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王都 『精霊』の誓い

 戦を終えた軍が戻って来た秋晴れの空の日。

 街は驚くような活気と興奮に溢れていた。


 開門と同時、城壁の上に並ぶ、ラッパと笛とリュートを持った人々が、ファンファーレのような華やかな音楽を紡いでいる。

 町中の人達が集まったのではと思う程の人達が大通りの両脇に並び、旗や花を振り、声を枯らして叫んでいる。

 音楽と、喝采と祝福の中、南の門から入った兵士たちは大路を誇らしげに進んでいく。


 私達も店の準備をひとまず置いて大通りに、凱旋を見に出て来た。

 今日この瞬間だけは、誰もが「明日」を忘れていい。

 そう言っているみたいな空気だった。


 先頭は護衛師団に守られた今回の戦の指揮官 ケントニス皇子。

 馬上から笑顔で、時折片手を空に掲げ歓声に応えている。

 その後を二部隊ずつ横並びに整列した小部隊が続いていく。

 と。


「わあっ!」


 大きな声が上がった。

 ケントニス皇子の部隊から三列目。

 行列全体から見ても三番目に、一際目立つ部隊がやってきたのだ。


 少年騎士貴族、リオンが率いる部隊。

 横に控えるウルクスが、紅く彩られた大きな旗を掲げ持っている。

 まるでオリンピックで国旗を持つ旗手のようだと私は思った。


 出発の時は一番後ろにいたのに、凱旋の今は前から三番目。

 しかも他の部隊の持っていない特別な旗を掲げている、ということは、フェイが教えてくれた通り、今回の戦の一番手柄、ということなのだろう。


 周囲に手を振って応えるでもなく、リオンは馬上から前を見据えているだけ。

 けれど、その瞳には確かな安堵が浮かんでいる。

 良かった。本当に。


 大歓声の中、中央広場までやってきた兵士達はそこで足を止める。

 中央には特設に設えられた演台。その上に立った戦の総指揮官ケントニス皇子が腰から剣を抜き、高々と手と共に掲げる。


「誉れ高きアルケディウスの民よ。

 我々は勝利した!」


 おおおっ!!

