大聖都 大神殿の要請
リオンと偽勇者の戦いから二日が過ぎた。
明日には会議が終わるというのに、二人の戦いと、その後に続くフリュッスカイトのルイヴィル様との戦いは、大聖都と七王国の主要人物達の間でまだ下火にならない噂を提供し続けている。
噂というものは、便利だ。
火をつけた本人の手を離れ、勝手に大きくなり、勝手に形を変えて、勝手に遠くまで届く。
(……私はただ、面倒を止めたかっただけなのに)
そう思ってももう遅い。
大勢の目が、剣の一瞬を『物語』にしてしまった。
翌日の会談はフリュッスカイトとアーヴェントルクだったから、
「ごめんなさいね。うちのルイヴィルが戦いに乱入したことで、より騒ぎを大きくしてしまったでしょう?」
と、公主ナターティア様は開口一番謝罪して下さり、アーヴェントルクのザビドトゥーリス皇帝陛下は、
「実力者があのような戦いを公衆の面前でやるべき事ではない。
真の力、実力という者は隠し、いざという時の切り札に使うものだ」
と忠告混じりのお褒めの言葉を頂いた。
言葉は穏やかでも、空気は研ぎ澄まされている。
あの場にいた人達にとって、あれはただの見世物ではなく、国と国の『強さ』の気配を確かめ合う場でもあったのだろう。
特に皇帝陛下に、
「アーヴァントルクは武を重んじる国だからな。
強者には躊躇いの無い敬意を表する。
……今年の夏は簡単には勝たせぬぞ」
褒めつつも涼し気な笑みを浮かべられれば、リオンは苦笑して頭を下げるしかない。
ダークホースだった前回と違い、次の戦は研究、対処されることになるだろう。
他人事だけど、リオンには頑張って貰うしかない。
(……私の、護衛騎士だもんね)
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
聞くに各国とも一人ないし二人は国が誇る、人間の常識を超えた戦士がいるっぽい。
何も変わらぬ世界。
多くの人が自らを高めることを忘れた人々の中で、優れた天分の才を五百年怠らずに磨いた、ライオット皇子のような人達が。
プラーミァなら国王様やカーンダヴィットさん。
そしてフリュッスカイトならルイヴィル様。
「まさか、子どもの中に我らに迫る実力を見せる者がいるとは……」
すっかりリオンのことが気に入ったらしいルイヴィル様は、時間を見計らってはリオンを誘い、連れ出して戦士仲間に紹介してくれているのだとか。
「ルイヴィルに父親の才能があったとは思いもしなかったわ。
剣一筋で他に興味何もない堅物だと思っていたのに……」
「……公主様」
ナターティア様はお茶会でそう顔を綻ばせた。
ルイヴィル殿も照れくさそうだが、まんざらでもなさそうな様子。
リオンが本当に可愛いのかもしれない。
「それはそれとして、戦いに手を抜くような事はしないぞ」
「勿論です。ルイヴィル殿」
勇者としてではなく、一人の人間として同格の戦士に能力を認められるのは、リオンも嬉しいのだろう。
ライオット皇子とは別の方向性でルイヴィル様を慕っているようだ。
リオンがこの世界で認められていくのは、とても嬉しい。
「早くあの方達と肩を並べられるような大人になりたいもんだ」
零れた言葉は、リオンの本音だろう。
今年、私は十一歳、リオンは十三歳になる。
まだ道は遠い。
(遠いからこそ、行けるんだよね)
不意にそう思う。
積み上げる時間がある。伸びしろがある。
それは、子どもだけが持てる特権だ。
「あの戦いと『新しい食』の料理が会話の潤滑油にもなって、他国との交渉もこれ以上ない程にスムーズに進んでいる。
其方のおかげだな。マリカ」
皇王陛下にお褒め下さった通り、明日の最終会議に向けて各国の交渉は詰めの段階に入っている。
昨日のフリュッスカイト、アーヴェントルクの宴席も好評で、レシピを知りたいという話になり、料理留学生を受け入れることになった。
留学生一人を受け入れるにあたり、アルケディウスには一季節につき金貨五十枚が入ることになっている。
イメージ五千万円でかなり高めだけれども、一つにつき金貨一枚で取引しているレシピを最低三十以上身に着けて帰るし、覚えた人が国に帰って料理を広げていくから、長い目で見ればそこまでの高値ではない、と思っている。
貴族区画に寮も作っているので食住は完備だし。
(……お金の話をしてるのに、目的はお金じゃないんだよなあ)
