皇国 副官視点 我が指揮官
本当に、この少年は何だ、と思ってしまう。
「勝ったぞ。皆のおかげだ」
誇らしげに勝利の証を手に微笑む少年指揮官を、私は言葉なく見つめていた。
歓声の中心にいながら、彼の声は静かで、勝利に酔う色がなかった。
アルケディウス、秋の戦。
年に二回各国で行われる戦は毎年ほぼ同じ日程で、同じ相手と行われる。
夏の戦は夜国アーヴェントルクと、そして秋の戦は水国フリュッスカイトとだ。
私は今年、この戦に十の部隊、その一つの副官として参加する事になった。
今までは、一般兵の小隊を率いる小隊長がいいところだったから出世と言えば言える。
けれど、部隊長が今年の騎士試験で自分を敗北させたニューフェイス。
しかも子どもであるから正直、いい気分では無かった。
騎士貴族 リオン。
まだ十三歳の少年だという。
敗北した以上、自分のより上の存在であると立てることに異論はない。
剣を交え、負けたという事実は動かない。
騎士試験終了後、尊敬するライオット皇子御自ら
「あいつはまだまだ未熟な所が多い。
お前が副官としてついてサポートしてやってくれないか?」
と頼まれた上に大恩あるヴィクス様から
「あの少年はライオット皇子にとって大切な存在なのだ。
色々と思いもあるだろうが、助けてやって欲しい」
とまで言われればなおさら。文句も言えない。
何より自分は負けたのだし。
実際、それほど筋は悪くないと思う。
言われたことはすぐに覚えるし、礼儀作法もその他の勉強も基本が入っているので覚えが早い。
文字も読めないのではないかと思ったが、基本文字の読み書きはおろかかなり難しい本まで読めるのには驚いた。
どうやら「ライオット皇子が育てた大切な存在」というのは嘘ではないらしい。
文字の読み書きから教えなければならない副将でゴロツキ上がりのウルクスに比べれば大したものだと思う。
けれど、始めての戦。
大軍を率いての戦争は遊びでは無い。
子どもにどれほどの事ができるのか?
皇子からは
「よほどの事が無い限りは好きにやらせてやってくれ」
と言われている。
だから、私は正直、かなり意地悪な気分で、意見を求められた時と命令を受けた時以外は様子を見るつもりでいた。
だが、この部隊長。
最初からとんでもない行動力の持ち主だった。
まず、一番最初に今回の戦の指揮官であるケントニス皇子。
そして自分以外の九つの部隊の部隊長に手土産をもって挨拶に行った。
「まだ若輩者たる自分がこの戦に加わることをお許し下さい。
どうかご指導を賜らんことを」
心の内でどう思っているかはともかく、相手から下手に出られればなかなか邪険にはできない。
しかも手土産として差し出されたのはまだ、大貴族の多くも口にできない。
騎士貴族でも噂に聞くだけのゲシュマック商会の最高級麦酒であればなおの事。
「おお! これはあの時の。そうか。
其方はゲシュマック商会の者であったな」
酒好きのトレランス様は大喜びで、彼に目をかけるようになったという。
我々も相伴に預かったが
「おおっ! これは凄い!」
「これが噂に聞くゲシュマック商会の『新しい食』ですか? なるほど素晴らしい」
実際、爽やかなのど越し、キレ。
今までの大聖都の酒とはまったく別種の、目と身体が目覚めるような味だった。
だが、さらに驚くのは、皇子が飛び上がって喜び、騎士貴族も興味を隠せない最高級品たる麦酒を樽で持ち込んで、あろうことか一般兵に振舞った事だ。
自分の手で獲物を狩り、調味料を振り、持ち込んだコンロで肉も焼く。
「皆も手伝ってくれないか?
