皇国 国務会議の裏側 カッコいいお父さん
ライオット皇子って凄いな、カッコいいな、というのが、今回の件に対する私の素直な感想だ。
即席台本の即興舞台。
観客は皇王陛下と、この国を支配する大貴族達。
失敗の許されない、一度きりの大芝居を、皇子は完璧に熟してみせた。
けれど、その震える腕と、私を見る優しい眼差し。
そして、子ども達とこの国の未来を思う気持ちは――お芝居じゃない。嘘じゃない。
…それが解るから。
抱えられた腕の中から、この国を、世界を支える大きな肩を、私は思わず抱きしめていた。
「お父様…」
関係も、言葉も嘘だけど。
心からの感謝と、敬意は、私も嘘じゃないから。
◇◇◇
そして、そこからは本当に――皇子の独壇場だった。
「……我が家の誠実と愛が伝われば、きっと戻ってくれると、私は信じております」
穏やかな声でそう語るタシュケント伯爵の言葉に、議場の空気が一瞬、緩む。
「……ほう」
その空気を、容赦なく切り裂いたのは、低く、冷えた声だった。
「幼子を誘拐し、痛めつけ、言う事を聞かせようとすることを、誠実と愛、と呼ぶのか?
――初めて知った」
ざわ、と議場が揺れる。
こっそりと――担当文官を言いくるめ、進行を見計らっていた皇子は、
タシュケント伯爵が、皇子不在をいいことに好き勝手を言い始めた、その最高の瞬間に、議場へと踏み込んだ。
皇王陛下に、私の誘拐から始まる遅刻の事情を簡潔に説明し、
そして、ごく自然な流れで――私の認知公表へと持って行く。
「父上。
長らく秘密にしておいて、申し訳ございません。
――孫をご紹介いたします」
その一言で、議場が静まり返る。
「マリカ。
俺の娘です」
「な、なにっ!!」
皇子は、そっと、本当に丁寧に私を下ろして下さった。
足の痛みは、最小限で済んだ。
私は、この日の為にティラトリーツェ様が整えてくれた、最高級のドレスを身に纏い、
今できうる限り、最高の仕草でお辞儀をする。
「皇王陛下……いいえ、お祖父様。
改めて、ご挨拶申し上げます」
声が震えないよう、深く息を吸う。
「ゲシュマック商会が娘、
そして、皇国皇子ライオットの婚外子、マリカと申します」
――お祖父様。
皇子の隠し子を名乗るなら、私は皇王陛下の孫になる。
今更、その事実に気付き、真剣に緊張する。
「身分無き母を持つ身で、皇王陛下の血を頂く事も、
お祖父様とお呼びする事も、不遜極まりないと承知しておりますが、
どうかお許し下さいませ」
私がしたのは、そこまで。
後は、本当に――
皇子が、巧みに口調と態度を使い分け、場を完全に支配するのを、ただただ感心して見ていただけだった。
いや、もう、本当に凄かった。
誰にも邪魔されないよう、あくまで皇王陛下に語るという体を取りながら、
二年前の子ども失踪事件の罪を告白する。
それに、私という隠し子の存在を理由づけに用い、
同情――いや、情状酌量と言った方が正しいだろうか。
そうした空気を、意図的に作り上げていく。
行方不明になった皇女。
その所持品目当てに拾い上げ、奪ったタシュケント伯爵。
聞くだけなら、完全な悪役だ。
実際は、所持品の着服はともかく、捨て子だった赤子を拾っただけ。
拾った子を使用人として使っていただけ。
その子が、有能で有名になったので、取り戻そうと誘拐しただけ――
……あ、違った。
やっぱり、けっこう悪役だ。伯爵。
だが、皇子はそこを逃さない。
二年前、勇者の転生救出の為に行った子どもの誘拐――
もとい、救出という罪の重さを。
宝物の着服という罪を、私手に入れたさに告白したタシュケントの甘い策を利用し、
娘の救出という大義名分で薄める。
加えて、捨てられ、タシュケント伯爵家に拾われていた私という事実で、
『隠し子』の存在の説得力を強固にし、
まったく新しい『真実』を作り上げ、場を説得してしまう。
