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王都 魔王の環境整備

『魔王復活』の知らせは瞬く間に国中、いや世界中に広がった。


 まるで乾いた森に投げ込まれた火種のように、噂は尾ひれをつけ、形を変え、恐怖を孕みながら拡散していく。


 私達には魔王に罪を擦り付ける神の策略だと解っているけれど、元々神に戦いを挑むつもりであったから構わない。


 構わない――はずなのに。


 胸の奥の、見えないところが静かにざわめいている。


「マリカ。魔王復活や魔性襲撃があろうとも大聖都への出発は予定通りだ。

 準備は進めておくようにな」


「はい、お祖父様」


 落ち着いた声。揺らがない決定。


 私が心配な事はただ一つ。


 私達が大聖都に行く事で、そして神殿に入ることで『神』に気付かれないか。


 それだけだ。


 もう明後日に近付いた新年。


 考えても仕方がない事なので今は、自分のやるべきことをやる。


 やらなくてはならないこともまだまだ山積みなのだから。


「そういうわけで、明日から研修は暫くお休みになります。

 皆さま、慣れない土地での日々お疲れさまでした」


 で、やらなくてはならない事の一つ。


 私は実習店舗に集まった大貴族の所からアルケディウスに派遣された調理師見習い、実習生たちに声をかけた。


 店内は整然としている。

 磨き上げられた厨房、整列した器具。

 彼らの緊張もまた、整然としている。


「お休みは約二週間。

 故郷に帰ったり、ゆっくりして貰ってもかまいません。

 ただし休みが終わって直ぐ。

 大聖都での国王会議が終わり、私達が戻り次第、この店舗を皆さんに貸し与えて、実習が始まりますので気は抜きすぎないようにして下さいね」


 少し騒めきはあるものの、そこは各領地が新事業の要として送り込んできた精鋭達だ。


 私のような子どもの言葉も真剣に聞いてくれている。


 視線が、まっすぐだ。


 現時点で二〇名弱の料理人がアルケディウスに派遣されている。


 その中で新設した調理検定の二級に合格している者は五名。


 彼等が専属料理人として調理を担当し三級をクリアした者の中から五名がローテーションで調理補助に入る。


 残りの人員は皿洗い雑用を含むホール担当だ。


 これから飲食を生業とするなら、雑務も例え準貴族だといえど疎かにはさせない。


 店内清掃は全員で、衛生に気を遣って行う事と徹底して知らせている。


「開店時の実際の職については、検定試験と実習態度、レシピの習得率などによって既に知らせてある通りだ。

 この役職は永続的なものでは無く、それぞれの勤務態度や試験の結果で二週間ごとに変更される。

 上を目指したい者は頑張るように」


 競争は悪ではない。

 正しく設計すれば、成長の原動力になる。


「私が不在の間、店舗の全ては副店長のラールが取り仕切ります。

 彼の指示は必ず守って下さいね」


 命令される事に慣れている大貴族、貴族配下の者達だ。


 皇女の命令であれば、例え相手が準貴族であろうと従ってくれるだろう。


「郷に戻らず、ここで休み中レシピの研究などを行ってもいいでしょうか?」


 おずおずと手を上げたのはトランスヴァール伯爵領の料理人だった。


 目が、真剣だ。


