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王都 皇国の保育園

 少し、緊張している様子が見える。

 それは当然で、仕方のないことだ。


「夕方には迎えに来るからな……」

「……うん、しっかり頑張って来てね」

「待ってるから」


 親も子も、初めて保育園に来るときは緊張する。

 当たり前のことだ。

 けれど、ここで曖昧にしてはいけない。

 きっぱり受け入れることが、保育士の仕事だ。


 親子分離は、長引けば長引くほど、互いに辛くなる。


「しっかり預かるから、心配しないでください。

 ウルクスさんも、お仕事頑張ってくださいね」

「……よろしくお願いします」


 後ろ髪を引かれるような様子で仕事へ向かうウルクスの背中が遠ざかる。

 それを見送ってから、私は二人の子どもに視線を落とした。


「じゃあ、こっちに来て。みんなに紹介するから」


 二人の手をそっと引き、館の中へと導く。

 建物内を簡単に案内し、そのまま皆で過ごす談話室へ。


 扉を開けた瞬間、それぞれ思い思いに過ごしていた子ども達の視線が、一斉にこちらに集まった。


「はーい、みんなー。ちゅうもく~~。

 新しいお友達を紹介するよ」


 十二の瞳が、好奇心にきらきらと輝く。


「今日からここで、昼間一緒に過ごすプリエラとクレイス。

 仲良くしてね。

 二人とも、『よろしくお願いします』って挨拶してみようか」


「あ、あの……よろしく、おねがいします!」

「おねがいします!」


 緊張で声が少し裏返る二人に、


「よろしくな! 一緒に遊ぼうぜ!」


 子ども達は、ためらいなく笑顔で返した。


 リオンの騎士試験と、フェイの文官試験。

 慌ただしかった数日が過ぎ、夜の日が明ければ、もう風の二月の始まり。


 そんな頃、リオンから「頼みがある」と切り出された。


「俺は当面の間、皇国騎士団の王都警備部を、指導も兼ねて見ることになった」


 叙勲式を終え、正式に貴族となったリオンがそう教えてくれる。

 この国で言う『貴族』とは、司法試験やキャリア試験を突破した国政執務官――

 一般職員を指揮・指導する立場だ。


 子どもであるリオンの言うことを、騎士団や護民兵がきちんと聞くだろうか。

 少し不安になる。


「大丈夫だ。今のところ、上手くやっている。

 ライオがいい副官を付けてくれたからな」


 私の心配を吹き消すように、リオンは笑った。


 新しく編成された部隊。

 参謀兼副官として配置されたのは、ヴァルさん。

 本戦準決勝で、リオンが下したあの槍騎士だ。


 さらに副長がウルクスだと聞いて、思わず声が出そうになった。


 部隊のトップがリオン。

 実質的な指揮を担うナンバー2がウルクス。

 そして二人の教育係を兼ねてヴァルさん。


 立場が逆転した形だが、


「負けた以上は仕方ありません」


 ヴァルさんは、きっぱりそう言ったらしい。


「ただし、私の上に立つ以上、最低限の基本は叩き込みます。

 皇子やヴィクス様の顔に泥を塗るような真似は、許しません」


 毎日、国法や礼儀作法を徹底的に叩き込まれているという。

 基礎のあるリオンはともかく、ゼロからのウルクスはかなり大変らしい。


 それでも――

 一般兵士達の反応は、予想以上に好意的だった。


「俺達の指揮官、すげえ!」


 御前試合の実績は、やはり大きい。

 見世物のように思えたあの試合も、実力を国中に示すという意味では、確かな価値があったのだ。


「それで、頼みたいことって?」

「ああ、それだ。

 ウルクスが、子ども達をゲシュマック商会で預かってもらえないか、って」

「子ども達? ……あ、プリエラちゃん達!」


 準貴族となった元荒くれ者、ウルクス。

 彼には二人の子どもがいる。


 女の子のプリエラ。

 弟分のクレイス。


 血の繋がりはない。

 実の姉弟でもない。

 けれど――それは、些細なことだ。


 血が繋がっていなくても、

 絆を結び、互いを家族だと思うなら、それで家族。


「日中、ウルクスは仕事だし、外出も多い。

 貴族区画は比較的治安がいいけど……」

「皆まで言わないで」


 私はきっぱりと言った。