 朗々とした勝利宣言に応えるように拍手と喝采が広場中に響き渡る。

 胸に振動が伝わるほどの声。地面が鳴るほどの足踏み。

 勝利が「音」になって、空を満たしていく。


「アルケディウスは変わる。変わりつつある。

 人に、国に、力と意志が満ち満ちているのを、皆も感じているだろう。

 アルケディウスの未来は輝きと希望に満ちている。

 この勝利はその証である!」


 広場を取り巻く人々が騒めいた。

 拍手に、喝采、笑い声、口笛に歓声。

 人々の熱狂は、凄い事になってる。

 敗戦だった夏の戦の凱旋とは本当に、比べ物にならない。


「良き大祭を、良き冬を、良き新年を…。

 皆の上に精霊の祝福が溢れ届く事を願い、ここに終戦と解散を宣言する!」


 事前に用意された草稿なのかもしれないけれど、流石皇子。

 人々の意気を上げる演説はお手のもの、ということか。


 万雷の拍手がもう一度、広場を支配して、第二皇子の退場と共にそれは急速に消えて行った。

 兵士達は一列に並び、左右に並ぶ文官から小袋、多分、給料を貰って周囲を取り巻く人々の中に溶けていく。

 護民兵や、部隊を指揮する指揮官達には多分、もう一つ式があるのだろう。


 王宮に戻っていく第二皇子とは別方向、多分騎士団の詰所の方に進んでいく彼らを、私達は静かに見送った。

 ふと、通りがかり、馬上のリオンと一瞬目が合う。

 多分、私達に気付いてくれたのだろう。多分。


 今まで、どんな歓声にも呼び声にも反応しなかったリオンがこちらを見て、笑い、手を動かした。


「わあっ!」「こっちを見たぞ」「笑った!」


 とたん、観衆がどっと、どよめく。大興奮だ。

 慌てたリオンが目を見開いて、前に視線を動かすけれど、それさえも。


「かわいい!」「おー、初々しいな」「凛々しいねえ」


 人々のにこやかな話題になる。


 うーん、これはあれだ。

 金メダリストの凱旋パレード。

 自分達の中から生まれた英雄を応援し、憧れるやつ。

 嬉しいけど、ちょっと複雑。

 私達のリオンが、皆のリオンになっちゃったような……。


「マリカ。大祭の準備がまだ残ってる。戻ろう」


 ジェイドが声をかけてくれるまで、私は遠ざかっているリオンの背中を黙って見つめていた。


 大祭に向けての準備はちゃくちゃくと進んでいる。

 大祭期間は屋台も出すけど、店も特別メニューを出して開けるので両方の準備をしないといけない。

 今回は契約店がそれぞれにクレープや肉料理を出すことになっているので、本店の大祭屋台は新商品 麦酒ビールとそれに合わせた料理に絞ることにした。


 ラガービールとプレッツェル、ソーセージに木製ジョッキを合わせたセットが少額銀貨二枚。

 エールビールとハンバーガー、フライドパータト、それに木製ジョッキを合わせたセットも少額銀貨二枚。

 一日各二百食。


 後はお土産代わりに小さくカットしたパウンドケーキの二片を布の小袋に入れて、クッキーも一袋十枚入り。

 高額銅貨一枚で売るけれどメインはビールの方だからおまけ扱いで数も多くはない。

 客単価が高いので、去年よりも手間が少ない割に、収入は多くなる見込み。


 一食二万円は正直ぼったくりの足下価格だと思うけれど、王侯貴族もまだ殆どが口にした事の無い復活ビールのお披露目だし、プレッツェル、ハンバーガー、フライドポテトは初公開の『新しい味』。

