王都 商業ギルドの会議 前編
今更、なのだけれど。
騎士試験と文官採用試験が終わった後、ゲシュマック商会の名前は、アルケディウスに前にも増して轟いた。
何せ、その数少ない合格者――その両方が、ゲシュマック商会に所属する子どもだったのだ。
文官採用試験の方は、そこまで大々的に告知されてはいない。
けれど騎士試験は別だ。
御前試合という形で行われたそれは、もはや試験というより一種の興行に近く、宣伝効果は絶大。
正直、こちらが引くほどだった。
「リオンは、もう護衛任務に付ける訳にはいきませんが……
多分、屋台店舗を狙うような輩は、居なくなるでしょう」
リードさんは、嬉しそうにそう分析する。
現在、屋台店舗の護衛役は、子どもの一人であるグレンと、その後に採用した数名がローテーションを組んで担当している。
リオンが指導・訓練していたおかげで、最初は『ちょっと運動神経のいい一般人』程度だったグレンも、今では護民兵と渡り合えるくらいには成長していた。
加えて、リオンが皇国市民区画・治安維持部隊の実質的なトップになったことで、街の治安は目に見えて改善されたという。
――流石、リオン。
現在、ゲシュマック商会の直営店は四店。
私達がアルケディウスに来てから、その数は変わっていない。
これは、ガルフが――
「自分が、しっかりと目を光らせて管理できるのは、ここまでが限度です。
これ以上は、協力店を増やした方がいい」
そう言ったからだ。
協力店として、アルケディウスの豪商が出資して作った肉料理メインの店舗が三店。
それとは別に、パン専門の販売店が二店。
現在、この街で本格的に食料を扱っている店は、それで全てだ。
当然ながら、日々高まる需要にはまったく追いついていない。
――だから、だろう。
「マリカ様。
一度、商業ギルドの会合に足をお運び頂くことは、可能でしょうか?」
風の二月のある日。
ガルフは、そう切り出してきた。
「今なら、多少は時間があります。大丈夫ですよ」
私は頭の中で予定を確認しながら答える。
風の二月は、比較的余裕のある月だ。
月末には小麦畑の種まきがあるけれど、それ以外に大きな予定はない。
逆に来月――空の一月に入ると、秋の戦がある。
その主催である第二皇子の妃、メリーディエーラ様から宴の手伝いを頼まれているし、
エクトール様のところから、秋の新酒を受け取りにも行かなければならない。
リオンは初陣を迎えるだろうし、戦が終われば大祭だ。
今も週三で王宮に通ってはいるけれど、まだ――マシな方。
「商業ギルド長を始めとする大店が、秋の大祭を前に、本格的に食料品扱いを始めたいそうです。
その為のガイドライン作りと、レシピの販売について、マリカ様のお知恵をお借りしたい、と」
「基本的には、ガルフの判断に任せます。
私は、ガルフの腕を信じていますから」
商売に関して、私はガルフの提案を退けたことがほとんどない。
彼が『店のため』と思って動いたことに、間違いはなかった。
ガルフは照れたように頭を掻いたが、その顔にいつもの冴えはない。
「信頼はありがたい。
ですが……ギルド長や大店の連中は、俺が闇に沈んでいた五百年の間、この世界で商売を続けてきた百戦錬磨の魔性達です。
彼らを押さえ、こちらに有利に事を運ぶには……どうしても、マリカ様の力が必要なのです」
……できれば、私や子ども達を、ギルドの矢面には立たせたくなかった。
けれど。
剛腕のガルフが、ここまで言うのだ。
商業ギルド長というのは、相当な相手なのだろう。
「何ができるかは分かりませんが……必要としてくださるのなら、行きます。
皇家の仕事とかち合わないよう、調整だけお願いできますか?」
「承知しました」
怖いもの見たさ、という気持ちも、正直あった。
……まあ、見たら後悔するのは明らかだけれど。
「あ、あと。
この間頼まれていた、直営店と亜種店舗の区別についてですが……良い案を思いつきました」
「どのような案でしょう?」
その後、リードさんも交え、私達は食品販売の為のガイドラインの概要を詰めた。
資料を整え、提供するレシピと価格帯を確認し、当日を迎える。
「お初にお目にかかる。
私は、この街の商業を預かる者――アインカウフだ。
長い付き合いになるだろう。よろしく頼む」
……うわぁ。
見事な禿だ。
正直、最初の印象はそれだった。
ガルフに案内されて訪れた商業ギルド。
一階と二階は一般商人向けの手続き区画で、三階が大店のみ立ち入れるVIPエリアだという。
その会議室で初めて対面したギルド長は、思った以上に丁寧な挨拶を寄こしてきた。
VIPエリアは、その名に恥じない造りをしている。
