王都 大祭二日目 訪れた悪夢
大祭一日目の夜。
私達は、ヴァルさんとリオンに送られてガルフの家に戻ってきた。
フェイはお城の勤務が終わったから帰れるけれど、リオンは祭りの警備があるので、ここ暫くは警備詰所に泊まり込むとのこと。
「今日は、凱旋した第二皇子と、奉納の儀式を終えた第二皇子妃を労う茶会。
明日と明後日は、大貴族達の会議。今日が議題提出で明日が決議。
最終日が会議の後、大晩餐会と舞踏会、ということだそうです。
僕も明日は城の警備と、晩餐会の食材準備その他で城に泊まります」
「私も、ティラトリーツェ様に、明日の王宮での晩餐会確認が終わったら、館に寄るように言われてるんだよね」
最終日も、店が完売したらなるべく早く来るようには言われている。
多分、晩餐会で私のお披露目をすると言っていたから、その打ち合わせがあるのだと思う。
タシュケント伯爵とも久しぶりに顔を合わせるし、いろいろ覚悟を決めないといけない。
思わず、口から大きなため息が零れた。
「大丈夫です。任せて下さい……と言えないことをお許し下さい。お姉様」
申し訳なさそうに頭を下げるミルカに、私は慌てて手を横に振る。
「そんなことないよ。ゴメンね、ミルカ。心配かけて」
まだ八歳の子どもであることを考えれば、ミルカは十分すぎるくらいに頑張っている。
十歳の皮を被っているけれど、内側は二十五歳の私と比べるのは気の毒だ。
しかも、まだアルケディウスに出てきて数か月も経っていないのに。
「今回、しっかりお姉様の動き、言葉かけを見て、リードさん達にも教えて貰って、来年はしっかり仕切れるようになってみせますから!」
「私も、ミルカお姉ちゃんをちゃんと助けるから」
「うん。頼りにしてる」
後を任せられる頼もしい妹たちがいるから、私は前に進んでいけるのだ。
「なあ、マリカ姉」
「何? アーサー?」
「祭りが終わったら、さ。ちょっと相談に乗ってくれねえ?」
「何? 今でもいいよ?」
中央広場での舞台の後。
何やら真剣な顔を浮かべるアーサーの蒼い瞳が、迷いを宿して揺れている。
私は少し心配になってそう声をかけたけど、アーサーの返事は、
「今は、いい」
だった。
「もう少し、真剣に考えるし、祭りの間にまた変わるかもしれないし」
「解った。話したくなったら言って」
「うん」
その後は、子ども達を魔王城に送り、待っていてくれたティーナにお土産を渡し、それぞれ部屋に戻る。
私は明日のこともあるから、一人でお風呂に入ったけれど。
暖かいお湯に浸りながら考える。
皇子の養女になったら、多分、今以上に魔王城に戻って来る回数が減ってしまう。
フェイに頼んで、部屋に道を通して貰うとしても、毎日戻ってくるのは難しくなるだろう。
でも、魔王城に戻ってこれなくなるのは絶対に嫌だ。
その為には、皇女として付けて貰う側仕えを味方にしないといけない。
部屋付きの侍女さんだけでも……。
「セリーヌさんに、頼めないかなあ」
すっかり魔王城に慣れて、ティーナの補助をしてくれているというセリーナさん。
彼女が一緒に第三皇子の家に来てくれると心強くはある。
でも、やっと妹であるファミーちゃんと一緒に暮らせるようになったのに、それを頼むのも気の毒で……。
「そのことも含めて、ティラトリーツェ様や皇子ともっと相談しないと」
皇子の養女になるという結末だけは決まっている方程式。
後は、どういう計算でそこに辿り着くのが一番スムーズで、影響が少ないか。
本気で考えなければならない時期に入っていると、私はもう解っているのだから。
『マリカ様、長湯はほどほどになさって下さいませ』
「ありがとう。解ってる」
頭上から、アナウンスのように気遣う声が聞こえたので、私は頷き、お風呂を出た。
翌日も、ゲシュマック商会の屋台は大繁盛――というか、そんな言葉で表現できない位の盛況が続いた。
開店一刻前に既に並んでいる人物は定員を超え、完売までの時間はほぼ配布時間に等しい。
麦酒の問い合わせは引きも切らず、その影響で本店の客もうなぎ登り。
私はそれを確認して、明日の準備と売り上げ計算をミルカとアルに任せると、城に向かった。
もう晩餐会は明日だから、給仕の打ち合わせと材料の準備をしなくてはならない。
「後をよろしくね」
「はい、姉様も、お気を付けて」
城に着くとすぐ、ザーフトラク様やマルコさんと明日の打ち合わせ。
お城で用意された材料と、ゲシュマック商会の食材の確認と下ごしらえまで、今日はお二人でやるそうだ。
明日は助手さんもたくさん入っての晩餐会。
麦酒をメインに、アルケディウスが現在できる最高水準の『新しい食』を――というご命令。
その準備はもう万全にできていた。
「貝類は明日の朝一で届くのだな?」
「はい、昨日の時点で今日は多めに採ってきてもらうようにお願いしてあります。
無いと思いますが、万が一必要量が届かなかった時は、魚のフライを加えるといいと思います」
「ヴェリココとメローネ、キトロンもプラーミァからの荷が間に合った。
予定通り行けるな」
「では、メニューの再確認を。
乾杯のお酒は通常であれば葡萄酒ですが、今回は麦酒、ピルスナーで。
前菜は生ハムメローネ。ビールのおつまみになるようにチーズやハムのカナッペ。
