魔王城 『精霊の貴人』
冬になって、私は毎日魔王城に帰るようにしている。
家でも王宮でもやることは多い。けれど――魔王城でなければできない事も、また多いからだ。
「お帰り! マリカ姉」
「あ、またチョコレート作るの?」
「うん。できたら少し味見してもいい、って言ってたから楽しみに待っててね」
「わーい」
私の帰宅に集まってきた子ども達に声をかけながら、夕食の支度に台所へ向かう。
足音が増えるほど、胸の奥が少しだけ軽くなる。
王都の空気とは違う、ここだけの温度。ここだけの匂い。
「お帰りなさいませ。マリカ様。
夕食の支度は私が……」
「ただいま、ティーナ。
今は一人で子ども達の世話をしながら、毎日食事も作って貰ってるんだから、できる時は私にやらせて」
「だいじょうぶ。私も手伝うから」
「私も、一緒に」
ひょっこりと顔を出したエリセとミルカが、真面目な顔で頷いてくれる。
ティーナの助けになる年長の子ども達を、私は次から次へと連れ出してしまっているのだし。
新年から皇女として皇子の館に移動してしまったら、多分、毎日は戻ってこれなくなる。
リグも今、元気でかわいい盛りだ。だからこそ、少しでも手伝ってあげたい。
「でも……」
「プラーミァから新しく届いたカカオ豆も加工したいしね。気にしないで」
「解りました。よろしくお願いいたします」
そう。向こうではできないことの一つが、能力を使ったカカオ豆の加工だ。
能力を使えば、向こうでは超!時間がかかるカカオの微細化が、早く――しかも滑らかにできる。
私は台所に行くと、まずオーブンでカカオ豆をこんがりと焼いた。
ぱちぱち、と小さな音。立ち上る香ばしさが、夜の空気に混じっていく。
「チョコレート楽しみだね♪」
「ええ、とても元気が出てきますから」
魔王城の子ども達も、すっかりチョコレートに夢中だ。
「食べられるのは、もう少し後だよ」
「え? ココアはダメ?」
「そんなにたくさん使っていい分は無いからね。ココアを飲むならプラリネは我慢、かな?」
「うーん。じゃあ、ココアは我慢する。プラリネ食べたい」
「了解」
最初にコリーヌさんが早馬でチョコレートを送った結果が、通行料をたっぷり使った大聖都経由特急便の追加カカオ豆、である。
「兄王様も無茶苦茶だよねえ。
『大至急のチョコレートの増産を。豆の五割を手数料、手間賃として進呈する故、残り五割分を加工して返送せよ』
だもん。あ、火傷しないように気を付けてね」
「でも、国王陛下のお気持ちも解りますわ。
チョコレートはとっても美味しいですから」
焼けたカカオ豆の皮を剥くのを手伝ってくれるミルカが笑う。
人気になることは解っていたけれど、まさかここまでとは予想が付かなかった。
プラーミァはきっと、外交とかに使うつもりなんだ。――このチョコレートを。
ローストしたカカオ豆さえできてしまえば、後は能力無双でチョコレートを作れる。
粉砕して、カカオマス作成。
カカオマスを半分に分けてから油分――カカオバターを抽出。
残った分は滑らかにしてからココアとして瓶に詰める。
で、残った分をさらに滑らかに、微細化していくのだ。
「おっもしろーい。粉がぐるぐる勝手に回ってる~」
エリセがボウルの中を覗き込んで、楽しそうに笑う。
確かに、こうして見ているとちょっと不思議だ。
人の手を離れたはずの粉が、まるで意思を持つみたいに流れて、馴染んでいくのだから。
「マリカ姉様の能力、また強くなったのではありませんか?」
「うーん、そうかもね~。自分ではあんまり自覚も無いけど」
最近、能力の範囲が広くなっている。というか、応用ができるようになってきたみたいだ。
一度、能力を発動してしまえば、ずっと手を触れていなくても、視界にさえあれば変化が続くようになっている。
だから料理をしながら微細化なんて真似ができる。
能力が無かったら、いかに美味しくてもチョコレートの大量生産なんて引き受けられなかった。
ティラトリーツェ様以外には、
「加工には外注をかけている」
と言ってあるけれど。
「豆の三割じゃあ、手間に対して色々と割が合わないよ。もう少し交渉するべきだったかも」
カカオの加工、チョコレートの製作賃として豆の三割分のチョコレートは貰う事になった。
五割はプラーミァに返送。
残りの二割はティラトリーツェ様が管理して、いざという時の切り札にするという。
まだ、皇王陛下にも見せるなって言われてるもんね。
私も自分の分の半分は、色々と我慢させることが多い子ども達へのプレゼントにして、残りは保管している。