「許可します。ただし設備の利用に材料に関しては副店長の許可を得て。レシピの確認も同様です。

 材料はゲシュマック商会の本店に問い合わせて自費で買い取る形で行う事。

 無駄遣いはしないようにお願いします」


「解りました」


 魔性出没の話もある。許可が出た事で、危険を押して郷里には帰らない研究組は意外に多くなるかもしれない。


 やる気があるのは良い事だ。


「皆さんは、故郷から期待を受けて新しい技術を学ぶ先駆者です。

 この国の、さらにはこの世界の未来を担う存在だという自覚をもって、来年も取り組んで下さい。

 では、どうか良い新年を……」


 で、挨拶を終えた後、私はラールさんに後を任せてゲシュマック商会の本店に戻った。


 厨房の熱気と香りがまだ服に残っている。


 今日はこの後、ゲシュマック商会の方でも挨拶がある。


 新年を三日後に控えても、向こうの世界のように祝日休みや年末年始休業があるわけじゃない。


 きっぱりと安息日以外の休みがないのはこの世界の大変な所だ。


 人は止まらない。

 店も止まらない。

 だからこそ、流れを整えなければならない。


「そういう訳で、研修生たちから材料を分けて欲しいという申し出があるかと思います」


「解りました。準備しておきましょう」


 リードさんの返答はいつも通り静かで確実だ。


「お願いします。今まで、食品はゲシュマック商会の直営店と協力店、王宮や貴族の為に全確保してきましたが、来年以降は料理人や、調理に興味を持った人が個人的に購入できるように小売店舗の設置も視野に入れた方がいいかもしれませんね」


「現在、準備中です。少し高めにはなるでしょうが、肉、野菜、小麦、砂糖など各店舗に供出した余剰分を一般販売する予定です。

 店は…補助も付けますがイアンとクオレに任せる予定です」


「流石、リードさん」


 ガルフの店に最初に雇った子ども達もここ一年で全員、幹部もしくは幹部候補生の実力をつけている。


 ジェイドは本店の立派な店主だし、グランは護衛の仕事をしながら騎士団の軍属として訓練を続けている。


 ニムルはエリセが精霊術の基本を教えていた。


 やる気もあるし、筋もいいのでタイミングを見て魔王城で本格的な修行をさせようという話も出ていた。


 イアンは計算関連のギフトがあるようで、在庫管理、価格管理に秀でている。


 彼と貴族対応、人間関係に適正とギフトを持つクオレが付くのは適材適所だ。


 後に続く子どもも数名保護され、教育を受けている。


 みんな、成長しているのだ。


 私がいなくても…大丈夫。


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


 私は思わず零れた笑みのまま、スッと立ち上がり、ガルフとリードさん、二人に向かって深く頭を下げた。


「マリカ様?」


 ぎょっとした顔で二人は私を見ているけれど、これはまあけじめ。


 これから本店の従業員たちを前に挨拶もするけれど、それとは別に二人にはちゃんとお礼を言っておきたかった。


「ガルフ…それからリードさん。

 今まで、私の我が儘に付き合って下さってありがとうございました。

 二人がいなかったら、アルケディウスや世界に食を広げる事も、子ども達を保護して孤児院を作ることも、そしてこうして私達が上に上がって国を動かす立場になることも、多分できなかったと思います」


