魔王城 護りと重し
ティラトリーツェ様の出産が無事、双子ちゃんの誕生という大仕事を終え、続く私とリオン周りのドタバタもようやく一区切りついた頃のことだった。
張り詰めていた糸が、ふ、と緩む。そんな静かな時間の中で。
私はふと、大切なことを思い出した。
大祭の後で、アーサーが言っていたこと。
「ちょっと、相談にのってくれねぇ?」
あの時の、少しだけ真面目な横顔。
あの後、直ぐに私は誘拐され、大けがをし、その後はもうティラトリーツェ様の双子判明とか、私の素性の誤魔化しとか、精霊の力封印とか、カエラ糖の採取とか、もうどったんばったんの大騒ぎになってしまったので聞き損ねていた。
もう一カ月以上も経っている。
可哀想なことをしてしまったかもしれない。
なので私は魔王城に戻ってからすぐ、アーサーをこっそり呼び出した。
人目につかない廊下の奥、小さな控室で向き合う。
「ごめんね。アーサー。相談ってなに?」
私の言葉に、少し目を見開いたアーサーは、
「覚えててくれたんだ」
そう言って、少しだけ、嬉しそうに微笑んでくれた。
その表情に、胸がきゅっとなる。
「随分待たせちゃったけれど、まだ役に立てるかな?」
「あのさ…おれ、リオン兄の手伝いがしたいんだ。一緒に仕事とかって、できないかな?」
アーサーの相談は、思っていたよりもずっと真剣で、真面目な進路相談だった。
「リオンと一緒の仕事? 騎士になりたいの?」
「リオン兄みたいに偉くなりたい、強くなりたい、訳じゃないんだ。
リオン兄の側にいたい。一緒に仕事がしたい。エリセみたいにガルフの店で働くんじゃなくって、リオン兄の近くで手伝いがしたいんだ」
つまり、ガルフの店で護衛とかの仕事をするのではなく、軍人になりたい、ということらしい。
今は孤児院の子ども達と遊ぶのが、アーサーとアレクの仕事のようになっているけれども、段々と孤児院の子ども達も子どもだけの生活に慣れてきた。
保育園としても、プリエラちゃんとクレイス君が一緒に入って生活するようになり、ようやく落ち着いてきた今。
そろそろ、二人の役目も終わりかな、とは思っていた。
新年に、私が皇女として王宮に上がる時に、アレクは楽師としてデビューさせる予定でもあったから、アーサーがやりたいことがあるのなら、それをさせてあげることも悪くないのだけれど…。
「アーサーがやりたいこと、は『騎士になる』じゃなくって、『リオンの手伝い』なんだね?」
「うん。アル兄が言ってたみたいに大会に出るとか、大人より強くなりたいじゃない。
リオン兄の側にいて、手伝いたい。助けたいんだ」
リオン兄に、自分の手伝いなんていらないってのは解ってるけどさ。
そう続けるアーサーは、ちゃんと現実を見ている。
強くて、国の騎士としてトップに立つリオンのようになりたい、と憧れているわけではない。
自分にそこまでの実力が無いということも、きちんと理解しているようだ。
「理由を、聞いても良い?」
「理由って…リオン兄と一緒にいたい、じゃダメ?」
「ダメ、じゃないけど、リオンと一緒に仕事をするってことは人と戦う、ってことだからね。
大人は不老不死で、怪我したり死んだりはしないけど、相手に痛い思いをさせたり、自分が傷つくこともある。
盾だけで戦って守る、で済まない時もあるから。
アーサーの本気で、ホントの思いがあるなら聞きたい」
うーーん。
小さな額に皺を寄せ、考えて、考えて、考えて。
しばらく唸っていたアーサーは、改めて自分の中に見つけた『リオンと一緒にいたい』理由を、ゆっくりと口にする。
「おれさ、リオン兄を連れて帰りたいんだ。
どこにもいかないように、側にくっついて見張るんだ」
「リオンが、どこにもいかないように?」
「うん。
あのさ。この間の大祭で、皆で劇を見たじゃん。アルフィリーガのお話」
やっぱり、きっかけはあの大祭の劇であったらしい。
あの劇の後、アーサーの顔つきや思いが変わったことは、なんとなく気付いてはいた。
偽りの勇者伝説。
本当の勇者から真実を聞いている子ども達は、私達が望み、願った通り、あの劇から――
『自分の身を捧げて人の世を救った勇者の美しい形』
