王都 過去からの呼び声
秋の戦はアルケディウスの快勝に終わったらしい。
本来なら早馬で連絡が来るところだが、今回はフェイが転移術の使用許可を得て同行している。決着がついての第一報を王宮に伝えに行く前に、こっそりと店に来て教えてくれたのだ。
「戦ではリオンが大活躍でしたよ。
勝敗を決める精霊石を奪い取ったのもリオンです。
第二皇子にも気に入られ、他の部隊長達も認めざるを得ない功績をいくつも立てている。押しも押されぬ、今回の勝利の間違いない立役者です。皇子も顔には出しませんでしたが、喜んでおいででしたよ」
そう言うフェイもまた、全身でリオンの活躍が嬉しい、と言っている。
普段、表情をあまり素直に表に出さないフェイにしては珍しい事だ。
「ああ、あと。リオンからマリカにお礼を言っておいて欲しいと頼まれました。
持たされた麦酒と食料品は、とても役に立ったそうです」
「それは良かった。お役に立ったのなら何よりです」
ガルフが、私の代わりに満面の笑みを浮かべる。
試飲会の残りの麦酒をリオンに持って行って貰う事に、最初ガルフ達は良い顔をしなかった。
貴重な麦酒。
それも、お披露目前の新酒だ。
豪商や色々なところの繋ぎに使いたかっただろうな、とは解っている。
でも結果的に、トレランス皇子や騎士貴族達と好を繋ぎ、いずれ量産されれば『酒』の最大の消費者になる労働階級に味を覚えさせた。
winwinだと思って貰えればありがたい。
「詳しい話は戻ってから改めて」
「うん。リオンにも、おめでとう。
無事に戻ってきてくれるのを待ってるから、って伝えて」
「解りました。必ず」
そう言ってフェイは王宮に、そして軍に戻って行った。
フェイが戻り次第、戦地を出るというから、一週間ほどで戻って来るだろう。
軍の帰還の翌日、大祭が始まる。
「さあ、みんな、忙しくなるぞ!」
ガルフはそう言って、店の皆に激を飛ばしたのだった。
アルケディウス勝利の連絡と共に、街は本当に活気づいた。
夏は敗戦だったから、そんなに感じなかったのだけれども、勝利となると本当に空気の色が違う。鮮やかで、楽しげだ。
皆、挨拶のように勝利を祝い、大祭を楽しみにしている。
……あれかな。
オリンピックやワールドカップのノリなのかも?
襲撃は相変わらずだけれども、少し落ち着いてきたので、変わらず週二で私は王宮に通っている。
戦の間、調理実習はお休み。
私は戦の指揮官である第二皇子ケントニス様の奥様、メリーディエーラ様と一緒に戦勝を祝う宴のメニュー作りや、材料調達のお手伝いをしている。
「一年に二度の大宴会。舞踏会と晩餐会は皇家の威厳と実力の見せ所だ」
皇王陛下の料理人で、皇家の料理管財人であるザーフトラク様はそうおっしゃる。
夏の戦の時はデザートだけだったけれど、提供した『新しい食』は大貴族達の注目を集めた。
今年は――
『料理から、麦酒に至るまで全て今できる最高のものを』
と皇王陛下から。
『できるだけ見栄えも美しく映えるように』
と第二皇子妃様から指示されているので、ゲシュマック商会も材料調達に全力を尽くしている。
「前菜には生ハムメローネはどうだ? あれは緑と赤のコントラストが美しい」
「プラーミァから輸入するのは高いのでは?」
「晩餐会用であれば、なんとかなるだろう。既に手配はしてあるし、国境まで来れば後は魔術師に運んで貰える。
問題は鮮度だが……」
「早めに収穫して頂き、移動中に完熟させればそれはなんとかなるかと」
「メインは定番のハンバーグ。後はユイットルとクテイスのフライなどが良いでしょうか?」
「スープは、メインに味が強いものが多いので、シンプルにコンソメスープを。
黄金色のスープは、きっとお気に召して貰えると思います」
私とザーフトラク様と、第二皇子家の料理人マルコさんで献立の最終検討をしていた時――
「マリカ」
第二皇子妃、メリーディエーラ様がやってきた。
手には木札を持って。
「なんでございましょうか?」
慌てて立ち上がり、膝をつく私を手で制して。
「アドラクィーレ様からの伝令です。
仕事が終わったらアドラクィーレ様の所に寄りなさい、と。どうします?」
どうします?と言われても正直、私に選択権は無い。
ご命令とあれば行くしかない。
ただ、ここ二週間ほど。戦前戦後の宴の計画と準備、加えて皇王妃様のお茶会のお菓子の準備のお手伝いなどで忙しくて――(それをいいことに)ほとんどアドラクィーレ様の元に行っていなかった。
少し、不安ではある。
「もし、できれば、どなたかに付き添って頂けるとありがたいのですが……」
「そうですね。ここ暫く、アドラクィーレ様のご機嫌もあまり良くない様子です。その方が良いでしょう。
ザーフトラク。頼めますか?」
「私で良いのであれば喜んで。
ただ、女性の方が安心できるというのであれば、ソレルティア殿に頼むのもアリかと思うが?」
「別に聞かれて困る話は無いと思うので、ザーフトラク様、よろしくお願いいたします」
アドラクィーレ様のホームグラウンドで、一人になるのは怖い。
心から助かる。
夏の戦の強制拉致は、未だに私のトラウマなのだ。
