王都 転生者の告白 後編
私はティラトリーツェ様に、自分の前世──。
記憶にない、魔王の転生の方ではなく。
異世界で生きた保育士、北村真理香についての話をした。
頭がおかしいと言われても仕方ない、突拍子もない話だ。
けれどティラトリーツェ様は、ただ黙って聞いていた。
レヴィ―ナちゃんを抱く腕は優しく、しかしその水色の瞳だけは、ひたすらに真剣だった。
「成程。要するに貴女は、精霊も魔術も無い。
けれど、他の技術が発達した世界の知識を持っている、というのですね」
私の話を一通り聞き終えたティラトリーツェ様は、そう静かに纏める。
「はい。信じて頂けますか?」
「信じがたい事ではあるけれど……それが事実であれば、信じるしかないでしょう」
その言葉と共に、ティラトリーツェ様は静かに頷いて下さった。
胸の奥が、ふっと緩む。
あまりにも自然で、あまりにも当たり前のように受け止められて、逆に拍子抜けしそうになるほどだった。
「実際、それが真実であるのなら、全てに辻褄が合います。
貴女という存在の不可思議さも、説明が付くのです。
貴女がプラーミァの果実を別の名で呼んだのは、その世界にも同じ果実があって、それを知っていたからなのですね」
「全てが同じではないのですが……二つの世界は、よく似た音、よく似た名を持つ同じ食材が多くあると感じていました。
向こうの世界の調理技術は、食が重要視されている事もあって、複雑、かつ高度。
私は専門家でもないので、覚え、この世界で運用している分など本当に欠片でしかありません」
お料理お父さんは偉大。
でも、醤油も、米も、味噌も、調理用酒も、香辛料もない世界。
私が本当に食べていた日本食や、得意料理は、全然再現できていない。
それでも、好きで、楽しくて、覚えた知識や経験が。
こうして私を助けてくれている。
「発酵に纏わるあれこれ、出産の時の知識。
香りや化粧品、マッサージなども、その世界が出典なの?」
「はい。どれも専門というにはほど遠いですが……興味があり、特に習い覚えていたものでした」
「あのような知識を普通の人間が持ち、運用できる。
貴女のいた世界、というのは凄い世界ね……」
専門家が見たら鼻で笑われるレベルだろう。
けれど、この世界では『欠片』ですら、大きな違いになる。
「私は向こうの世界で、子どもを親から預かり、守り教育する事──『保育士』を仕事にしていました。
乳母の仕事を、特定多数の子どもに当てはめるようなものと御理解下さい。
この世界で子ども達が不当に虐待されていることが許せなくて、皇子が助けて下さった子達を守る為に、魔王城で保育士を始めました」
魔王城の住環境を整え、子ども達に教育を与え。
その過程で自分が『魔王の転生』と言われたことなどまで、包み隠さず話した。
流石に、リオンやフェイについてや、変生、精霊の力についてなどは、積極的には語らなかったけれど。
「今の私は、向こうの世界に生きた保育士、北村真理香そのものではなく、
この世界に生まれ、学んだマリカが入り混じっているような存在です。
私の願いは、向こうでもこちらでもただ一つ。
子ども達を守り、笑顔で幸せに暮らせる世界を作る事。
その為に、自分のできる全力を尽くすと決めています」
「……そう。だから貴女は……」
「え?」
「いいえ、こちらの話です」
ティラトリーツェ様は、微笑んだ。
その笑顔は驚くほど、今までと変わらない。
少し前まで、私を追及していたのと同じ人とは思えないくらい、穏やかで。
私は、胸の奥がじわりと熱くなるのを堪えながら、息を吐いた。
「そういうことであるのなら、やはり今まで通り、転生者である、というのは隠しておくのがいいでしょう。
異世界、という貴女の言葉を私自身、ちゃんと理解していると言える自信はありませんが、
貴女の言い分を信じるなら、他の者にとって……」
ティラトリーツェ様は言葉を探すように、ほんの一瞬だけ視線を落とす。
「……貴方達には例えが悪いと承知していますが……
『神の国で生まれ育ちました。その知識を持っています。実は成人していて、大人としての分別も持っています』
と言っているようなものですよ」
「神の国というのは……」
「解っていると言ったでしょう。単なる例えです」
私があからさまに嫌な顔をしてしまったらしい。
ティラトリーツェ様は言い訳ると、すっと真顔になった。
「タダでさえ、貴女は子どもで女で、料理人。
そしてこれからは皇女として注目され、狙われる存在です。
この世界では在りえない貴重な知識があると宣伝して、危険を増やす必要はありません」
「はい」
転生者という話を、誰もがティラトリーツェ様のように信じてくれるとは思わない。
けれど、無理に言いふらす必要はない。
余計なトラブルは避けるに越したことはない。
「私も、皇子には告げますが……他の者には。
ミーティラにも、其方の今の話は伝えません。
コリーヌも上手く誤魔化しておくから、心配しないで」
「ありがとうございます」
微笑みも、眼差しも、前と変わらない。
──やっぱり、そんな大したことでも無かった、よね?
そう思いそうになったところで、ティラトリーツェ様の声が静かに刺さる。
「……後は、本当に良く注意なさい。
多分、貴女はこの世界の住人として生きているつもりでありながらも、無意識に元いた世界の常識で行動してしまう。
それが今までの騒動の元、危機感のなさの原因であると、やっと理解しました」
胸が、きゅっと締まる。
「何かを始める前に、この世界においてこれはどう思われるか。
どんな騒動を巻き起こすか。
良く考え、ガルフや、私達に相談する事。いいですね」
「解りました」
ティラトリーツェ様の瞳が、深い泉のように、深く美しい光を宿す。
「私達は貴女を守ります。
でも、貴女自身の身を護るのは、最終的には自分しかないのだという事を忘れないように」
「はい。ありがとうございます」
今まで幾度となく言われて来た事。
けれど改めて私は、心にしっかりと刻み付けた。
「今日は色々疲れたでしょう。お下がりなさい。
ゆっくり休んで、落ちついたらまた来て、子育てについて色々教えてくれると嬉しいわ。
子育てについては専門家なのでしょう?」
「解りました。ティラトリーツェ様もどうか、ゆっくりとお身体をお休め下さいませ」
「ありがとう」
挨拶を終えた私は、そのまま荷物を纏めて、王宮にいるフェイと一緒に店に戻った。
「双子、それも男と女ですか?」
「それは凄い。どちらがどちらに似ても文武両道、間違いなしだ」
ティラトリーツェ様の双子出産を知ったガルフの店は、大歓声に包まれる。
特に厨房は大盛り上がりで、
「お祝いのケーキを焼いたら、召し上がってくれるかな?」
「喜んで下さると思いますよ」
早速、計画を立て始めたようだ。
ガルフの店から、やがて伝わった新しい皇族の誕生は、深い雪に閉ざされたアルケディウスの人々に、希望を届ける少し早い春告げの風となって拡がっていった。
ちなみに魔王城に戻ってから。
「はあ? ティラトリーツェ様に、異世界転生者だということがバレた?」
「何がどうしてどうなったら、そうなるんですか?」
私は一応、リオン達に事の顛末を報告した。
「ちょっと色々あったんだってば。でも大丈夫だよ。
ティラトリーツェ様達は、そんなの気になさらないから。
全然、いつも通りだったしね」
「まあ、マリカがいいなら、いいけどさ」
我ながらノー天気にそう笑った私は、知らなかったのだ。
『私達は、貴女を守ります』
皇子の誓いの意味も、
ティラトリーツェ様達がその言葉に乗せた思いも、決意も、何も……。




