王都 会議の準備と根回し
ティラトリーツェ様の双子の赤ちゃんが生まれてから、二回目になるプラーミァからの荷物が届いた。
真冬。新年前。
まだ他国には正式に誕生が報告されていない赤ちゃん達だけれども、プラーミァはティラトリーツェ様のご実家だし、女官長のコリーヌさんが赤ちゃんを取り上げたりしていたので、止めようもなく。
生まれたその日に早馬が送られていたそうな。
あちらもきっと、気が気ではなかったのだろう。
数日後には、プラーミァ国からのお祝いの親書と誕生祝いの品が届いていた。
今回は目に鮮やかな薄絹や織物、サンゴ、宝玉など。
南国の光をそのまま閉じ込めたような品々が、冬の王宮の室内を一瞬で華やがせる。
「これ、ラリマーかな? 凄い深い色合い。こっちにもあるんだ。
このサンゴ、血色でキレイ……」
私は解りやすい南の国の宝物に目を奪われてしまったけれど、ティラトリーツェ様を喜ばせたのはそんなものではなかった。
柔らかい赤ちゃん用のおくるみが、ちゃんと二人分入っている。
それに触れたティラトリーツェ様が、そっと涙ぐんでいる。
「……おかあさま……」
手縫いで、暖かくて。
布越しに、遠い海の向こうの母の想いが伝わってくるようだった。
お母様からの贈り物なのだろうと、なんとなく思う。
兄王様と、ティラトリーツェ様のお母様、か。
さぞかし強くて優しい方なのだろうな、と素直に思う。
いつかお会いしてみたいなあ、本当に。
で、それと一緒に、またカカオ豆も届いていた。
これで三回目。今までで一番多い。
よっぽどお気に召したとみえる。チョコレート。
ありがたいお話だけれど――。
「うかつに作って返すでないぞ。マリカ。
其方の知識と技術が無くば豆は真価を発揮できぬのだ。
安売りしてはならぬ」
今度は皇王陛下の目が光るようになったので、本当に安易に作って返せなくなってしまった。
実際問題、アルケディウス上層部でもチョコレートは大人気になっている。
特に皇王陛下がお気に入りの様子で、
「実際に作って見せよ。工程を詳しく知りたい」
とまで仰せになっていたくらいに。
止めなければ調理手順を見たいと台所まで来る勢いだったのだ。
製造工程六時間以上を実際にやって見せる訳にもいかなくて、木板と実物を見せての説明で勘弁して頂いたけれど。
「随分と手間のかかることだな。
これを其方が一人でやっておるのか?」
「いえ、微細化などは外注しております」
「それはそうだろうな。一人でやるのには相当な時間がかかりそうだ」
…………本当は一人でやった方が早いんです。
とは言わないでおく。
因みに、手順を覚える為にほぼ一人で作る羽目になったザーフトラク様は、
「年寄りには辛いな……。これは」
と泣いておられたっけ。
微細化と、精錬は時間をかける程美味しくなるんだけど、本当に手作業は大変。
ごめんなさい。
「……マリカ」
「はい。なんでしょうか? お祖父様?」
お祖父様と、お祖母様とのお茶会の場。
お出ししたココアと新作チョコレート。
温かな香りが静かな室内に漂っている。
「うーむ、これは……」
マールの実にチョコレートを絡めたものを見つめながら、何やら考えたような仕草で私を見る。
お二人で顔を見合わせて。
ちょっと和風で、キレイで、お茶などにもピッタリの筈。
味見はしたから自信作なのだけれど、もしやお口に合わなかったかな?
「其方の知識の中にチョコレートの知識は多くあるのか?」
どうやら口に合わなかった訳ではないらしい。
ホッと一安心。
「多くはありませんが、ある程度は」
「では、その中で特に美味と思う味はなんだ?」
知識の中には美味しいチョコレートの思い出は沢山ある。
大よそは再現不可能だけれど。
「やはり、ミクルやアヴェンドラで作るプラリネやトリュフ、などでしょうか?
純粋なチョコレートはまだ少し食べ辛いので、お菓子や他の素材と組み合わせて使うのが美味しいと思います」
「このチョコレートというのはある程度の日持ちが可能、と聞いたが?」
「はい。熱に弱いので変質しないように気を付ければ、素材次第でかなりもつ筈です」
「そうか……では、マリカ」
「はい。何でございましょうか? 皇王陛下」
この場ではお祖父様と呼ぶように言われているけれど、口調からしても真剣な為政者の『命令』だと思うから、切り替える。
跪く私を見て、お祖父様は微かに困ったような顔で眉根を上げたが、怒らないで下さった。
「残り、後、数週間ではあるが、新年までの間に思い付きでできる限りチョコレートを主とした日持ちのする菓子類を用意して置いて欲しい。
主な用途は国王会議での諸国王への周知の為だ。
必要な経費は王宮より予算を取ろう」
「いきなり、会議で国王方々にお披露目になられるのですか?」
ちょっとビックリ。
「ああ、できれば麦酒と新しい食のフルコース。
そして菓子類を見せたいと思っている。料理はザーフトラクと其方は連れて行くので問題はあるまい?」
「それは、はい……」
新年の参賀に行く要員は国王陛下、皇王妃様、文官長に、皇王の魔術師、皇王の料理人。
それに私、ということ。
王宮魔術師は何かあった時の為に今年は留守番だそうだ。
「ライオットは連れていけぬし、産後の肥立ちや子ども達の事も考えるとティラトリーツェも無理だ。
其方には心細かろうが、フェイも行くし、気心の知れた護衛、使用人を連れて行くがいい」
「お心遣い、感謝いたします」
リオンは連れて行っていいということ。
少しホッとする。セリーナにも付いてきて貰おう。
「例年は国王会議とはいえ、国務会議と同じようなもので、大した議題も無く雑談を行うだけであったが、今年からはそうもいくまい?
国王達に其方とアルケディウスの新しい食を披露し、材料などを集めたい所でもあろうからな」
「解りました」
「ベフェルティルングとも交渉し、今後はきっちりと権利の確認を行う。
チョコレートは『アルケディウスの』特産にしたい。
手玉に取られるでないぞ」
「はい」
本当に皇王陛下はチョコレートがお気に召したようだ。
マールの実のお菓子も、ぱくりと嬉しそうに完食して下さった。
「私としては化粧品も広めたいと思うので、各国に配布できるように見本を用意させています。説明は其方が出来ますね」
こっちは皇王妃様だ。
「基本的な所は大丈夫です。本格的な商取引についてはシュライフェ商会の在庫次第になりますが」
「会議まであと三週間ほどだ。
色々忙しかろうが、業務の引継ぎ、その他の準備。
しっかりと衣服や、旅支度などの準備も整えておくように」
「はい」
こんな具体的な話をしていると、もう新年が、会議が、神との対峙が目の前に来ているのだと緊張してしまう。
神との対峙の舞台に、皇子様達がいて下さらないのは少し不安だし、正直、封印後、私達の状況がどうなっているのか。
神と会って大丈夫なように本当になっているのか、解らない。
結局、もう出たとこ勝負しかない。
私は覚悟を決めた、つもりだった。
――まさか、その会議の場で。
「姫君、僕の求愛を受けて頂けないでしょうか?」
「えっ?」
あんなプロポーズを含む、私達のこれからを変える大騒動が巻き起こるとは、思いもしなかったのだ。




