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大聖都 『勇者』の求愛

 舞踏会終盤――まさに終わりの終わり。

 各テーブルも挨拶回りを終え、あるいは諦め、給仕たちがそっと片付けの準備を始める頃。


 華やぎの余韻と、終幕前の静けさが混ざり合う空気の中。

 彼は、やってきた。


「姫君、本日のラストダンスを、僕と踊って頂けないでしょうか?」

「え?」


 側に立つ皇王陛下や皇王妃様を完全に無視して。

 ただ一直線に。


 私の前まで歩み寄り、跪く。


 偽勇者エリクス。


 その所作はあまりにも自然で、まるで最初からこの場の主役は自分だと知っているかのようだった。


 私は、声も出ない。


「本来、舞踏会とはダンスや会談をもって友好を示す場。

 愛らしい姫君と踊りたい者は多かれど、姫君と踊れるのは護衛騎士殿以外では僕しかいないでしょう。

 どうか、僕に小精霊の祝福を賜りたく」

「下がれ! 無礼な」


 低く鋭い声。


 駆け寄ったリオンが、私とエリクスの間に割って入る。

 だが立ち上がったエリクスは、リオンを見下ろす。


 その視線は冷ややかで、余裕に満ちていた。


「おやおや、忠義深い護衛騎士殿。

 姫君を守ろうとするその行動は賞賛されるべきものではあるけれど……」


 わずかに口角を上げる。


「無礼はどちらかな?

 僕は今回の会議の主催にして監督役。

 大聖都大神殿の、これでも代表の一人だ。

 主催者が参加者の姫君に声をかけ、引き立てようとすることのどこが無礼だと?」

「言ったはずだ。アルケディウスは一人残らず『知っている』。

 ダンスなど、アルケディウスに踏み入り情報を収集するための方便だろう?」

「やれやれ、やはり僕は皇子に信用がないのかな?」


 肩を竦める。

 わざとらしいため息。


 だがその奥には計算がある。


「読みませんよ。

 そんなに便利な力じゃない。

 直接肌に触れないと意味のあるものは伝わってこないし、それだって断片的。

 相手が僕の『能力』を理解して読ませないと思えば、読むこともできない。

 ちゃんと手袋もしているでしょう?