自分の中で、いつも少しだけ矛盾が鳴る。
でも、世界を動かすには、どうしても数字が必要だ。
「料理留学生が料理を身に着け覚えた後、それを国で広めるのは良いのだな?」
「はい、それぞれの国にお任せします。
ただ、できれば、買い取り額以上で売りつけるような真似はしないで頂けると……」
私の目標は、世界中の人が不老不死前のように当たり前に料理を作って食べる日常だ。
料理を今のままの貴族階級の贅沢品にはしたくない。
材料の交換輸出入も、フリュッスカイト、エルディランド、プラーミァとは基本ラインができて、この春から少しずつ日持ちのする穀物、調味料などを中心に行われることになりそうだ。
アーヴェントルクは山地で穀物が実りにくいというけれど、その分、鉄鉱石、金銀宝石などが良く産出され、細工技術も高いという。
それらとの交換輸入で当面は食料品をアルケディウスや他国から確保することになった。
特にフリュッスカイトとプラーミァは、化粧品と食料品の輸出入が盛んになると思う。
交渉が後回しになってしまった秋二国、シュトルムスルフトとヒンメルヴェルエクトの両国はまだ様子見。
ただ、どちらも壮年の男性国王様で、奥様も微妙にお若く料理にも化粧品にも興味津々だったので、近いうちに交渉が始まるかもしれない。
「ネックはやっぱり輸送、だよねえ」
輸送技術が発展していないので、生鮮食料品の輸出入は困難なのが現状だ。
米、酒、醤油、オリーブオイルなど、今まで欲しくてたまらなかったものが他国から輸入できるようになってきたのは大進歩だけれども、各国の風土にあった食材もきっとある。
そういうのを実際に見たり、探して生かして行きたい。
カカオみたいに凄く美味しいものが打ち捨てられて、なんてことは多そうだ。
転移陣を作れれば楽なのだけれども、他国に転移陣など下手に作ったら国防上大問題になるのは解っている。
皇女になっちゃった以上、私がほいほいと他国に行くのも難しい。
時間をかけて、ゆっくりと方法を探していくしかないかなあ。
「マ……様、マリカ様?」
「……はい、何でしょう?」
二日目の午餐、ヒンメルヴェルエクトとの夕食を終え、私は応接室のテーブルを借りて書き物をしていた。
留学生を派遣することになった四国に、会議終了までに手引書をお渡しすることになっているから。
ぼんやりしていた私は、ミュールズさんに声をかけられていることに気付かなかった。
いけない。
文書に誤字とかしてないといいんだけど?
(疲れてる……でも、ここで落としたら嫌だ)
指先が少し震えるのを、机の縁に押しつけて止める。
「皇王陛下がお呼びです。
なんでも大聖都からの使者が、マリカ様にご相談がある、とかで」
「大聖都の? 何でしょう?」
私はそう言われて、あの戦いのあと、初めて偽勇者のことを思い出した。
忙しくて、すっかり忘れてたけど、あの後、どうしただろうか?
多分、相当に叩きのめされている筈だけれど、そこから立ち直るのは自分にしかできないことだ。
私からは声をかけないと決めている。
「もう夜も遅いのですが、火急とのお話なのでおいでいただけますか?」
「解りました。すぐ行きます」
私は筆記用具を片付けると立ち上がった。
(火急、って言葉が出る時点で嫌な予感しかしないんだよね……)
胸の奥に、小さな棘が刺さったまま抜けない。
そして到着してみれば、予感通り、嫌な仕事、が待っていた。
「終了の宴の差配をマリカに?」
「はい。神官長がぜひとも姫君のお力をお借りしたい、とのおおせです」
皇王陛下に礼を取り、書状を指し出したのは、この間の小姓の少年。
確か、エレシウス君、だったっけ?
要請書には確かに、国王会議終了後の宴、その料理を手伝って欲しいと書かれてある。
(……宴の料理を、私が?)
喉の奥が少し渇く。
表情には出さないようにしながら、私は文面を追う。
「大神殿にも料理人さんはおいででしょう?
ポッと出の小娘に、年に一度の晴れ舞台を奪われてはお嫌な気分になりませんか?」
「なるとしても、それを表に出す様なことはしないでしょう。神官長の命令ですから」
……やっぱりなるんだ。
そういう気配を想像できてしまう自分が、少し嫌だ。
けれど現実は、だいたいそういうところに落ち着く。
それでも押し通すほど、神官長が『新しい食』に興味を持っていたとは思えないのだけれど……?
