくれたのなら、こんな効率の悪い手段を使う必要は無く、もっと早く目的を果たせた。
本当に、あの500年前の失敗を後悔しなかった日は無いんだよ。
僕達はずっと待っていたんだ。君達の復活を」
「目的?」
「まったく。ミオルの裏切り者。『●●』のない肉体なんてただの素体に過ぎないのに、一番大事な『●●』を切り離して逃がすなんて…」
奴の呟きは、中枢石の振動に紛れて聞き取りづらい。
だが理解はできる。
五百年前。
俺は神の『設計』を拒否し、命を切り離した。
「『子ども達』を守る。彼らが幸せに生きる世界を作る。『神』は俺にそう言った。
『星』は、一人一人の人間が、子ども達が意志を持ち自由に、幸せに生きる世界を望み、俺達にそれを守れと命じている。
ならば『神』の目的はこの管理された不老不死世界では無かったのか?
俺達の身体を使い、星と人間を作り変え『星』の循環する力を奪ってまで作り上げたこの閉ざされた変化の無い、でも『平和』な世界は『神』の目的の達成ではない、と?」
問いは確認だ。返答を期待していたわけではない。
「もっちろん。ちがいまーす」
奴はくるりと回って笑う。
「『神』の目的はもっと純粋で揺ぎ無いものさ。
『子ども達』の幸せの為。
その目的の為に、今もあの方は全てを使い準備をしておられる…。
裏切り者の『星』のおかげであの方は今も苦労なさっておいでなんだ。
『星』が正しく役割を果たしてさえいれば、こんな苦労はしなくても済んだのに」
憎悪が滲む。
奴はそう刷り込まれ定義されているのだろう。
「だから、僕は『神』の為に『星』から全てを『奪い返す』
世界も、子ども達も。
そして『君達』も……」
「そんな事はさせるものか!」
これ以上は無駄だ。
俺は手を前に差し出す。
呼び寄せたバングルを砕いた。決意と共に。
『星』の加護。
十二年分の力が奔流となり溢れた。
「なっ!」
光が渦を巻く。
命の総量全てを開放して短剣を構える。
手にした小瓶を切り割って、中の液体を刀身に纏わせて。
「ここで、僕と戦おうというのかい?」
「ああ、そうだ…
「…ここでお前と『神』の影響力を殺す」
力が吸い込まれていく。
髪が腰まで伸びる。
身体は成長させない。
必要なのは殺意だけだ。
「なっ!」
呆然とするあいつの懐に、一気に踏み込んで俺はその背を石に叩き付けた。
石と奴の瞳が鈍く輝いている。
その光は互いを映す鏡のようで、奴の命と石の中枢が直結している証のようでもあった。
背に伝わる感触は子どもの体温。だが、その奥に蠢くものは、五百年の執念と神の意志だ。
「ここで、貴様を仕留め、この世界と神の接続を切り離す! 神の影響力をここで殺してみせる!」
「バカな! 僕を殺せばお前はここから…」
「覚悟の上だ。『神』は手足を失い、現実世界に介入する手段を無くす。でも死ぬわけではないから、不老不死世界は維持される。
そうすれば、後は力を付けて『神』を倒すだけ。
俺がいなくてもマリカ達ならきっとやってくれる」
言葉にした瞬間、胸の奥が軋む。
『俺がいなくても』――その言葉は自分の喉を裂く刃でもあった。
だが信じている。あいつらは、俺のいない世界でも前へ進めると。
「僕を仮に『殺せた』って無駄だ。お前と同じようにまた『転生』する。
五年もしないうちに戻ってきて、全ては元通りだ!」
「その五年があれば、マリカ達は世界を変える。必ず神を倒す力を手に入れて成し遂げると俺は信じている!」
五年。
たった五年。
だがあいつらなら、その五年で歴史を捻じ曲げる。
「ま、まさか…」
奴の顔が驚愕に歪んだ。
俺が『勝つ』ためではなく、『時間を稼ぐ』ために命を投げると理解したのだろう。
「君は、たかが、数年の時間稼ぎの為に命を賭そうというのか?」
「ああ、そうだ。貴様の事だ。他の誰にもマリカの正体を告げていまい。
『神』も他の奴を信じたりはしないだろう。
俺が願うのはマリカが世界を変える為の、後、数年の穏やかで幸せな時間なのだ」
穏やかな時間。
厨房で怒鳴る声。
子ども達を撫でる指。
くだらないことで笑う顔。
それが守れれば、俺の命など安いものだ。
「バカな…。アルフィリーガ、何故…そこまで」
「神以外に寄る辺を持たぬ貴様には解るまい。命よりも何よりも大切だと思う者があることを…」
それは告白でもあり、吐露だ。
勇者でも魔王でもない、ただのリオンの本音。
「待て! 止めろ! 解っているのか! お前は! 僕は…うくっ!!」
「黙れ」
首元に手をかける。
指に伝わる細い喉の震え。
子どもの体。
それでも容赦はしない。
「俺は、魔王にして精霊の獣 リオン・アルフィリーガ。
あらゆるものから『精霊』と、『星』と、『子ども達』を守る者」
宣言は、自分への楔であり誓いだ。
「……心配するな。一緒に……やる。それで、勝ったと思っておけ」
口元を押さえ、息を封じる。
もう何も聞かない。
「これで……終わりだ!
