表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
314/524

王都 転生者の告白 後編

 私はティラトリーツェ様に、自分の前世──。


 記憶にない、魔王の転生の方ではなく。

 異世界で生きた保育士、北村真理香についての話をした。


 頭がおかしいと言われても仕方ない、突拍子もない話だ。

 けれどティラトリーツェ様は、ただ黙って聞いていた。

 レヴィ―ナちゃんを抱く腕は優しく、しかしその水色の瞳だけは、ひたすらに真剣だった。


「成程。要するに貴女は、精霊も魔術も無い。

 けれど、他の技術が発達した世界の知識を持っている、というのですね」


 私の話を一通り聞き終えたティラトリーツェ様は、そう静かに纏める。


「はい。信じて頂けますか?」

「信じがたい事ではあるけれど……それが事実であれば、信じるしかないでしょう」


 その言葉と共に、ティラトリーツェ様は静かに頷いて下さった。


 胸の奥が、ふっと緩む。

 あまりにも自然で、あまりにも当たり前のように受け止められて、逆に拍子抜けしそうになるほどだった。


「実際、それが真実であるのなら、全てに辻褄が合います。

 貴女という存在の不可思議さも、説明が付くのです。

 貴女がプラーミァの果実を別の名で呼んだのは、その世界にも同じ果実があって、それを知っていたからなのですね」

「全てが同じではないのですが……二つの世界は、よく似た音、よく似た名を持つ同じ食材が多くあると感じていました。

 向こうの世界の調理技術は、食が重要視されている事もあって、複雑、かつ高度。

 私は専門家でもないので、覚え、この世界で運用している分など本当に欠片でしかありません」


 お料理お父さんは偉大。

 でも、醤油も、米も、味噌も、調理用酒も、香辛料もない世界。

 私が本当に食べていた日本食や、得意料理は、全然再現できていない。


 それでも、好きで、楽しくて、覚えた知識や経験が。

 こうして私を助けてくれている。


「発酵に纏わるあれこれ、出産の時の知識。

 香りや化粧品、マッサージなども、その世界が出典なの?」

「はい。どれも専門というにはほど遠いですが……興味があり、特に習い覚えていたものでした」

「あのような知識を普通の人間が持ち、運用できる。

 貴女のいた世界、というのは凄い世界ね……」


 専門家が見たら鼻で笑われるレベルだろう。

 けれど、この世界では『欠片』ですら、大きな違いになる。


「私は向こうの世界で、子どもを親から預かり、守り教育する事──『保育士』を仕事にしていました。

 乳母の仕事を、特定多数の子どもに当てはめるようなものと御理解下さい。

 この世界で子ども達が不当に虐待されていることが許せなくて、皇子が助けて下さった子達を守る為に、魔王城で保育士を始めました」


 魔王城の住環境を整え、子ども達に教育を与え。

 その過程で自分が『魔王の転生』と言われたことなどまで、包み隠さず話した。


 流石に、リオンやフェイについてや、変生、精霊の力についてなどは、積極的には語らなかったけれど。


「今の私は、向こうの世界に生きた保育士、北村真理香そのものではなく、

 この世界に生まれ、学んだマリカが入り混じっているような存在です。

 私の願いは、向こうでもこちらでもただ一つ。

 子ども達を守り、笑顔で幸せに暮らせる世界を作る事。

 その為に、自分のできる全力を尽くすと決めています」


「……そう。だから貴女は……」

「え?」

「いいえ、こちらの話です」


 ティラトリーツェ様は、微笑んだ。

 その笑顔は驚くほど、今までと変わらない。

 少し前まで、私を追及していたのと同じ人とは思えないくらい、穏やかで。


 私は、胸の奥がじわりと熱くなるのを堪えながら、息を吐いた。


 


