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王都 大祭三日目 私と歴史が変わった日

 晩餐会が始まった。

 王宮、新緑の間。


 緑を基調とした美しい部屋には、数千本の蝋燭が輝くシャンデリアの灯りが煌めき、

 美しい天井画の真下に並べられたテーブルには、今から正に晩餐会と舞踏会が始まろうとしている。


「本当に童話の世界にいるみたい」


 そんな呑気な事を考えながら、


「大丈夫か? 怪我をしたというが?」

「大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありません」


 気遣ってくれる今日のスペシャルゲスト、エクトール様に微笑んで、私は細長いグラスを手に取った。


 うーん、視線が痛い。

 集まる五十人近い大貴族とその奥方様。

 彼らの視線が殆ど私に集まっているような気がするのは、自意識過剰、ではないと思う。


 大きく深呼吸をしながら、そっと、静かに――彼らの為のビールを、私は樽から注ぐのだった。


◇◇◇


 私が皇子の隠し子、という設定は、さっきの国務会議の議場で皇子自身の口から告げられ、公式のものとなった。

 もう王宮全てに知れ渡っている、と言っても過言ではないだろう。


 晩餐会までは、給仕とビール注ぎを予定通りすることになっている。

 流石に厨房のお手伝いはこのドレスではできないけれど、料理は第二皇子妃の料理人(マルコさん)皇王の料理人(ザーフトラク様)が完璧に準備しているので問題は無い。


 実は厨房に挨拶には行ったのだけれども――


「マリカ姫!」


 ザザッと、幕が落ちるように、厨房で働いていた人が全員跪いたのにはビックリした。

 マルコさんや、事情を知っているザーフトラク様まで。


 私という存在は何も変わっていないのに、

 『皇子の子』という立場は本当に強いのだな、とあの時実感した。


 私の素性(設定)は、もう既に言うまでも無く広まっている。

 けれど舞踏会で、正式に皇王陛下と皇王妃様に挨拶する場で、報告――公にお披露目という事になっている。


 今は、ゲシュマック商会のマリカとして仕事中。

 でも、皇子の娘として見られるという、微妙な立場だ。


 緊張で手の震えが止まらない。

 けれど、甘えてはいられない。


 丁寧にビールを注ぎ、運んでもらう。

 皇王家の方々には、私がゆっくりと運んで、お出しした。


「無理をするでないぞ」

「ありがとうございます」


 皇王陛下はそう気遣って下さって、皇王妃様は微笑んで下さった。

 けれど、他の皆さんは無言。


 多分、まだどういう態度をとっていいのか決めあぐねているのだと思う。

 特に、第一皇子のご夫妻は。


 全員に酒が行きわたると、第一皇子が盃を掲げる。

 所謂、乾杯の音頭だ。


「新しい『食』と『酒』。

 そしてアルケディウスに祝福を。

 エル・トゥルヴィゼク(精霊の祝福を皆に)


 祝福の言葉と共に、来客達の喉を流れていく黄金のピルスナー。

 しかも、今年初めての新酒は――


「凄い」

「素晴らしい」

「なんという美しさと爽やかさだ」


 大貴族達の間にも、感嘆の声を響かせた。

 幸せの笑顔が満開に咲く様子に、エクトール様も本当に嬉しそうだ。


「今日の料理は、アルケディウスの融和をテーマにしています。

 アルケディウスが誇る新しい『味』を、存分に味わって下さいませ」


 今日の料理について、主催の立場である第二皇子妃、メリーディエーラ様が説明する。


 前菜は生ハムメローネと、チーズ、ハムのカナッペ。

 パンは丸パン。天然酵母を使った柔らかいパンだ。

 作りたてバターと、ピアンのジャムも添えてある。


 スープはコンソメスープ。

 鳥ガラと、イノシシの骨から丸一日以上かけて、野菜もたっぷり使って煮出した黄金色のスープはとても美しい。

 油も殆ど浮かんでいない。


 主菜が海産物のフライと、イノシシ肉のビール煮込み。

 エナソースのパスタに、デザートはオランジュのクレープシュゼットとヴェリココのミニパフェになる。


 向こうの世界の宴席で出してもおかしくないフルコースメニュー。

 しかもマルコさんの盛り付けは絵画的で美しかった。


 飾り切りと、この盛り付けセンスで、美に拘る第二皇子妃様に抱えられているのだと聞いて納得した位、プロの腕は違うと実感する。

 ほれぼれした。


 勿論、味も絶品……の筈だ。

 私は味見できないから解らないけれど、出されて直ぐに漂う香りが教えてくれる。

 良い匂いにお腹が空くなあ。


「アルケディウスは北方。お世辞にも作物に恵まれているとは言えません」


 料理の説明をしながら、静かに語るメリーディエーラ様と、ふと目が合った。

 あれ? 私に今、微笑んで下さった?


