大聖都 女達の見えない戦い
まるで椅子取りゲームのようだ、と思った。
舞踏会の時間は有限で、全ての国に平等に挨拶に行くわけにはいかない。
自分の国の席を長く開けておくわけにもいかない。
だから、タイミングがきっと重要なのだ。
プラーミァ国がアルケディウスの席を去って直ぐ。
――もう、本当に直ぐの話。
「まったく、生意気な若造が、アレは確信犯だな」
次のお客様がやってきた。
腕を組み、鷹揚に肩を怒らせて来る金髪の男性。
「確信をもって我らの時間を塞いで行ったのだ。解っておられるのか。
アルケディウス皇王陛下」
「エル・トゥルヴィゼクス。
お待たせしてしまった様で申し訳ございませぬ。アーヴェントルク皇帝陛下」
他の国もどうやら同時に席を立ちかけたようだった。
けれど、一番近くのテーブル、というアドバンテージを取って、アルケディウスとの会談を勝ち得たのは隣国アーヴェントルクの皇帝陛下であった。
確か、アーヴェントルクは……。
「姫をアルケディウスに嫁がせたはプラーミァのみではない。
プラーミァが身内であるというのであれば、アーヴェントルクもまたアルケディウスと家族であるというのにな」
気に喰わない、と不満を隠そうともしない。
けれどアーヴェントルクの皇帝陛下も、新年の挨拶を返して下さった。
「マリカ。この方がアーヴェントルクの皇帝、ザビドトゥーリス陛下だ。
傭兵皇帝と言われ、軍の強さでは七王国一二を争うアーヴェントルクを率いておられる」
「ふん。最近はプラーミァこそが七王国最強だと若造が良い気になっているが、単独の兵士の強さはともかく、軍として練度と戦術、戦略に置いてアーヴェントルクに叶う国は無い」
「重々承知しております。アルケディウスもアーヴェントルクには負け越しております故」
「もう少し手ごたえのある戦いをせよと、ケントニスも告げておくがいい」
「お父様、そこまで厳しいことをおっしゃられなくても?
ケントニス皇子はアーヴェントルクにとっては、アドラクィーレを娶った大事な家族とも言える方でございますわ」
諌めるような声に、私はそこで初めて皇帝陛下の側に立つ女性に気付く。
家族総出でおいでになったプラーミァと違い、アーヴェントルクは夫人を席に残し、同伴者を伴ってきたようだ。
「一年ぶりでございます。皇王陛下。
今年、アドラクィーレは一緒ではないのですね。
会えるのを楽しみにしておりましたのに」
寂しげ――というより、どこか不満げな言葉を紡ぐのは、白くシンプルなドレスからは思いもよらない程、華やかな外見の女性であった。
「申し訳ございません。
今年は新しく皇族に加わった娘を披露目の為に連れてまいりました。
こちらはアンヌティーレ様、アーヴェントルクの聖女と呼ばれる方だ。アドラクィーレの姉君に当たられる。
大神殿の巫女姫も務めておいでだ」
さらさらのストレートの金髪。エメラルドのような――いや、光を弾く黄金の髪。
絵に描いたような美女がそこにいる。
姉上、と聞いたけれど見た目はアンヌティーレ様の方が若く見える。
素の美しさだけなら、メリーディエーラ様より上かもしれないと、素直に思った。
この世界では大人の女性は髪を結い上げるもの、となんだか思い込んでたけど違うのかな?
……と、いけないいけない。
それよりも挨拶が先。
「エル・トゥルヴィゼクス。アンヌティーレ様。
新年の良き日にこうしてお会いできた事に感謝申し上げます」
皇王陛下が紹介してくれた姫君に私がお辞儀をすると、上から目線ではあるけれど頷き、答えて下さる。
「始めまして。小さなお姫様。
身分低き生まれでありながら、皇家の一員となるなど、頑張っておいでですね。
アルケディウスにも聖なる乙女が生まれた、ということは、あの子もようやく分に合わぬ役割から解放される、ということかしら。
貴女には感謝しないといけませんわ」
……? 何だろう。
言葉の端々に、棘を感じる。
私だけじゃなくて、アドラクィーレ様にも。
仲が悪いのかな?
