王都 精霊の獣の新生
能力やスキルというものは、あればあるに越したことはもちろんない。
けれど、無ければ無いで、人は生きていくことはできる。
――と思う。
人間は、そんなものに頼らなくても生きていけるのだから。
「……アルフィリーガの戦い方が、前とは変わった気がするんだが、何か心当たりはあるか?」
「ありますけど……リオンが言わないなら……ないしょ、です」
「おぃ」
不思議そうな目で問うライオット皇子に、私はそう微笑んだ。
◇◇◇
私とリオンの『精霊の力』が封印されて、そろそろ一週間になる。
自分では解らないことだけれど、フェイ曰く。
「いきなり消えて、まる一昼夜戻って来ず、戻って来れば死んだような気配になっていれば心配もするというもの、ですよ。
城の中で二人に危害を与えられるものがいるとは思いませんが、生きた心地がしませんでした」
だそうだ。
突然消えて、いくら待っても戻ってこない私達の仕事の休みの連絡手配とかを、フェイは死にそうな心配の中でこなしてくれていたらしい。
「すまなかったな。心配をかけた」
「それは構いませんが、本当に……大丈夫なんですか?」
戻ってきた私達の前で、フェイは気遣いの表情を隠しもしない。
「そんなに変わってる?
自分では、あんまり、変わった気がしないけれど……」
今回は処置? 封印の様子を私は夢の中でも見ることができなかったので、眠っている間に全てが終わっていた私には、あんまり大きく変わった気はしない。
前に比べると全体的に身体が重いな、とは思うし、以前は空気を吸う様にできていた物の形を変えるギフトが、今はバングルを身に付けないと使えない。
不便は多くなったけれど、そういうものだと思えば、そこまで絶望的な変化はない。
言ってみれば、パソコンの中に入っていたアプリケーションが全部初期化されて、使う為には外付けメモリを参照しなければならない不便さだろうか。
でも、そういうものだと思ってみれば慣れなくはない。
というか、慣れないとしょうがない。
むしろ、私より大変だったのはリオンの方だと思う。
私は自分の決断の後、意識を失ってしまったから解らなかったけれど、リオンも私を気遣って能力を封印してくれたらしかった。
「ちょっと、見てて怖いくらいにヤバいぜ。リオン兄」
戻ってきたアルはそう言って、青ざめてた。
私はまあ、さっきのパソコンの例えで言うなら、Windowsでずっと仕事をしてきたからそういうものだと思って仕事ができるけれど、リオンにとってはずっとMacでバリバリやってきたのが、いきなりWindowsに変えられて、しかもバージョンダウンさせられてしまったようなものかもしれない。
二人で『戻って来る』まで一昼夜。
リオンはそこからさらに、目が覚めるまで一昼夜かかった。
血の気の引いたリオンの動かない蝋人形のような顔を見るのは本当に苦しかったから、目が覚めてくれてホッとしたけれど――
「リオン?」
「……あ、俺……は……」
「目が覚めてくれて……」
良かった、とは言葉を続けられなかった。
ぎくしゃくとした動き。呼吸も苦しげな様子。
それだけで、かなり無理をさせてしまったと解って、すごく申し訳なく思う。
「大丈夫ですか? リオン。
その……精霊としての力が、殆ど全部、抜かれているようですが……」
「前と比べると、死んだような気配だ……。ホントに生きてるのか?」
「…………大丈夫……だ。直ぐに……慣れる」
何度も深呼吸をして少し顔色が戻っても、決して大丈夫なようには見えなかったけれども、リオンがそう言うのなら私達に止めることはできない。
実際、着替えて私達の前に戻ってくるころには、外見上はいつものリオンと変わらないように見えるようになった。
……リオンは、やせ我慢が得意だから。
辛いところを滅多に見せるような者ではないから、表通りが本当だなどとは私も信じないけれど。
実際に無くなってみて、私も解ったけれど、精霊の加護、恩恵というのは目に見えないところで私を助けてくれていたのだと思う。
前より呼吸がしずらくなったかな、とか、疲れやすくなったな、と感じることが多くなったのだ。
バングルを付けて深呼吸をするとホッとする。
周囲に自分を助けてくれる存在がいる、と、気持ちも軽くなる感じ。
と言ったらいいだろうか。
ただ、精霊の力に頼り過ぎてはダメだと思うので、ギフトを使う時以外はなるべく使わないようにしている。
そもそも封印して貰った意味も無くなるし。
リオンなどはきっぱりと皇子にバングルを預けているのだそうだ。
フェイは心配性だから、と笑うが、私も少し心配になる。
で、その皇子が私に、ある日問いかけて来た。
王宮での仕事帰り、ティラトリーツェ様と双子ちゃんのご機嫌伺いの帰りのことだ。
「……アルフィリーガの戦い方が、前とは変わった気がするんだが、何か心当たりはあるか?」
と。
「なんですかいきなり?」
「冬の間は騎士団の仕事も減るから訓練が多くなるんだが……この間、視察に行ったら指導していたアルフィリーガの戦い方が今までとまるで変ったから、少し気になったんだ」
「……負けてるとか、弱くなった、ですか?」
私は逆に聞いてみた。
精霊の力をほぼ全封じされて、リオンの今の身体能力は普通の人間の子どもとほぼ同じになっている、とエルフィリーネは言っていた。
リオンの部下は一人残らず大人だし。
だから、ちょっと心配になる。
「いや、そうじゃない。
凄みを増した、というか、研ぎ澄まされた……というか。今までいくら言っても解らなかったのに……というか……」
腕を組み、頭を掻き、なんとか説明しようと試みて――
「説明が難しい。来い、見せてやる」
あ、諦めた。
なんだかんだで、この方も脳筋だよなあ、と思いつつ、リオンの様子は気になる。
素直に着いて行って、見に行かせて貰うことにした。
雪で街の人の動きが限定されている間、騎士団の仕事は主に雪かきと訓練になるという。
午後の訓練。時間帯を見計らったらしい皇子が訓練場にそっと入ると、丁度リオンと誰かが向かい合っていた。
これから模擬戦が始まるらしい。
相手はリオンの倍はありそうな、ウルクスとよく似たタイプのパワーファイター風。
周囲に誰一人、本当に誰一人子どもがいないから、リオンの小ささが目立つ。
リオンだって十二歳にしては平均位の140~150cmくらいはあるのだけど。
武器は互いに木刀。鎧無し。
「始め!」
審判役らしいヴァルさんの合図で二人は戦いを開始する。
先制は相手の方。
一気に間合いを詰めて、力で押そう。
そんな意図が見えるけど、リオンには通用しないと解っていないのだろうか?
