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王都 それぞれの課題

 毎日が、慌ただしく過ぎていく。

 魔王城から出て、まだ半年も経っていないのだと思うと本当にびっくりする。

 けれど、バタバタと毎日を過ごしているうちに、季節は春から夏へ、そして秋へと移り変わろうとしていた。


「お疲れさまでした。

 皆さんのおかげでとてもスムーズに作業が終わりました」


 私は麦の種まきに参加してくれた人たちにお礼を言った。

 冬に入る前の大事な作業、麦の種まきは秋のうちに終わらせておかなくてはならない。


 アルケディウスの近郊は、皇王家の直轄領。

 許可を得て城壁外の平原のほぼ全てというくらいに麦の畑が作られていた。


 今日はその種まき。

 仕事はハードで厳しいけれど、払いと待遇は良いと評判のガルフの店、ことゲシュマック商会の仕事はいつも大人気で、募集定員はあっという間に埋まった。

 やる気もあって、けっこう結構。


 この人員を魔王城に連れて来たいなあと切に思った私でした。

 ちなみに今年のご褒美は奮発したフルーツのクレープ。

 大祭価格大銅貨1枚のご馳走にみんなメロメロで、案外今回のお給料でみんな買いに来そうに思う。

 汗と土にまみれた顔が、最後にクレープでぱっと緩むのを見るのは、なかなか好きだ。

 頑張った分だけ、甘いものが沁みるのは世界が違っても同じらしい。


 で、気が付けば、空の一月ももうすぐ終わり。

 秋の戦は目前だ。

 ぬあー、余裕があると思っていたのに、いつの間に。


 私は今度の戦の指揮官は第二皇子 トレランス様なのだそうだ。

 で、私は第二皇子妃 メリーディエーラ様に呼び出される。


「次の戦は皇子が指揮するので、事前の宴、奉納の儀式、打ち上げの宴は私が整える事になります。

 ゲシュマック商会とお前には、暫く材料準備、献立作成の補助を願います。

 勿論、正当な報酬は支払いますしアドラクィーレ様には私から言っておきますので」


 正式に頼まれれば否は言えない。

 流石のアドラクィーレ様も、秋の戦の主催者がその準備の為に借り受けたいと言えば断れないらしい。


「献立作成、調理、その他のお手伝いは致しますが宴席での給仕はご遠慮させて頂きたく…」

「あら、でも其方が心酔する件の酒蔵、新酒の麦酒 ビールのデビューではなくて? 其方が注ぎ、酒蔵の主を支えずとも良いのですか?」


 と言われれば、なお逃げ場がない。

 私は出発前の皇家のみの宴と、戦の後の宴、両方のお手伝いに決定してしまった。

 戦の後の宴は大貴族様方の集まる大晩餐会だ。

 頭痛い。

 なんとか、大祭のある日中と、調理の指揮は勘弁して貰ったけど。


 事前にエクトール様と連絡を取って、大祭にお呼びしておかないとなあ、とか。

 私達の頭が大祭でいっぱいになった頃。


「俺は、また戦に行ってくるから」


 とリオンに切り出された。


「あ、今年はリオンの初陣になるんだっけ? 部隊まるごと行くの?」

「ああ。王都の護衛には別の部隊が入るから騎士階級五人と護民兵四十人の俺の部隊がそのまま行くことになる。

 それに一般兵百五十人が加わった部隊を俺が指揮する事になるらしい」


 秋の戦に参加する軍は約二千人。

 そのうちの大体一割をリオンが指揮する事になる。


 今までずっと一人で戦ってきたから、部隊を指揮して戦うのは初めてだと少し緊張した様子だ。

 言葉は落ち着いているのに、呼吸の位置がほんの少しだけ浅い。

 本人も気付いていない微かな硬さが、肩に見える。


「全体的な所は第二皇子の指揮で戦うことになるけれど、実際の部隊での運用は任されてる。

 ただ、同じような部隊の中での手柄争いが結構熾烈なことにりそうだ。

 この戦の成績で、皇国騎士団の中での順位が決まるらしいから」


 貴族になってもリオンは、まだその中でも一番下だ。

 子どもであること。皇子に可愛がられていることなどから、騎士団の他の貴族からのやっかみはかなりキツイらしい。

 騎士試験で負けたり、届かなかったことを逆恨みしている者もいる。


『だから、この戦が重要です。

 遊びの戦であろうとも、ここで誰もが認める実績を出せば、表向きだけでも批判は収まります』


 とは、副官についてくれたヴァルさんの言葉。


 リオンの部隊は皇子が気を遣って配置してくれて、副将がウルクス、副官がヴァルさん。

 後、鞭使いのゼファードさんというニューフェイス揃いで、もう一人の騎士階級の人も割と話の分かる人だという。

 ただその分下に見られている。


「だから、今回は勝ちに行くつもりだ。

 なんとかいい結果を出して、俺みたいな子どもについてきてくれてる奴らにしっかりとした立場を与えてやりたいんだ」


 真剣な眼差しのリオン。