「子どもを、子ども達だけで家に置いておくなんて、絶対にダメ」


 準貴族として与えられた家。

 神殿登録による抑止力。

 それでも、誘拐や事故の危険はゼロにならない。


 何より――

 私が嫌だ。


「皇子とティラトリーツェ様。

 それから孤児院のリタさんとカリテさんに話してみる。

 ゲシュマック商会は店だから、終日預かるのは難しいし」

「掃除とかで使ってやってくれって言ってたが?」

「人手は足りてる。

 子どもなんだから、まずは遊びと勉強が大事」


 知識や技術は、土台があってこそ身につく。


「解るでしょ?」


 二年間、魔王城で私のやり方を見てきたリオンは、少し笑って肩を竦めた。


「まあ、な。

 金は用意すると言ってたが?」

「保育料は無料。

 どうしてもの時は、公務員の福利厚生として皇子に出してもらう」


 子どもの存在と力が、これから必ず見直される。

 ならば今のうちに、仕組みを作って定着させる。


 ――絶対に。


 孤児院にいる子ども達は、朝のご飯と身支度を終えると、午前中は部屋でのんびり過ごしている。

 ブロックや積み木、ままごと道具。

 それぞれが、それぞれの距離で遊ぶ時間だ。


 そこへ、プリエラとクレイスが合流する。


「いらっしゃい。待っていたよ」

「よろしくおねがいしますねえ~」


 一緒に過ごしてくれるリタさんとカリテさんを紹介し、私は二人を部屋へ促した。


「よろしくな。おれ、アーサー」

「ぼくはアレクだよ。よろしくね」


 魔王城から連れて来た二人と違い、孤児院の子ども達は、少し固まっている。

 無理もない。

 いきなり知らない子が来たら、こうなる。


 無理に挨拶させることはしない。

 私は、少し離れた場所に用意した通い用のロッカーに二人の荷物を置かせ、手招きした。


「ここで、ウルクスの仕事が終わるまで待っていようね。

 一緒に、遊ぼう?」

「……遊ぶ?」


 今まで『遊ぶ』という経験がほとんどなかった子ども達。

 仕事を詰められるか、何もさせてもらえないか――

 だから、『遊ぶ』が何を指すのか、分からない。


「そう。これを見て」


 私は棚から、一番の自信作――文字積み木を取り出した。


「うわあ……!」

「……きれい……」


 二年前に魔王城で作り始め、改良を重ねてきたもの。

 角を丸め、手を傷つけない形に整え、絵と文字を対応させている。

 色付きのインクで描かれたそれは、見た目にも楽しい。


「これはセフィーレ。

 こっちはエナ。

 これは椅子、ね。

 物には、名前があるんだよ」


 一枚ずつ並べるたび、子ども達の視線が吸い寄せられる。


「触ってみて」

「……いいんですか?」

「もちろん」


 おそるおそる、プリエラが積み木を手に取る。

 描かれた実の絵が気に入ったのだろう。


「プリエラ、っていう名前はね。

 こうやって並べるんだよ」


 文字を並べると、プリエラの目が大きく見開かれた。


「あ……ぼくの、は?」

「クレイスは……こう」


 自分の名前。

 それは、どんな子にとっても特別だ。


「あ……あの……」

「なあに?」

「……お父さん、は?」


 躊躇いがちに言うプリエラに、私はウルクスの名前も並べて見せた。

 二人の目が、さらに輝く。


 私や、リタさん、カリテさん。

 アーサーやアレク。

 次々に名前を並べていく。


「あ、積み木が足りないね」


 同じ文字が重なると、どうしても不足する。

 二セットあるとはいえ、もう一方は向こうで使用中だ。


 どうしようかと思った、その時――


「……!」


 一枚の積み木が、私の前に差し出された。

 足りなかった文字。


「……シャンス……」


 シャンスが、自分から持ってきてくれたのだ。


「貸してくれるの? ありがとう。

 じゃあ、プリエラに渡してあげて。

 『どうぞ』って」


 人との関わり方が分からない子には、一つずつ、言葉を添える。


「……どうぞ」

「ありがとう……」


 積み木は、確かにプリエラの手に渡った。

 シャンスは戸惑いながらも、どこか誇らしそうだ。


「じゃあ、そっちの積み木も持ってきて、こっちで一緒に遊んでみない?

