表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
265/542

王都 兄王の思惑

 新鮮で瑞々しい南国フルーツの芳香は、王宮の厨房に一気に輝かしい南の空気を纏わせる。


「生まれて初めて見た。

 これがプラーミァ国の果実、か。香り高く鮮烈だな」


 皇家の料理を司る料理人、ザーフトラク様が言うのだから、本当に珍しいものなのだろう。

 私だって近代日本に生まれなければ、南国で実物を食べるなんて機会は無かったと思うし。


「僕は、皇子妃様の所に届いたお土産をご相伴に預かったことがあるよ。

 でも料理に使った事は無いなあ」


 第三皇子家の料理人、カルネさんが肩を竦める。


 今日の夜の晩餐会は少人数、しかも特別なお客。

 だからこそ少数精鋭で、ザーフトラク様の助手を私とカルネさんが務めて行う事になったのだ。


「家族水入らずで」


 という兄王様のご要望で、給仕の人数も最小限。

 それぞれの給仕は毒見を兼ねて側近が行う。

 皇王陛下の給仕はザーフトラク様。皇王妃様の給仕はカルネさん。

 私は酒を注いだり、全体的なお手伝いだ。


 護衛騎士も、連れて来なかった兄王様に合わせて、皇王陛下達も入れない。


 ……多分、皇王陛下達も解っておいでなのだ。

 兄王様が、この宴会で何か言いたいことがあるのだということを。


「味わいも独特です。お味見なさいますか?」


 味を知らないと調理はできない。

 私は果物の一つを手に取り、端を少し切り落として皮を剥いた。

 どうやらどの果物も、向こうの世界のそれと性質は変わらないっぽい。


「こちらの黄色くて柔らかいものがナバナ。生食に向いています。

 こっちの暁色が美しい果物がヴェリココ。これも完熟しているので生食がいいと思います。

 黄色いキトロンはオランジュと似ていますが、酸味がさらに強いので果汁を料理の風味づけなどに使うのが最適です。

 メローネ、アナナス、キーニャも加工しても素晴らしいですが、これだけ完熟した甘みの強いモノだと、少しもったいないですね」


「……凄いな。

 本当にどれも味わいが強く、鮮やかで、南の国そのもののような味だ」

「完熟しているね。王様が最高の味わいになるように計算して運んできたようだ」


 味見用の果物を噛みしめるお二人の顔に、驚嘆の表情が浮かぶ。

 私も少し食べさせてもらったけれど、眩しい――向こうの世界とほぼ同じトロピカルフルーツだ。


 ナバナのねっとりした甘さ。

 ヴェリココの蕩けるような滋味。

 キトロンの、目が覚めるような酸味。


 メローネはそのものメロン。果肉が緑で、向こうの世界のマスクメロンか、プリンスメロンという感じだ。

 パイナップルそっくりのアナナスはやっぱり皮が硬かったけれど、ギフトでこっそりズルをしながら切り落とすと果汁が、カッティングボードの上に溢れる程瑞々しかった。

 キーニャはやっぱりキウイ。

 緑で甘みと酸味が強い。後に残る種の食感と、不思議な渋みもキウイそのものだ。


「ザーフトラク様。依頼された材料は持って参りました。

 ですが、第三皇子妃様とプラーミァ国王陛下のご要望なので、いくつかメニューをこれらの果物を使ったものに変更してもよろしいでしょうか?」


 昨夜、晩餐会に向けての材料確保と献立の相談、ということで私は王宮から依頼を受け、ザーフトラク様とメニューを立てた。

 親交国の国王を迎える宴席。


「皇王陛下からは麦酒、新しい味を含むこの国の今できる最高のもてなしを、というご指示を頂いている。

 其方ならどうする?」


 そう問われ、新しい料理法込み、加えて妊娠中のティラトリーツェ様の体調に配慮したものを、と意見を出させて貰ったのだ。


「これだけ、強烈な個性を持つ果実だと料理に使うのも難しかろう?