 今まで、本当に一人で戦い、一人で勝ち続けて来たのとは違う戦。

 部隊を指揮し――不老不死だから命が賭かっている、というわけではないけれど――彼らの命運を背負って戦うのは今までと勝手が違って大変だと思う。


「フェイは? 一緒に行くの?」

「一緒には行きますが、魔術師の戦への介入は禁止だそうなので、監督役の第三皇子の所で連絡役や手伝い、ですね」


 リオンの側で手伝えないのが残念だ、と全身が言っている。

 声にせずとも、背筋から漏れてくる。


「ここ暫く、ライオに集団戦闘について教えて貰って、ヴァルにもしごかれて来たけど、初陣だからな。

 自分でも五百年生きて来て初めて、ってくらい緊張してる。敵を倒す以外に、俺ができることはあるのかな?」


 真剣に悩むリオンを見て、私は自分が出来る事。

 アドバイスできることは何かないかと考える。

 頭の中の引き出しを、手当たり次第に開けるみたいに。


「…ねえ、リオン。

 リオンは物覚えいいけど、人の顔とか名前って覚えるの、得意?」

「なんだ? 急に。

 まあ、苦手じゃない。フェイ程じゃないけど、覚えようと思って覚えれば、そんなに忘れもしないから」


 以前、魔王城で勉強が苦手、と四苦八苦していたのは純粋に、書いたりする出力に身体がついていかなかっただけで、知識そのものは王族の教育に加えて五百年分なのでかなりあるらしい。


「なら、ね。

 実践してみたらどうか、って思う事があるんだけど」

「? 何だ?」


 私はリオンにいくつかの事を提案してみた。

 歴史上の将軍の逸話とか、小説で見た戦場の心得とかだけど。

 ただの知識じゃなく、今のリオンの立場と部隊の事情に合わせて、使える形に噛み砕いて。


「なるほど…。同じ条件下での戦い。鍵を握るのは…っていうことか」

「もし、リオンが使うのであれば、ゲシュマック商会のものも遠慮なくもっていっていいから」


 場合によっては輪を乱す。

 と怒られることもあるかもしれないけれど、自分の部隊で、自分の財布でやるのならそれは将の裁量の範囲だと思う。

 一応、皇子に聞いてみた方が良いかもしれないけど。


「ああ、そうさせてもらう。

 流石マリカだな?」


 うなづくとリオンは私の頭を優しく撫でてくれた。

 指先が髪を梳くたび、妙に心が落ち着く。

 ……その落ち着きが、逆に怖い。

 行ってしまうのだ、と現実がにじむから。


「マリカ、俺はこの戦、勝ちたいと思ってる」


 告げるリオンの眼差しには真摯な思いが込められているのが解る。

 その視線は、戦場よりも遠い場所――もっと大きなものを見ている。


「ライオとも誓ったんだ。三年の内に、こんな遊びの戦は終わりにするって。

 ここから、全ての戦に勝利して、アルケディウスに挑むのは無駄だと思わせる。

 経済は『新しい食』の流通で回し、戦に無駄に使われ、奪われていた力を人の手に取り戻すって。

 今度の戦は、その一歩だ。絶対に勝つ」


 ライオット皇子が指揮し、リオンが戦えば負ける事は無いと思う。

 けれども、今回の指揮官は第二皇子だ。

 指示には従いつつ実力を示すのはきっと大変だ。

 だから、私はリオンの手を握りしめた。

 戦場で、私にできるのなんて応援くらいなものだけど。


「うん、応援してる。頑張って…」


 気持ちが、思いが、力が伝わるように、祈りを込めて。


 リオンの顔が、少し、赤くなった。

 照れてるのかな? ちょっと可愛い。


「あ、ありがとう…」

「それに、リオンには別に今回の戦で、勝ちたい理由がありますからね」

「フェイ!」

「お土産を、楽しみにしていて下さい。マリカ」

「え? お土産?」


 戦場に行くのにお土産?

 前の戦の時もそんなの無かったのに。


 首を捻る私の前で、リオンがキッとフェイを睨み付ける。

 フェイはどこ吹く風、と言った感じで笑っているけれど。


「まあ、とにかく、戦の間は僕たち二人が離れます。

 夏の時ほどの危険はないと思いますが、気を付けて下さい」

「うん、ありがとう。気を付けるね」

「前の時みたいに騒動を巻き起こすなよ」

「…う、でも前の時だって私が騒動を巻き起こした訳じゃないし…」


 言い訳は空しいだけだ、ということは解っているけれど。

 頬を膨らませるふりをして、二人に笑われながらも、私はどこか寂しさ、心細さを感じる自分に気付いていた。


 リオンとフェイがいなくなることが怖い。

 まだ、出発もしていないのに、早く帰ってきてほしい。


 リオンとフェイ離れは私の課題だな、と思いながら私は不安を必死に胸の中に押し込めた。

 笑って送り出す。そのための練習みたいに。


 リオン達の出立は来週。

 それまでに、出来る限りの準備はしてあげよう。

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