「ですが、この料理は一部を除いてアルケディウスの産品でできています」


 料理の説明をしながら、メリーディエーラ様は続ける。


 メニュー作成の際、なるべくたくさんの領地から特産や産品を使う様に指示は受けた。

 けれど、こういう意図もあったかと、今更ながらに思う。


 上の方達の行動の一つ一つ。

 時には衣服や出される料理にも、貴族相手では意味や腹芸があるのだと、会議での皇子を見て思い知ったものだ。


「トランスヴァール領の海産物、ロンバルディア領の小麦と麦酒、パウエルンホーフ領の獣肉、ハルトリーゲル領の食油。

 他にもそれぞれの領地の特産が出されることで、そしてゲシュマック商会という、それらを見出し繋ぐ者と、料理人の力で、この料理を作ることができたのです。

 加えてプラーミァ王国の珍しい果実も、ふんだんに使われています。


 これは遠い他国とも、アルケディウスは融和し、共に歩んでいけるという事でしょう。

 ゲシュマック商会は平民の店ではありますが――


 一つの店が、一人の少女が、人を国を変えるきっかけを作り上げた様に、

 生まれは能力、魅力と関係ないと、私は思っておりますの」

「うむ、この料理のように各領地が力を合わせて、より良い形を作り上げていきたいものだ。

 我々皇家の者も、良き料理人となって皆を繋ごう。今後の協力に期待する」


 第二皇子夫妻の演説と、料理に感動した大貴族達が奏でる拍手が、会場内に広がった。


 随分、ゲシュマック商会を褒めて下さったなあ、と思って――直ぐに違う、と気付く。

 メリーディエーラ様達は、ゲシュマック商会を、料理人という存在を認める事で、私を認めると言って下さったのだと思う。


 その証拠に、私の視線に気付いたであろうメリーディエーラ様は、顔を上げるともう一度。

 今度は確かに、しっかりと微笑んで下さったのだった。


◇◇◇


 私は、自分が恵まれているな、と、後で晩餐会と舞踏会を思うたびに考える。

 この世界に転生し、多くの人と出会ったけれど、その殆どが私に良い出会いを齎してくれたからだ。


 勿論、良くない出会いもあった。

 最初にしてからが、タシュケント伯爵家に拾われ、孤児としてこき使われる、というものだった。


 けれど、それがあったからこそ、ライオット皇子に救われ、魔王城に来ることができた。

 魔王城に来たからこそ、リオンやフェイ、アルに出会い、『私』が記憶を取り戻し、エルフィリーネと出会う事が出来た。


 ガルフやティーネとの出会いも、皇子に助けられて魔王城に連れていかれなければ、ありえなかったことだ。


 アルケディウスに行動の拠点を移してからも、人間関係には恵まれた。

 リードさん、ラールさん、ザーフトラク様、皇室付きの料理人の皆さんも、みんな、みんな――ただの孤児だった私を受け入れてくれた。


 そして、何より。


「マリカ、行きますよ」

「はい……」


 私の手を取り、一緒に歩幅を合わせて歩いて下さるティラトリーツェ様。

 この方がいなければ、私はまだ街中で燻っていた事だろう。


 出会ってきた人々全て。

 この国でここまで得て来た経験全てが、私の宝物だ。


◇◇◇


 舞踏会の一番初め、私はライオット皇子とティラトリーツェ様と共に、皇王陛下に改めて謁見した。


 本来なら身分順に、一番に第一皇子が皇王陛下に挨拶に行くところなのだろう。

 けれど、私達に譲られた形になる。


 それが、貴族社会の駆け引き。

 言葉に出さない表明と許諾、ということなのだ。きっと。


 私も、今後はそれを学んでいかなければならない。


 前に立った私達『親子』が深く頭を下げると――


「初孫、か。不老不死世界では諦めていたが、嬉しいものだ」


 皇王陛下が、お言葉を下さった。

 嬉しい孫、と。


 会場が静かに騒めく。

 それは即ち、皇王陛下自身が私の存在を認める、ということ。

 皇家の一員としての認知に他ならない。


「マリカ」

「はい、皇王妃様」


