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王都 大祭三日目 晩餐会の前に

 アルケディウスの国務会議が終わったその後、ライオット皇子に抱き上げられたまま議場を去った私は、控えの別室で――


「無事に終わったぞ。俺は別の後始末がある。こっちの準備は任せた」

「お疲れさまでした。ええ、後はお任せくださいませ」


 待っていたティラトリーツェ様に、私は『投げ渡された』。

 勿論、比喩だけど。

 足の怪我に触れないよう、皇子は慎重に、慎重に降ろして下さったけど。


 ほんの僅か手を緩めるだけで痛みが走る足を、最後まで庇うように扱ってくれる。

 ――その丁寧さが、余計に胸に沁みた。


「では、マリカ。着替えましょう?」

「え? この服のままで十分では?」


 皇子から私を受け取り、引き寄せたティラトリーツェ様は、周囲の侍女さん達に目配せする。

 丁寧に畳まれて運ばれた服から覗く色は、薄紅色と赤と白。


 今着ているドレスより艶やかで、見るからに華やかだ。


 会議に連れていかれた時に着せて貰ったサラファンは、蒼い、ストンとしたもの。

 けれど精緻な花模様の刺繍がみっちりとされていて、うっとりするくらい豪華である。


 私にとっては、十分すぎるくらい十分なのだけれど。


「皇王陛下と皇王妃様に、皇子の子として謁見するのです。

 大貴族達とも、給仕をする小間使いの娘、ではなく――彼らの上に立つ皇女として顔を合わせる以上、しっかりと立場を見せなくては」


「……そういうものなのですか?」

「そういうものです。ではお願い。足を怪我しているので触らないようにね」

「はい」

「姫君、どうぞこちらへ」


 姫君。

 その呼び方だけで胸が跳ね、同時に足元がぐらつくような気分になる。


 動揺している間に、私は控えていた侍女たちにあっという間に来ていた服を剥かれ、下着姿にされてしまった。

 そこからの着替えは、もう何度かやってもらっているので、少し慣れた――と思いたい。


 アルケディウスの民族衣装は、すとんとしたシャープなシルエットが特徴で、向こうの世界で私が持っていた貴族のドレスのイメージとは少し違う。

 基本的に寒いせいか、下に着るブラウス風の服に、コートのような飾りドレスを羽織る。


 ティラトリーツェ様のような、スラッとした女性にはもう最高にカッコよくお似合いなのだけれど、子どもが着るには少し硬い印象があった。

 だからサラファンのような別系統の服が合ったのだろうけれど、こっちもストン系スカート。


 でも、今日着せて貰った服は、少しスカートがふんわり広がっていて、いかにも子ども服。

 バレエのチュチュのような感じだ。


「マリカ様に、どのような服が似合うか、古い文献や資料などをあたり、研究しましたの」

「あ、プリーツィエ様」

「プリーツィエ、とお呼び下さいませ。皇女様」


 ドレスの着付けを指揮していたのは、シュライフェ商会のプリーツィエ様だ。

 既に私の専属っぽくなっているなあ、と、場違いなことを思ってしまう。


 着付けて頂いたドレスは、白いふんわりパフスリーブ袖のブラウス。

 袖口にもたっぷりと飾り布が使われていて、柔らかい印象がある。

 それに上から、薄紅色の袖の広いコートのような上着を重ねる。


 中にパニエというかインナースカートを履き、その上からまたスカートを着る。

 スカートは艶やかな赤。

 裾にも、スカートにも、たっぷりの金糸の刺繍やリボンがあしらわれていて、ウエストにはリボンベルト。

 前に垂らす飾り布にも、胸元の編み上げにも、装飾がたっぷりで、舞台衣装か何かのようだ。


 靴は白い革靴。

 柔らかい上に、傷口に布を巻いて貰っているので、触って痛い、ということもない。


 でも……。


「少し派手、ではないですか?」


 民族衣装が和服の日本生まれ。

 成人式の振袖くらいしか、こんな華やかな服は着たことがない。

 なんだか恥ずかしいくらいだけれど――


「とても良くお似合いですよ」

「身体が小さくて目立ちにくいのですから、少し派手なくらいの方がいいのです」


 髪の毛はダイヤの飾り紐で縛って纏め、その後、綺麗な装飾と白いヴェール風の薄絹のついた飾り帽子を被る。


「ご覧になって下さいませ。ティラトリーツェ様。

 とても、素晴らしいと思うのですが……」


 満足、やりきった、という笑顔のプリーツィエ様は、私を姿見とティラトリーツェ様の前に押しやった。


 本当に、可愛らしさを前面に出した子ども服。

 私の為にデザインされた、という感じがする。


 自分で言うのもなんだけれど――良く似合っている。