 ここは、強気でいかせて貰う。

 今まで通りの串焼きや、クレープ。

 他の料理は協力店や契約店が出すから、そっちにも客が行って欲しいし。


 大祭の準備や手配にトタトタと動き回る私に、


「王宮の方は大丈夫なのかい?」


 やっぱり忙しそうにソーセージやクッキー、ケーキの仕込みをするラールさんが声をかけてくれた。


「大祭の日中はエクトール様の接待をしながら、こっちの指揮をする許可は得てます。

 来年は大祭の指揮はミルカに任せる予定なので、調理の手伝いを頼んだエリセと一緒に色々と教えないと」


 まだ皆には言える事じゃないけれど、私がゲシュマック商会で細々仕事ができるのはきっとこの大祭が最後だ。

 大祭の晩餐会の後、私のことが皇子の娘、養女として公表されれば、ゲシュマック商会の仕事や手伝いはできるかもしれない。

 けれど、表に立って関わることはできなくなる。


「お姉様の代わりができるとは思えませんが、精一杯頑張りますから!」


 ゲシュマック商会そのものは私がいなくても大丈夫。

 もう本店の運営はジェイド達に任せておけるし、他の事も従業員が増えてきておおよそ私の手から離れている。

 ラールさんや料理人さん達にも知ってるレシピはほぼ全部教えた。

 きっとこれが直接役に立てる最後のお務めだ。


 全力を尽くしてお店の為に頑張る。


「うん。一生懸命頑張ろう!」

「はい!」


 販売員のローテーション、金銭の管理、トラブル対応、周囲の店への気配り。

 できるだけの事を確認し、また教えていく。

 大祭前、最後の平日、空の日はパタパタ、まさに走るように過ぎて行った。


 そして翌日、夜の日。大祭前日。


「そうか、そんな事態になってたのか」

「こっちも大変だったのですね」


 魔王城のバルコニー。

 眼下を見下ろしながらリオンとフェイが頷いてくれた。

 穏やかでいつも通りの時間が、幸せだと思う。


 戦を無事終え、城に戻ってきたリオンとフェイ。


「おかえりなさい! リオン兄、フェイ兄!」

「なあ、戦、どうだった?」


 昨日の夕食は、みんなが聞きたがった戦の詳細をフェイが盛り盛りで話してくれて、リオンが照れまくって、楽しい一夜になった。


 そして今日は少しの間、私とアルがリオン達を借りている。

 戦中の報告と情報のすり合わせをしておきたかったのだ。


 中庭には駆け回る子ども達。

 私達の話の邪魔をしないように、アーサーとアレクが全力で子ども達と遊んでくれているようだ。

 笑い声が風に乗って上ってくる。――それが今は、救いみたいに感じる。


「うん。大変だった。

 タシュケント伯爵家の騒ぎに比べれば、移動商人のちょっかいなんて安いもんだったなあって思うくらい」

「いや、あっちはあっちで結構大変だったぞ。

 布袋用意して詰めて連れて行こうって奴までいたんだから」


 移動商人の誘拐騒ぎ、護衛を頼んだこと、タシュケント伯爵家からの脅しなどなど話が尽きない。。


「でも、マリカとアルのおかげで悪名高い移動商人どもが、殆ど捕まったから大祭は静かになりそうだ、とヴィクス様はおっしゃっていましたよ」

「まあ、少しでも役にたったのならエサとして頑張ったかいもあるというものだけど」

「戦が終わってアルケディウスの主戦力が戻って来たからな。

 大祭も始まるし、もう下手な手は出せないだろう」

「うん、移動商人の方はもう大丈夫だと思う、だから、後はタシュケント伯爵家の方だけ」


 瞬間、穏やかな雑談、春の陽だまりのようだった空気が張り詰めたものに変わる。

 言葉にしただけで、空気が重くなる。

 それでも言わなければならない。


「マリカは覚悟を決めたんですね?」

「うん。ライオット皇子の隠し子って設定でお二人の養女になる」

「そうか…」


 自分自身に誓う為に、確認する為に私は口にする。

 もうザーフトラク様にも、ティラトリーツェ様にも告げた。

 今頃、ティラトリーツェ様からライオット皇子にも話が通っている。


「だったら、俺は約束通り、俺はお前の護衛騎士になる」


 何の躊躇いも迷いも無い眼差しで宣言してくれるリオンが、頼もしい。

 そして、嬉しい。


「そうしてくれれば、嬉しいけれど、大丈夫?