いつものリオンなら、軽く避けて後ろに回り込んで、急所攻撃して終わり。
――のはずなんだけど?
「あれ?」
リオンは躱さず、剣を受け止めて、その勢いをいなし流す。
そして、正面からの相手の連撃を剣で受け止めている。
「あいつは基本パワーファイターなんだ」
「え? リオンはスピードタイプだと思ってましたけど?」
「スピードタイプのパワーファイターだ。圧倒的な、誰も追いつけないレベルのスピードと技術で一気に押していく。
弱点をその眼で見出し、喰らいつく。
あいつの前に人間が立てば、獣の前に立ったと同じで一気に喰い殺される」
皇子の説明に、ああ、そういう意味でならと納得。
他者に無い圧倒的な『力』で押していく。弱点を見出し、そこを攻める。
それが確かにリオンの必勝パターンだ。
「だが、ここ暫くの奴の戦い方は違う。スピードや身体能力を使わずに、相手と同じ目線で切り結び、隙を伺う」
カチン、カチン、と木のぶつかり合う音がする。
リオンが相手の身体がどう動くかを考えて、その剣筋を読み、受け止めているのが解る。
相手もまた、騎士団に属するくらいの戦士だ。素人じゃない。
リオンの出方を伺い、剣を合わせながら隙を伺っている。
「隙を見せたら、一気にそこに付けこむのは同じだがな。
変わったのは、隙を自分から作るようになったことだ」
ほら、見て見ろ。
というように顎をしゃくるライオット皇子の視線の先。
よくよくリオンを見ていると、少し荒くなった呼吸の合間に、剣を少し下げるような動きを見せている。
あの程度のあしらいであいつが息を切らせるわけはない、と皇子は言う。
けれど……これに関しては、本当に息を荒げている可能性はある。
精霊の力を失って、呼吸や身体能力とか基本の力は格段に落ちている筈だから。
でも、微かに見せた隙は確かに誘いの隙だろう。
そこを狙って打ち込んで来た相手は――
「うっ!」
待ち構えていたリオンの剣に絡めとられて、巻き上げられる。
そうして、手の甲を一打ち。
剣と相手の膝は地に落ちた。勝負あり、だ。
「そこまで!」
「今まであいつは恵まれた身体能力と圧倒的な戦闘技術で、どんな相手も一気に蹴散らして来た。
昔から、もっと敵をよく見ろ。相手がどう動こうとしているか考えろ。
とよく言ってきたんだが、相手に何かさせる前にあいつは敵を倒してしまう。倒せてしまうからな。ずっと身に付かなかったんだ」
最終的にリオンの力を最大限に発揮させる戦法にパーティも戦闘をシフトして、連戦連勝を重ねて来た。
けれど、それでもずっと心配だった、と皇子は言う。
「俺達がフォローしてやれる時は良い。
でも、あいつが一人である時、力で押せない相手が出て来たら。
圧倒的多数に囲まれたら、あいつのパワーで押せない状況になったら、あいつは勝てるのか? 場を乗り切ることができるか、とな」
皇子の心配は多分正しい。
一人で戦い続けて来たリオンの五百年の結果は、一度も神に届くことなく、十八歳を一度も迎える事のできない死と転生の繰り返し。
であったのだから。
「それが、ようやく敵を見て、敵に合わせて戦い方を考え、変えることを覚えた。
敵を迎え撃ち、隙を作り、頭を使って戦う事を知って実践できるようになった。
今までまったくやっていなかった、とは言わないが、自分から明らかに戦い方を変えようとしている。何があったのか、と思ったんだ」
「それは……悪い事では無いですよね」
「いい傾向だ。これから、国の騎士となった以上、あいつにとっては『守る』戦いも増えて来る。
一気に攻めて相手を倒して守る、だけではない。格上、数上の相手と、護るべきものを背中にして、場を乗り越えなければならないような戦いも、多分増える。
あいつの変化は……良い傾向だ」
だから。
「……何か心当たりはあるか?」
と問われた私は、黙って口の前に指を一本立てて、ニッコリ。
「ありますけど……リオンが言わないなら……ないしょ、です」
微笑んだ。
「おぃ」
苦笑する皇子にはごめんなさい、だけれど、必要ならいずれリオンが自分で話すだろう。
精霊の力を失って、今までから圧倒的なマイナスを科せられて……それでもリオンが、戦う事。
強くなることを諦めない事が、私は嬉しく、そして誇らしかった。
相手に指導を終えたらしいリオンが、どうやら私達に気付いたらしい。
照れたように、恥ずかしそうに顔を背けたリオンは、可愛い。
大丈夫。
リオンは精霊の力が無くても、私達の最高に頼りになる戦士で、騎士で。
全てのものから、人と、星と、精霊を守る――星の守り手なのだから。




