王都 大祭三日目 一貴族視点 嵐の貴族会議 後編
今から約二年前、貴族区画で使われていた子ども達が次々行方不明になる事件が発生したことは、私も聞いている。
私は子どもを使ったりしていなかったので被害に遭ってはいないが、どうして城門で囲まれた貴族区画から子どもが消えたのか――謎とされていた事件だ。
皇子は自らが犯人だと罪を告白し、その上で静かに続ける。
「マリカが己を婚外子と告げた通り、これは俺が外で作った娘です。母親は不老不死を得ていない平民の。
身分を隠して子をもうけた俺は、子の生誕と同時に娘を館に迎え入れ、女も不老不死を授け第二夫人として迎えるつもりで、ティラトリーツェにも話していました。
けれど、身分違いを苦にした女は俺の前から姿を消し、一人で出産、子を俺に託して消えました。産後の肥立ちが悪く、身体を壊して死んだと聞いています。
俺が彼女を見つけ、墓に参ってやれたのはずっと後の事でした」
「子は……託された、と言ったか?」
「はい。そこが問題なのです。女は子を産んだ後、俺が与えた紋章を使って貴族街に入り、子を俺に届けたつもりでした。ですが、子は俺の元に届く前に連れ去られてしまった。
子の身元を表す品に目が眩んだ、貴族の手によって……」
皇子と皇王陛下の会話は、同時に議場に在る大貴族全てが聞いている。
誰一人、身動き一つせずに話に聞き入っていた。
「俺は女に妻の証、そして我が子の証として品を与えていました。
ティラトリーツェにも貸し与えなかった、旅の時代、精霊の勇者アルフィリーガとその母君から賜った秘宝を。
女はその品を我が子の包みの中に、身元を明かす印として入れていたのです。
まさか、俺の館近くに置いた赤子がその品目当てに連れ去られるなど、思いもせず……」
「ああ、確かにザーフトラクが申しておったな。マリカの保護者を名乗る者が現れたと。
捨て子だったその娘は、世にも希少な品を有していた、と」
「はい。盗人はあろうことか、その宝欲しさに娘を連れ去り、宝を着服すると、娘を家人という名の使用人――いや、奴隷として使っていたのです。
俺は八年の歳月をかけて娘を見つけ出しました。
本当に、酷い扱いを受けていたのです。
厩に寝かされ、まともな教育も受けていなかった。
事情を話し、買い取ることも考えましたが、宝物を着服したような相手が素直に子どもを返す筈もない。
故に強引に連れ出しました。
その過程で、貴族街でことさら酷い扱いを受けていた子達の存在も知り、見捨てておけず連れ出し、娘と共に信頼する者に預け、王都から遠ざけました。
それが二年前の子ども失踪事件の、そしてマリカの存在の真相なのです」
皇子は振り返ると、議場の一席を見つめる。
話の間にすっかり血の気が引いたタシュケント伯爵の表情は、青ざめるを通り越して溶けた蝋燭のように真っ白になっている。
一歩、踏み込む様にして近づいた皇子から逃げるように、伯爵が後ろに下がる。
圧力が凄い。迫力が凄い。
かつて世界が闇に覆われた時代、魔性に立ち向かい、魔王を倒したと伝えられる世界有数の戦士、勇士の怒りが、今、ただ一人の老人に注がれている。
誰も助ける事も、庇う事も出来ない。
第一皇子ですら。
静かで、けれど見ているこちらまで恐ろしくなる様な迫力であった。
「今の話を、嘘だとは言わせない。関係ない、とも言わせない。
マリカに我が館の側で拾われた娘であることも、希少な品を持っていたということも、貴方の家の家令が皇王陛下の料理人の前ではっきりと口にした事だからな。伯爵……」
「わ、私は……そんな事は……。そもそも……我が家の拾い子が皇子の娘であるという……証拠は……」
震える声でタシュケント伯爵は抵抗するように声を上げた。
皇子の圧力に逆らう事が出来る伯爵を、勇敢だと私は思う。
それは蛮勇に過ぎないけれど。
伯爵の言葉は、必死に自らの無実という形を掴もうと足掻いている。
けれど『証拠』という響きは、逆に彼自身の首を絞める縄のように聞こえた。
皇子は一瞬だけ瞼を伏せた。
まるで怒りを鎮めるのではなく、刃を選ぶ剣士のように。
そして
「サークレットだ」
短く告げた。
「え?」
「俺が女に、女から娘に授けられた宝物、それはサークレットだと言っている。
白銀とカレドナイトが精霊の技術としか思えないような秘術で混ざり合い、薄青く光る。黄金の細い蔓と絡み合う繊細な作り。
そして額の中央には、マリカの瞳と同じ紫の宝石が輝いている。違うか?」
「そ……それは」
驚愕を目に宿す伯爵の全てが、皇子の言葉が正しいと答えている。
「兄上の派閥の者は幾人か、サークレットを自慢する伯爵の妻の茶会に参加し、見た奥方から話を聞いているのではないか?
であれば俺の言葉が真実か否か、判断できるだろう?」
幾人かの大貴族達もそれぞれが『そう言えば』と頷いている。
私自身も羨望と共に、妻が美しいサークレットを見たと語ったことを思い出した。
皇子の言葉に、多分嘘間違いはない。
「しかも、マリカの誘拐犯は其方の息子、ソルプレーザであった。側には家令フリントもいた。
両名は既に牢に囚われ、尋問も済んで、伯爵、其方の命令であると自供したぞ」
皇国の騎士団を率いる皇子の手配である。
既に十分、証拠は整っているのだろう。
罪人を断罪する皇子の追及は、容赦の欠片も無い。
「違う! そうだとしても、やったのはソルプレーザとフリントの独断だ!