だけではない何かを、感じ取ってくれたのかもしれない。
「おれさ、あれを見て思ったんだ。
リオン兄はさ、あんな風に、自分の身を捨てて、世界中の人を不老不死にする、なんてしないけど。
でも、おれ達が危なかったりしたら絶対、助けてくれるじゃん。
自分が怪我しても、死にそうな目にあっても…」
「…そうだね」
アーサーには多分、今もトラウマになっていることがある。
幼い頃、リオンに憧れるあまり危険なことをして、リオンに大怪我を負わせたこと…。
「おれはさ、ずっと決めてるんだ。
皆を助ける、リオン兄を助ける。
リオン兄を必ず、皆のところに連れて帰るって」
だからずっと、本当にずっと、アーサーはリオンに憧れ、慕ってきたことを私は知っている。
アーサーの目標が、
「リオンのようになりたい」
から
「リオンの力になりたい」
に変わってきていることも。
「フェイ兄も今、別の仕事をするようになってずっと、リオン兄の側にはいられない。
だったらさ、俺が側に引っ付いていようって思ったんだ。
リオン兄が、一人でどっかに行っちゃわないように。
一人で、遠くに行っちゃいそうなら、引っ張って止める。
劇みたいに、ゼッタイ、勝手に死なせたりしないんだ」
握りしめた小さな拳に、確かな決意が宿っている。
アーサーはまだ、やっと七~八歳くらい。
けれど、本人がやりたいと思う意志が、願いがあるのなら。
そしてそれが間違っていないのなら。
守り育てていくのが、保育士の務めだと思う。
「解った。手伝うよ」
「ホント!」
「うん。アーサーの気持ちは正しい、良いものだと思う。
リオンは、私も一人にしちゃいけないと思うし」
今、リオンの周囲にいるのは大人ばかりだ。
アーサーが言った通り、フェイも仕事がある以上、ずっと一緒にはいられない。
最初は足手まといではあるだろうけれど、守るべき者が側にいることは、きっとリオン自身を守ることにもなる。
「従卒、っていうのがあるの。貴族の身の回りの世話や助手をする役目。
その仕事に就いてリオンの側でお手伝いすることはできると思うよ」
「やる! おれ、その従卒、やる!」
「ただし! 知っての通り、リオンは自分のことはなんでもできるし、お手伝いさんなんかいらない。
それにリオンのいる世界は厳しい世界だから、甘い気持ちでいると、かえって邪魔になる」
「…あ…うん」
シュン、と顔と一緒に下げられたアーサーの頭を、私はそっと撫でた。
いい子、いい子。
アーサーは、本当にいい子だ。
「皇子に相談して、暫く皇子か、ヴィクスさんの所で、従卒見習いとかできないか聞いてみる。
そこで言うことを聞いて、ちゃんとお仕事を教えてもらって、覚えて。
合格点がもらえたら、リオンに付けてもらえるように話をしてみるっていうので、どう?」
「うん! それでいい!」
リオンは、多分渋い顔をするかもしれない。
けれど、私もリオンの側に、打算なく気持ちが安らぐ相手がいて欲しいとは思うから、ここは押す。
アーサーならギフトもあるし、盾もある。
自分の身を護るくらいはできるはずだ。
最終的にクリスも外に出てくるようになれば、きっとアーサーと同じ道を望むだろうし、護りと速足の能力を持つ二人が側にいれば、リオンも指揮官としてできることの幅が広がる。
それに、守るべき存在が側にいることは、アーサーの言う通り、気を抜けば手の届かない遠くに一人で飛んでいってしまいそうなリオンを、いざという時、引き留める力になるだろう。
「ありがとう! マリカ姉!」
「あ。勿論解ってるだろうけど、魔王城のこととか話すのは絶対に禁止だからね。
リオン兄を『リオン兄』って呼ぶのも、お仕事中は多分ダメだよ。
そういうのをちゃんと勉強して、できるようになってからね」
「勉強…かあ。難しい?」
「難しいかもしれないけど…諦める?」
「ううん、頑張る!」
ふるふると頭を振り、気合を入れたアーサーの頭を、私はもう一度そっと撫でる。
「頑張って。応援してるから」
アーサーは、本当にいい子だ。
そして、私も。
アーサーのようにもう一度、自分の目標、やるべきことのビジョンを見定めよう、と――
静かに、気持ちを新たにしたのだった。