 リオン、王都の守備兵団のリーダーでしょ?」

「ヴィクス殿だってライオの護衛と並行してやってるんだ。

 今回の戦の功績で、褒美を貰えることになってるし。そのくらいの我が儘は聞いて貰えるさ」

「ありがとう。すごく心強い」


 本当に、嬉しかった。

 リオンがみんなの英雄になってしまうのは、嬉しいし誇らしいけど少し寂しい。

 側に少しでもいて欲しいと、我が儘にも思ってしまっていたから。

 結局、リオン離れができていない、という事なのだと解っているけれど。


「で、取り返せそうなのか? マリカの持ってた宝ってのは」

「解らない。私からは言わないつもりなの。足元を見られるから。

 ただ、ティラトリーツェ様は、サークレットじゃないか、って、取り返してくれるっておっしゃってたけど」

「…サークレット?」

「うん、凄く高価な奇跡の品、だって。特注品なら本気で探せば、発注者とか解らないかなって思うんだけど」

「マリカが身に付けていた、生みの親の手がかり…ですか。

 無事取り返して、何かが解るといいですね」

「うん。

 でも、無理に取り返そうとか、自分の身元を絶対に調べたい、とかはもう思ってないんだ。

 私が誰でどんな生まれであっても、魔王城のマリカ。それでいいって思ってるから」


 正直、今、自分を産んだ親が本当に表れても母親と呼べる自信は無い。

 自分のルーツを知りたいとは思う。

 けれど逆に、『母親』があのエリスのように私を利用し、ゲシュマック商会やみんなに迷惑をかける存在なら、切り捨てる覚悟はできている。


「今は、ステキなお母さんもいるし、ね。

 いつか私もあんな素敵なお母さんになりたいの」


 本来、子どもは親を選べない。

 でも、不遜でもそれが許されるなら。選ぶことができるなら。

 私が母と呼びたいのは今は、この世でただ一人、ティラトリーツェ様だけ、なのだから。

 あんな女性に、母親にいつかなりたい。

 向こうの世界では、最後まで本当の意味では解らなかった母親の心理。

 いつか理解できる日が来るといいと思う。


 …まあ、その前にいい人を見つける方が先だけど。


「…マリカ」

「なあに?」


 リオンが、私の名を呼ぶ。

 視線を向ければ、彼は珍しい目をしている。

 黒い露を集めたみたいに澄んだ瞳が、私を、困ったように、でも何か言いたげに見つめていた。


 私は彼の言葉が続くのを待つ。

 けれど、不思議に長い沈黙の後、リオンの口から紡がれたのは…


「いや…いい。なんでもない」


 そんな時間と想いを否定する言葉だった。


「そう? 大事な話じゃなかったの?」


 彼の真剣な瞳。

 浮かんだ思いは冗談や戯言の類ではなく、何か私達の根幹を動かす大事なことを告げようとしたのだと思うのだけれど。


「いいんだ。余計な声をかけてすまない」

「そう? ならいいけど…」


 リオンがそう言うのであれば、仕方ない。

 彼が私に言うべきではないと決めたのなら、今は聞くべきことではないのだろう。


「俺は、お前に忠誠を誓う。

 かつて誓ったとおり、この先何が起ころうとも俺は『お前』を決して裏切らない。

 傷つけない。どこに行こうと、どんな立場になろうとも。それだけは信じていてくれ」

「うん、信じてるよ」


 私はリオンを信じている。

 リオンだけじゃなく、アルもフェイも、信じている。

 信じているからこそ、前に進んでいけるのだから。


「明日からまた、忙しくなる。

 下に行ってチビ共と遊んでやるか?」

「では僕はちょっと書庫に行ってきます。

 新しい転移魔方陣作成の方法を調べに」

「リオン兄が行くなら俺もちょっと身体動かしてくる」

「じゃあ、私は、夕ご飯、美味しいモノ作るね。

 昨日届いたお魚の残り、貰って来たんだ。それでムニエルでも」


 私達の運命を変える大祭は、もう明日に迫っていた。


 これはその日の夜。

 私の知らない精霊達の会話。


『エルフィリーネ』

『なんです? アルフィリーガ?』

『マリカが言っていた、奪われたサークレット、というのはアレか?』

『ええ…そうですね。お戻りになった時、持っておられなかったので不思議に思っていましたが人に奪い取られていたとは。

 別に無理に取り返したいとは思っていませんが』


『いいのか? あれは『星』と交感し接続する、精霊の貴人(エルトリンデ)の証、だろう?』

『今生、マリカ様に『精霊の貴人(エルトリンデ)』を強制してはならぬ。それが『星』の御意志です』

『…マリカは知らない、気付いてないんだな? 『俺達』がどういう存在か。

 どのように、この世に生まれ出でるか…』

『ご自分で気付くまで、決して語ってはならぬ。それが『星』のご命令。

 アルフィリーガ。貴方も語ってはなりませんよ』

『誰が言えるか! あんなに、家族を、母親を、母親になる事を夢見るような笑顔で語るマリカに…』

『アルフィリーガ…』


『俺にとって、家族はマリカ様、唯一人だった。

 今生になって初めて兄弟を知っても『家族』は、同胞は今も、マリカ以外にいない…。

 …だから、守って見せる。

 あいつの心も、身体も、思いも、夢も、全て俺が守る』


 それは誰も知らない、聞く事の無い、一人の精霊の誓い。

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