「先日、勇者の転生、エリクスに携帯食の入ったバスケットを下さいましたでしょう?
あれを味見する機会があり、神官長もアルケディウスの『新しい食』により真剣な興味をお持ちになっているようです」
疑問に思った心を読むように、エレシウス少年が語ってくれた。
なるほど。そういうことならありえるか。
リオンとエリクスの決闘の後、渡したバスケットにはサンドイッチに肉団子、卵焼きに腸詰などを詰め込んでおいた。
デザート代わりのパウンドケーキと、少しだけチョコレートも。
一人分よりは遥かに量はあっただろうから、それが他の人の口に入り、噂になり、神官長が――ということもあるだろう。
「僕らも少しご相伴に預かりましたが、驚くくらい美味でした。
あんな見事な料理を作れる姫君は凄いと、皆申しておりましたよ」
「皆?」
「小姓部屋の者達です。
大聖都にいるので他所の子ども上がりよりはかなり恵まれた生活をさせて頂いておりますが、それでもあの『味』は刺激的でした。
決闘の敗北に呆然としていたエリクス様は、あの食を食べた途端に目を輝かせ、何かを考え出したようです。
僕達も残り物を頂いたのですが、長らく食とは縁遠い生活をしていたので、本当に『美味しい』ということを産まれて初めて経験した気がします」
他の子ども達も、あのバスケットの食事を食べ、喜んでくれたのはとても嬉しい事だ。
胸の奥が、ほっと温かくなる。
……けれど、少しだけ気になった。
「長らく?」
「小姓部屋の者達は子どもの姿をしていますが、大半が不老不死者ですから。
勇者の転生を探す中、見つけ出された精霊の恵み深き子は、その祝福を失わぬように、子どもの姿のまま不老不死になることができるのです」
「子どもの姿のまま……不老不死に?」
言葉が、喉に引っかかる。
理解はできる。理屈も、仕組みも。
でも――胸が冷える。
「騎士団や、大神殿の下働きとなりそのまま死していく子どもに比べると、よほど恵まれておりますよ。
読み書きも教えて頂いておりますし、衣服や住生活に困ることはありませんから」
本当にエレシウス少年は、自らが幸せであると確信した顔で語っている。
その確信が、私の背筋をぞわりと撫でた。
(……永遠に、大人になれない)
その事実が、明るい顔で語られる。
リオンは、あんなに大人になることを切望し続けているのに。
成長して、強くなって、胸を張って、守れる自分になりたいと。
それを――『祝福を失わぬように』という言葉で、止める。
大神殿は、何ということをするのだろう。
「話がそれましたが、如何でしょうか? 姫君。
各国王も皆さまアルケディウスの料理を絶賛しており、大聖都の代わり映えしない料理では満足いただけないでしょう。
宴の準備をお手伝い頂けませんでしょうか?」
私は一度、息を整えた。
冷えた背筋を、心の中で撫で戻す。
(今は仕事。考えるのは後)
そうしないと、顔に出る。
「明日は宴席の用意もありませんし、お祖父様のお許しが頂けるのなら構いません。
ただ、アルケディウスには二十人以上の宴席の料理を賄うだけの材料の余裕はもう無いので、大神殿でご用意している食材を使わせて頂きたいですが?」
「私も、大聖都の食よりはマリカの差配する料理を食べられるなら、その方が良いので構わぬが、できるか?」
「どんな材料が用意されているのでしょうか?」
「スープ用のエナ、サーシュラ。
茹でて出す予定のパータト、丸焼き用の鶏肉とイノシシ肉、後は固焼きパン用の小麦粉、ワインとセフィーレ。砂糖、香辛料はたっぷりございます」
頭の中で、食材が並び替えられる。
足りる。工夫できる。段取りも回せるかな。
マヨネーズはかなり作って持って来てある。
ビネガーも、まだ残っている。エルディランドから頂いたお酒とお醤油も使える。
プラーミァから頂いたナバナと、ヴェリココ、キトロンも残っていた筈。
生姜とニンニクもまだあったよね。
チョコレートはあと少し。
備蓄用のフルーツジャムは色々ある。
パン酵母も道具もあるけれど、今から仕込むのはギリギリかな。
私は考えながら顔を上げた。
「貴重な調味料などを持ち出して使います。
レシピを教える事にもなる上に、皇女とアルケディウスの料理人を使うのです。