 いっぱいあると、もっと楽しいよ」

「おっしゃー! そっち行こうぜ!」


 アーサーの声に背中を押され、子ども達が少しずつ集まってくる。

 気になっていたのだ。

 ただ、きっかけがなかっただけ。


「むこうで、一緒に遊ぼう」


 アレクに促され、サニーやルスティもやって来る。

 いつの間にか、プリエラの周りに子ども達が集まっていた。


「じゃあね、積み木を高く積んでみようか。

 どっちが高くできるかな?」


 それだけで十分だった。

 遊び始めてしまえば、後は子ども達の世界。


 関わり合い、笑い、崩して、また積む。

 私は、ただ静かに見守っていればよかった。


 午前の遊びが終われば、お昼ご飯。

 今日は簡単にマフィンとジュースだけ。


 生まれて初めての『食事』だったらしい二人は、言葉を失っていた。


「これはね、ごはん。

 食べると、身体に元気が出るんだよ。

 ここに来たら、毎日食べられるからね」


 一口食べると、次は一気に頬張る。


「焦らなくていいよ。

 皆の分、ちゃんとある。

 誰も盗ったりしないから」


 むせたクレイスの背中を、リタさんが優しく叩く。


 食事ができる。

 それを楽しみに来てくれるなら、きっと馴染みやすくなる。


「今度から、昼はもう少しちゃんとした食事を用意しようか」

「ええ、お願いします」


 私は木板に指示を書き留めた。


 午後は、庭へ。


 最初は戸惑っていた子ども達も、今ではかけっこや鬼ごっこを楽しんでいる。

 砂場も、すっかり人気だ。


「こっち、面白いぞ。

 このスコップで、こうやって……」


 アーサーが見せると、クレイスも真似をする。

 少しの見本があれば、子ども達は勝手に動き出す。


「?」


 砂場で、声が荒れている。


「どうしたの?」


 近づくと、ルスティとシャンスが言い合っていた。

 間に立つプリエラは、困った顔。


「ぼく!」

「ぼくだ!」


「そっか。

 二人とも、プリエラと一緒に遊びたかったんだね」


 まずは、気持ちを受け止める。


「でもね、ケンカするとプリエラが困っちゃう。

 プリエラは、どうしたい?」

「……ケンカは、いや。

 いっしょじゃ、だめ?」


 大人びた答え。

 周囲を気にして生きてきたのかもしれない。


「プリエラは、そう言ってるよ。

 どうする?」


 二人は顔を見合わせ――


「いっしょでいい」

「……いっしょに、あそぶ」


 自分達で出した答え。


「そうだね。一緒に遊ぼう」


 同じシャベルを渡すと、二人は必死に砂を掘り始めた。

 格好いいところを見せたいのだ。


 生きるのに必要なことは、砂場で学ぶ。

 そんな言葉を思い出す。


 仲良く遊び、ケンカして、折り合いをつける。

 それでいい。


「どうしたんです?」

「……いえ、ちょっと欠伸が出ちゃって」


 涙が滲む。

 私は、ずっとこの光景を見たかった。

 見ていたかったのだ……。



 二の火の刻も半ば。

 空が薄紫に染まる頃。


「遅くなった。迎えに来たぞ!」


「「おとうさん!」」


 二人は一斉に駆け出す。


「元気にしてましたよ。

 いっぱい遊べました」

「おいしいの、たべた!」

「いっぱい……たのしかった」


 ウルクスは、ただ頷いて聞いていた。


「お世話をかけた。

 これからも、よろしく頼みたい」


 深く頭を下げるウルクスに、私は首を振る。


「いえ。

 これも、保育士の仕事ですから」


 ――とても、楽しかった。


「じゃあ、プリエラ、クレイス。

 また明日!」


 手を合わせる仕草で送り出す。


「またあした!」


 重ねられた手の温もりは、優しい約束だった。


 手を繋いで帰る三人を見送りながら、

 孤児院の子ども達も、どこか幸せそうに笑っていた。


 それから毎朝、私は出勤前に孤児院兼保育園に通うようになった。

 一日保育士ができるのは週一回でも、計画を立て、様子を聞き、より良い育ちを考える。


 ――やっぱり。


 私は、心底、保育士の仕事が好きなのだ。

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