手伝ってくれたら、他の連中とは違う特別な料理を振舞うから」
部隊長に言われて、騎士階級たる我々が肉を焼き、給仕の真似までさせられたのだ。
だが仕方ない、仕方ないとは思う。
彼が用意してくれた「食事」は本当に、抗えない程に美味であったのだから。
夜ごとの食事に一般兵はあっさりと懐柔され部隊長に懐いた。
いや、勿論食事ばかりが理由では無い事は解っている。
一般兵と立場が近いウルクスやゼファードを配置し、情報収集をしつつ兵士達の一般兵の人心を掌握していく様子は見事としか言えなかった。
今までの騎士貴族は一般兵を消耗品としか見ていなかったのだが、彼は護民兵、一般兵区別なく同じ部隊の仲間として扱った。
「良く味わってくれ。
これはアルケディウスの未来を変える味。俺達はこの味を、当たり前に楽しめる未来を創る為に戦うんだ」
みんなが、小さな部隊長を見ている。
「俺は、この場にいる誰一人として失わず、奪われず勝つつもりだ。
その為の算段はついている。
子どもで頼りないかもしれないけれど、どうか俺を信じてついて来て欲しい」
日を追うごとに兵士たちの心に彼の存在が言葉が染み込んでいく。
兵士達が部隊長に心酔していくのが見えるようだった。
不思議に思う。
何故こんな子どもにこれ程までに完璧な人心掌握が可能なのだろう。
と。
「言っておくが、俺はこの戦を本気で勝ちに行く。
他の連中のように遊ぶつもりは一切ないからな」
戦の始まり。
騎士階級だけを集めた作戦会議で、部隊長リオンははっきりと私達にそう言ってのけた。
そして、その通りに行動して見せたのだ。
子どもの遊びじゃない、などと思っていた私はその言葉に、行動に冷や水を浴びせかけられた気分だった。
まず部隊長は兵士達に、敵を確実に捕虜にするように命じた。
「不老不死の兵士達、連中はいくら倒してもキリが無い。
だから、敵を減らし手薄にするためには確実に捕え、確保するのが一番だ」
今までは乱戦で気絶したり倒れたりした兵士もそのまま放置していた。
捕えておくのも手間だと、前半戦は特に直接戦闘で一般兵を確保する事はあまりしていなかったと思う。
けれど、部隊長は徹底して捕虜の確保を命じた。
そして、自分から最前線に立ち、敵を引き付けて敵を倒しつつ、一般兵に命じて確実に捕虜にして着実に減らす。
最初、他の部隊長達はその行動を鼻で笑っていた。
一般兵など集めても戦局に変わりはないと。
だが、効果は驚く程にはっきり出た。
一戦闘ごとに約五十~百人が捕えられる。それが七日続けば五百人。
十部隊のうち、約二部隊が消える計算になる。
一方こちらは兵士の安全確保と救出に力を入れているのでほぼ無傷。
フリュッスカイトは三日もしないうちに部隊の一つが維持できなくなり、行動に精細さを欠くようになる。
二部隊が消え、行動に焦りが見えてくればもうこちらの餌食だ。
敵は起死回生の奇襲も読まれ、戦うごとに兵士を減らしていく。
盾となる一般兵が薄くなれば騎士階級にも手が届く。
既に十人の騎士階級が捕えられていた。
「すげえな。うちらの部隊長はよ」
「ええ…本当に」
一週間で、戦闘をアルケディウス圧倒的優位に持って行った部隊長は、けれどそれで満足していないのが解った。
七日目、戦場を見下ろす丘の上で。
彼の眼差しは本陣最奥。
勝利を決める精霊石だけを見つめていた。
「皇子と部隊長の許可は得た。
これからフリュッスカイトの本陣に向かう。
精霊石を獲りに行く」
部隊全員にそう宣言した部隊長は、けれど本陣に乗り込むメンバーを五人と決めていた。
五人、つまりは私達騎士階級だけ、ということ。
