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王都 大祭三日目 一貴族視点 嵐の貴族会議 中編

 会議の開始時刻。

 第三皇子ライオット様の席は主を得ることなく、空いたままだ。


「まったく、この重要な会議に遅れるとは。

 皇王陛下のご臨席を賜る決議の日であるというのに」


 会議の最上位に座す第一皇子ケントニス様は、呆れた様に肩を竦めて見せた。


「火急の用ができた。

 決議の時間までには戻る、と連絡が届いている。

 あれが火急と申すのなら、それはよほどの事。待ってやるが良い」


 皇王陛下は穏やかに宥めて見せるが、ケントニス様は首を横に振る。


「父上は相変わらず、ライオットに甘くていらっしゃる。

 父上と、ゲシュマック商会、そして五百年の長きにわたり酒造という伝統を守り続けて来たエクトール卿の顔を立て、決議の時間までは待ちますが、その後は一刻たりとも待ちません。

 夜の晩餐会に向けて皆、忙しいのですから」


 第一皇子の言っている事は正論ではある。

 だが、その裏に――文武両道、長年に渡り皇王国の実務を支えて来た第三皇子への妬みがあることを、大貴族達は皆知っている。

 口に出す者は誰もいなくても。


「とりあえず、皇子がご不在ではありますが、ご提案の議題、その審議を進めましょう。

 まずは、酒造法の制定から」


 議長を務めるプレンティヒ侯爵が場を促した。

 説明役となるのはケントニス皇子だ。


「皆も既に承知の通り、アルケディウスの市場に数百年ぶりに麦酒が復活した。

 大祭で一般市民にも販売されたその味は既に、人々を虜にしている。

 今後アルケディウスが『食』の産業を進めていく上で、間違いなく重要な位置を占めていくに違いない。

 故に粗悪乱造を許さず、国がしっかりとした管理を行っていかなくてはならない」


 そこから続く説明に、反対意見は何も出ない。

 酒造局の新設。

 各領地で麦酒蔵の新設を行う事は推奨されるが、そこで製造される麦酒は、酒造局、もしくはエクトール荘領にて一年以上勤務し、正しい知識と技術を身に付けた者に限る事。

 酒造免許の更新、などなど。

 どれも納得がいくものばかりだ。


「麦の栽培が可能な領地は、食に必要な小麦だけでなく、大麦の栽培もこの秋から冬にかけて実施するように。

 来年の夏、量産された麦で酒造局がアルケディウス産麦酒の醸造を開始する。

 各領地での酒造はその翌年になるだろうが、継続的な収入と口福が手に入るだろう。

 皆の同意と協力を願いたい」

「今まで大聖都が独占していた酒造を、アルケディウスが行う事で睨まれることはありませんか?」


 確認するように、パウエルンホーフ侯爵が質問を行う。


「聖典や神の教えに酒造を禁止する文言があるわけでもない。

 文句を言われる筋合いはないと判断する。

 麦酒と葡萄酒は値段も、主とする販売層も違う。

 何か言われて来たら、その時に応じる予定だ」

「なるほど、了承いたしました」


 素直に引き、何やら書き留める侯爵は、位置的には第三皇子派閥のトップだ。

 皇王妃様の弟で、王都に隣接する肥沃で広大な領地を治めている。

 実甥である二人よりも第三皇子の方を気に入っていて、既に去年の時点から『食』に注目していたという英明な方。


 実の所、侯爵も反対している訳ではない。

 既に領地で小麦、大麦の栽培を開始しているという噂もある。

 純粋に内容を精査し、確認を行っているだけだと皆解っているので、誰もことさら騒ぎ立てたり、反論したりもしない。


 その後は、特に反対や質問も出なかった。

 酒造法はこのまま、何の問題も無く可決されるだろう。


「続いて、提案者であるライオット皇子がご不在ですが、子どもの保護と教育に関する法律について検討を進めておきましょう」


 議長の提案に、今度は議場がざわざわと音を立て始める。


「今まで無くても何ら問題が無かったものに、今から金と手間をかける理由が感じられませんな。

 子どもなどは花壇に生えた雑草と同じ。

 抜いても抜いてもまた出て来るもの。適当に抜き去り、花壇の栄養にするくらいで十分です」


 冷たく言い放つアーケイック伯爵。

 第一皇子派閥第三位。

 国境沿いであまり肥沃ではない領地を預かるせいか、第一皇子の意見に追従するばかりの迂愚な人物だと、私は思っている。


「だが、そう思って捨てた雑草の中に、時折金の花を咲かせるものが現れるのもまた事実。

 皇子が例に挙げたゲシュマック商会の子ども達しかり、王宮魔術師様を始めとする子ども上がりしかり。

 大聖都に現れたアルフィリーガの転生のような例もあります。

 子ども上がりの多くは、自らの才覚のみで花を育て、咲かせてきましたが、それらに大切に肥料を与え、水をくれてやれば、より大きく美しい大輪の花を咲かせるのではありませんかな?