疲れた時や、味方を増やしたい時に。慎重に使うつもりだ。
「でも、お祖父様には食べて頂きたいなあ~。
ミクルとかのプラリネは固いかもしれないけど、マールの実の甘煮にチョコレートかけたら、きっと美味しいし」
あ、お祖父様と言えば……。
「! マリカねえ。お鍋! 噴いてる!」
「わあっ! 御免! ぼんやりしてた!!」
慌てて火を弱め、鍋を持ち上げ、吹きこぼれた縁を拭う。
台所に、甘い香りと一緒に小さな笑い声が弾けた。
……恥ずかしい。けれど、こういう失敗を笑ってくれる場所は、やっぱり大切だ。
みんなでわいわいの夕食を終えて。
外でのお話をして、子ども達を寝かしつけて。
皆が寝静まった深夜。
私は一人、こっそりと地下への階段を下りて行った。
声をかける必要は、多分ない。
「マリカ様? 宝物庫に何か御用ですか?」
階段を降りた私の前に、気が付けば彼女はふわりと舞い降りていた。
エルフィリーネは私の事をちゃんと見ている。――いつだって。
「うん。ちょっと金貨を少し取りたくて。いいかな?」
「勿論、構いませんが……」
エルフィリーネが頷いてくれたので、私は地下にある宝物庫に向かった。
中に入ると、あの時のままの煌びやかさ。
光が無いはずなのに、目が眩むような色の重なりがある。
ここに入るのは、フェイが杖を――シュルーストラムを手に入れた時以来だ。
まだ、そんなに過去を懐かしむ歳ではないつもりだけど。
ちょっぴり懐かしくなる。
本当の意味で、私達の運命が動き出したのは、きっとあの時から……。
「えっと、あったあった」
宝石類や普通の金貨、銀貨もあるけれど。
私はそれとは別の袋を探す。
無造作に袋に詰められた大振りの金貨。
その袋から、何枚かを取り出す。
「赤、青、紫、緑……これで全部かな」
「!……それは……」
それは、精霊金貨の入っていた袋。
この魔王城の島があった国――精霊国エルトゥリアの貨幣。
女王の肖像画がついている金貨としては割とよくある作りだけれど、そこには小さな宝石が嵌め込まれている。
多分、宝石としては価値の無いか低い石――けれど、意味はある。
「エルフィリーネ。この金貨についてる宝石、鋳造された時期の違いって言ってたよね」
「はい」
「もしかして、女王『精霊の貴人』が代替わりする度に、石が変わってたりしない?」
「………はい」
振り絞るような、小さな声でエルフィリーネが頷く。
「やっぱり」
アルケディウスの皇王陛下。
お祖父様に聞いた、勇者伝説前の『神』と『精霊の貴人』の話。
お祖父様の祖父の時代より前からの暗黒時代なら、百五十年――二百年くらいだろうか?
そして外の世界には、不老不死、神に等しい存在と言われていた『精霊の貴人』が。
実はそっくりの存在と代替わりしていたのなら。
精霊金貨の色の数は説明が付く。
多分。この質問が、
『精霊の貴人は代替わりするの? みんな同じ顔?』
という、もっと直接的な聞き方だったなら。
エルフィリーネは答えてくれなかっただろう。
私も、一応考えているのだ。
『精霊の貴人』本人に関する質問は、多分、エルフィリーネは答えられない。
だから――
「どうして同じ顔に生まれてくるの?」
「どうして『精霊の貴人』は『神』と争ったの?」
そういう、一番聞きたいことは聞いても無駄。
聞けるのは。
「……ねえ? エルフィリーネ」
「はい」
「私は本当に『精霊の貴人』?」
「はい。紛れもなく」
きっと、ここまでだ。
「解った。ありがとう」
「よろしいのですか?」
「うん、言えないんでしょ?
お祖父様との話で疑問に思ったことを確かめたかっただけだから」
かつての『精霊の貴人』はきっと、『星』から使命を与えられて『神』と戦い、人々を守っていた。
でも、今、『星』は――私に、私達に、何をしろと命じる事は無い。
ただ、見守っているだけだ。
「エルフィリーネ。私が皇女になったら魔王城に帰って来れる事も少なくなるし、神と接触する事も多分多くなると思う。
私は絶対に秘密を守るけど、私やリオン、フェイ達がいない時に、もし魔物や神の手が及ぶことが有ったら――子ども達を守って」
「必ずや」
それが星の信頼だというのなら。
私は、自分のやるべきことをしよう。
『子ども達を守る』
『子ども達が幸せに生きられる世界を作る』
それが『精霊の貴人』で在る前に。
私の――異世界保育士マリカの、やりたいことであり、やるべきこと、なのだから。