「とても可愛らしくていらっしゃいますわ」

「春を告げる、花の小精霊のようです」

「流石皇女様」


 侍女さん達も口々に褒めてくれる。

 凄く面はゆい。頬が熱い。


「ええ、とても良くできています。ありがとう。プリーツィエ」

「勿体ないお言葉でございます。どうか、今後もマリカ様のドレスは私共に御用命頂ければ幸いです」


 ティラトリーツェ様は嬉しそうにニッコリ笑うと、私の手をしっかりと握って下さる。

 その温度が、少し懐かしい気がした。


 出会って間もない夏。

 護衛の時を思い出して。


「何も、臆する事はありません。

 己に恥じる事は無いと、真っ直ぐ顔を上げて、自分のやるべきことをなさい。

 大丈夫です。私も皇子も、皆、貴女の側にいますから」


「はい、ティラトリーツェ様……いいえ、お母様」


 励ましの言葉に、私は背中をピンと伸ばした。

 教えて貰った事を、生かす時は今しかない。


 ティラトリーツェ様と手を繋いで、私はゆっくりと部屋の外に出た。


◇◇◇


 部屋の外には、護衛役のリオンとフェイが待っててくれていた。


「うわあっ~。二人ともステキ」


 思わず、お姫様らしからぬ声が出てしまった。

 慌てて口を押えるけれど、ドキドキした嬉しさが止まらない。


 どちらも騎士と魔術師としての正装をしている。


 リオンは、皇子に作って貰った白のチェルケスカ。

 もう一度見たかったから凄く嬉しい。

 黒髪のリオンだから、白い服が凄く映えるのだ。


 フェイも似た雰囲気のチェルケスカだけど、黒いチュニックに黒のコート。

 銀色のフェイの髪色と同じ刺繍が、ちょっと唐草模様風に施されていて、

 本当にファンタジー世界の魔術師、という感じ。


 私、王宮で魔術師しているフェイを見たの、初めてかも。


 カッコいい。

 言葉が出ない位に、良く似合ってる。


「……ありがとうございます。でも、マリカの方がステキですよ。

 今まで、いろいろなドレスを着たマリカを見てきましたが、今日が一番美しいと思います」

「ほめ過ぎだよ。でも、ありがとう」


 まだ、時間にちょっと余裕がある、とティラトリーツェ様が許してくれた。

 だから褒めてくれたフェイにお礼を言って、二人の方に向かおう――とした、その時。


「いっ……つ!」


 油断した。


 踏み込んだ足の痛みが、ズキン! と音を立てて脳天まで突き抜けていく。

 同時に、足がもつれ――


「マリカ!」


 ガクン、と膝が折れて倒れかけた私の腰に、リオンの手がスッと伸びて支えてくれた。

 地面への激突は免れたっぽい。


「ふう~」


 安堵の声が聞こえてくる。

 周囲から。いくつも。


「焦るな。落ち着け。

 せっかくの綺麗なドレスが台無しだぞ」

「あ、ありがと。リオン」


 そう言うと、リオンはティラトリーツェ様に目を向ける。


「ティラトリーツェ様。マリカを抱き上げていってもいいでしょうか?」

「……許可します。

 このまま会場まで歩かせて、また転んで服を汚されるくらいならともかく、

 足を折られたりしたら目も当てられませんからね」

「ありがとうございます」


 ひょい、とリオンは私を抱き上げる。


 ライオット皇子と同じ持ち方。

 身長と体形が全然違うのに、安定感はほとんど変わらない。


 じゃなくって!


「リオン! 私、大丈夫だから!! 服が汚れちゃう」


「いいから大人しくしてろ。お前の方こそ、服が汚れる。

 お前の仕事の本番はここからなんだから、余計な体力を消耗させるな」


 私の微かな身じろぎと動揺は、がっちりとリオンの腕の中に固定されている。

 思ったより強い力に、ドキドキする。


 意識がある時にリオンに抱っこされるのは正直恥ずかしい。

 けれど、ここは遠慮している場合ではないのかもしれない。


 皇子と同じ。

 リオンは護衛騎士だから、私の保護者と同じ。


 落ちないように姿勢を直して、リオンの肩に手を乗せる。


「それじゃあ……お願い。リオン」


「ああ、任せておけ」


 ……どこか、きまりの悪いドキドキ。

 バクバクと心臓が高鳴る思いを感じているのは、きっと私だけだ。


 意識しすぎ。

 自意識過剰。

 平常心、平常心。


 仕事はこれから。

 落ち着いて。落ち着いて。


 無意識に目を閉じて、手を祈りに組んでいたから、私は気が付かなかった。


 リオンの平静を装いながらも朱色に染まった頬も。

 それを見つめて優しく、どこか生暖かく笑うフェイとティラトリーツェ様の様子にも……。

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