 どう使う?」


 トロピカルフルーツを初めて見るザーフトラク様。

 料理に使った事は無いというカルネさん。

 試すような眼差しが、私へ集まる。


「前菜は生ハムメロン、じゃなかったメローネ。サラダはキーニャと茹でホタテ、甘酢蕪のおろし合えにします。

 スープ、パスタとメインのフライ、ハンバーグは予定通りに。

 デザートはパンケーキを変更して、ヴェリココとヨーグルトアイスを使ってパフェを作る予定です。

 それほど難しくないので、私一人でも大丈夫かと」

「では、任せよう。だが、盛り付けの時は見せて教えるように。

 カルネは私とメイン回りだ。特にフライは宴席で披露するのは初めてになる。失敗は許されないぞ」

「はい」


 真剣に料理へ向かうお二人にメインは任せ、私は自分が預かる料理を丁寧に作る。

 難しい手順は多くない。

 でも丁寧に。慎重に。


 遠い南の国から、妹思いのお兄さんが一生懸命運んでくれた品物だ。

 大切に、無駄にしないように。

 ――その想いごと、皿へ載せるつもりで。


 そして夜。

 王宮の晩餐会が始まった。


 主催は皇王陛下ご夫妻。来賓はプラーミァ国王陛下。

 後は第三皇子のご夫婦だけ。内輪だけの小さな宴。


 そもそも国王陛下は、


『護衛や余計な人員は要らん。

 相手を警戒させるし、動き辛い』


 と、片手に収まる程度のお付き以外連れて来なかった。

 この宴席に同伴しているのも、給仕役と思われる側仕え兼、護衛士一人だけ。

 ティラトリーツェ様にとっての――多分、ミーティラ様ポジションなのだろう。


「ほう! これが噂に聞くアルケディウスの『新しい食』か」


 幸いな事に、兄王様も前菜――いや、食前酒のビールから目を丸くし、楽しんで下さっている。

 略式ではあるがアルケディウスとは違う南国風の民族衣裳をまとい、凛々しくもカッコいい。流石王様。


「皇王陛下。この酒は? 葡萄酒以外にも酒というのは造れるものだったのか?」

「不老不死以前には、確かにそのようなものがあったのです。

 これは五〇〇年の長きに渡りその製法を守り続けていた一族が作った麦酒 ビールと申す」

「いや、素晴らしい。こののど越し、キレ。私は大聖都の葡萄酒より気に入った」


 あっという間に飲み干し、もっとと言わんばかりの兄を、ティラトリーツェ様が窘める。


「まだ、食事は始まったばかりです。

 マリカ達がせっかくプラーミァの果実で工夫してくれた料理も楽しんで下さいませ」

「うむ、すまぬな。失礼をした」


 その言葉通り、兄王様は出される料理を全力で堪能してくれる。


「これは、メローネに何を乗せているのだ?」

「生ハム、という塩漬けにした肉を乗せています」

「メローネの甘さと爽やかさが、肉のおかげでさらに引き立ちますね」

「面白い。甘さと塩気、正反対のものがケンカするどころか引き立つとは」


 皇王陛下や皇王妃様もお気に召したようだ。

 向こうの世界でもパーティの定番というくらいの人気メニューだもんね。


 キウイは甘酢で漬けた蕪おろしと茹でホタテをあえた。風味付けは柚子胡椒ならぬレモン胡椒で。

 酸味でさっぱりと食べられる。

 天然酵母のクロワッサン、野菜たっぷりのスープ。エナソースのパスタ。

 メインその1は、本邦初公開の牡蠣……ユイットルのフライだ。


「北の海、トランスヴァール伯爵領 ビエイリークから朝上がったばかりの新鮮なものです。

 ウスターソース、タルタルソースのどちらかをどうぞ。キトロンを絞るだけでもさっぱりと美味しいですが」


 まだまだ希少なナーハの食油なので大人数用の調理には向かないけれど、今回くらいなら行ける筈。

 フライはありとあらゆるものを美味しくする料理法。


「こ、これは何なのだ?」

「海の中にいる貝という生き物です。貝そのものはプラーミァの海にもいませんか?」