その実力と胆力は、本当に尊敬するしかない。
「それが、二年前の子ども失踪事件の、
そして、マリカの存在の真相なのです」
朗々と、一筋の迷いも、淀みも無く。
議場で『真実』を語り切った皇子は、ゆっくりと伯爵へ視線を向ける。
視線と、言葉と、足取り。
逃がさぬと決めた獲物を追い詰める、獣の眼差しだ。
――これは、怖い。
絶対に、怖い。
「今の話を、嘘だとは言わせない。
関係ない、とも言わせない」
淡々と、しかし確実に、伯爵を追い詰める。
「マリカが、我が館の側で拾われた娘であることも、
希少な品を持っていたということも、
貴方の家の家令が、皇王陛下の料理人の前で、はっきりと口にした事だ。
……伯爵」
「わ、私は……そんな事は……
そもそも……我が家の拾い子が、皇子の娘であるという……証拠は……」
ここで認めれば、皇女誘拐、貴重品着服の罪が加わる。
必死に、なんとか言い逃れようとする伯爵に、皇子は更なる証拠を叩きつける。
「サークレットだ」
「え?」
「俺が女に、女から娘に授けられた宝物。
それは、サークレットだと言っている」
伯爵の顔色が、一気に失われる。
まるで見ていたかのように、品物の特徴を語る皇子。
ティラトリーツェ様が調べてくれたのだろうか。
特徴に間違いは無いようで、同派閥の大貴族達も、思い当たる節があるのか頷いている。
私には明かされなかった、その特徴を正確に言い当てられれば、
品物の主が皇子で、皇子の子が私である事は、もはや否定のしようがない。
「しかも、マリカの誘拐犯は、其方の息子、ソルプレーザであった。
側には家令フリントもいた。
両名は既に牢に囚われ、尋問も済み、伯爵――
其方の命令であると自供したぞ」
「違う!
そうだとしても、やったのはソルプレーザと、フリントの独断だ!
私に関係は無い!!」
「ふざけるな!」
雷鳴のような怒声が、議場を震わせた。
伯爵は、せめて私の誘拐と脅迫だけは否定しようとする。
だが、この罪だけは間違いのないこの男のもの。
――皇子が逃す筈もない。
皇子の雷憤が、床を、壁を震わせる。
それは演技ではない。
紛れも無い、怒りだった。
「マリカは、はっきりと聞いている。
マリカを手に入れ、屈服させよと。
マリカの純潔を奪い、支配して妻として従えた暁には、
ソルプレーザに家督を譲ると――
父に言われたと宣うた、ソルプレーザの言葉を!」
「ひっ……」
議場が騒めく。
女――しかも子どもを誘拐し、襲い、力で蹂躙する。
それが、どれほど忌むべき行為か。
誰もが理解している。
愛娘を穢されかけた父親の怒りは、
言葉の刃となって、伯爵の立場と心を切り刻むかのよう。
「ソルプレーザの婚約者として広げる故、
顔や目立つところに傷はつけず、痛めつけて従わせよ――
そこまで言ったそうではないか」
静かな声が、逆に恐ろしい。
「……まあ、ソルプレーザは、
マリカを支配するは支配するでも、
傷つけ、悲鳴を上げさせることを望んで、
身体を奪う事は後回しにしたようだったがな」
一瞬の沈黙。
「愚かで、聡い息子に感謝するがいい。
万が一、マリカが辱められていたら――
俺は、お前を死ぬよりも辛い目に合わせていただろう……」
伝説の勇士の一人、ライオット皇子の怒りの稲妻を受け、
伯爵は床に崩れ落ち、震える事しかできなくなった。
――もう、抵抗する気力すら無い。
ふっ、と。
皇子が振り返る。
さっきまでの、憤怒の化身のような姿は、もう無い。
ただただ、柔らかく、優しい眼差しが、私を見ていた。
「よく耐えた。マリカ……」
「お父様が助けに来てくれると、信じていましたから」
自然と、言葉が零れた。
取り決めた台詞でも、用意した言葉でもない。
本当に、自然に。
「……守ってやれず、すまなかった。マリカ」
皇子は私を抱き上げ、そっと頬を寄せる。
「俺は、この世界に、子どもの笑い声を取り戻したい」
