大聖都 消えた少年
宴の前の厨房は、やっぱり戦場だ。
どこであろうと、変わらない
鍋が鳴り、包丁がまな板を叩き、竈の火が唸る。
湯気と香りが立ちこめる中で、誰もが一瞬も止まらない。
「会議、終わりました!
国王様が、御婦人方を迎えに別室に向かわれたようです」
「解った。
皆、前菜の盛り付けに入れ。見本を真似て美しく。
なるべく同じに盛り付けるのだ。各王達に差をつけるな!」
会議場からの伝令を受けて、ザーフトラク様が落ち着いた声で指示を出す。
仮にも大神殿の厨房を預かる料理人達だ。手際は良いし、無駄もない。
「グスターティオ様、主菜の準備をお願いします。
私はグラタンをオーブンに入れますので」
「待て。力仕事は私がやる。姫は盛り付けの確認を。火仕事は男手に任せておけ」
「助かります」
「うむ。竈の火口の都合もある、主菜はどちらを先に作る?」
「まずは鶏のから揚げを。
その後、ハンバーグを焼いて下さい。ハンバーグにはチーズが入っていますから、なるべく温かいままお出ししたいのです。
唐揚げはマヨネーズで下味をつけていますから、普通のものより柔らかく仕上がるはずですし、酸味のソースをかけることで少し冷めますので、温かみが残るくらいが丁度いいと思います。
ザーフトラク様、グラタンの準備が終わったらグスターティオ様に二度揚げを教えて下さい」
「了解した。姫君」
大神殿の料理長グスターティオ様は、すっかり協力体制に入ってくれている。
昨夜、私が不在の間にコンソメスープの仕込みを一緒にして意気投合したらしい。
忙しいけれど、流れは止まらない。
「……!」
「姫?」
「大丈夫です。ちょっと欠伸が出ただけです」
眠気が、波のように押し寄せる。
気を抜くと足元がふらつきそうになる。
「やはり休んだ方がいいのではないか?
昨夜は徹夜であったのだろう? 戦場から戻り、ほぼ直接厨房に戻ってきたのではないか?」
「お風呂には入って身を清めましたし、着替えもしました。
大丈夫です。一度引き受けた以上、責任を持ちたいんです」
心配してくれるザーフトラク様に、私は首を横に振る。
今回は国王会議終了の宴。
各国王と王配が並ぶ、最高ランクの席の料理だ。
しかも醤油と酒を使った、いつもと違う構成だし。
ザーフトラク様以外に『正しい味』を知らないし。
責任を取る意味でも、私はここに立っていなければならない。
神官長の命で毒見は済ませた。
給仕は専門家に任せている。
だから私は、料理の最終確認に集中だ。
「ならば、時々は休憩しながら差配してくれ」
「うむ、『聖なる乙女』に倒れられては国中どころか大陸中の恨みを買う事になる」
「違います! 私は『聖なる乙女』なんかじゃないですから」
思わず強く言ってしまった。
ザーフトラク様とグスターティオ様が目を瞬かせる。
でも、ここは否定しないといけない。
でないと私は、本当に『聖なる乙女』にされてしまう。
サーシュラとサラダチキンを盛り付けながら、昨夜のことを思い出す。
まさか、料理のために頼んだ鶏肉があんな騒動にのもとになるなんて、思っていなかった。
――――――
宴席用の鶏肉の追加を大神殿に頼んだことから、全ては始まった。
私の注文を受け、小姓とエリクスは深夜にも関わらず城下町の牧場へ向かったらしい。
どうしてエリクスまで付いて行ったのかは分からない。
けれどそこに、魔性が現れた。
牧場の家畜に爪を立て、牙を剥き、働く人達にも襲いかかる。
伝令の小姓は息を切らしながら言っていた。
深夜だったから町の住民はほぼ家にいたが、魔性はまるで何かを探すように精霊を、人を、命を嗅ぎ分けていた、と。
エリクスは小姓の一人を伝令に出し、残りと牧場の人々を小屋へ押し込み、入り口を守るように戦った。
突然あれほどの数が現れた理由は分からない
『魔王』が王族集結を知って襲撃したのでは、という声もあったけれど。
(だって私じゃないもん)
内心でそう思ってしまう自分に、少しだけ苦笑する。
大聖都の主戦力と各国の有志が一斉に向かった。
アルケディウスの守備隊、他国の勇士、精霊術士。
彼らも魔性の増加を確かめたかったのだろう。
そこに、私も連れ出された。
神官長の『予言』のせいで。
『聖なる乙女がいれば無傷で勝利できる。しかし祝福がなければ大切なものを失う』
迷惑な話だと思う。
結果的に、出血性ショックで命を落とす寸前だったエリクスを助けることができた。