「ぐあああっ!!」
俺は奴の心臓を真っ直ぐに刺し貫いた。
肉を裂く感触。
骨に当たる鈍い衝撃。
吹きだす鮮血。
温度が、熱が、掌を濡らす。
アルフィリーガ時代も、転生を繰り返した時も。
人を殺めた事はなかった。勿論、リオンとしても初めてだ。
血に濡れた自分の手を一瞬見て、息が詰まる。
こんな手で、マリカに触れることはできないな。
そんな考えが、遅れて胸を締め付けた。
だが止めない。
剣を押し込み、石に触れさせた。
石が奴を呑み込み、発光する。
「悪いな…お前の主を殺して。お前を、生かしてやれなくて…」
部屋が軋む。
熱が膨れ上がる。
「はああっ!!!」
命を削る感覚。
視界が白で埋めつくされた。
身体の奥から力が抜けていく。
カシャン!
何かが壊れる音か耳に響き。
紅く染まった石が、明滅を始める。
「終った、な」
俺は息を吐く。
出口も空間も閉じたままだ。転移は完全に封じられている。
「やっぱり、ムリか。
すまない…エルーシュウィン。俺の最悪の決断に付き合わせて」
血と呪いに染まった、染めてしまった守り刀を、胸に抱きしめ詫びた。
予感は最初から。
ここは神の領域、一度入ればおそらく奴の許可なしには抜けられないだろう。
だからこそ、奴は自信をもってただ一人、ここで俺と対したのだ。
俺を手にし、捕え、今度こそ思うさま作り変えられると。
俺が、ここから生きて出る事を最初から捨てているとは思いもしなかったのかもしれないが。
奴を殺し、神と繋がる中枢を壊した後のことは五分と五分。
証拠隠滅に炎上するか、それとも闇に封じ込められるか。
どうやら爆発炎上になりそうだが、奴を殺し、鍵をかけられ、神と大神殿の接続を切り離し、全ての力を使い果たした俺にここから逃れる術はない。
「でも、きっとあいつらが後はなんとかしてくれるさ。
お前のことも、きっと見つけて助けてくれるから心配するな」
ふらつく身体をなんとか動かして壁に背を預ける。
「…まあ、二十四回目にして、やっとまともな結果を残せたかな」
転生は、もう望まないと誓った。
だから多分、ここで終わりだ。
俺は短剣を懐に入れると、目を閉じた。
瞼を閉じている筈なのに、はっきりと目の前に見えるように映し出されるのは500年の人生の欠片。
それも、今世、しかも三年間のことが殆どだった。
フェイと出会った時のこと、アルを助けた事。ライオとの再会。
マリカの覚醒、魔王城での日々、アルケディウスの思い出。
騎士試験、夏と秋の戦、ライオの子ども、部下や仲間達。
敵地大聖都でのエリクスとの戦いや、ルイヴィル、プラーミァ王達との何気ない会話まで。
全てが輝いていた。
「ハ…ハハハ…」
涙ではなく、笑いが止まらない。
俺はこんなにも幸せだったのだ。と今更ながらに思い出す。
バカな話だ。
全てを捨て去る覚悟はできていた筈なのに、最期の瞬間に、こんなことを思い出すなんて。
……こんなにも心は彼等との日々を求めている。
石が放つ熱は上昇する一方、部屋はもう呼吸も出来ない程に熱い。
多分もう残された時間は殆ど無いだろう。
最期の最後で、みっともなくも本音が零れた。
「帰りたい…。あいつらの所へ」
流れ星にかける願いのようにそう呟いて、でも、諦めて。目を閉じたその瞬間。
ゴウン!!!!