「一般兵は他の部隊に預けて、総攻撃に加わって貰う。
精霊石を獲るのに人数はいらない。少数精鋭でいく」
「ですが、五人だけでは…」
心配そうな声を上げたのは、私と同様ライオット皇子の命令で部隊長の補佐についた小隊長のピオルナル。
元子ども上がりで部隊長への忌避が少ないということで選ばれた人物だ。
「…悪いが、実際の所は俺一人で十分でもある。
ただ精霊石の周辺は、やはり警戒が厳重だからな、皆に少しでも攪乱させて貰えると後々の面倒が減るんだ」
「一人で…十分、と?」
カチン、とその言葉に少し頭に来た。
もやもやと、黒いものが胸の中に溢れて来る。
「フリュッスカイトの本陣を守るのは、名高き騎士将軍 ルイヴィル殿です。
誉れ高き鎧騎士、その守りは難攻不落と言われています。
一軍に守られた彼を一人で倒す事ができるとでも?」
敵の戦力、本陣の様子、今まで戦に出た事も、敵と相対した経験も無いくせに。
本陣の厳しさも知らないくせに。
「別に、倒す必要はない。
難攻不落の騎士将軍と言えど一日本陣の指揮はできないだろう。
眠りもすれば休みもする。そのスキを突けばいい」
「え?」
「ルイヴィル殿は大よそ一日に二回、二刻程休憩に入られるようです。
その間は別の部隊の隊長が指揮に入ります。
実力は確かですが、ルイヴィル殿程ではないのでスキになるでしょうね?」
部隊長の視線の先、ニッコリと笑って見せたのはゼファードだった。
彼の指先でフリュッスカイトの兵士の兜が回っている。
「捕虜にしたフリュッスカイトの兵士の装備を着て、俺とゼファードで敵陣に潜りこんで情報を集めた。
ルイヴィル殿の休憩ローテーションも把握済みだ」
「そんなことを…していたのですか?」
「内緒で悪いとは思ったが、この遊びの戦に慣れて頭の固いお前には、
ギリギリまで内緒にしておいた方がいいと思ったんだ」
「そんなことを…していたのですか?」
思わず漏れた声は、我ながら間の抜けた響きだった。
敵地に潜入し、情報を集める。
戦において最も基本で、最も危険な行為だ。
「内緒で悪いとは思ったが、この遊びの戦に慣れて頭の固いお前には、
ギリギリまで内緒にしておいた方がいいと思ったんだ」
冗談めかした口調。
だが、責める色はない。
――遊びの戦に慣れている。
その言葉が、胸に突き刺さる。
敵軍の情報を集める事。
弱点を調べ、そこをつく作戦を立てる事。
戦争における用兵としては基本中の基本だ。
けれど、何の被害も出ない定例の『戦』。
それに慣れてしまっていた自分には、確かに思いつかなかった。
いや、思いついても、前例がないと切り捨てていたかもしれない。
「休み始めて半刻の後に、総攻撃を仕掛けて貰う事になっている。
混乱し始めたら、本陣に潜りこみ、兵士に化けて要所に火を放ち、
さらに混乱させ、そのスキに精霊石を奪う」
淡々と語られる計画。
そこには勢い任せの無謀さはなく、
敵の力量と戦場の現実を冷静に測った痕跡があった。
「…火を放つ? 本気ですか?」
「ああ。人的、財産的にも大きな被害が出ないようにする。
実際の所、火を放つのは、俺の能力を見られにくくする為、だからな」
「能力…?」
その言葉の意味を噛みしめるよりも早く、
視界から少年の姿が消えた。
瞬き一つ分。
音もなく、気配もなく。
「な?」
背後に、気配。
振り返った瞬間、背中に冷たい感触が伝わった。
ナイフだ。
力は入っていない。
だが、逃げられない距離だった。
「子どもには、能力と呼ばれる特殊能力が目覚める事がある。
俺は瞬間移動の能力がある。
目に見える範囲であるのなら、多少距離があっても、
