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王都 新年の参賀と精霊の祝福

 ゴーン、ゴーン。


 重く、澄んだ鐘の音が夜の空を震わせる。


 星の二月 夜の刻の終わりを告げる音は、いつもより、大きな音で鳴るのだと、私は初めて知った。


 ただ時を知らせる鐘ではない。

 国の一年を切り替える、始まりの鐘。

 その重みが、空気の密度を変えている。


 アルケディウス、王宮 控えの間。


 集う皇族たちを前に皇王陛下が静かに向かい合う。


 燭台の灯りが揺れ、金糸を織り込んだ正装の刺繍が淡く光る。

 張り詰めた空気の中、皇王陛下の声だけが深く響いた。


「エル・トゥルヴィゼクス。

 『星』の名において、新年を寿ごう。今年も皆の一年が、そしてアルケディウスの新しき時が、精霊の光と悦びに満ちたものになるように」


 精霊の祝福を祈念する王の言葉を、前に跪く皇族たちは静かに受け止める。

 身体が熱くなる様な、胸が暖かくなる様な不思議な気分だ。


 皇王陛下は魔術師でも、精霊の術士でもないけれどやっぱり、国の王にして父なる方、特別な何かがお有りなのかもしれない。


 言葉だけで、空気が変わる。

 それは力ではなく、在り方の問題なのだろう。


「では、皆、用意はいいか?」


 返された静かな頷きに満足するように頷いて、皇王陛下は侍従達が大きくあけ放ったバルコニーに通じる扉の前に立つ。


 木の一月、第一の木の日。


 暦の上では春だけど、吹き抜ける風はまだ冬の寒さを宿している。

 夜気は鋭く、肺の奥を刺す。

 軽く身震いする私に最前列に立つ皇王陛下が振り向き、手を伸ばして下さった。


「マリカ……手を」


「はい。お祖父様」


 正装に身を包んだ私はお祖父様に手を取られて、一番前を進んでいく。


 その手は温かく、大きく、揺るぎない。


 松明のかがり火と、両脇に控える魔術師二人の呼び出したであろう光の精霊の灯りで昼のように眩しい。


 進み出たバルコニーから見下ろした眼下に私は息を呑む。


(うわー、凄い人だ~~)


 広場を埋め尽くすような人が溢れている。


 深夜なのに凄い。


 新年の一般参賀。


 私には向こうの世界の皇室のイメージだったけれど、この世界では初詣のようなものなのかもしれない。


 深夜、一回限りの登場なのに国中の人が大体集まっているのではないのかと思うくらいの。人人、人だ。


 大祭の時だってここまでの人ではなかった。


 寒さも眠気も忘れた顔。

 期待と祝福に満ちた目。


 本来は皇王陛下と、皇王妃様。その後に、第一皇子夫妻、第二皇子夫妻、第三皇子夫妻と続くのだけれども、今年だけは新しく加わった皇族の披露目の意味もある、ということで、私が皇王陛下と皇王妃様に手を繋がれて先頭を歩く事になった。


 最後尾にはフォルトフィーグ皇子を抱くライオット皇子とレヴィ―ナ皇女を抱くティラトリーツェ様もいる。


 バルコニーを進んでいくととある場所に台が置かれていた。


 位置的に皇王陛下と皇王妃様の間。


「マリカ、その上に立って皆に顔を見せてやれ」


 スッと端に控えていた警備兵が私の手を取り、台に上げてくれた。


「ありがとう。リオン」


 黙って下がって行った彼に微笑んでから、私は台の上から人々の方に向かった。


 と、同時。


 うおおおおっ!!


 地面が震えたかと思うほどの歓声が夜を裂いた。

 なんだか、地響きのような音が人々の方から沸き上がった。


 え? 何?


