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王都 大祭三日目 一貴族視点 嵐の貴族会議 前編

 誰もが息を呑みこんだ。


「俺は、この世界に子どもの笑い声を取り戻したい。

 娘が、慈しみ育てた子ども達が、生まれて来る我が子が、何の憂いも無く生きられる世界を作りたい。

 望むのは、それだけだ。私情と笑うなら笑え」


 そう言い切ると、第三皇子ライオット様は愛おしげに『娘』の肩をかき抱き、頬を寄せた。

 父と娘。

 二人が紡ぎ出す空気が、あまりにも美しく、優しく、そして――痛いほどに真っ直ぐで。


 我々は誰もが言葉を失い、その姿を見つめていた。


 アルケディウス、秋の大祭三日目。

 王宮、閣議の間にて。

 第三皇子ライオット様は、我々の前で何の躊躇いもなく、そう言ってのけた。


 彼がこの場に現れたのはつい今さっきのことだ。

 今日は大祭最終日。

 年に二度の大貴族会議――国の現状や法案を検討する国務会議において、税収や各地の特産品の販売などについて話し合われるのが通例だった。


 とはいえ、不老不死世界だ。

 話し合って、何が変わるわけでもない。

 ただ、ぐだぐだと雑務について言葉を尽くす。

 それだけの会議。


 ……それが一変したのは、今年に入ってからの事である。


『新しい味』を引っ提げて王都に現れたゲシュマック商会が、『食』という一度は忘れられ、打ち捨てられた事業を復活させた。

 その提案に乗り、国全体で『食』を推進する――数百年ぶりに閣議決定されたのが、今年の夏。


 その良い影響を受け、我がトランスヴァール伯爵領内も、今は活気に満ちている。

 真珠採取のゴミとして打ち捨てていた貝が、金貨の取引を生むなどと、一年前、誰が思っただろう。


 大貴族の誰もが羨む成果を上げた我が領地は、所属していた第一皇子派閥から第三皇子の元へ移ることを――密約として交わしていた。


 だが、そんな私でさえ、今年提案された第三皇子の新法案には度肝を抜かされた。


 会議に提案された新しい法律案は二つ。


 一つは、酒の保護、拡大に関する法案。

 今年ロンバルディア候領で発見され、この大祭で五百年ぶりに正式な復活を果たした麦酒――ビールは、すでに貴族だけではなく一般市民の心も虜にしている。


 爽やかな飲み口の黄金色の液体が喉を流れていく快感。

 味わい深い黒褐色の酒が身体に染み込み、夢のような一時を運ぶ喜び。

 それに抗える者は、そういない。


 正式な披露目は今日の晩餐会であるが、それぞれの派閥の宴席で、皆一度はその素晴らしさを体験していた。


「現在、唯一の酒蔵であるエクトール荘領で醸造できる酒は年間百樽前後。どんなに頑張っても二百樽を超える事は無いという。

 これは王都十万の民の喉を潤すには全く足りぬ。

 故に麦の栽培が可能な肥沃な土地を持つ領地には、麦の増産と酒蔵の設置を国策として願いたい」


 提案者は名目上、新しく新設される酒造局、その長となる第二皇子トレランス様。

 だが素案が、皇王陛下の懐刀タートザッヘ様とライオット皇子によるものだというのは明らかだった。


 酒という、無限の金を生み出す秘術を、協力者には惜しげもなく明かす――そう聞き、麦の耕作地を持つ領主はもちろん、持たぬ者でさえ反対を上げる者はいなかった。

 樽や酒造の為の釜の生産など、周辺産業が生み出す利益も『新しい食』と合わせ、莫大なものになると容易に想像できたからだ。


『新しい食』に関する産業の復活に、ほぼ全ての領地が恩恵を受けている。

 エクトール荘領を抱えるアルケディウスの穀物蔵ロンバルディア領、海産物で一攫千金を果たした我がトランスヴァール伯爵領だけではない。


 果実の多く生る木を持つ領地、肥沃ではないがそれ故に育つナーハの種による食油を求められる領地など――どの領地にも、求められる何かがある。

 財政は大きく上を向き、それが今後も継続し、加速していくと解っている提案に反対する者は、ほとんどいないだろう。


 だが――もう一つ、同時に出された提案は違った。


 多くの大貴族達が、押し黙る。


「子どもの保護に関する法案」


 現在各地で打ち捨てられている子どもを保護し、教育を与える――というものだった。


「『食』と同じく子どもというのは国を潤す資源だ。

 それを保護し、教育を与える事で国を豊かにする」


 実例として挙げられたのは、ゲシュマック商会が保護し、育てた三人の子ども。

 最年少騎士貴族、皇王の魔術師、そして天才料理人たる少女。


 彼らのような人材が、子どもを保護し育てることで今後も継続的に生まれるとなれば、確かに国の益となるだろう。


「しかし……それは……」


 幾人かの大貴族が発しかけた言葉を、苦く噛み潰す。

 大貴族のみならず、多くの豪商や上位貴族は子どもを無料の労働力や、その他として使用している。

 それを奪われるのは困る。

 加えて、別の思いも彼らには透けて見えた。


「皆の思いも解らぬではないが、どうする事がアルケディウスの今後、未来に繋がるのかよく考えて欲しい」


 一日目の会議は、そんな第三皇子の言葉で幕を閉じた。


「まったく、ライオットにも困ったものだ」


 会議を終え、召集を受けた我々同一派閥の者達は、盟主である第一皇子ケントニス様の呆れたような吐息を耳にした。


「あれやこれやと動き回り、新しい事を始められる。

 まあ、食と酒の復活は悪くはありませんが、平和で何の面倒も無い世界に、何故騒動を巻き起こそうとされるのでしょうな?」

「子どもなど、使い捨ての労働力でいいではありませんか?