祈るような、願うような言葉。
私を抱く腕に、力が籠る。
皇子の一番近くにいるのは、私だ。
だから、解った。
皇子は、最初に出会った時から、私達子どもに優しかった。
勇者の転生を探すだけなら、男の子だけを救えば良かった。
でも、皇子は私も、エリセも、見捨てなかった。
命の危機にあった私達を、持てる力の全てで助けてくれた。
だから、今、私は、私達は、ここに在る。
「娘が、慈しみ育てた子ども達が、
生まれて来る我が子が、
何の憂いも無く生きられる世界を作りたい」
震える声で、皇子は続ける。
「望むのは、それだけだ。
私情と、笑うなら笑え」
震える腕と、優しい眼差しに、胸が詰まる。
目元と、心が熱くなった。
これは演技。
けれど、演技じゃない。
子どもと、この国の未来を思う気持ちは――嘘じゃない。
…それが解るから。
「お父様……」
抱えられた腕の中から、
この国を、世界を支える大きな背中を抱きしめ、
頬に、そっと口づけた。
私は、皇子の娘じゃない。
血も、繋がっていない。
関係も、言葉も嘘だけど。
命を救い、この世界に『マリカ』を生み出してくれた。
この世界における、『マリカ』の父は――この人だから。
心からの感謝と、敬意は。
私も、嘘じゃない。
◇◇◇
最終的に、その年の国務会議では、二つの法案が可決された。
酒造法と、子どもの保護法案。
どちらも、まだ第一歩に過ぎない。
けれど、この国と世界を変える、大きなきっかけになるのは、間違いないだろう。
成立を祝う、大貴族達の拍手。
私も、精一杯の拍手を重ねる。
拍手を受け、毅然と立つ皇子は――
見惚れるほどに、カッコよかった。
◇◇◇
「どうだ?
カッコよかったろう? 見直したか?」
会議を終え、議場を出た皇子が、私だけに聞こえる声で囁く。
足の怪我が痛むので、私はまだ、皇子に抱っこされたままだ。
「いつも、お父様はカッコいいですよ。
でも、今日は本当に、見違えるほどに素敵でした」
少し、悪戯心が芽生える。
「ティラトリーツェ様がいなければ、
お嫁さんになりたい、って言いたいくらい」
頑張った、ステキで、自慢のお父さんを労う娘。
演技だけど、演技じゃない。
ここ、重要。
私の本心だ。
「この!
嬉しい事を言ってくれるじゃないか?」
目をぱちくりさせ、嬉しそうに笑った皇子は、
私の髪を、くしゃくしゃと撫でる。
本当のお父さんみたいで、嬉しい。
でも、男の人の力だから、ちょっと荒っぽい。
「わあっ!
まだ晩餐会と舞踏会が残ってるんですから、
髪の毛、乱さないで下さい!!」
「そうだな」
すんなりと手を放した皇子は、ふと、遠くを見るような目になる。
「生まれてこなかった、あの子とも……
こんな会話ができていたかな?」
「ええ。きっと」
祈るような台詞の裏側に、
生まれる事の出来なかった子と、
これから生まれる子への想いが、確かに籠っている。
皇子と、ティラトリーツェ様の子。
生まれて来ていたら、男の子でも女の子でも――
絶対に、お父さん大好きっ子になっていただろう。
こんなに、カッコよくて、賢くて、強いお父さんなのだ。
私は、皇子の頭に、そっと触れた。
「今度、生まれて来るお子とも、できますよ」
「そうだと、いいな」
「大丈夫です。私が保証しますって。
お父さん、本当に、とってもカッコいいですから♪」
「娘に、褒められるというのは……いい気分だな」
目を丸くした皇子は、幸せそうに破顔する。
そして、もう一度。
今度は髪を乱さないように、そっと頭を撫でてくれた。
大きくて、優しくて、
とても――暖かい手だった。
タシュケント伯爵の息子に私が誘拐され、目が覚めた時には、既に大祭の最終日になっていた。
街の大祭は地の刻に始まるけれど、貴族のスケジュールは少しゆっくりめだ。
この国の年二回の法案会議――大貴族達と皇子が集まる国務会議は一の火の刻から。