いよいよ爆発したのかと錯覚した程に巨大な地響きが、部屋を揺らす。
と、同時。
「見つけた! リオン!!」
「なっ!」
「フェイ! アル! リオン見つけたよ!」
物理的に、壊れた壁。そこから『星』が飛び込んで来た。
漆黒の髪、紫の瞳を煌めかせて立つ誰よりも美しい光。
「見つけた! リオン!!」
「なっ!」
「フェイ! アル! リオン見つけたよ!」
壊れた壁から、光。
『精霊の貴人』
「マリカ…」
その名を呼んだ瞬間、胸が焼ける。
血に濡れた自分の手を見る。
触れたいのに、触れられない。
「バカッ!!」
バチン!!
そんな感傷に浸った一瞬に、頬が熱を帯びた。
「なんで! 一人で! こんなところに!! いるの!! 大バカリオン!!!!!」
眼の前の絶世の美女が、俺の頬を平手打ったのだ。
「なんで! 一人で! こんなところに!! いるの!! 大バカリオン!!!!!」
水晶のような瞳から、透き通る涙が溢れて来る。
「その格好何!? また、一人で抱え込んで…。
私達の為に無茶して………」
涙が雨のように降り注ぐ。
真っ赤な血に濡れた俺の手は、固く強張って雫を止めてやることも、動く事もできない。
その雫を拭う資格が自分にあるのか、躊躇う。
「マリカ…」
声が掠れる。言葉を探す。その時、手を握られた。
「話と言い争いは後です。リオンを見つけたのなら、とにかく今は、この場を離れますよ!!」
「解った。フェイ。お願い!!」
「アル! 速くこっちへ!」
「おう!!!」
呆然としたまま、部屋の外に引きだされた俺は、マリカに手を握られ、フェイに肩を抱えられ、待っていたアルに手を掴まれた。
血を気にしない手。手、手。
俺が躊躇っても、こいつらは躊躇わない。
同時、空間が歪み、跳んだ俺達は『帰っていた』
場所は、見慣れたアルケディウス居室、俺の部屋。
諦めていた現実に、居場所に。
いともあっさりと。
遠くで、地響きの音がする。
大神殿の奥での大爆発。
きっと外は大騒ぎだろう。
しかし俺にはそんなことはもう気にならなかった。
気にしている余裕がない、ともいえる。
何せ俺にとって、何よりも…神よりも恐ろしい三人が、尻もちをついた俺を、見下ろしているのだから。
「リオン! あそこで何してたの?」
「きっちり、はっきり、きっぱり、説明して貰いますよ」
「嘘や誤魔化しは許さねえからな」
恐ろしい形相で。
でも…心配をその眼に宿した優しい眼差しで…。
「解った。話す。話すから…」
目尻に不思議に熱い何かを感じて、三人に向けて広げた手でそれを拭う。
溢れ出ていた雫が、手を濡らす。
涙。
生きて、心をもってここに『自分』が在る、その証。
「ハハ、ハハハハハ!!」
涙が出る。
止まらない。
「な、何?」
「リオン?」
「なんだよ、急に?」
「ハハハハハ! アハハ! ワハハハハ!!」
突然、バカ笑いを始めた俺を、三人が首を傾げて見ている。
理由が解らないという様に。
そうだろう、俺だって解らない。
可笑しい、嬉しい、ありえない。
俺は、生きている。
帰ってきたのだ。
あの閉ざされた空間から、こいつらの待つ世界へと。
思うさま笑い、息を整えた俺は深く息を吐き出し、立ち上がった。
しなくてはならなことがたくさんある。
まずは説明と、謝罪。
身勝手の後始末。エルーシュウィンも、清めてやらなくてはならない。
だが、それよりも先に、何よりも先に言わなくてはならない、言葉がある。
「ただいま。みんな。
心配かけてすまなかった」
小首を傾げ、顔を見合わせた三人は、意味が解らない、という顔で。
けれど微笑んで、俺が一番欲しかった言葉を返してくれた。
「リオン、お帰り」
「おかえりなさい」
「おかえり。リオン兄」
そう、俺は、帰ってきたのだ。
求め続け、願い続けた皆の元へと。