「私は皇帝陛下とこちらで話がある。
姫君のお相手を」
「かしこまりました。どうぞ。姫君こちらへ」
皇王妃様が促す。
けれどアンヌティーレ様はじっと、立ち尽くしておられる。
私を。
――正確には、私の髪を見て。
「なんでございましょうか?」
「随分と艶やかな髪ですわね。夜色の御髪に煌めく光が宿っていて、とても美しい事……。
フリュッスカイトの油でも、ここまでいきませんわ」
いきなり髪に手を伸ばされ、梳くように撫でられる。
ちょっとビックリ。初対面の相手に失礼じゃない?
と思うけれど、口には出さない。
「それに光り輝くような艶やかな唇。春を思わせる花の香り……。
幼子には勿体ないような美を、アルケディウスは新しい『乙女』に纏わせておいでですのね?」
「髪については、アルケディウスで最近開発、発売されたシャンプーという美容品を使っているのです。
髪につけて洗うと、とても艶やかになりますの。
興味がお有りでしたら後ほどお分け致しますわ」
「ぜひ。お願いいたしますわ。他のことも色々とお話を伺いたく」
プラーミァのお二方をお招きしたと同じように、皇王陛下は皇帝陛下と別のテーブルを使い、歓談用の小テーブルを女性用に使う。
でも、さっきと違うのは――
「どうぞ、今、菓子と葡萄酒を運ばせます」
「ありがとうございます。では、失礼させて頂きます」
皇王妃様が促した長椅子。
そのど真ん中に、アンヌティーレ様はドレスの裾を捌きながら――どっかと座ったのだ。
背後、周囲に取り巻きというか側近を侍らせて。
四人は悠々と座れる長椅子の真ん中に一人で腰をかけるということは、隣に誰も入れるつもりはない、という意思表示。
……プラーミァとは一緒の長椅子に座って話をしたのにな。
優美な笑みを貼り付ける皇女にして姫巫女たる女性に、私と皇王妃様は小さく息を落とす。
そして側の一人掛け用の椅子に、それぞれ座ったのだった。
「これが、先ほどプラーミァ国の方々が気に入っているとおっしゃった菓子ですか?」
「はい。チョコレート、と申します。
お口に合うかどうか解りませんが、もしよろしければぜひ。
マリカ……」
「はい。皇王妃様」
今度はしっかりと毒見役を果たして、チョコレートを口に入れる。
それからアンヌティーレ様に指し出す。
銀の小さなピックを刺して、一口で食べられるようにしたお菓子。
興味と怖れを宿した顔で手を伸ばす皇女様。
お菓子そのものはメジャーではなくても、上流階級なら口にしたことはあるだろう。
でも、これは特別製。
思った通り。
一つ口に入れたアンヌティーレ様は、驚愕に大きく目を見開いた。
「なんですの? これは?
大聖都の宴席でも食べた事の無い鮮烈な味わいです」
「プラーミァ国のカカオ、という木の実を加工して作ったチョコレートにございます。
こちらは小麦の粉を加工して作ったパウンドケーキ。チョコレートを混ぜ込んである、この会議の為の菓子です」
パウンドケーキも、アルケディウスやプラーミァでは好評だ。
さて、アーヴェントルクの評価はいかに。
「これが……アルケディウスが提唱する『新しい味』というものなのですか?」
「菓子は、あくまで新しい味、その一つでございますが……」
パウンドケーキを一つ口に運び、飲み込んだ後。
間を空けず、もう一つ。
その様子は、忌避されてはいないと解るものだった。
「とても、おいしゅうございますね。
今まで甘味というと果物を甘く煮付けたものや、砂糖菓子のようなものばかりでしたが、
このように口の中に存在感を残しつつ、ふんわりと甘く溶ける菓子は味わったことがありません」
「お気に召して頂けたのなら何よりでございます」
一通りの菓子を味わい終えれば、アンヌティーレ様の目はもう完全に獲物を狙う猛禽の目になっていた。
「新しい味の一つ、とおっしゃいましたが他にもございますの?
庶民の間では、肉の燻製と呼ばれるものが出回り始めているようですが、まだ王宮には殆ど入っては来ないのです」
「はい。菓子のみならず、スープ、サラダ、肉料理、パンなど多種多様に及びます。
今回、菓子作りを担当する料理人は既に百種類以上の料理を修めておりますれば」
「……まったく、アドラクィーレも困った子だこと」
はい?
わざとらしく大きなため息をついて見せるアンヌティーレ様。
私は脈絡のない話題の変化について行けず、瞬き三回。小首を傾げた。
何故にここで、アドラクィーレ様?