パンは丸パンが仕込み済みです。スープはコンソメスープがもう仕上げ段階に。
主菜が海産物のフライと、イノシシ肉のビール煮込み。
エナソースのパスタに、デザートはオランジュのクレープシュゼットとヴェリココのミニパフェですね」
「皇王家の皆様には目新しい料理では無いかもしれませんが、一つ一つの料理を研ぎ澄ませていけばご満足いただけるかと」
「うむ、夏までの晩餐会メニューと比較すれば雲泥の差だ。
きっと喜んでいただけるだろう」
三人でそんな打ち合わせを、細かく続けた。
既にどの大貴族も何回か『新しい食』を供せられている。
今回はその集大成。
今回の料理をきっかけに、
『ぜひ今後も食べたい、食を復活させよう』
と考えて貰えなければ、来年度からの計画が思い通り進まない。
勝負どころなのだ。今回は。
「今、大貴族の方々は会議をなさっておいでなのですよね」
「ああ、そうだな。新しく提案された子どもの保護法と、酒造法を検討なさっておいでだろう。
どちらも成立は間違いない」
「酒造法はともかく、子どもの保護法も成立、しますか?」
少し、どきどきする。
今まで放置されていた子ども達を保護し、教育を与え、国に役立つ存在にしよう――というのが今回の法案だ。
子どもを見つけたら王都の保護施設に入れる事が義務、とはまでは言えないが努力目標とされている。
長期的には自分の領地に保護施設を作ることも求められ、補助金も出る。
今まで子どもを安い使い捨て労働力、道具と見ていた人達からすれば、色々とやりにくくなる法律だ。
成立すれば、子どもの人権確立と保護が大きく前進するのだけれど。
「酒造法は、確定だ。
あの酒を一度飲めば、もっと飲みたいと誰もが思う。
安定供給と品質保持のために酒造法の成立は絶対に必要だからな。
子どもの保護も、今まで安かろう悪かろうであった子どもという労働力を、長い目で見て向上させるのであれば、検討する価値はある、と考えるのではないかと思う。
最近の其方達、子どもの活躍を見れば、な」
騎士貴族となったリオン。皇王の魔術師フェイ。
そして私。
ゲシュマック商会を今後率いていくジェイド達やミルカ。
表に出れば、エリセやアレク、アーサーも間違いなく引く手あまたになる。
能力がある子達が、良いように道具として使われない為の第一歩として、今回の法案成立が絶対に必要だ。
「第三皇子は会議の軽食や根回しに『新しい味』をフル活用していると聞く。
麦酒に、甘味を前に出されれば、逆らえるものはなかなかおるまいさ」
会議に、私は介入できない。
ライオット皇子お一人に負担をかけてしまうのがもどかしいけれど、ここは祈るしかないのだ。
細かい打ち合わせと検討が終わり、晩餐会の下準備が終わるころには、もう火の刻が近くなっていた。
「マリカ。明日も二の刻が始まる前には来るのだな?」
ザーフトラク様の確認に、私は頷いた。
できれば晩餐会の細々としたことも相談したいから、王宮に泊まっていって欲しいと頼まれていたのに、ゲシュマック商会の仕事があるからと断ったのは私だ。
「はい。大祭屋台は午前中完売が確定なので、第三皇子の所で身支度を整え、二の木の刻が始まる前には必ず」
「晩餐会は二の風の刻からだ。其方の麦酒の給仕が無ければ始まらぬ。遅れるなよ」
「解りました」
ザーフトラク様と約束し、私はいつもの通り通用門から、用意されていた迎えの馬車に乗り込んだ。
「戻る前に第三皇子の所に寄って下さい」
そう頼むのもいつもの通り。御者さんに頼んで、私は目を閉じた。
――おかしい。
と思ったのは、馬車に揺られてけっこう経ってからのこと。
王宮から第三皇子の館まではそんなに遠くない。
なのに、こんなに長く走っているのはおかしい!?
「あの、私、第三皇子の所へってお願いした筈ですが……」
馬車の内側から小窓を開けて御者さんに声をかける。
けれど、反応は無い。
窓から見える風景は、いつも繰り返して見ている門から王宮までの道行とは全く違う。
知らない道、知らない街並みだ。
私は、一体どこに連れていかれようとしているの?
馬車から飛び降りて逃げられないか?
そう思って扉に触れてみたけれど、扉には外から鍵がかかっているようだ。
身体の震えが止まらない。
今、この暗い密室の中には私一人だ。
去年の大祭で連れ去られかけた時には、フェイが側にいてくれた。
けれど、助けに来てくれる人は今、ここに誰もいない。
「お願いします! 馬車を止めて下さい!
どこに行こうとしているんですか!!」
どんどん、と私は精一杯に扉を叩く。
私の言葉に応えてくれた訳ではないと解るけれど――馬車は緩やかにスピードを落とし、どこかに止まったようだった。
「えっ?」
訳も解らず周囲を見回す私の目の前で、馬車の入り口が、がしゃりと音を立てて開く。
暗い箱の中に明るい光が差し込む。
けれどそれは、希望を連れて来てくれたものでは断じてなかった。
「ほう……こいつが、父上の言っていた娘か」
「その通りでございます。お坊ちゃま」
むしろ、悪夢。むしろホラー。
私は震えが止まらない。
そこには、ブタのようにでっぷりと太った男が、下卑た笑いを浮かべながら、私を見下ろしていた。