「貝というのは固い殻を纏って海の底にいる生き物だろう? いろいろといる事はいるが食べる習慣は無い」


 得体の知れない食材に引いていた王様も、妹が平然と食べる様子を見れば、警戒よりも興味が勝る。

 タルタルソースをたっぷりとつけて、一口、口に含んだ。


 サクッ。


 軽い乾いた舌触りの後、口の中へ流れ込むような濃厚な味わいに、王は大きく目を見開いた。


「貝というのはこれほどまでに美味なものだったのか?」

「全ての貝が同じ味わいではありませんが、サラダの中に入っていたものも、貝の仲間です」


 南国だとシャコ貝とか美味しそう。

 あと、エビとか採れたりしないかな?


 メインは定番のハンバーグinチーズ。


 そしてデザートは、この場でしか食べられないアシェット。

 マンゴーパフェを作った……。

 まあ、もどきだけど。


 マンゴーソースと、パンケーキを小さく切ったもの、生クリームとヨーグルトアイスを口広のグラスに重ねる。

 一番上にバナナと、飾り切りにしたマンゴー。それからミントの葉を添えた。

 イメージは向こうの世界のコンビニスイーツ。

 こっちで最高のマンゴーを扱って食べられる機会なんて滅多にないから、頑張った。


「これは……素晴らしいわね」

「美しく、冷たく、甘く……。ヴェリココは美味な果実ではあるが、まさかここまでの品になるとは」

「今まで幾度か氷菓は頂く機会がありましたが、果物とこのように組み合わせるとなお素晴らしい逸品となるのですね」

「見事だ」

「これはピアンや他の果物でも作れるのではないか?」


 お客様の評判も上々。

 良かった。

 一安心だ。


「さて、困ったことになったものだ」

「?」


 無事、宴が終わり、食器も片付けられ、何も無くなったテーブルは、飾り兼、談笑のつまみにと用意したフルーツ盛りだけになった。

 余分なものが無いだけに、それぞれの様子がはっきりと表へ出る。


 独り言のように――でも、ハッキリとした声で。

 顎を撫でながらそう言ったプラーミァ国王陛下の言葉を、場にいた全員が、だから聞く事が出来た。


「困った、とは?

 何か、今日の席に不具合でもありましたかな? ベフェルディルング殿?」


 宴席の賓客。

 場の最上位者の一人からの発言は、原則として下位の者から上位者への発言が禁じられているアルケディウスのしきたりでは、他の者は問いただすことができない。

 だからだろう。


 この席の最上位者、皇王陛下は、庇う様にそう問いかけてくれた。


「いや、違います。皇王陛下。

 アルケディウスの真心と誠実の伝わる、素晴らしき宴でありました。

 殆ど扱ったことも無かろう異国の食材を、大切に取り入れ新しき、素晴らしい味を作り出す。

 食材でさえ、こうなのです。

 ティラトリーツェがこの国で愛され、大切にされているのはよく解る。

 兄として感謝の念に堪えぬ程に」


 手放しの褒め言葉。

 嬉しい。けれど――謎は解けない。

 では『困った』とは?


「であるが故に、言いにくくなったのです。この国に、私が来た真の目的を」

「真の目的?」

「お兄様! それは、さっきはっきりとお断りした筈です!」

「黙れ、ティラトリーツェ」


 静かな、でも大地に響く地鳴りのような声で妹を制すると、


「皇王陛下、皇王妃様。

 プラーミァ国王 ベフェルティルングの名において要請する」


 椅子の軋み。

 立ち上がる動作一つで、空気が変わる。


 兄王様――いや、プラーミァ国王陛下は、口にした。

 本人が言う通り、アルケディウスに来た真の目的を。


「王妹 ティラトリーツェをプラーミァにお返し願いたい」


 と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