遅くとも二の水の刻には決議を終え、風の刻から晩餐会と舞踏会。
夜の刻には晩餐会も引け、日が変わる鐘と共に、大祭も終わるという。
「ガルフ。今日はもう、マリカは街には戻せぬ。
大祭の方は悪いが、そちらで差配してくれ」
私の救出後。
ライオット皇子とティラトリーツェ様。
お二人の側近であるヴィクスさんとミーティラ様。
王宮魔術師のソレルティア様。
リオン、私、そしてフェイ。
最終会議と呼ぶに相応しい顔ぶれだった。
早朝どころか、深夜だというのに呼びつけられたガルフは、けれど嫌な顔一つせず、「わかりました」と静かに頷いてくれた。
「マリカ様が、お戻りになった。それだけでも、店の者達は安心します。
王宮の仕事と、街での大祭業務。どちらが大事かと考えれば、答えは明らか。
こちらの方は、お任せ下さい」
「ごめんなさい。ミルカやエリセになんとか頑張って、と伝えて貰えますか?」
「必ずや」
そのやり取りを見ていたソレルティア様が、ふと首を傾げる。
「随分と……その少女は、大切にされているのですね」
使用人に主人が向けるとは思えないほど、丁寧な口調と態度。
ガルフの言葉と立ち居振る舞いに、ソレルティア様は小首を傾げた。
そこに、皇子がさらりと口を挟む。
「ああ、マリカは俺がゲシュマック商会に預けた隠し子だからな」
「ええっ! あの噂は本当だったのですか?」
目を剥いて驚いたのはソレルティア様だけだった。
他の皆は、もう(設定として)知っている。
「……ティラトリーツェ様は……よく……」
為さぬ仲の子どもを――
そこまで言いかけて、ソレルティア様は言葉を飲み込んだ。
「皇子の子、ですからね。
それに、接してみればとても良い子。色々と困らされることもありましたが、今は実の子にも等しいと思っているのですよ」
「それは、存じております。
ティラトリーツェ様が、ゲシュマック商会の娘に向ける愛情は、まるで親子のようだと、城内でも評判ですから」
当のティラトリーツェ様が優雅に微笑めば、それ以上、何も言える筈がなかった。
「お前も王宮の魔術師なら、料理人からの報告を一緒に聞いていたか?」
皇子の声は落ち着いている。
「タシュケント伯爵は、捨て子だったマリカを拾い、家人としていたと主張していたそうだ。
見つけたら息子と娶せ、養女にすると」
思い出すようにソレルティア様は頷く。
「はい、それは、うっすらと。
本人は知らぬ、違うと言っていたとまでザーフトラク様が」
「俺はマリカを産んだ女を迎えるつもりだったが、身分違いを苦にした女は姿を消す。
だが、その前に俺に届けるつもりで、マリカを館の側に置いた。
それをタシュケント伯爵が拾った――いや、盗んだのだ」
「何故、赤子を? 哀れと思ったのでしょうか?」
「いや。
多分、俺が娘に与えた身分証明の宝物を着服したのだろう。
貴重な、精霊国より賜った宝物であったからな」
淡々と語られる内容は、あまりにも重い。
「なんという強欲な……!
なるほど。であるからマリカを誘拐し、力で言う事を聞かせようとしたのですね?」
「ああ。
宝を着服した後は、ほぼ奴隷のような扱いをされていたからな。
見かねて俺は伯爵家からマリカを逃がし、ガルフに預けた。
最初から二度と伯爵家に戻すつもりは無かったが――」
皇子は、僅かに視線を伏せる。
「……このような事態になっては、もう一刻の猶予も無い」
皇子の口から、つらつらと流れるように語られる設定。
どこか、テレビドラマ――いや、舞台劇のようでもある。
恋愛小説に出てきそうな筋書きだ。
タシュケント伯爵家の情報を聞いた後、私とティラトリーツェ様で養女になる為に考えた辻褄合わせ。
けれど、皇子はそれを完全に呑み込み、さらに自然な形にアレンジまで加えてくれている。
凄いな。
戦から戻って、まだ三日と経っていないのに。




