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王都 いかのおすしと誘拐犯討伐

 いかのおすし、という言葉がある。

 けっしてこの世界でもお寿司が食べたいな、というわけではなく。


 子どもを誘拐や不審者から守るおやくそく。

 という奴だ。

 保育士や子どもがいる保護者には結構知られていると思うのだけど、知らない人もいると思うから念の為。


 いかない。(知らない人のところに)

 のらない。(知らない人の車に)

 おおきな声を出す。(たすけてと)

 すぐ逃げる。

 しらせる。


 というものだ。

 子どもの安全を不審者から守る為に重要なお約束。


 この世界は日本語ではないので、いかのおすし、は通じないけれど。


「いいね。みんな、絶対に子ども一人だけで外に出ない事!

 良く知っている大人の人と一緒にね!」


 私は、孤児院で子ども達を集めて、繰り返しそう言い聞かせた。

 今日、昼間、エリセが変な男に連れ去られそうになったことも含めて。


「それは怖かったね。エリセちゃん」


 リタさんが慰めるように抱きしめてくれる。

 肝っ玉母さんのように優しい笑みに、エリセは安心したように身を任せていた。

 この安心感は、私にはできないことだなあ。


「孤児院はゲシュマック商会の息がかかっている、と解っているから、

 もしかしたら、正当な手段や手続きを取らず、手っ取り早く『新しい食』の情報を、子どもを誘拐して手に入れようという輩がいないとは限りません。

 十分に注意して下さいね」


「解りました。戸締りとかにも特に注意します。

 基本、女性所帯ですから気を付けないと」


「護衛に男性を雇う事も考えていますけれど。

 孤児院に男性を入れるのはお二人が不安でしょうから、要検討で。

 お二人自身も気を付けて下さい」


 保育士の二人に不審者対応についてよく話した上で、子ども達の保護を改めてお願いする。

 孤児院に閉じ込めてしまう形になってしまうのは申し訳ないけれど、今は安全が最優先だ。


「アーサー、アレクは私達が迎えに来るまではここにいる。

 ゲシュマック商会の知っている大人が来るまでは外に出ないって約束して」


 男の子達にも繰り返し言い聞かせる。


「でも、オレならエリセと違って、捕まえに来た大人、やっつけられると思うけど?」


 孤児院の子達を守るように、アーサーが私を見つめる。

 確かにアーサーは七歳にしては強いとは思うけれど、そういう慢心こそが危険だ。


「油断大敵。

 ここには盾も、武器も、リオンも、フェイもいない。

 一人で敵を倒せる?

 それにリオンと約束したよね。敵を倒す為ではなく、逃げて命を守る為の戦いをって」


 丸く真剣な瞳を、真っ直ぐに見つめ返して話をすれば、

 バツの悪そうな顔で顔を背けながらも、アーサーは頷いてくれる。


「……解った。じゃあ、こっちに盾持って来ちゃダメ?

 もし孤児院の中に悪い奴がやってきたら、守れる様に」


「それはいいよ。みんなをお願い。アーサー。アレクも」

「うん」


 子ども達に言い聞かせた後、私は孤児院の職員、つまりは大人達にも話をする。

 当面の間、大人も不要不急の外出は控えて欲しい、と。


「騎士団に依頼したので、今日の夕方には子ども達の往復の為の護衛騎士が来ます。

 大祭の前にはアーサーとアレク、あと四人の子ども達も神殿に登録しますし、ちょっとは抑止力になってくれると思うので、暫く外に出るのは我慢して下さいね。

 神殿に登録されている不老不死者は、手を出すとはっきり罪になるので、あまりないと思うのですが、

 犯罪を辞さない人間は、子どもがダメなら大人を、って思ったりするかもしれないので」


「解った。色々手を打ってもらってすまないね」

「ここは生活必需品、しっかり揃えて貰ってるから大丈夫ですよ」


 子ども達も、職員である大人達も頷いてくれた。

 不審者対応の避難訓練もしたいところだけれど、それよりも今は先にやることがある。


「アーサー、アレク、エリセは夕方までここにいてね。

 私は仕事だから戻るけど。

 夕方にはミーティラ様が来てくれるから。覚えてるよね?