 続いて皇王妃様が、穏やかな笑みで私に呼びかける。


「ライオットも、ティラトリーツェも血は繋がっていませんが、私は我が子とも思っています。

 血のつながりが無くても睦まじい貴女達親子のように、貴女の事も、孫と思わせてくれると嬉しいのだけれど」


 その言葉もまた、承認の意思。

 身分の低い少女に問いかける、という形で贈る気遣いと思いやりに、私は頭を下げるしかない。


 ここに、ライオット皇子の隠し子マリカは、皇王家の一員として王と王妃に認められたのだ。


「勿体ないお言葉です。皇王妃様」


 私の返答に、ホッとしたように、満足したように頷くと、皇王妃様は私の横に立つ『母』となった女性に微笑みかける。


「ティラトリーツェ。

 これから辛い噂を受けるかもしれませんが、私は貴女達親子と、その絆を信じていますよ」


「ありがとうございます。皇王妃様」


◇◇◇


 至上の祝福を賜った後は、次から次へと挨拶の客人がやって来る。

 第一皇子、第二皇子も。


「……変に、隠しているからいけないのだ」

「あなた……。でも、まさかタシュケント伯爵を紹介した時には、こういう結果になるとは思いませんでした」


 拗ねた様に顔を背ける第一皇子を諌めながらも、アドラクィーレ様の口調にも悔恨の思いがにじむ。


 多分、だけれど私の誘拐。

 その時に、馬車の運行予定を漏らし、拉致を見えない所で助けたのはアドラクィーレ様――というか第一皇子だと思う。

 王宮内部の、それもかなりの上位者でないと知りえない情報だし。


「其方がタシュケント伯爵家に戻り嫁ぐのも、其方の幸せの為には良いかとも思っていたのですが……

 まさか伯爵が、あそこまでするとは思わなかったわ。


 私の行動の結果が、このような形の実現を招いたのですから、これも運命ということなのでしょうね」


 伯爵に罪の全てを擦り付け、切り捨てたであろうアドラクィーレ様の眼差しには、けれど言葉で言うような諦観は見えない。

 むしろ、より鋭くなった猛禽のような目が、私を見ている――?


「ティラトリーツェが継子苛めをするようなら、遠慮なく来なさい。

 私が必ず其方を助けますから」


「そんなことはけしてありませんのでご安心下さいな。アドラクィーレ様。

 胎の子も、この子も、私が望んだ愛しい子。今度こそ守って見せますから」


 私の背後から、ティラトリーツェ様が肩に手をかける。

 睨み合う、女と女の意地。


 視線が、バチバチと音がしそうな程に、敵意と警戒を宿して弾けている。

 怖いなあ。貴族の女社会。


「私は、突然、皇族と言われ、未だ状況も理解できぬ未熟者でございます。

 どうか今までと変わらぬご指導を賜れれば幸いです」


 私は膝をつき、お二人に頭を下げた。

 なんだかんだ言っても、この方達も私を成長させてくれている。と言えなくも無い。


 第二皇子と皇子妃メリーディエーラ様も。


「今後は公私ともに世話になる事も増えるでしょう。

 改めてよろしくお願いするわ。

 ああ、でも、私の事を伯母上、などと呼んだら許しませんからね」


 あ。若い女性には、やっぱりそこが地雷か。

 気を付けないと。


「はい、メリーディエーラ様。どうぞよろしくお願いいたします」


 やがて舞踏会が開幕する。

 華やかで輝かしい音楽が鳴り響く中、私はずっと皇子と皇子妃に守られながら、挨拶に来る人達と挨拶をし、言葉を交わしながら思う。


 今まで出会ってきた沢山の人達が、今の私を作ってきた。

 これから出会う沢山の人との出会いも、私という存在を形作っていくのだろう。


 今までの出会いに感謝を。

 そして、これからの出会いに祝福を。


 私はそんな思いに、胸が溢れそうだった。


◇◇◇


 舞踏会の最後、私は皇子とティラトリーツェ様に目配せした。

 頷く皇子の合図に、リオンが持ってきてくれたのはリュート。


 舞踏会で私は踊れないから、最後にせめて感謝の気持ちを歌で伝えようと思ったのだ。


 リュート、弾けるかって?