 最年少騎士貴族や、皇王陛下の魔術師、そしてあの料理人の娘のように」


 反論するのはロンバルディア候だ。

 自らの領地に眠る麦酒をゲシュマック商会のマリカに見つけて貰った事もあり、最初から法案に賛成を表明している。


「いくつかは咲くかもしれませんが、咲かないかもしれない者達にまでかける金は無駄だと思いますが。

 そして、咲きすぎるのも問題です。

 花壇に美しく咲ける花の量は決まっている。後から咲く花の為に、前から咲いていた花を抜く事になっては本末転倒でしょう」


 子どもが才能を示し過ぎれば、自分達も地位を追われるかもしれないぞ。

 ――そう暗に告げるアーケイック伯爵に、第三皇子派閥の者達も負けてはいない。


「なれば花壇を広げればいいだけのこと。

 それに後から咲く花に学び、自らも美しく咲こうという努力を怠らなければ、いずれ立ち枯れて悪臭を発する事になるのでは?」

「……皇子のような事をおっしゃいますな。ハルトリーゲル伯爵」

「我々は皇子の勲功を賜っておりますれば。

 それにゲシュマック商会には、我が領地も借りがございます」


 言い返したハルトリーゲル伯爵は、我がトランスヴァール伯爵領に隣接している。

 同じように決して肥沃な大地を持つわけではないが、近年活気が出てきている。

 野生化していたパータトと、領地の荒れ地に咲き放題に咲いていたナーハの花の種油を高値でゲシュマック商会が買い取ったからだ。

 セフィーレの木も多いので、来年以降は丁寧に収穫し、より高値で買い取ってもらおうと意気が上がっているとか。


「……ですが、やはり子どもを甘やかして育てるのは良くないと思うのですよ。

 良い環境で水と肥料を与えて育ててやっても、思い通りに育たないことは多々ある。

 であるのなら、子どもは厳しい環境におき、そこから這い上がって来る者にのみ、我らと肩を並べる栄光を授ける。

 今のままで良いと、私等は思いますがね」

「それは、ご自身の経験則かな? タシュケント伯爵」


 ロンバルディア侯爵の鼻を鳴らす様な笑みには、微かな、だがはっきりとした嫌味が混じっている。

 大貴族の子として大事に育てた筈の長子ソルプレーザの無能と放蕩は、大貴族の中でも有名だ。

 同じような子を持つ親は、皮肉にも大貴族に多い。

 彼らの幾人かは、貴族位を得て働く事もせず、家で大貴族の子を笠に着て放蕩の限りを尽くす我が子に愛想を尽かしていると聞く。


「まあ、それに、せっかく良き苗を手に入れても他者に奪われることもある。

 手塩にかけて育てて来た花を横から盗まれる悲しみを思えば、花など今あるだけで十分、と思っても仕方あるまい? なあ?」

「その通りです。精一杯大事に育ててきたつもりなのに、美しい花が咲く直前に奪われるなど腹立たしい。

 しかもその花を、我が物のように見せびらかす平民も腹立たしいもの」


「……ああ、ゲシュマック商会のマリカは、其方の家から連れ去られた子どもではないか、という話を聞いたな。

 真実そうだと主張するか? ウルングリックよ」

「皇王陛下……」


 ケントニス皇子の言葉に同調したタシュケント伯爵は、皇王陛下に向けられた問いに哀し気に目を伏せる――多分、フリをした。


「拾い子とはいえ、愛情を込めて育て、いつかは養女にと思っていたのですが、悪しき族に奪われてしまいました。

 はっきりとした証拠はありませんが、歳周りや外見は一致します。

 違うと本人は否定しましたが、我が家の誠実と愛が伝われば、きっと戻ってくれると私は信じております」


 憐憫の情を纏わせながらも、どこか軽々しいタシュケント伯爵の言葉は――


「……ほう。幼子を誘拐し、痛めつけて言う事を聞かせようとすることを、誠実と愛、というのか?

 初めて知った」


 冗談めかしてはいるが、いかめしく、重く、強い意思を宿した声に遮られた。


「えっ?」


 誰もが慌てて声の方に顔を向ける。


「も、申し訳ありません。第三皇子ライオット殿下、ご到着にございます」


 青白い顔の会場係の文官が、遅れに過ぎて告げた視線と言葉の先。

 そこには――少女を腕に抱いた第三皇子ライオット様が立っていた。


「ライオット! 貴様、重要な国務会議をなんだと思っている!