 奴らが全て育ち、不老不死を得てしまったら、我々を追い落とそうと画策を始めるやもしれませんぞ」


 口々に同意を重ねる大貴族達。

 大よそが追従のおべっかであるとしても、零れた本音は真実だろう。


 我が子に位置を譲ることなく五百年を君臨する彼らにとって、後続に居場所を奪われることは恐怖に違いあるまい。


「酒造法については成立させても良い。

 投票は其方らの判断に任せる。

 だが、子どもの保護法については否決。最低でも票決を次回に持ち越させるようにせよ」


 盟主の指示に、大貴族達がざわめく。


「ですが、成立の可能性は低くありませんぞ」


 そう、プレンティヒ侯爵が現実を指摘した。


「現在、我々と向こうの票は九対八でほぼ同じ。

 それにライオット皇子、酒造局設立の為にゲシュマック商会を敵に回せないトレランス皇子、ゲシュマック商会の子ども達がお気に入りの皇王陛下の票が加われば、天秤はあちらに傾きます」


 普段であればトレランス皇子はケントニス皇子に逆らう事はない。

 けれど今回は、新しい酒欲しさにライオット皇子につく可能性が高い――派閥第一位の彼は冷静に指摘した。


「トレランスには私から言い聞かせておく。

 父上の票がライオットに向かうのは止められないが、十対十になれば再検討の為、次回に持ち越せるだろう。

 ライオットを会議に欠席させることが出来れば、なお良い」

「そんなことが可能でしょうか?

 自由奔放な皇子であっても、この会議の重要性はご存知のはず。欠席など早々なさいますまい」

「手はある。そうだな? ウルングリック?」


 ケントニス皇子は後ろを振り返り、今まで沈黙していた男性に声をかけた。

 タシュケント伯爵ウルングリック卿。

 年齢の面でも実力の面でもこの場で中堅の立場にある彼は、『御意』と皇子に頷いた。


「皇子の手を塞ぎ、切り札を奪う為の手を現在、打っているところです。

 最低でも皇子の目を反らし、上手く行けば切り札をこちらに奪い取る事も可能でしょう」

「切り札、ですか?」


 私の言葉に、伯爵はにやりと頬を緩める。


「ええ。皇子が可愛がっておられるゲシュマック商会の娘は、実は我が伯爵家に所縁を持つ者なのです。

 そこを上手く使い、こちらに絡め取る手筈を今、打っております。

 まあ、アレにこのような重要事を任せるのは不安ではありますが、部下も付けておりますし、小娘一人に言う事を聞かせるくらい、なんとでもできるでしょう」


 噂にはなっている。

 二年前の貴族区画における子どもの集団失踪事件。

 その時、タシュケント伯爵家から消えた子どもの一人が、ゲシュマック商会のマリカである――という話も。


 以前、放火と傷害の罪を犯し、今は王宮地下に幽閉されているドルガスタ伯爵も、奴隷の少年をゲシュマック商会に奪われたと言っていた。


 本人は否定しているというが、伯爵は諦めず、何としても手に入れようとしているらしい。

 ゲシュマック商会は子どもを誘拐し、自分達のいいように使っている――と悪評をばら撒き、先ほどの言い方からして、強硬手段を取ってでもマリカを手に入れようとしているのだろう。

 第一皇子もその後押しをしているらしい。


 伯爵の言う『アレ』が、タシュケント伯爵家の永遠の『跡継ぎ』、放蕩息子として悪名高いソルプレーザだとすれば――マリカにとって、決して幸せな結果にはならない。


 我が領地に来て美しい笑顔で海産物を見つめ、領民に幸福を与えてくれた彼女が、少し心配になる。


「今日は夕刻に晩餐会があることを理由に、早めに票決に入る。

 良いな。其方達も、決して保護法には承認の票を入れるでないぞ」


 第一皇子の命令を、跪いた頭上に聞き流しながら――


「未来……か」


 私はライオット皇子が発した言葉を、口の中で噛みしめた。

 誰もが不老不死で、永遠に変わらぬ世界の中で。

 そんな言葉を耳にしたのは、本当に久しぶりだ。


 第一皇子はまだ知らない。

 私が第三皇子の幕閣に、すでに加わっている事を。

 彼らが何をするつもりなのかは知らない。

 だが、マリカには恩がある。

 私なりに抵抗してみよう――そう思った翌日、大祭最終日。


 皇王陛下のご臨席を賜って行われる、最後の国務議会の席にて。


 私は見る事になる。

 血の気を完全に失い、真っ白な顔で場に立つタシュケント伯爵と――


「遅くなったが、これを機に、皆に紹介しておこう。

 国務会議の議場に子どもを連れて来る事でも、本来は公に話すことでもないが許せ」


 議場の中央に少女を伴い立つ第三皇子が、上座に座す父皇王に丁寧にお辞儀をして、笑いかける姿を。


「父上、長らく秘密にしておいて申し訳ございません。

 孫をご紹介いたします。

 マリカ、俺の娘です」


 そう言って皇子に背を押され、前に進み出た少女は、並み居る大貴族達に一歩も怯む事なく、優美に、そして美しく微笑んで見せたのだった。

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