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大聖都 秋の戦の置き土産

 アルケディウス。

 女性の社交の主役は、すっかりアーヴァントルク皇女アンヌティーレ様から、フリュッスカイト公主ナターティア様に移っていた。


 美容の話とか、化粧品の話とか。

 フリュッスカイトはガラス工芸が盛んで、それから関連して化粧品も作られているという。


 ガラスは結構な化学工芸品だし、木灰などに含まれるソーダ類とかが関連しているのかもしれない。

 竈の灰などから普通の人は石鹸などを精製してるしね。

 ガラスは科学の原点――とは良く言ったもの。


「貴方達のような美しい子には、あんまりピンと来ないかもしれないけれど、人の身体は不老不死であっても手入れが必要なのよ。

 内側も、外側もね。

 手をかけた分だけ、必ず帰って来るわ」


 不老不死で外見が固定されている大人であっても、やっぱりそう思う人はいて、それなりの市場はやはりあるようだ。

 そこをしっかり捕えているあたり、この公主様はやはりただ者ではない。


「本当に、この新しい食、というのは素晴らしいわね。

 小麦の焼き菓子の話は良く聞いていましたけれど、このチョコレート? というのは始めてだわ。

 鮮烈で鮮やか、幸せの味ね」


 チョコレートを頬張り、幸せそうに微笑む顔つきに嘘やおべんちゃらは見えない。


「食、というのは人を内側から元気づける力となるのではないかしら。

 フリュッスカイトもでも研究してみようと思っているの。

 その為の留学生の派遣などを皇王陛下にお願いしたら、聞いて下さるかしら?」

「既にプラーミァからも留学生を受け入れていますし、大丈夫だと思いますが……」

「そう、なら後で正式に打診させて頂くわ」


 身分の高い他国の男女両方から高評価を得た事からしても、チョコレートも、食もかなりな人に受け入れられる可能性が高い――そう見た。


「そうそう。

 アルケディウスにはお伺いしたいことがございましたの」

「なんでございましょうか?」


 チョコレートに浸っていた公主様が、思い出したというように顔を上げる。

 答えるのは皇王妃様だ。


 チョコレートや新しい食、化粧品に関する直接の質問には私が答えるけれども、この場のホストは皇王妃様。

 私は余計な口出しはできない。


「冬の終わりに国境で何やら作業をしておりましたでしょう?

 あれはなにをしておいでだったのかしら?」


 けれど、この質問に関しては私が答えるしかなさそう。

 皇王妃様は視察には行かれなかったし、詳しくはご存知ない筈。


 とりあえず本当事は言わず、誤魔化すにしても――。


「カエラの木から『新しい食』に使用する食材を採取しておりました。それが『何か』は機密ですのでお教えできませんが」

「まあ、木から食材が?

 でも、木を切ったりしている様子は無かったという報告なのですが、どうやって?

 木の実などはもう難しくなっていましたでしょう?」


 どうやら、フリュッスカイトは本気で調査していたようだ。

 情報漏えいしていないか、後で確認してみないと。


「本当にそちらは機密ですのでお許し下さいませ」

「来年の戦で勝ってあの土地を取り戻せれば、教えて頂けるかしら?

 かなり大規模に作業していたようですから、来年奪い返されると困るでしょう?」

「御心配には及びません。来年もアルケディウスが勝ちますから」

「そう簡単にはいきませんよ。あ、そうそう」


 くすくすと笑いながら、公主様は場の隅に控える使用人達に目線をやり、


「そこの、そうさっき姫君と踊っていた貴方」


 護衛騎士――リオンの上でそれを止めた。


「俺、ですか?」

「ええ、貴方。貴方でしょう?

 秋の戦で我が国の策を悉く蹴散らし、敗北へと導いた少年騎士というのは」


 リオンはぎくり、とした顔で頭を下げる。

 けれど、その時点でもう公主様の言葉を肯定しているのとほぼ等しい。


「捕虜達を早々に帰してくれてありがとう。

 彼らは皆、口々に貴方の勇猛果敢な戦いぶりと、捕虜でありながら誠実に扱ってくれたことを褒めていました。

 振舞って貰ったという食事についても……」

「捕虜に食事を?」


 話題からすっかり外れてしまっていたアンヌティーレ様が、思わずと言った口調で割って入る。

 彼女もアルケディウスと毎年戦うアーヴェントルク皇女。

 戦の話となれば黙ってはいられないのだろう。


「ええ。肉を焼いただけの簡単なものだったと聞きますが、捕虜になって弱気になっていた心を誠実な対応と共に温め、力をくれたと随分な褒めようで。

 ここだけの話、今回の戦、国の将達よりも貴方の方が兵士達の評価、評判は高かったのですよ」

「……恐縮、です」

「その後、彼らが触れ回ってアルケディウスの『新しい食』が噂になって、先見の明で燻製器を買って肉の販売を始めていた店は大評判だとか」


 秋の戦の勝利の後、リオンは指揮官のトレランス皇子とライオット皇子の許可を得て、フリュッスカイトに囚われた兵士と交換に、捕えた兵士を全て開放したそうだ。

 フリュッスカイト側に囚われたアルケディウスの兵士が10とすれば、アルケディウスが捕えた兵士は500とか1000とか。

 圧倒的な差であったのに、躊躇なく開放に応じたアルケディウス――というかリオンに賛否両論はあったらしい。


 けれど、こういう結果になるのなら。

 やはり正解だった、という事だろう。

 反対していた人たちも、この声を聞けば文句は言えまい。


「フリュッスカイトの精霊石を奪取したのも貴方でしょう?