「頭を上げて下さい。マリカ様、お礼を言われるなんてとんでもない!」


 慌てたように両手を振るガルフに、リードさんも静かに頷く。


「その通りです。アルケディウスの路地裏で膝を抱えていた日々から救い出して頂き、居場所と食を与えて下さった。

 そして国をも動かすやりがいのある仕事も。

 どれほど感謝していいか解らない程です」


「それでも、私はお二人に感謝しています。

 だから、お礼を言わせて下さい」


 ガルフには魔王城の島に迷い込んだ時から、どれほど助けられたか言葉にできない。


 幾度も、幾度も私は命を救われ、支えられ、助けて貰った。


 ライオット皇子が私達の表の後見人、父だとすれば、ガルフはもう一人、裏の父ともいえる人。


 リードさんが、ガルフを支え、ガルフが私を支えてくれたからこそ、今私はここに立っているのだ。


「私は、明後日皇家に上がり、皇女の立場となります。

 でも、今後国の主要産業となる食も、子ども達の保護も、ゲシュマック商会の協力なくしては叶いません。

 まだまだ縁は切れませんが、覚悟してお付き合い下さいね」


 軽い口調と笑みに隠して私は本心からの感謝を贈る。


 ガルフは大きく胸を叩いて笑った。


「こちらこそ。

 今後はガルナシア商会を始めとする他の商会もマリカ様と新しい食に向き合ってくるでしょうが第一位はどうぞゲシュマック商会に。

 どんな無理難題であろうと、必ずやりとげて見せますから」


「ええ、頼りにしています」


 その言葉は、誓約のように響いた。


 営業終了後、集められた全従業員の前に私は立つ。


 離任の挨拶のようなものだ。


 今までは、ゲシュマック商会本店の所属であったけれども、それからは完全に離れる事になる。


「皆さんには、長らくお世話になりました。

 結果的に騙す様な形になってしまいましたが、皆さんと共に仕事ができたことを心から感謝しております」


 従業員達の多くは最初に皇族であることを告白した時と同じようにそれぞれが、かしこまったような緊張の表情を浮かべている。


 ジェイド達も同様に。


 ガルフとは正反対。


 やはり、皇族相手ではこうなるよね。


 昨年の春、始めて店にやってきて、思いっきり敵対関係みたいなところから始まったこと。


 そこから店員教育を始め、実績を積んで少しずつ仲良くなってきたこと。


 色々なことを思い出す。


 一年間で努力と共に培ってきた親しさが見えなくなったのは少し寂しいけれど。


 覚悟を決めて深呼吸。


 最後に言葉を贈る。


「今後、ゲシュマック商会は、アルケディウスが王国を上げて行う新事業を先駆者として担っていくことになります。

 ゲシュマック商会と、ここから始まる『新しい味』は以前、ガルフが言ったように世界を変えるでしょう。

 皆さんもその一員で在る自覚をもってください。

 ゲシュマック商会の従業員は、誰もがどの店舗に出しても恥ずかしくない精鋭揃いです」


 新入社員も入ってきているけれど店に導入した教育システムは継続して行われているから、初期のメンバーはもう後進や、他店舗からの従業員に教える立場になっている。


 店舗の従業員の過半数が読み書き計算をこなし、一人で店舗準備も閉店準備もできる。


 やると決めて取り組んだ全員が半年もたたずに読み書き、計算ができるようになった。


『五百年間、ずっと読めなかった看板の文字に、こんなことが書いてあったのか…』


 字が読めるようになって、涙を流していた人がいたことを私は忘れない。


「自分に自信をもって、店の為、ではなく自分自身と、この国、引いては世界の未来の為に頑張ってほしいと思います。

 私はゲシュマック商会からは離れますが、食の事業や孤児院経営などは皇女として関わっていくので、今後とも応援しています。

 最後になりますが、ミルカやエリセ、それから今後この店に働きに来る子ども達の事をよろしくお願いします」


 深く、深く頭を下げる。


 ヒュッと、息を飲む音が重なった。


「みんな!」


 一つの声が奔ったと同時、ザシュッと衣擦れが響く。


 顔を上げる。

 部屋の従業員、その全員が跪いていた。


 一人、残らず。

 胸に手を当てて。


 真摯な、従属の仕草で。


「マリカ、いいえマリカ様、どうか我々からの感謝をお伝えする事をお許し頂けるでしょうか?」


「ジェイドさん…」


「俺達は、この店に…マリカ様に、感謝しています。

 ここにいる、多分、全員、一人残らず。

 暖かい寝床と、清潔な服、作りたての食事と、必要とされる仕事と、居場所、仲間。そして知識。

 店に雇われるまで、持っていなかった全てを、マリカ様とゲシュマック商会は与えて下さった。

 その恩を理解していない奴も、この店には誰もいないでしょう」


 無言の、けれど動く空気は肯定の証。

 ジェイドは私を見つめながら続ける。

 そう言えば、彼の私を見る目も随分と変わった。