間に障害物があっても一瞬で跳ぶことができる」
説明は簡潔で、誇示はない。
それがかえって、現実味を帯びていた。
「お前達には心当たりはないか?」
「能力…?」
私はピオと顔を見合わせた。
言われてみれば、あったかもしれない。
子どもの頃、並外れて足が速かった。
成人してからは人並みになったが、あれがまさか。
「瞬間移動の能力がある、ということはできれば人に知られたくはない。
だから、皆に攪乱を手伝って欲しいんだ」
ナイフが下げられる。
部隊長は一度目を閉じ、ゆっくりと息を整え、再びこちらを見る。
黒い瞳は、揺れていなかった。
「…俺は一緒に行くが、どうする?」
問いは短い。
命令ではない。
選択肢を、こちらに渡している。
「どのくらい役に立つかは解りませんが、
必要として貰えるなら行くつもりです」
答えたのはウルクスだった。
一瞬の躊躇もない。
ゼファードも、黙って頷く。
既に決めていた者の顔だ。
「部隊長の命令です。従いますよ」
ピオルナルも、淡々と続く。
――ああ。
この二人は、もう覚悟を決めている。
能力を聞く前から。
戦術を理解する前から。
私だけが、まだ測っていた。
認めたつもりで、距離を取っていた。
「ヴァル…」
「行きます。この目で、貴方の能力を、そして戦の結果を見届けます」
声が少し硬い。
だが、逃げなかった。
自分は、この上司だけでなく、
このニューフェイス達のことも見くびっていたのだと、
はっきりと理解していた。
そして、勝負はあっさりと終わりを迎えた。
夜襲。
大将軍の休憩の隙。
アルケディウスの総攻撃に合わせ、
我々の放った火が敵陣を混乱に包む。
「うわああっ!」
悲鳴じみた声が響く。
本陣を照らしていたフリュッスカイトの精霊石の光が消えたのだ。
「やったぞ!」
「アルケディウスが精霊石を奪い取った!」
誰かが叫ぶ。
だが、部隊長の姿はもうそこにはなかった。
――いつの間に?
混乱の渦中、
ゆうゆうと本陣を抜けた先で。
「勝ったぞ。
みんなのおかげだ」
勝利の証を掲げる、少年の姿があった。
何の、冗談だ。
愚かな自分に呆れかえる。
戦は子どもの遊びじゃない、だと?
甘い、遊びの戦に溺れていたのは、自分だった。
この少年がしたことは、奇策でも、賭けでもない。
ただ、基本を徹底しただけだ。
兵士と上司の人心を掌握する。
敵の数を着実に減らす。
情報を正しく集め、活用する。
敵の心理を読み、その裏をかく。
仲間を信じ、自分の全力を尽くす。
それだけの事を、真剣にやっただけだ。
本当に、この少年は何だ。
生きた伝説、ライオット皇子が一目置く戦士。
それだけではない。
私は、やっと理解した。
もやもやとしていた感情の正体を。
私は、この少年に信じて欲しかったのだ。
頼りにして欲しかったのだ。
だが、その資格も能力も、
自分にはまだ足りていなかった。
私は跪き、頭を下げる。
「部隊長 いいえ、リオン様」
「ヴァル?」
「今までのご無礼を、どうかお許し下さい。
今後、皇子の命令だからではなく、
私自身の意思で、貴方に忠誠を誓います」
この少年が誰かなど、もうどうでもいい。
彼が自分を上回る戦士であり、
仰ぐべき指揮官である。
それで、それだけでいい。
私の後に続くように、
ウルクスが、ゼファードが、ピオが膝をつく。
精霊石を持ったまま、
面食らったように黒い瞳を見開いていた少年は、
私達の思いを一度胸の奥で噛みしめるように受け止め、
「ああ、よろしく頼む」
静かに、強く、美しく、口元を綻ばせた。
紅いのろしが上がる。
それは戦の終わり、
アルケディウスの勝利を高らかに謳っていた。