明日の昼餐なら、これから食材を確認しメニューを考え、明日の朝一から準備という余計な仕事が増えます。
必要経費以上の報酬は頂けるのでしょうか?」
「マリカ」
お祖父様が一応、大聖都に遠慮してか顔を顰める。
でも私は引かない。
私一人じゃ無理だ。ザーフトラク様にも手伝って貰わないといけない。
厨房の空気の悪さだってある。
最初のペルウィスさんのように、自分のフィールドを侵害されて怒る料理人さんの相手もしなくちゃならない。
その辺りまで含めて、これは『仕事』だ。
「その点についてはご心配なく。
満足の行く結果を出して頂ければ金貨十枚の報酬を出す上、今後アルケディウスの食料品輸入などに関わる通行料にも融通を効かせると、神官長は仰せです」
……金貨十枚。
(大きい。けど、本命は通行料の融通の方だね)
やっぱり神殿は、欲しいものがある時は一気に札を切る。
「ではあれば、お手伝いを致します。
これより宴が終わるまで厨房を自由に使う許可を。
厨房の皆様には、最低、邪魔はしない事を徹底させて下さいませ」
「承知いたしました」
「今は風の刻です。
準備を整え、空の刻には食材の確認と下ごしらえに料理人と厨房に向かいます」
「かしこまりました。後でお迎えに上がります」
エレシウス少年が去っていくのを見送って、皇王陛下が大きく息を吐き出す。
「やれやれ、ライオットやティラトリーツェが心配した通り、其方という存在は在るだけで騒動を巻き起こすのだな?」
「別に、今回は私のせいではございません。
騒動という程の事でもございませんでしょう?」
人聞きが悪い。
私はただ、料理をしただけだし。
こんなに早く大神官の目に留まったのは確かにちょっと意外だったけれど、『食』を推し進めていくなら、いずれ大聖都にも知れる事だ。
なら、巻き込んで協力させた方がいい。
「今回の件を成功させて、大聖都に恩が売れたら私、麦酒やエルディランドの酒に正式な許可を頂きたいと思うのです。
そうすれば大手を振って麦酒を輸出したり、エルディランドから輸入したりできますでしょう?」
「まだまだどちらも輸入や輸出出来る段階ではないがな」
「一度世に出てしまえば、今後需要は増える事はあっても減ることは無いと存じます。
今のうちに対処しておいた方が、後で大事業になってから介入されるよりもいいかと」
「……まったく、其方の智謀や覇気を半分でもトレランスやケントニスが持ちあわせてくれていたら、儂も楽が出来るのだがな」
「ハハハ……。でも今後は変わって来られるのではないでしょうか?」
私には単純に、やりたいことと目的があるだけだ。
その為に突っ走って、周りが見えてないといつも言われている。
でも皇子達だって、やりたいことが見つかれば、きっともっと動いてくれる筈。
偽勇者も、『勇者になる』以外の何かが見つかればいいのだけれど……。
(……あ)
そういえば、エレシウス少年にエリクスがあの後どうしてるか、聞けば良かった。
約束を守って顔を出さないでくれているので静かでいいけれど、静かすぎるのも少し怖い。
「そういう訳なので、皇王の料理人をお借りいたします。
私、ザーフトラク様と材料を確認して、下準備をしてまいりますので」
「もう夜遅い。無理はするなよ」
「ありがとうございます」
事情を説明したら、ザーフトラク様も助手さん達も快く応じてくれた。
「大神殿で、国王会議の宴席の料理を作る、か。料理人としては冥利に尽きるが緊張するな」
「急な話で申し訳ありません。
ですが、あまり気になさらず。私達はただ美味しい料理を作るだけ。それを食べるのがただ今回は王様達であるだけですから」
「商人皇女な其方らしい考え方だな」
ザーフトラク様の遠回りな賛辞に、私は笑みを作りながらも、ちょっと口の中が苦くなった。
私としては商人も皇女も料理人も魔王も、目的を叶える為の手段としてやっているだけなのだけれど、いつの間にかそっちがメインになりつつある。
早く保育士に戻りたいものだけれど……。
(戻れるのかな)
ふと、胸の奥で小さく鳴る。
聞こえないふりをして、私は歩く。
そんなこんなで時間が来て、私は大聖都の厨房に案内され、材料と機材の確認をした。