そうして私は仕事終わり、アドラクィーレ様の居室エリアに向かった。
指定された応接室に入室を求めると、すぐに扉が開き、中へと招き入れられた。
第一皇子妃様付きの使用人として裏方を歩いていた時とは違うルートで――それだけで少し緊張する。
「行くぞ。マリカ」
「はい」
大きく深呼吸。
ザーフトラク様に促され、私は中に入った。
応接室にはアドラクィーレ様とお付きの方々。
そして一人。今まで見た事の無い男性が立っていた。
小さな包みを小脇に抱え、入室と同時に私に視線を向けた彼の眼差しは――私から本当に僅かも離れない。
真っ直ぐで、ぶしつけで。
獲物を見つけた獣のように獰猛で、鋭くて。
私の中身を見通すようにあからさまで、正直……怖い。
むしろアドラクィーレ様の眼差しの方が、まだ安心するのはどうかと思うけれど。
「良く来ました。暫くぶりですね。随分と忙しくしていたのではありませんか?」
「アドラクィーレ様にはご機嫌麗しく」
「さほど麗しくもありませんが。直答を許します。
少し長い話になるので、そこに座りなさい。
それから……付き添いが来ているようですが、其方の進退に纏わる話です。他者に聞かれても良いのですか?」
側に付き添って下さるザーフトラク様の事を言っているのだろう。
どんな話であれ、アドラクィーレ様の口から出る範囲で、聞かれて困る話は多分ない。
むしろ冷静な第三者の目があった方がいい。
「大丈夫です。隠す話、聞かれて困る話はありませんので」
「まあ、其方がそう言うのであれば良いでしょう」
薄く笑って、アドラクィーレ様は私の前のソファーに座った。
私も促されるままに、アドラクィーレ様の前の椅子に座る。
正面と正面で目が合う。
まるで面接か何かのようで居心地が悪い。
「まずは其方の今後に関する指示事項です。
大祭の晩餐会よりティラトリーツェが公務に復帰します。
あの胎では見苦しい、と注意したのですが、晩餐会が終われば冬の出産まで対外的な事業はほとんどなくなるので問題は少なかろう、ということになりました。
今後は今まで通り、皇家の料理人に新しい料理を教える調理実習と共に、大貴族家から派遣される料理人に、皇家の料理人が料理を教える実習が実施される予定ですので、其方はティラトリーツェの元に戻り、指導の助言、補助をなさい」
「かしこまりました」
「其方はなかなか筋も良く、教えがいがありました。
ティラトリーツェは其方を出産に立ち会わせるなどと無理を申していましたが、身体に気を付けて過ごすように」
「お気遣い、ありがとうございます。第一皇子妃様から賜った教えを今後に生かして参りたいと思います」
私は素直に感謝の気持ちを込めて頭を下げる。
所々棘はあるけれど、普通の対応だ。
私も色々と思惑があって第一皇子妃様の所に来たわけだし、やらかしもした。
お世話になったことも、色々教えて頂いたのも事実。
お礼を言うのは吝かでは無い。
「続いて『新しい食』に関する話です。
既に聞き及んでいるでしょうが、秋の戦が終わりました。アルケディウスの勝利と決まったので、七日後、軍の帰還の翌日に大祭が始まり、最終日に大貴族を招いての勝利を祝う宴が行われます。
準備その他についてはメリーディエーラが差配しているでしょうから私からは申しませんが、宴の終了後、大半の大貴族は領地に戻ります。来年の夏の戦の前まで王都には来ませんので、以前各領地に渡すと申していた文書ができているのであれば早急に持ってくるようにとの第一皇子のご指示です」
「かしこまりました。
既に印刷、製本は完了しておりますので、軍の帰還までには王宮にお届けいたします」
「軍の帰還、二人の皇子が戻り次第、直ぐに大貴族達の会議が始まるので、その方が良いでしょう」
「はい。必ずや」
これも仕事の指示。
ちゃんと準備はできているし問題ない。
ここで話が終わってくれれば、アドラクィーレ様を見直せるのだけれど。
「私からの指示事項は以上になります。
ここからは、其方に話があるという者がいるので、場を与えます。
聞くに、其方の生まれと進退に関わる事のようなので、其方も良く話を聞くように」
「え?」
私の戸惑いも気にせず、アドラクィーレ様は横に立っていた男性に視線を向けた。
スッとアドラクィーレ様が下がった後、彼は荷物を持ったまま進み出る。
私に、またあの――獲物を見つめる肉食獣に似た、食い入るような眼差しを向けた。
口元は綻んでいる。
なのに、アンバランスにも程がある。
「ふむ、確かに面影はある……な」
「な、なんでございましょう?」
「まずは、最初に詫びよう。我が家中の者が、賢しい小芝居で其方を誑かそうとしたらしいな。
余計な事は知らぬ方が幸せになれるだろうという思い故のことだ。許してやってほしい」
「ですから、何を?」
「其方の母を名乗った女、エリスだ。
あれは我がタシュケント伯爵家の末端。既に気付いている通り、其方の母親では無い」
「は?」
あまりにも突然の告白に、呆然とする私の前で、彼はそのまま言葉を紡ぐ。
「私はタシュケント伯爵家の家令、フリント。
今から十年前、捨てられていた其方を見つけ、拾い上げた者だ」
過去からの呼び声を。