 アレクに最初に教えたのは私だから。

 もう追い越されてしまったけれど、アレクに教えて貰いながら今もたまに練習している。ピアノにギター、時にウクレレ。


 音楽は保育士の必須能力だし。


「最後に娘が皆の為に歌を歌いたいそうだ」

「遠い、異国の唄ではありますが、皆さまとの出会いと、これから紡がれるアルケディウスの新しい物語に祝福がありますように……」


 ポロン、と弦を弾く。

 弦楽器が紡ぐ甘く人を惹きつける音色は、万国共通。

 世界が変わっても同じなのかもしれない。


 ゆっくりと私は歌う。

 遠い、異世界の唄を。


 元は古い古いゲームソング。

 孤独だった少女が、人々と、世界と、ヒーローと出会い、感情と愛と、世界の美しさを知っていく。

 女性からの想いを込めたラブソングだったので、アレクには教えなかった。


 でも、大好きだった曲を。

 心を込めて。


 成人した私とは違う、子どものソプラノ声が紡ぐ『唄』は、オリジナルの歌手には遠く及ばないけれど――精一杯に歌ったつもりだった。


 一曲を弾き終え、お辞儀をする。


 ――と、ビックリするような程の拍手が響いた。


 私はこの世界の曲を知らないので、耳慣れない曲でノれないんじゃないかと思ったけれど、杞憂だったようだ。

 目元に涙を浮かべているご婦人もいて、思いもよらない反応にこっちが驚く。


 歌を歌う、と言った時の皇子とティラトリーツェ様の様子から、ここまでになるとは思わなかった。

 ちなみにお二人は……あれ、なんか困ったような、顔?


「其方は見ていて飽きぬな。何が飛び出てくるか解らぬ。

 流石ライオットの子。歴史を変えた娘だ」


「皇王陛下……」


「夏までは、何をしても世界は変わらぬ。

 私も、そう思っていたのだがな」


 椅子に座ったままリュートを抱え、眼を瞬かせる私の後ろに立って、ポンと肩を叩くお祖父様。

 柔らかい笑顔と反対に、向かい合う大貴族達は一言も声を出さず、その姿を見つめている。


「間もなく、冬になる」


 深い冬の森を思わせる重く深い声が、広い大広間に響く。


「アルケディウスの冬は厳しく、雪は多く、来年の春を信じられぬ時さえもある。

 けれど、今年は最後にアルケディウスに訪れた小精霊が、春を送ってくれた。


 我らは、決して一人では無い。

 隣に立つ者がいる。力を合わせる事で、より未来が輝くのだと教えてくれたのだ」


 大声を張り上げているようには聞こえないのに、皇王陛下の声は、その場に立つ一人一人の心に、積もり溶ける淡雪のように染み込んでいく。


「来年の夏にはもう一人、新たな皇家の子も産まれているだろう。

 来年も、今年以上の良き年になる。


 皆に祝福を。

 良き冬を。良き新年を……。


 変わりゆくアルケディウスと、皆をここに祝し、大祭の終了を宣言する」


 皇王陛下の言葉が締められると同時、一際大きな鐘が響いた。

 私達の長い長い、大祭が終わったのだ。


「よく頑張ったな。マリカ」

「ありがとうございます。皇王陛下」

「ふむ、私的な場ではお祖父様、と呼んでもらいたいものだが」

「ぜ、善処いたします」


 声を潜め、お茶目に片目を閉じるお祖父様の笑顔に、私はドキマギしながらも胸を撫で下ろした。

 とりあえず、大きな山は超えたのだと。


 後にアルケディウスの歴史、そしてこの世界の歴史を鑑みた時、大きな転機となる一日が終わった。


 騒動も、後始末も、まだまだ全然終わってはいないけれど。


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