その点では、行ってよかったと思う。
ただ――そのせいで、とんでもない事になった。
戦士や騎士が見てしまった。
止血と心臓マッサージ。
人工呼吸。
そして、心臓が止まっていたエリクスが息を吹き返すところを。
「信じられない。てっきり死んだと思ったのに」
「姫君の祝福と同時に、勇者の転生が息を吹き返した!」
私は何度も言った。
あれは知識だ、技術だと。
でも誰も信じない。
特に大聖都の騎士と小姓達が言い広めたせいで、私は勇者を救った『聖なる乙女』になってしまった。
正直、外に出るのが怖い。
私は『聖なる乙女』が何なのかも分かっていないのに。
魔王だと疑われる覚悟はあった。
でも、崇められるなんて想像していなかった。
それに、リオンの言葉も引っかかっている。
「やられた」
あの意味は何だったのだろう。
帰り道、リオンは何も説明してくれなかった。
「お前は心配しなくていい。俺が……なんとかする」
そう言って笑ったけれど、あの目は違った。
何かを抱え込む時の目だ。
魔王城で精霊石を見た時。
私が転生を告白した時。
勇者の昔話を語る直前。
私達を守るために、一人で背負う時の目と同じ。
もどかしい。
問い詰めたいのに、きっと教えてくれないと分かっている。
――――――
「これから、どうなるんだろう……」
「姫君?」
「ごめんなさい、独り言です。そろそろグラタンを運んで下さい。熱いので気を付けて」
「はい」
考えても答えは出ない。
終わったら、リオンと話そう。
彼の重荷を一人で抱えさせないと約束したのだから。
「メインディッシュ、終わります」
「デザートはできております」
「急げ! 氷菓だ、溶けるぞ!」
最後の皿が運び出されると同時。
私はその場にへたり込んだ。
「お、終わったあ~~!」
やるべき事はやった。
後は、食べた人が決めること。
「これで、私の仕事は終わりですね」
「ああ。とりあえず区切りはついた」
リオンの所へ行こう。
そう思った瞬間、視界がぐらりと揺れた。
立ち上がろうとして、足に力が入らない。
世界が遠ざかる。
誰かに支えられた感覚はあったけれど、身体はもう動かない。
「! 姫? おい、しっかりしろ!」
「大丈夫なのか? ザーフトラク殿?」
「多分、心労と徹夜からくるお疲れだろう。誰か! 外に待機している護衛騎士を早く!」
そんな声が、遠くに聞きながら私は猛烈に襲い掛かる睡魔に抗ず、意識を手放したのだった。
気が付いた時、周囲は真っ暗だった。
眠っている寝台の感覚には覚えがあるから、自分のベッドにいるのだろう、と思う。
ただ、身体は動かない。全身が鉛でできたように重い。
意識は覚醒しているけれど、目も開けられない。
同時、私は手首に感じる『熱さ』に気が付いた。
違う、熱い、じゃない。痛い、だ。
痛熱い。何かが手首から流れていく。
その痛みで、私は目覚めたのだ。
暫くして、優しくて暖かい何かが、手首に触れる。
固く細い、でも優しい少年の指先が私の手首をそっと撫でると痛みは嘘のように消えて行った。
私にはそれがリオンだという事だけは解る。
手首に触れた唇の感触を、私達を守ってくれる指先を間違う筈はない。
私の目が動いたことに気付いたのだろうか。
スッと身体が引かれ、リオンの気配が遠ざかる。
「ゴメンな…」
(待って! リオン!!)
纏わりつく闇に抗い、戦ううちにリオンが消えた。
見えてなくても解る。感じる。
気配も、何もかももう、ここには無い。
まるで、闇に溶けるようにどこかに『行ってしまった』と感じるのだ。
ダメだ。
このまま行かせてはダメだ。
リオンを一人で行かせてはダメだ。絶対。
全身がそう訴えている。
早く、連れ戻さないと!
でも、身体は動かない。
まるで石になったように、闇に縛られているように。
涙が出て来た。
どうして、この身体は動かないのだろう。
どうして、この身体は小さいのだろう。
どうして、私はリオンを助けられないのだろう…。
誰か!
誰かお願い! 私の声を聴いて!
…腕が熱を帯びる。
誰か、誰か!!!
…胸が、とてつもなく熱い…。
誰か、リオンを助けて!!!
私はその熱を、全てを放出させた。
耳の奥に何かが響く。
何かが割れて、砕けた音だと気付くより早く。
自分の変わった姿に、気付くよりも早く。
嘘のように軽くなった身体で、心で。
私は『跳んだ』
リオンを助ける為に…。