 最初はあからさまな敵意と共に、泥団子が飛んできたのに。


 空気が、震える。


「俺達に光を与えて下さった、希望の精霊に心からの忠誠を。

 マリカ様は、店の為、でなくてもいいとおっしゃいましたが、俺達は、俺達の意志で。

 ゲシュマック商会と、マリカ様の為に今後も、働いていきます。

 どうか、ご安心下さい」


「ありがとう…。

 頼りにしています。これからも、どうかよろしくお願いしますね」


 熱く濡れた目頭をそっと指で押さえる。

 嬉しいと、本当に思った。

 彼らの、子ども達の、そしてみんなの成長と、変化が。

 人はやる気と環境さえあれば変われるのだ。

 いつからでも、いくつからでも。




 ゲシュマック商会の引継ぎの後、私は孤児院にも寄る。


「そっか、お姫様になっちまうんだね」


 リタさんと、カリテさん。

 二人の保育士には、この孤児院は今後、王立となること。

 新年から新しく施行される児童保護法によって、今後子ども達が増える可能性がある事も話してある。

 もし、人手、資材その他が足りなくなる時にはゲシュマック商会を経由して遠慮なく伝えてくれるように、とも。

 お二人は、ゲシュマック商会の皆程、距離を開けずに接してくれるのが嬉しい。


 リタさんには今後、ここの孤児院の院長、カリタさんは現場主任を預ける予定だ。

 事務も増えるであろうことが予測できるので、一人事務員も入れてある。


「子ども達も皆、マリカ様の事が大好きだったから、もう会えなくなると子ども達、寂しがりますねえ」

「会えなくなったりしませんよ。私、まだ自分が保育士のつもりでいますから」

「「えっ?」」


 きょとんと目を丸くする二人に私はきっぱり断言した。


「私は皇女になってもここに来ますしかかわりますよ。

 お祖父様やお父様にも許可はバッチリ取っていますから」


 待遇的には理事長とか名誉院長の感じ?

 保育関連は私にとっては食以上の最優先事項だ。

 権力を得た以上活用する事に躊躇するつもりは一切ない


「今後は、ここは子どもに勉強を教える学校、知識や技術を教える就業訓練施設、それから女性の駆け込み寺…。

 暴力を振るう夫や、パートナーに酷い目に合されている女性や子どもを保護する場所にしたいとも思っています。

 保護された女性が、子どもを見る保育士になって、ここで働いてくれるとなおいいですよね」


 この孤児院兼保育園は、私にとって夢の結晶でもある。 


「この孤児院をアルケディウスで一番幸せな所にしたいんです。

 私も出来る限り様子を見に来ますから。

 お二人も大変でしょうが、力を貸して下さい」

「ちょ、ちょっと頭上げて下さいよ。皇女様」


 あたふたあたふたと、慌てるカリテさんと違ってリタさんは、私が見込んだ流石の肝っ玉母さん。


「そんなに見込まれたんじゃあ、仕方ないねえ」


 ガルフとおんなじようににやりと笑って頷いてくれる。


「どこまでできるか解んないけど、あたしに出来る限りの全力でこの孤児院と子ども達は守るよ。

 だから、あんたは、あんたの場所で頑張んな。

 堅苦しい王宮が嫌になったら、こっそり抜け出して遊びに来てくれていいからさ」

「皇女様がこっそり抜け出しは、警備上まずいでしょう。でも、まあ来てくれたら子ども達も喜びますけどね」


 どーんと胸を叩く仕草が頼もしい。

 そんな様子にカリテさんはため息をつきながら頷いてくれた。


「…私も、この仕事やって子ども達が可愛くなってきてますから。ご期待に沿えるように頑張りますよ。

 皇女様も、無理せず頑張って下さいな」

「はい、どうぞよろしくお願いします」





 子どもが幸せになる為には、子どもを取り巻く周囲も幸せでないとならない。

 ジェイドも言っていたけれど、


『暖かい寝床と、清潔な服、作りたての食事と、必要とされる仕事と、居場所、仲間。そして知識』


 人が『幸せ』になる為に必要なものは全部繋がっている。

 一か所に留まり続けていたら、淀み腐ってしまう。

 求め続けていた不老不死を手に入れても、人が幸せを感じられず、死さえ求めてしまうのはきっとそれが理由だろう。


 守り、つつ成長させていかなければならない。

 子どもは、人は、日々成長してく、成長できる者なのだから。 

 

 それは、仕事に追われ『保育士』をただやっていただけの向こうの世界では本当の意味では気付けなかった、私がこの世界で実感した気付き。

 真実の『環境設定』の意味だった。



 皇女になろうと魔王になろうと、私の基本は異世界保育士マリカ。

 子どもを守り幸せにする。

 今のこの世界は、ある意味幸せな世界かも知れないけれど、子ども達が幸せに生きられないなら間違っていると思う。

 絶対に。


 だから私は、世界を、神を敵にしようとも、世界の環境を整えて行くと、改めて、心に決めたのだった。


 

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