 あの方以外の人だったら、外に出ないで私を待っていて」


「あれ? マリカ姉? 一人で帰るの?」


 心配そうに顔を覗き込むエリセに、私はそっと頭を撫でて頷いた。


「私の事は気にしないで。ちゃんと考えてあるから」


 そう。

 ちゃんと考えているのだ。



 私が孤児院を出て、暫く歩くと、いつものようにまた怪しい気配が近づいてきた。

 これだけ繰り返されると、いい加減、鈍感な私も解って来る。


 今度は三人。

 いつより少ないな。


 店に向かって裏路地。

 ワザと人目につきにくい所を歩いていると。


「小娘、止まれ!」


 声が聞こえてくる。

 ドスを聞かせたような深い恐ろしい声――なのかもしれないけれど、

 もう聞き飽きて、またか、としか思えない。


「何か、私に御用ですか?」

「ちょっと、こっちについてこい。

 何、大人しく来るなら手荒な真似はしないでおいてやる」


 うーん。

 セリフも変わり映えしない。


 前にも思ったけど、悪人のセリフってテンプレでもあるのかな?


「『新しい食』についてなら、私を捕えても何もお話できませんよ。

 正式な手順で本店に申し込んで下さい。

 審査を受けてお金を払えば、移動商人でも情報を得る事はできますから」

「なっ!」


 私のあからさまな、うんざりした投げやり態度が感じられたのか、

 それとも移動商人だと図星を指されて焦ったのか。

 男の茶色の目が怒りに燃える。


「生意気な! 人が下手に出てやれば偉そうに!」


 へえ?

 街中で一人で歩いている子どもを、強引な声で呼び止めて、ついて来いというのが、下手に出るということなんですか?


 初めて知ったよ。


「そいつを捕まえろ! 多少痛い目見せても構わん!」


 はい。

 言質、取りました。


 誘拐現行犯。


「エル・フェイアルス」


 私は後ろ手に精霊を呼び出し、高く空に打ち上げる。


「な、なんだ? 貴様、何をした?」


 昼間の陽光の中でも、はっきり解る。

 真っ直ぐで紅い光が、空に向けて立ち上がった。


 同時に、ドシャドシャと多方向から近づいて来る、いくつもの足音。

 私が何をしたかも解らず右往左往する男達は、

 あっという間に、その倍近い完全武装の護民兵に取り囲まれた。


「皇国騎士団と守備兵団の名に懸けて、市民の脅迫、拉致未遂で貴様らを逮捕する。

 確保!」

「な、何?」

「何で、子どもの護衛に皇国騎士団が?」


 子どもの拉致と侮っていたのだろう。

 ろくに武器も持っていなかった男達は、瞬く間に取り押さえられ、引きずられていく。


「いつもありがとうございます」


「まったく、懲りない連中ですな。

 こちらの方はお任せを。

 お気をつけてお戻りください」


 護民兵たちを指揮する若い騎士に、私はお辞儀をして歩き出した。

 思いっきり大通りを引きずられていく彼らが、見せしめになってくれているから、

 多分、今日はもう出ないだろう。


 少し安心して、私は大通りに足を向けると店に戻ったのだ。



「今日も出たのですか?」


 店に帰り着いた私を、リードさんがため息と共に迎えてくれる。

 奥の部屋で、私は頷いて状況を報告した。


「はい。これで八組目ですかね?

 ベネットから新しい情報は来ていましたか?」


「先程来ていました。これです」


「ありがとう。写したら、いつものように騎士団の詰所に持って行って下さい。

 取り調べの参考になるかもしれません」

「解りました。

 しかし、これをいつまで続けるおつもりです?」


 心配そうに、リードさんは言ってくれる。

 けれど、それはこっちが聞きたい。


「あっちが、もう無理だって諦めるまで、でしょうか?

 見せしめが効いてくれば、少しは減ると思うんですけどね。

 最悪でも、戦が終わって兵士が戻ってくれば、大祭に向けて警戒も強まりますし、強硬手段に出る者は少なくなる筈……です」

「街の商人達はゲシュマック商会と、皇家の繋がりを知っていますから、

 強硬手段は命取りと思い、仕掛けて来る者は少ないでしょう。

 しかし移動商人達は、これから次々と入ってきますからね。

 どうぞご無理はなさらいで下さい」


「ええ、気を付けます。

 身の安全には注意する、とティラトリーツェ様とも約束しましたし」


 正直、もううんざりではあるけれど。


 私は部屋の隅に溜まってきた木札を見やり、

 大きく息を吐き出す。


「あと少し、あと少しの辛抱だから……」


 自分に言い聞かせるように呟き返す私は、

 響くノックの音にも気付かず、

 二日前のティラトリーツェ様との会見を思い出して――

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