「そういうことであるのなら、やはり今まで通り、転生者である、というのは隠しておくのがいいでしょう。

 異世界、という貴女の言葉を私自身、ちゃんと理解していると言える自信はありませんが、

 貴女の言い分を信じるなら、他の者にとって……」


 ティラトリーツェ様は言葉を探すように、ほんの一瞬だけ視線を落とす。


「……貴方達には例えが悪いと承知していますが……

『神の国で生まれ育ちました。その知識を持っています。実は成人していて、大人としての分別も持っています』

 と言っているようなものですよ」

「神の国というのは……」

「解っていると言ったでしょう。単なる例えです」


 私があからさまに嫌な顔をしてしまったらしい。

 ティラトリーツェ様は言い訳ると、すっと真顔になった。


「タダでさえ、貴女は子どもで女で、料理人。

 そしてこれからは皇女として注目され、狙われる存在です。

 この世界では在りえない貴重な知識があると宣伝して、危険を増やす必要はありません」

「はい」


 転生者という話を、誰もがティラトリーツェ様のように信じてくれるとは思わない。

 けれど、無理に言いふらす必要はない。

 余計なトラブルは避けるに越したことはない。


「私も、皇子には告げますが……他の者には。

 ミーティラにも、其方の今の話は伝えません。

 コリーヌも上手く誤魔化しておくから、心配しないで」

「ありがとうございます」


 微笑みも、眼差しも、前と変わらない。

 ──やっぱり、そんな大したことでも無かった、よね?


 そう思いそうになったところで、ティラトリーツェ様の声が静かに刺さる。


「……後は、本当に良く注意なさい。

 多分、貴女はこの世界の住人として生きているつもりでありながらも、無意識に元いた世界の常識で行動してしまう。

 それが今までの騒動の元、危機感のなさの原因であると、やっと理解しました」


 胸が、きゅっと締まる。


「何かを始める前に、この世界においてこれはどう思われるか。

 どんな騒動を巻き起こすか。

 良く考え、ガルフや、私達に相談する事。いいですね」

「解りました」


 ティラトリーツェ様の瞳が、深い泉のように、深く美しい光を宿す。


「私達は貴女を守ります。

 でも、貴女自身の身を護るのは、最終的には自分しかないのだという事を忘れないように」

「はい。ありがとうございます」


 今まで幾度となく言われて来た事。

 けれど改めて私は、心にしっかりと刻み付けた。


 


「今日は色々疲れたでしょう。お下がりなさい。

 ゆっくり休んで、落ちついたらまた来て、子育てについて色々教えてくれると嬉しいわ。

 子育てについては専門家なのでしょう?」

「解りました。ティラトリーツェ様もどうか、ゆっくりとお身体をお休め下さいませ」

「ありがとう」


 


 挨拶を終えた私は、そのまま荷物を纏めて、王宮にいるフェイと一緒に店に戻った。


「双子、それも男と女ですか?」

「それは凄い。どちらがどちらに似ても文武両道、間違いなしだ」


 ティラトリーツェ様の双子出産を知ったガルフの店は、大歓声に包まれる。

 特に厨房は大盛り上がりで、


「お祝いのケーキを焼いたら、召し上がってくれるかな?」

「喜んで下さると思いますよ」


 早速、計画を立て始めたようだ。


 ガルフの店から、やがて伝わった新しい皇族の誕生は、深い雪に閉ざされたアルケディウスの人々に、希望を届ける少し早い春告げの風となって拡がっていった。


 


 ちなみに魔王城に戻ってから。


「はあ? ティラトリーツェ様に、異世界転生者だということがバレた?」

「何がどうしてどうなったら、そうなるんですか?」


 私は一応、リオン達に事の顛末を報告した。


「ちょっと色々あったんだってば。でも大丈夫だよ。

 ティラトリーツェ様達は、そんなの気になさらないから。

 全然、いつも通りだったしね」

「まあ、マリカがいいなら、いいけどさ」


 我ながらノー天気にそう笑った私は、知らなかったのだ。


 


『私達は、貴女を守ります』


 皇子の誓いの意味も、

 ティラトリーツェ様達がその言葉に乗せた思いも、決意も、何も……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