「オーブンあり、竈は三口。氷室もアリ。
流石大聖都の厨房ですね。大人数用だ」
「イノシシ肉は十分だな。角煮や生姜焼きは今回、各国王は食しているから別の料理にした方がいいだろう」
「定番のハンバーグですね。後は……鳥肉が丸焼き用の一匹で少し不安ですね。もう少し欲しい所かな。
むね肉とささ身をサラダに使って、あとは唐揚げにしましょう」
「鳥肉ですか。朝までに調達させましょう」
「お願いします。じゃあ、夜のうちに明日のパンの仕込みと、豚骨と鶏ガラのスープストックを下ごしらえしておいて、パウンドケーキを焼いておく。
残りは明日、ですね?」
メニューは前菜がエナとチーズとハムのカナッペ。
生ハムやチーズは多めに持って来てある。
コンソメスープ。
手作りサラダチキンとサーシュラのサラダ。
パータトのブラウンソースのグラタン。
メインはハンバーグと鶏のから揚げ。
蕪おろしと、醤油、お酢のポン酢風ソースでさっぱりと召し上がっていただこう。
デザートはパウンドケーキと、プラーミァのヴェリココとサフィーレで氷菓を作れば、とりあえず形になると思う。
「では、失礼して始めさせて頂きます」
「宜しくお願いします。僕は鳥肉の手配をしてきますから」
エレシウス少年はそう言って、厨房を出てしまった。
私達を睨む大聖都の料理人さん達には、とりあえず挨拶だけして、後は余分な事は言わない事にする。
面白くない、という視線は私にとっては慣れたもの。
でも料理人さんなら、私達の作業を見ているうちに直ぐに興味の方が勝る筈だ。
その実例が、そこにいらっしゃるし。
「私はコンソメスープと肉の処理をしておく。
マリカ姫、パンの仕込みとパウンドケーキの方をお願いする」
「いいんですか? 厨房に泊まり込みになっちゃいますよ」
「姫君に火の番をさせる訳にもいかないだろう。気にするな」
「じゃあ、お任せします」
それから二刻程、下準備をした私は、ザーフトラク様に後を任せて休憩に戻ることにした。
もう深夜。木の刻を過ぎているかもしれない。
(指が、甘い匂いする)
粉と砂糖と、少しだけチョコの香り。
疲れているのに、身体がまだ仕事を続けている感覚が残っていた。
部屋に戻る私をミーティラ様が労ってくれる。
「夜遅くまでお疲れ様。急な仕事で大変ね」
「ええ、でも、これもお役目ですから」
会議はいつも午前中に終わるというから、宴はその後の昼餐になるだろう。
明日は朝から大忙しくなりそうな気配だ。
一緒に廊下を歩いていると、
「あれ? なんだか周囲が騒がしいですね」
「本当。深夜だというのに何があったのかしら?」
大聖都の護衛騎士や兵士が慌ただしく駆け回っている。
その足音が、石の廊下に乾いた音を響かせる。
嫌な、音だ。
夜の静けさを割る音は、どうしてこんなに心をざわつかせるのだろう。
ミーティラ様が、そのうちの一人を呼び止めた。
「何があったのですか?」
「ルペア・カディナの城下町に、とんでもない数の魔性が現れたのです。
今、エリクス殿が一人で食い止めておられるとのことなので、救援に」
「「えっ!」」
……一人で?
一拍遅れて、背中が冷える。
あの子が。
あの、二日前に心を折ったばかりの、エリクスが?
「あ、アルケディウスの聖なる乙女。こちらにいらしたのですか?」
と、そこに一人の純白の鎧を身に着けた騎士が駆け寄って跪く。
純白。
夜の灯りの下で、その白さが異様に浮く。
まるで、夜そのものを拒むみたいに。
「突然のご無礼、お許し下さい。
私は大聖都の守護騎士団団長 レドウニツェ。
聖なる乙女に要請致します。どうか、我らの出陣に御同道を。
そしてご加護と祝福を与えたまえ」
「「えええっ!!」」
言葉が喉から飛び出した。
驚きだけではない。戸惑い。拒否。嫌な予感。
私が、出陣に?
『聖なる乙女』として?
さっきまで、パンの仕込みとパウンドケーキの話をしていたのに。
コンソメの段取りをして、明日の宴席のメニューを組み立てていたのに。
――同じ夜だ。
同じ廊下だ。
同じ呼吸のままなのに、世界が、別のものへと切り替わっていく。
国王会議最終日 深夜。
激動の一日の幕が今、開こうとしていた。