上質な絨毯、凝った装飾。
王宮や魔王城と比べてはいけないが、それでも十分に豪奢だ。
良質な蝋燭の灯りを受け、ギルド長の禿げ頭が鈍く輝いている。
でっぷりと太った体躯。
豪奢な刺繍の施された、トーガ風の服。
指には、宝石の付いた指輪が幾つも嵌められていて……正直、趣味は悪い。
大きな口ひげを撫でる仕草は、いかにも『定型の大商人』といった風情だ。
「噂に名高き、ゲシュマック商会の少女料理人。
ガルフが秘蔵する、値千金の娘だ。
ずっと会いたいと思っていたのだが……なかなか首を縦に振ってくれなくてね。
ようやく、念願が叶った」
……っ。
言葉は柔らかい。
けれど、私を見る視線は、値踏みするようで――いや、違う。
舐めるようだった。
この男が、私を狙っている。
それが、嫌というほど分かる。
もし、ゲシュマック商会がまだ力を持っていなかった頃に圧力を掛けられていたら。
私は、力ずくで奪われていたかもしれない。
気が付けば、私は無意識にガルフの後ろへ回り込んでいた。
――今まで、どれだけ庇ってもらっていたのだろう。
本当に、感謝しかない。
「本日の議題は、食品部門の拡大についてだ。
食品扱いを希望する大店のみが参加している。
気楽に構えてもらって構わん」
そう言われても、気楽になれるはずがない。
時間が近づくにつれ、会議室に集まる商人は増え、十人を超え、二十人近くに達した。
知っている顔は、ガルフ以外に見当たらない。
「では、定刻だ。
本日の臨時会議を始めよう」
時計が時を告げると、容赦なく会議は動き出す。
――時は金なり。
この世界でも、それは変わらない。
「夏の大祭の折のことは、皆も記憶に新しいだろう。
ゲシュマック商会の食品店舗には、三日で三千人が集まり、用意された品は二刻を待たず完売した」
ギルド長が概略を語るにつれ、商人達の目が変わっていく。
油膜を張った水のような、ぎらついた光。
「食品は消耗品だ。
次の大祭でも、同等、もしくはそれ以上の売り上げが見込める」
欲望の匂いが、確かにそこにあった。
「ゲシュマック商会は、今後直営店を増やす予定は無い。
故に、希望する商会にレシピと材料を譲り、販売を委託する事は可能だ。
……そうだな、ガルフ?」
「ああ」
視線を受け、ガルフは立ち上がる。
リードさんと私を従え、その背中は揺るがない。
「現在、ゲシュマック商会は各領地からの食品素材の買い取りと、流通経路の適正化で手いっぱいの状態だ。
街から店舗を増やしてくれとの声が高まっているのは承知だが、対応するのは難しい。
元より、食品扱いというかつては世界全てを覆っていたシェアを一つの商会で抱えるのは不可能だ。
だから、できるだけ多くの商会に食品扱いに加わって欲しいと願っている」
会場内がざわつく。
本来なら、確実な儲けの出る独占商圏を手放すのは悪手だ。
でも、この場合は、いつまでも一つの商会で抱え込んでいる方が色々と問題が出る。
顧客の不満がゲシュマック商会一つに集中し、爆発しないうちに、分散させてしまう方がいいのだ。
ざわめく会場。
「だが――信用を守る為、条件は付けさせてもらう。
……マリカ」
合図を受け、私は木板を手に、一歩前へ出た。
後ろを振り返り、ガルフが目で合図したので、私は数枚の木板を持って一歩前に進み出た。
会場が微かに騒めく。ギルド長も目を見開いているところを見ると、私が実際にこの会議で発言するとは思わなかったのだろう。
「アルケディウスを支える商業主の皆様にはお初にお目にかかります。
マリカと申します。ゲシュマック商会で『新しい食』の作成、運用に携わっております。
子どもの身ではありますが、どうか皆様の前でご説明をさせて頂く事をお許し下さい」
深く頭を下げる。
ここで、番頭であるリードさんではなく、私が出るのは演出だ。
ふるい分け、でもある。
説明するのが子ども、と侮るようならその時点で新事業への参加の権利は失う。
私が皇王家に出入りしている…自分で言うのもなんだが…信頼熱い料理人であること、くらいは調べればすぐに解る。
正式な受勲を受けている訳ではないが、準貴族に等しい立場を貰っている存在に文句を言ったり、不満はあってもそれを隠して利益を追求できないようでは商人失格だ。
情報収集は商人の基本。
流石にあからさまな批判や反論、反対は見えなかった。
反対が無いのならそれは肯定。そう取らせて貰う。
「では、店主ガルフに代わり、アルケディウスの食品扱い事業者へのガイドラインをお知らせ致します」
私は息を整え、
獣のような視線を向ける商人達へと、言葉を投げた。