「民が其方に祝福を送っているのだ。

 手を振って応えてやれ」


 眼下を見下ろすと本当に沢山の人がこっちを向いて、手を振っている。

 ちょっと、熱狂っぽいものも感じて凄い。

 私、生前も今までもこんな熱の籠った眼差しで見られた事ないよ。


 ドビックリ。


 皇王陛下に促されて、私が眼下に手を振ると、また人の波が大きなうねりを上げた。


 歓声が幾重にも反響する。

 気分は本当に、向こうの世界のテレビで見た皇室の方々だ。恐れ多いけど。

 この国の皇族が本当に愛されているのだと実感する。


 かれこれ体感30分くらい手を振ったあと、フッと精霊の灯りが消えた。


 夜が戻る。

 残念そうなざわめきを背に私達はバルコニーから建物内に戻る。

 松明の炎のおかげでそんなに寒くは無かったけれど風の吹きこまない室内は安心する。


 けれども控えの間に戻った皇家の家族に落ちついている時間は無い。


「ケントニス、トレランス、ライオット」


「はっ!」


 三人の皇子達が流れるように膝をつく。


 私も跪いた方がいいのかな、と思ったけれど皇子妃様たちは誰も膝をついてないので、そのまま皇王妃様の隣にいることにした。


「我らはこれから神殿に拝した後、大聖都に向かう。

 留守を頼んだぞ」

「お任せを」


 聞いていた予定では、この新年最初の特別参賀の後、皇王陛下と皇王妃様はアルケディウスの大神殿に参拝。


 その足で大聖都に向かう事になっている。

 皇子様達は今日一日、参賀を受けるけれど、私達はこれで終わりだ。


「マリカ。気を付けて行ってらっしゃい。

 皇王妃様の言う事を良く聞いて、大人しくしているのですよ」


「はい。お母様もご無理はなさらないで下さいね」


 言っても無駄だろうけれど、というルビが降られたような気がするけれど、ティラトリーツェ様、お母様の言葉に私は頷く。


 相変わらず信用無いけれど、私は自分から騒動を巻き起こそうと思って巻き起こした事は無いもん。


「其方の大事な娘はしっかりと預かりますから、安心なさい。ティラトリーツェ。

 マリカも言った通り、産後初めての公務です。無理は禁物ですよ」

「ありがとうございます。皇王妃様。マリカを宜しくお願いいたします」

「では、行くぞ」

「いってらっしゃいませ。ご無事のお戻りをお待ちしております」


 皇子、皇子妃様、城の皆さんからの見送りを受けて、本当にその足で王宮を出た私達は、馬車で大神殿に向かった。


 私は大神殿に入るのは、二回目。


 また、変なものを飲まされることにならないといいなあ、とちょっと怖くなる。


 精霊の力は封印されて、今は人間の身体と変わらないというけれど、自分ではどう違うのか解らないから。


 緊張している私に気付いたのだろう。


「そんなに固くなるな。

 気楽に構えておれ。面白いものも見られるぞ」


 向かいに座る皇王陛下が笑いかけて下さる。


「面白いもの、でございますか?」

「ああ、一般の民はまず見る事の無いもの、の筈だ。なかなかの圧巻だぞ」


 と皇王陛下はおっしゃったんだけれども、実際、見て、私も驚いた……。


「こ、これは……」



 大神殿に入った私は特別に布かれた紅い絨毯の上を真っ直ぐ、奥の奥まで案内された。

 足音が、やけに大きく響く。


 純白の、大理石のような石で造られた神殿は、私の貧弱な外国の神殿、そのままの荘厳な作りをしていた。


 天井は高く、柱は太く、音も光も吸い込んでしまうような静寂がある。


 ヨーロッパの教会、とは少し違う。

 イメージ的にはやっぱりギリシャやローマの神殿が一番近いだろうか。

 行ったことは無いけれど。


 神殿に入り、直ぐが大聖堂。


 私が前に仮登録に来た時には、この大聖堂で全部が事足りた。


 ドーム状になった天上の頂点には綺麗なステンドグラスの明り取りの窓がはめられている。


 今は夜だけれど、昼間はあそこから灯りが入って全体が明るくなっていたことを思い出す。


 周囲は見事な装飾や彫刻が施された壁だけれども、ローマやギリシャ神話に良く在るような神像とか、シンボルが全くないのが印象的だった。


『神』を祀る場所なのに、神の姿がない。


 キリスト教徒とかだったら十字架が飾られてあるような奥まった一段高い段の上にも紅いビロードの幕と祭壇。そして燭台があるくらいだ。


 そして祭壇の前に、豪奢な式服を纏った壮年の男性が立っていた。


「エル・トゥルヴィゼクス。

 皇王陛下、皇王妃様。そして新たなる皇女様。

 新しい年、新しき出会いに感謝を」


 身分の高い者に低い者が先に話しかけるのは基本的にマナー違反なこの世界で、挨拶とはいえ、皇王陛下に堂々と呼びかける鷹揚な態度。