 遅刻してきたばかりか、来場を告げる知らせも入れず、しかも子どもを連れて来て!」


 はっきりとした憤怒の表情でがなり立てる兄皇子を気にも留めず、完全に黙殺して。

 少女を抱き上げたまま、ライオット皇子は、


「遅くなって申し訳ありません。父上」


 最上位に座す父王に頭を下げた。


「火急の用件とやらは片付いたのか?」

「はい」


 頷いた皇子は、マリカを下ろさず――静かに一度だけ見遣ると、皇王陛下に告げた。


「昨夜、王城からの帰り、マリカが誘拐されました」

「何!」

「送迎の馬車の御者が、何者かの手引きにより、入れ替わっていたようです。

 騎士団の総力を挙げて捜索しました結果、先ほどなんとか発見、救出した次第です」

「……王城に賊が紛れ込んでいたというのか? それで、怪我などは?」

「物理的に、ではありますが、酷い目に合されておりました。現在、立つのもやっとの状態です。

 ただ、晩餐会の手伝いをしたいと言って聞かぬので、連れて参りました」

「責任感が強いのも考えものよの。無理はせず、休んでおれ」


 容体を労うように皇王陛下がお声をかけるが、少女は皇子の腕の中で静かに頭を振る。


「皇王家の、そして父上のお役に立ちたいのです」

「父?」


 そう驚嘆の声を発したのは、誰だったか。

 ああ、と頷いた皇子は、割れ物に触れるように静かに少女を床に立たせ、後ろに立った。


「遅くなったが、これを機に、皆に紹介しておこうと思う。

 国務会議の議場に子どもを連れて来る事でも、本来は公に話すことでも無いと十分に承知しているが、同じような事が再び起きる事の無いようにしたい。許せ」


 議場の中央に少女を伴い立つ第三皇子は、上座に座す父皇王に、ひときわ丁寧にお辞儀をして笑いかけた。


「父上、長らく秘密にしておいて申し訳ございません。

 孫をご紹介いたします。

 マリカ、俺の娘です」


「な、なにっ!!」


 皇子の発言に会場内が蜂の巣を突いたようなざわめき――いや、どよめきに支配された。


 皇子に背を押され、前に進み出た少女は、並み居る大貴族達に一歩も怯む事なく、優美に、そして可憐な花のように微笑み、皇王陛下に挨拶をする。


「皇王陛下……いいえ、お祖父様。改めて、ご挨拶申し上げます。

 ゲシュマック商会が娘、そして、皇国皇子ライオットの婚外子、マリカと申します。

 身分無き母を持つ身で、皇王陛下の血を頂く事も、お祖父様とお呼びする事も不遜極まりないと承知しておりますが、どうかお許し下さいませ」


 夜を宿した滑らかな美しい髪には、星のように輝く飾り紐。

 青色の美しいサラファンを身に纏い、完璧なお辞儀をする少女は、微かに足を庇っているように見える。

 だが、指先まで神経を配っていることが解る丁寧で完璧な所作が、それを覆い隠していた。


「婚外子……。

 ライオット、其方、ティラトリーツェ以外に女を抱えていたのか?」


 瞬きしながら問いかけるトレランス皇子に、ライオット皇子は苦笑しながら答える。


「皇子妃の他に、第二妃、妾と幾人も女性を囲っている兄上達に責められたくはないが、まあ、そうだ。

 もちろん、ティラトリーツェには子が産まれた時点で告白してあった。

 あれが、マリカを我が子と同様に慈しんでいる事は、皆も見知っているだろう?」


 大貴族どころか、普通の貴族ですら第一夫人、第二夫人、妾に愛人と女を抱える事は珍しくない。――というより普通のことだ。

 確かに奥方一筋の愛妻家と名高いライオット皇子であるが、愛人がいたことを責めるのはお門違いだろう。


「父上、これがかつて父母を知らぬと言ったことは嘘ではありませぬ。

 俺がマリカに親子の名乗りをしたのは、本当に先日。

 秋の戦から戻ってすぐの話。まだ三日と経ってはおりません。

 本当は、皇族の地位などからは自由に空を飛ばせてやりたかった。

 それを曲げたのは、俺から再びマリカを奪おうとする者から守る為でございますれば」


 ビクリ、と皇子の視線を受けてタシュケント伯爵が身じろぎする。

 その顔は真っ青としか言いようがないほどに青ざめている。

 パクパクと声も出せずに口を動かす様子は、釣り上げられ、唇を動かす魚のようだ。


「どういうことだ?」

「まず、最初に罪を告白いたします。

 二年前、貴族区画に飼われていた子ども達が連れ出された騒動。

 それを行ったのは俺の手の者です。命令した者として罪を問われるなら、甘んじて受けますし、賠償にも応じます」

「なんだと?」

「ただ、それも行方知れずになった娘を探し出す為だったのです」


 そうして皇子は、娘の肩に手を置き、語り始めた。


 二年前の真実と、少女について……。

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