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大聖都 女達の駆け引き

 颯爽と。

 そう表現するしかないような、美しい立ち姿で現れた女性は、私達の方をにっこり笑って眇める。


 私にとっては、


「誰?」


 と首を捻るしかない状態なのだけれど、私以外の人は当然、解っているようだ。


「まあ、ナターティア様。

 エル・トゥルヴィゼクス。

 ご無沙汰しております」


 椅子から立ち上がり、丁寧にお辞儀をする皇王妃様。

 どっかりと長椅子を独占していたアンヌティーレ様でさえ立ち上がり、目礼をする。


 その様子を見れば――多分、国王クラスの方なんだな、とは思う。

 けれど、ほんとに私にはどなたか解らないので、皇王妃様の真似をしてお辞儀するしかない。


「エル・トゥルヴィゼクス。

 皇王妃様。新しい皇女様。新年の良き日。お会いできましたことを寿がせて下さいませ。

 そしてアンヌティーレ様。

 お話の邪魔をしたこと、お許し下さいませね。どうしても逃せぬ話題だったようで、つい我慢ができなくなってしまいました」

「本当に、フリュッスカイトの公主様が立ち聞きの上、人の話に割り込むなど、あまり良い趣味ではございませんわ」


 フリュッスカイトの公主様。

 確か七王国中唯一の女性君主だと、以前聞いた。


 顔を顰め、あからさまな不快感を隠すこともしないアンヌティーレ様。

 それでも上位者として立てねばならぬ相手――納得だ。


「ええ、失礼ともちろん承知しておりますが、話がこと、美容品。

 しかも髪を美しくする方法とあれば、フリュッスカイトとしては聞き逃すわけには参りませんの。

 ガラスとアクセサリー、それに美容品は美を司ると自負するフリュッスカイトの主要産業でございますから」


 なるほど。

 フリュッスカイトは、そういう方向性の国なんだ――と理解した。


 女王陛下が治めているのなら、確かにそういうことに力を入れていそうだ。


「そういう訳で、驚かせてしまったかもしれませんが、可愛らしい皇女様。

 フリュッスカイトにもぜひ、お話を聞かせて頂けませんか?」

「は、はい……。皇王妃様」


 静かな依頼口調ではあるけれど、有無を言わせぬ迫力がある。

 ここで受けてしまっていいものなのか解らず、縋るように見た視線の先で、皇王妃様はにっこり微笑んで――


「勿論でございます、ナターティア様。

 アンヌティーレ様も、公主様とのお時間をきっと楽しんで下さいますわ」


 ね? と語りかける皇王妃様には、言葉にできない迫力が見えた。

 なんだかんだで皇王妃様も、アンヌティーレ様にいらついてたのかもしれない。


「それは……ええ。私もフリュッスカイトには色々お世話になっておりますので、御同席を賜るのは光栄でございます」

「ありがとうございます。アンヌティーレ様」


 どうぞ、と来客用の長椅子を半分譲るように身を返すアンヌティーレ様。

 優美な笑みを浮かべながら、ナターティア様は腰を落とす。


 なるほど。

 来客用の席が長椅子なのは、こういう事なのか。


 ナターティア様は、銀色の髪、水色の瞳――理知的な女性でいらっしゃった。

 女王陛下という言葉が、本当にしっくりくる。国母ではなく、国を率いる女王、だ。


 シンプルで、すんなりと長いイブニングドレスが、女性にしては高めの身長と均整の取れたスタイルを引き立てている。

 髪には精密な美しさを持つサークレット。

 向こうの世界でも見た事の無い程の豪奢な――でも派手さを感じさせない作りだ。


 気付いてみれば、他の人にサークレットを身に着けている人はいない。

 そこに気付けていれば、もっと早く気付けたかな――と反省する。


 ちなみにナターティア様はお一人(側近や護衛士はいるけれど)でいらっしゃっていた。


「美容の話に夫や息子は邪魔ですからね」


 促された葡萄酒を受け取りながら微笑するナターティア様に、ふーむ、と私は思う。

 フリュッスカイトではご主人は王ではなく王配の立場なんだな、と。


 王子……じゃなくって公主というなら、公子と呼ぶのかな?

 ……は当然、お妃がおいでだろうと思うけれど、ご同伴させるほどの親しさではないのだろうか。


 でも、この舞踏会の会話、どこまで他国に聞こえてるんだろうと不思議に思った。

 フリュッスカイトもアルケディウスの隣で、そんなに距離は離れていない。

 けれどここから私がフリュッスカイトの様子を伺おうとしても、よく解らない。


 遠いエルディランドやプラーミァはなおの事だ。


 相当、本気でこちらの様子を伺ってたのかな、フリュッスカイトは。

 ちょっと、怖み。


女達の駆け引き(後編)