 銀髪、逞しい体躯、口ひげはないけれど、顎髭を蓄え撫でる様子はゲームとかでいうなら中盤の敵っぽい。


 参謀とかそんなイメージだ。

 おそらく、この人がこの神殿の長、なのだろう。


「エル・トゥルヴィゼクス。

 ペトロザウル殿。今年も互いにとって良き年であることを願う。

 早速だが、案内を…」

「かしこまりました」


 ペトロザウルと呼ばれた男性は側に控える神官たちにくい、と顔を動かして見せる。


 神官たちがその合図にビロードの布を捲し上げると、


「隠し扉?」


 その後ろに扉が隠されていた。

 祭壇の後ろ。

 つまり、祈りの間の奥。


 手に持った鍵を使ってペトロザウルが祭壇の後ろの幕を開けると細い道が続いている。


 燭台を持って先導する彼と先を行く皇王陛下、皇王妃様について行くと…間もなく、一際広い部屋に着いた。


「うわあっ!」


 声が勝手に出た。


 周囲は薄い緑に統一された精緻なタイルと、白い壁。その中央に。

 透明で巨大な石が浮かんでいた。


 宙に。

 何の支えもなく。

 音もなく。


「これは…精霊石?」


 そう言いたかった言葉を必死で飲み込んだ。

 喉の奥で言葉が止まる。

 皇王陛下がおっしゃったとおり、普通の人間はこんなものを見る機会はないだろう。


 でも、私はこれと同じもの、同じでは無くても似たものを見た事がある。

 水晶のように無色透明。

 魔王城にあるものよりも、少し小ぶりだけれど質も性質もほぼ同じだろうと感じる。


 ……死んだ精霊石だ。


 呼吸が浅くなる。


「我らが祖たる七精霊 どうか、新たなる年も恵みを賜らんことを」


 呆然とする私の前で、膝を折り、祈りを捧げる皇王陛下。

 皇王妃様に袖を引かれ、私も後ろで皇王妃様と共に手を祈りに組んだ。

 と…


『…け…て…』


 声が聞こえた気した。耳では無く、頭の奥に。

 冷たい水を背中に垂らされたみたいに、背筋が震える。

 ハッと顔を上げる私に


「キョロキョロしないで。祈りなさい」


 皇王妃様の囁き声が聞こえる。

 こちらははっきりと耳に聞こえたからさっきの声の異質さがはっきりと解った。


 慌てて、目を閉じ直して、精神を集中させる。

 確かに聞こえた。


『た…けて…、助けて…』


 と。


 助けて?

 誰が?

 どこから?

 この石から?


「ほお~」「これはこれは…」


 私は声と祈りに集中していたから気付かなかったのだけれど、ほぼ同時、皇王陛下とペトロザウルが何か、目を見開いたのか声を漏らしたのが解った。


「マリカ。面を上げよ」

「? は、はい」


 皇王陛下の声に促されるまま、私は顔を上げ前を見た。

 すると、そこにあった精霊石がさっきまでと変わっている。


「え?」


 静かな透明感は変わらないのだけれど、芯たる部分に小さく、虹のような光が宿っているのだ。

 それは微細で、けれど確かに“生きている”光。


「姫君。どうかその石に触れて頂けますかな?」


 面白いものを見るような目で私と、精霊石を見ていたペトロザウルが私を促した。

 伺う様に皇王陛下を見ると、陛下も行け、という仕草。


「解りました」


 ゆっくりと立ち上がり、私は石に近付き、手を触れた。

 指先が震える。


 石は冷たいはずなのに、どこか温もりを含んでいるような感じもする。

 と。パチン、と静電気のような光が爆ぜた。


「きゃっ!」


 後ずさった私は石から手を離してしまうけれど、何かが吸い取られたような感じ。

 ほんの一瞬、体の奥を通り抜ける流れ。


 その後、石は何度か薄く瞬いた後、静寂を取り戻す。

 奥に虹を宿らせたままに。


「ふむ、隠し子とは失礼ながら半信半疑でございましたが、どうやら誠に精霊の祝福を受けた七精霊の子(アルプリエール)の御様子。

 聖なる乙女の復活、これからが楽しみでございますな」


「疑っていた訳ではないが、これで其方が王家の血を引く者と証明された。

 祖たる精霊も其方の来訪を、末裔の帰還を喜んでいるようだ」


 私は背後で交される二人の言葉の意味も解らぬまま。


 小さく、星のように瞬く虹色の光をずっと見つめていた。

 声はもう聞こえないけれど、その光が何かを私に告げようとしている気がして…。


 消えかけた命の、最後の灯火のように。

 それでも、確かにそこに在る光。


 ――助けて。


 あの声は、幻ではない。

 私は、見つめ続けた。

 その、星の欠片のような虹を。

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