 僕は純粋に、親愛なるライオット皇子の姫君と好を交わしたい。それだけです」

「それは貴様の言い分だ。

 本当に素手で触れないと解らないのか、相手が警戒していれば読めないのかなど、我々には解らない。

 姫君の、アルケディウスの秘密を探ろうとする大聖都の間者でない証拠がどこにある?」


「どこにもないですね。

 でも、そこは信じて貰うしかない。

 ……そもそも、他国には大聖都の命令を拒む権限などないのですから」


 空気が凍る。

 この世界の七国は基本的に対等。


 だが、大聖都は違う。

 不老不死という絶対の恩恵を握る、圧倒的上位。


 いかにアルケディウスが反神国であろうと、表向き逆らうことは出来ない。

 彼は、それを理解した上で。

 願いという名の命令をしている。


 ――サイテー。


「……行ってくるがいい。マリカ」

「お祖父様!」

「皇王陛下?」


 深い溜息。


「正直なところ、其方のラストダンスは必要だ。

 勇者殿がエスコートして下さるというのなら、逆らうことは出来ぬ」

「でも……」


 触れられたら心を読まれるかもしれない。

 そんな恐怖を抱えたまま、身を委ねて踊るなんて。


 皇王陛下は静かに息を吐く。


「そこは勇者殿を信用するしか無かろう。

 真実、アルケディウスと、敬愛すると言うライオットを敵に回しても聖なる『乙女』の心に踏み入るか。

 それとも誠実に対し、信頼を得るか。

 どちらが今後、永遠にも近い時を付き合うに有効か、解らぬほど愚かでは無い、と」

「無論、皇王陛下とライオット皇子の信頼を裏切る真似は致しません」


 皇王陛下の目が細まる。


「万が一、其方がマリカの心を暴き、それを利用して我らに迫ることあらば、貴方の『能力』を他国にも伝達いたします。よろしいかな?」


 それは明確な牽制。

 能力が知られれば、勇者としての価値は減退する。


「承知いたしました。

 では姫君、どうかお手を」


 白い上布の手袋。

 差し出された手。

 怖い。


 もし読まれたら。

 魔王城も、精霊も、リオンも。

 全部終わる。


 でも――


「よろしくお願いします」

「マリカ!」


 リオンの声を背に。

 私は視線で微笑み、エリクスの手を取った。


 ホール中央。


 何組かのペアが現れる。

 本当に、私がラストダンスに立つのを待っていたみたいだ。


 最後に踊るなら、リオンとが良かったな。


 甘やかなワルツが始まった。

 一・二・三。

 回転。

 リードは確かだ。


「少し顔を上げて頂けませんか? 姫君?」


 視線を上げ、顔を見た。

 碧の瞳。

 端正な顔。


 あー、美形だな。


 素直に思う。

 この顔で微笑まれたら、勇者の肩書きも相まって女性はメロメロだろう。


「確かに、皇子の面影がありますね。姫君は」

「そうですか?」

「ええ。揺るぎない芯の強さとか、目元に宿る意志とか」


 少し安堵する。


 今は、読んでいない。

 もし読んでいたら、血が繋がっていないことに気づくはず。


「……姫君に嫌われたくないので、正直に告白いたしますが、僕の読心など本当に大したことは無いのですよ」


 雪のような声。


「僕の能力は、護衛騎士殿が言った通り、保身の為のもの。

 相手が油断していれば読める。

 警戒されていれば殆ど解らない。

 実際、貴女のお父上の心は最後まで読めなかった」


 仮面が、少し外れるたように思えた。

 虚勢が剝がれればそこにいるのは、あるのは


「大神殿で、僕はいつも一人。

 勇者の転生は崇められても、友人はいない。

 あの少年騎士と仲良くなりたいと思うのも嘘ではない。

 たった一人の親友と離れているが故、彼を羨む気持ちも……」


 良く知った『子ども』の眼。

 怯えと孤独を宿した悲しい眼差しだ。


「美しい宵闇の姫君。

 どうか僕を嫌いにならないで頂けませんか?」


 自覚している。私は、弱い。

 子どものこういう訴えに。

 愛を知らず育った子に、本当に弱いのだ。


「お辛い思いを……されてきたのですね」


 この子も犠牲者かもしれない。


「別に、嫌いではございませんよ」


 可愛らしい笑みを作って答えた。

 エリクスの瞳が見開く。


 計算がないわけじゃない。

 でも私にとっては。


『せんせい、ぼくのことすき?』

『好きよ』


 と答えるのと同じだ。


「心を読むだの、圧力だの言われれば好きになる余裕はありません。

 ですが私はまだ、他国の方を誰も、好きでも嫌いでもないのです」

「では、私とも……」

「今はまだ、嫌いになる理由はございません。

 ですから変な圧力や脅しではなく、同じ一人の人間として、誠実な隣人から始めませんか?」

「姫君……」


 曲が終わる。

 万雷の拍手。


 エスコートされ保護者の元へと戻される。

 安堵したのもつかの間。


「先程はご無礼をお詫び申し上げます。

 アルケディウス皇王陛下。

 そして改めてお願いがございます」


 彼は、その保護者達へ深く頭を下げる。

 そして、再び私の前に膝を折る。


「姫君、麗しき宵闇の乙女。

 その星の顔と輝く心に、僕は魅了されてしまいました」


 手を取り、キス。

 えっ?


「どうか僕の求愛を受けて頂けないでしょうか?」

「え? えっ!!」


 場が凍った。

 リオンの視線が痛い。


 私だって解らない!


 何でそうなる!?

 お友達からって言ったよね!?

 ああもう、この子ほんと空気読まない!!


 かくして舞踏会は終焉を迎える。

 最後に、とんでもないスキャンダルを残して。

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