私に関係は無い!!」
「ふざけるな!
マリカははっきりと聞いている。マリカを手に入れ、屈服させよと。
マリカの純潔を奪い、支配して妻として従えた暁にはソルプレーザに家督を譲ると、父に言われたと宣うたソルプレーザの言葉を。
ソルプレーザの婚約者として広げる故、顔や目立つところに傷はつけず、痛めつけて従わせよ、とまで言ったそうではないか。
まあ、ソルプレーザはマリカを支配するは支配するでも、傷つけ悲鳴を上げさせることを望んで身体を奪う事は後回しにしたようだったがな。
よく耐えた。マリカ……」
「お父様が助けに来てくれると、信じていましたから」
「いや、守ってやれずすまなかった……マリカ」
誰もが息を呑みこんだ。
瞬間、皇子を包んでいた圧力が消え失せた。
代わりに放たれるのは、静かで優しい祈りのような微笑み……。
「俺は、この世界に子どもの笑い声を取り戻したい。
娘が慈しみ育てた子ども達が、生まれて来る我が子が、何の憂いも無く生きられる世界を作りたい。
望むのは、それだけだ。私情と笑うなら笑え」
暖かな願いそのものであったと、私は思う。
ライオット皇子は愛し気に『娘』を抱き上げ、頬を寄せた。
「お父様……」
皇子の肩に手を回し頬に接吻する娘の眦には、透明な雫が星のように輝く。
愛を寄せ合う父と娘。
美しく、優しく、ぬくもりに満ちていて――我々の誰もが言葉なく、どんな絵画よりも美しい光景に魅入っていた。
タシュケント伯爵は拘束こそされなかったものの、今回の議決への票は棄権扱いとされることになった。
今は別室で取り調べを受けている。
例え、かつて家人であった者であっても、現在、準市民として登録され、別の人物が権利を有する子どもへの脅迫、暴行、そして強姦教唆の疑いだ。
実際、少女の傷は深く、証拠として示された骨折と剥がされた爪は青黒く染まり、不老不死で傷など見る事も少なくなった我々に、ソルプレーザの残虐を雄弁に伝えたのだった。
そして秋の大祭の国務会議において、二つの法案が可決された。
満票による賛成を集めた酒造法。
そしてもう一つは児童の保護法である。
児童保護法における反対票は僅か五票に過ぎなかった。
私の票を入れても接戦かと思われたのだが、思った以上に圧倒的な差が付いた。
私はその数字を聞いた瞬間、ようやく理解した。
人は正しさで動くのではない。
だが『見てしまったもの』からは逃げられない。
あの少女の足取り、あの爪の色、あの父の声。
それらが、五百年の停滞を一息で越えてしまったのだ。
皇子と、嬉しそうに小さな手で拍手をする少女はこの瞬間、多くの子ども達の未来を掴み取ったのだ。
会議後の晩餐会と舞踏会については、多くの者達にとっては素晴らしい時間であったと語るに留めよう。
新しい食のフルコースと麦酒は、鮮やかな感動を私達に知らせてくれた。
皇女と荘園領主自らが丁寧に入れた麦酒――いや、ビールで、ビエイリークから魔術で運ばれた貝のフライを喉に流し込んだ時の幸せ。
この最高の食のお披露目。
口福に我が領地が関与できた事も心からの喜びになり、領民にもこの味を伝えてやりたいと、心から思ったものだ。
続く舞踏会では、やはり第三皇子夫妻とその娘が人々の話題の中心となった。
閣議上での告白はつむじ風よりも早く、王宮と大貴族の間に伝わったが、皇子の隠し子と醜い醜聞になって取りざたされるよりも早く、
『為さぬ仲の子を慈しみ育てるティラトリーツェ様と彼女を慕う愛娘』
という美談に飾られて、貴族達に二人は好意的に迎えられる事となった。
何より、皇王陛下、皇王妃様達が。
「初孫、か。不老不死世界では諦めていたが嬉しいものだ」
「マリカ。
ライオットもティラトリーツェも血は繋がっていませんが、私は我が子とも思っています。
血のつながりが無くても睦まじい貴女達親子のように、貴女の事も孫と思わせてくれると嬉しいのだけれど」
と認知したのだから、是非も無い。
「勿体ないお言葉です。皇王妃様」
「ティラトリーツェ。
これから辛い噂を受けるかもしれませんが、私は貴女達親子と、その絆を信じていますよ」
「ありがとうございます。皇王妃様」
輝かしいお二人を勿論、昏い眼差しで見る者もいるにはいたのだが、それは本当に少数で、多くの者達は第三皇子家の家族に祝福を送っていた。
舞踏会の最後、皇女は私達に歌を送ってくれた。
決して巧み、という訳では無かったが、生まれて初めて聞く調べに思いを乗せた新しい歌は涙が出る程に美しく、
そして誰かと共に生きること、その喜びを確かに伝えていた。
大祭の終わりと共に、アルケディウスの社交シーズンは終わりを迎える。
なんだかんだで気苦労が絶えない社交シーズン。
郷に戻るのが勿体ないと思うのは、正直初めてだ。
来年の夏に社交シーズンが始まる頃には、もう一人新しい皇族も加わっている事だろう。
何か贈り物を考えねば。
良い真珠が採れるといいのだが。
私はもう、来年の夏が楽しみになっている。