 本陣の隙を狙ったとはいえ、結界をどうやったらあんな手段で破れるのか。とフリュッスカイトの軍部は戦々恐々としたものですよ」

「子どもに負けるような用兵をフリュッスカイトはされておられたのですか?」


 漬け込む隙、面白いものを見つけた――というように会話に加わるアンヌティーレ様。

 公主様はそれをさらりと流す。


「長年の戦で良くない慣れがあったのも事実ですし。

 相手を低く見て同じ過ちを繰り返すより、相手の実力を賞賛し、対策を練るのがフリュッスカイトですから。

 とはいえ、例外もいますけどね……。

 ……ほら、あちらを見て?」

「え?」


 公主様がにこやかに指し示す、フリュッスカイトの席。

 何やら交渉をしているらしい男性の後方に立つ、逞しい体躯の男性が、こちらを凄く怖い顔で見ている。

 形相、と言っていい。


 視線で人を殺せるなら殺してやる――と言った、不機嫌極まりない顔。


「あれが、うちの護衛騎士団長ルイヴィル。

 自分が休憩していた隙を突かれて、本陣から精霊石を奪われた本人よ。

『正面突破されたのならまだしも、あんな奇策で!!』と荒れたのなんの。

 気を付けてね。

 この会議の間に廊下でばったり貴方に出くわしたりしたら、きっと雪辱戦を挑んで来るわ」


 喧嘩を売られた形になるリオンは、眉を寄せた。

 めんどくさい事になった――という表情だ。


 あの時と違ってリオンは今、精霊の力を封じているせいで身体能力は相当に落ちているし、他の人が見ている前で能力は使えない。


 そして、あのルイヴィル様。

 体格良くて、背も高くて、がっしりとした体躯はウルクスといい勝負だ。

 そして一国の騎士団長を務める相手。間違いなく強いだろう。


 二人が戦う事になったら、ほんとに面倒な事になる。


「えっと……止めて頂く、とかは?」

「目に入る範囲でなら止めますけれど、私的な場では……ねえ」


 面白がってる。

 絶対、この公主様、面白がってる!!


「まあ、アレも護衛騎士の端くれです。

 護衛対象がいる時や仕事中に、それを妨げるような真似はしないでしょう。

 ですから、本当に気を付けてね」

「御忠告、感謝いたします。公主様」


 皇王妃様が頭を下げる。

 何せ国を互いに率いているのだ。簡単に敗北などできる筈も無い。

 真剣勝負はきっと見物だろうけれど、リオンが圧倒的不利。


 避けるに越したことはない。

 リオンには、なるべく私の側についていて貰おう。


「話は終わったか? そろそろ戻るぞ」

「はい、お父様。では、長らくお話させて頂きありがとうございました。

 とても楽しゅうございましたわ」


 国王同士の会話を終えたらしい皇帝陛下が戻ってくると、アンヌティーレ様は優美で見とれるような仕草で立ち上がった。


「おや、麗しのナターティア様。こちらにおいでとは。

 ……事前交渉のお邪魔をしてしまいましたかな?」


 わざとらしく言う皇帝陛下。

 さっきのプラーミァの兄王様じゃないけれど、けっこうな長っ尻は、他の国の交渉の時間を塞ぐ為ではないかと思う。


「いいえ。

 私も女でございますから。乙女達と美容品の話をしたり、『新しい食』の話をしたりするのは楽しゅうございました」


 優美に微笑む公主様も腰を上げる。

 彼女はこのまま皇王陛下との交渉に入るのだろう。

 遠いテーブルの国の苦い顔が見えるようだ。


「と、そこのお前」

「はっ!」


 帰り際、皇帝陛下が私達ではなく、後ろに向かって顎をしゃくる。

 指されたのはまた、リオンだ。


「第三皇子に見出され、フリュッスカイトを敗北させた少年騎士貴族の名は、アーヴェントルクにも届いている。

 だが、奇策で倒されるような甘い訓練、用兵をアーヴェントルクはしておらぬ。

 同じ手が二度通じると思うなよ」


 どうやらアンヌティーレ様が、さっきの会話を皇帝陛下に囁いたらしい。

 軍を重んじる傭兵皇帝というだけあって、戦ごとには敏感なようだ。


「今年の夏の戦で対するのを楽しみにしておりますわ」

「胸をお借りします」


 腰低く頭を下げるリオンを楽しげに哂って見遣ると、皇帝陛下は皇王妃様――と、ついでに私にも――にお辞儀をして、席に戻って行った。


 疲れた。

 なんだか、どっと疲れた。


「これ、マリカ。まだ終わった訳ではありませんよ。

 気を抜いてはなりません」

「はい!」


 公主様のように皇王陛下の挨拶の前に女性のテーブルへ突貫して来るようなことは、他の王様達にはできないだろう。

 けれど確かに、まだ終わった訳ではないのだから、気を緩ませてはいけない。


 私は背筋を伸ばし直した。


 でも、ちょっと頬が綻んでしまう。

 リオンの秋の戦の勝利は、良くも悪くも他国にちゃんと認められていたのだ。


 自分の料理や化粧品が褒められるよりも、私はそれが嬉しかった。

 リオンにとってはむしろ、大変かもしれないけれど。

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