「アーヴェントルクの元皇女であるならば、先の化粧品も含め、国の益になることはもっと早くに知らせるべきなのです。
故郷を愛しく思うなら当然のこと。
ここ数百年、まともに文も寄越さなくなっていましたが、まさかこんな新技術の誕生を目の当たりにしながら、黙っているなんて。
あの子はやはり皇族の器ではないのですわ」
その瞬間、私の中で小さく音がした。
所謂、カチン、という奴。
アドラクィーレ様を庇うつもりとかは欠片も無い。けれど――
他国の、しかも第一皇子妃が他国にぽんぽん国の重要機密を知らせるような事をしたら、むしろそっちの方が皇族失格ではなかろうか?
皇王妃様も、あんまりいい気持では無さそうだ。
姉とはいえ、必要以上に妹を馬鹿にし下げる言い草は絶対良くない。
「ねえ、皇王妃様」
私達の思いを知ってか知らずか。
アンヌティーレ様は猫なで声ですり寄ってくる。
「シャンプーや化粧品、新しい食について、ぜひ、アーヴェントルクにもご贔屓を賜りたく」
「それは、国同士の交渉にて、ですわね。
見本の提供くらいならともかく、製法などについては金貨の取引になりますもの」
「まあ」
親しげを装っていた仮面が、驚愕に剥がれ落ちる。
アンヌティーレ様の目が震えている。
「家族とも言えるアーヴェントルクからも、アルケディウスはお金を取りますの?」
恨みがましく睨む目線で私達を見るアンヌティーレ様。
けれど皇王妃様の態度は変わらない。
「プラーミァとの料理の取引も、正当な契約とお金を頂いておりますもの。
化粧品に至っては、まだ他国とはどことも取引をしておりません。
これから国同士で話し合い、権利者であり発案者であるマリカが主となって、契約内容や販売について煮詰めてからの事ですわ」
「化粧品の権利者が、この小さな『乙女』である、と?」
「ええ、料理の権利もほぼ全て。先程の菓子も全て、この子の手作りですよ」
「皇族が手ずから料理を?」
信じられないものを見た、と憐れみ混じりの眼差しで私を見るアンヌティーレ様。
まあ、皇女が家事をなんて驚かれるのは仕方ない。
けれど、ほんと。
でも――プラーミァと態度が随分違うなあ。
知識と技術を持つ事を素直に賞賛してくれたプラーミァと違って、こう、蔑むような感情が滲んでいるのは気のせいではないと思う。
それがアーヴェントルク、アンヌティーレ様だけのことか、王侯貴族一般の対応なのかは解らないけれど。
「お小さいのにご苦労をされておいでですのね。
私、敬服いたしました。同じ『乙女』として、今後同じ場に立つ事もありましょう。
どうか、私を姉と思って仲良くして下さいませね」
「はい。どうかよろしくご指導下さいませ」
時々言葉に混じる『乙女』の意味が解らないけれど、とりあえず敵に回すのは得策ではない。
私は膝を折り、静かに礼を取った。そして――
「用意して置いたあれを持ってきて下さい」
「解りました」
ミーティラ様に頼んで持ってきてもらった小さな籠。
中に入っているのはシャンプーと、小さな貝殻に入った紅。
皇王妃様に視線を送り、了承の合図を貰ってから、私は籠ごと品をアンヌティーレ様に指し出す。
物で機嫌が取れるなら、やっておこう。
「シャンプーとリップクリーム。
髪の毛を洗う液と、唇を艶やかにする品です。お試し用ということでよろしければ。
まだ、プラーミァにもお渡ししていない品なのです。
アンヌティーレ様には特別という事で」
睨むような、挑むようなきつい眼差しが、ぱあっと花咲くものに変わる。
「ありがとうございます。早速試してみますわ」
籠を抱いて微笑むアンヌティーレ様。
解りやすいなあ。
美しい方はやっぱり、美に執着するのか。
ミーティラ様がお付きの人に使い方を説明し、アンヌティーレ様が、
「これは何でできておりますの?」
籠から瓶を取り出した――その時。
「……私もぜひ教えて頂けないでしょうか?」
柔らかく、それでいて鋭い声が割って入る。
「え?」
振り返った私は瞬きをして、その人物を見やった。
理知的な銀の髪。深い湖水のような蒼い瞳。
颯爽とした眼差しの、初めて見る美しい女性が、そこに立っている。