「先の大祭の後、フリュッスカイトで王室御用達を務める店の者達が噂しておりましたの。

 フリュッスカイトでは美容品として使っていたオリーヴァの油を、アルケディウスは食用にする、と」


 葡萄酒の瓶を、優美な白い指で弄びながら、公主様は述べる。

 それが驚くべき美味であった、と感嘆の眼差しで。


「まあ、髪油をアルケディウスでは食するのですか?」


 割り込むアンヌティーレ様の言葉には、侮蔑――というか、ゲテモノを見るような嘲笑が宿る。

 まあ向こうの世界で例えるなら、シャンプーを食べているような感覚に思えるのかも。


 けれど、言っているご本人――ナターティア様の言葉には責めるものはない。

 むしろ賞賛に目を輝かせてる。


「伺って、ものは試しと国でも試してみたら確かに新鮮で、鮮烈な経験で。

 石のように固い固焼きパンを初めて美味だと思いましたわ。

 自国で生産されていた品の知らなかった魅力を他国に教わるなど、驚きでした」


「ナターティア様も、オリーヴァの油をお召し上がりに?」

「ええ。アルケディウスから戻ってきた業者が土産に、と献上した『ベーコン』という塩漬け肉をオリーヴァの油で煮込んだら、それはもう、天にも昇るような幸せな味でございました。

 口福などという言葉を、数百年ぶりに忘れていた脳裏から呼び戻した程」


 なるほど。

 この国でオリーブオイルの味を覚えた業者さん達は、公主様に報告するのにアヒージョを使ったのか。


 ラタトゥイユやブイヤベースは材料を揃えるのが大変だけれど、アヒージョなら良いオリーブオイルがあれば、あとニンニクでもあれば大抵のものが間違いなく美味しくなるもんね。

 作り方も簡単だし。


 うっとり恍惚、といった風情のナターティア様は、信じられないと目を丸くするアンヌティーレ様を気にも留めず、椅子から身体を乗り出す。


「加えて最近アルケディウスで売り出されていると、髪を美しく洗う液の存在も教えられまして、私も一度試してみましたが、フリュッスカイトの髪油とはまったく違う方向性で。

 でも、間違いなく髪が美しく艶やかになるのです。

 しかもオランジュの香りまでして、洗った後はスッキリ爽やか。フリュッスカイトの髪油とは違う感覚でビックリ致しました」


 良く見れば、ナターティア様の髪もさらさらで艶がある。

 蜂蜜シャンプーは貴族を中心に一般販売も始まったらしいし、大祭で本気で調べた商人なら手に入れる機会もあったろう。

 それが公主様の元まで届いたのか。


「ガラスや装飾品はフリュッスカイトの主要産業ですけれど、高価な品ですし、そう何度も買い替えられる物でもありません。

 その点、石鹸やクリーム、髪油などは女性に必要不可欠な消耗品ですからね。

 無くなれば何度でも買って貰える。単価は低くても継続的な経済効果を齎しますから」


 流石の経済感覚。

 甘く見ていた訳ではないけれど、王様達の、自国を潤すものに対する意識はかなり高いようだ。

 この公主様も、見た目を裏切らないキャリアタイプだと解る。


「話題の『新しい食』も勿論興味があるのですが、私はどちらかというと、そういう訳で美容品に興味がありますの。

 なので、皇王陛下と皇帝陛下のお話の邪魔をせず、こちらに直で参りました。

 やはり、美容品の話を聞くなら女性から、でしょうし。側に来てみないと解らない驚きもあって。

 無理を通してきたかいがあったというもの、ですわ」


 ナターティア様が私を見る目は賞賛と共に、商人がよく持つ値踏みするような視線が混じっている。

 多分、口紅と香料にも気付いておられるな、この方。


「もし、お許し頂けますのなら、私にも先ほどアンヌティーレ様とお話していた品を拝見させては頂けませんか?

 無論、タダとは申しません。正当に買い取る準備がございましてよ。

 欲しい欲しいと強請り集るつもりはございません。

 フリュッスカイトは、互いの為の正当な商取引を望んでおりますので」


 ぴくん、とアンヌティーレ様が肩を震わせた。

 当てこすられたのが解ったのだろう。

 今の今、本当に欲しい欲しいと化粧品を強請り取ったのだから。


「興味がお有りでしたら、ナターティア様にもお試し頂き、感想などを頂けますと今後の商品開発の参考になります。

 後ほどプラーミァや、他の国の方々にもお届けしようかと思っていた所ですから」

「代金は? どのくらいこの品物にお支払いすれば良いのかしら?」

「代金は、お試しですので結構です。気に入って頂けたらご贔屓頂くということで……。

 アルケディウスもフリュッスカイトには、新しい食の件で……オリーヴァの油の件以外でもお世話になる事が多くなりそうですから」

「あら、嬉しい事」


 ミーティラ様がもう一籠を用意して下さったので、それをナターティア様にお渡しする。

 明日の宴席の時にプラーミァにもお届けすれば角は立たないはずだ。


「これは何からできているのかしら?」


 シャンプーの瓶の蓋を開けて、ナターティア様がくん、と香りを嗅ぐ。


「なんだか、甘い匂い……」

「それは、まだ秘密という事にさせて下さい。

 フリュッスカイトも石鹸やクリームの材料の配合は門外不出でございましょう?」

「まあ、それもそうね……。こちらの口紅はなんだか、良く見知った香りがするけれど……」


 流石は化粧品産業の国のトップに立つ国主様。

 材料や配分の研究をされたら、割と簡単にバレてしまいそうだ。


「まあ、それはゆっくり」


 口紅とシャンプーを籠に戻し、ナターティア様が楽しげに笑う。


「食べ物と合わせて、これからの楽しみができたということにしておきましょう。

『乙女』達。これからも長い付き合いになるのです。仲良くして下さいね?」


 どこか面白がるように微笑むナターティア様の水色の瞳が、きらりと輝く。

 貴族とはまた違う、国を率いる者の胆力と行動力を感じて、私は背筋が寒くなるのを止めることはできなかった。

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