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王都 騎士試験本選 決勝 真の勇者伝説の始まり

挿絵(By みてみん)

 ずっと願い続けてきたことがある。 


 夢と、呼ぶのもおこがましい、ただ、本当に当たり前のこと。

 この『美しい』男に相応しい報いを、光を。


 願ったのは本当に、ただそれだけのことだったのに。


「まさか五百年もかかるとは思わなかったが。

 やっと、これでお前に報いてやれるだろうか?」 


 ベッドの中で、全てを使い果たし眠る子ども。

 その額にかかる髪を、俺は万感の思いで静かに撫でる。


 何故『あの時』気が付かなかったのか。

 色こそ違うけれども、無邪気に眠るこいつは、昔と同じ顔、同じ容をしていた。

 寝息は浅く、まだ熱の余韻が身体に残っているようで、胸の上下が僅かに速い。

 戦いの後にだけ現れる、無防備な静けさがそこにあった。


 闘技場裏。

 救護、休憩室。


「う……ん」

「フェイ兄! リオン兄が!」


 決勝戦終了後、意識を失ったアルフィリーガ。

 リオンの様子をベッドサイドで見ていたアルが、突然声を上げた。

 その声にははっきりとした歓喜が滲む。

 俺とフェイも、弾かれるように側へ走り寄る。


「皇子……!」

「ああ……」


 小さなうめき声と共に、完全に遮断されていた意識が確かな、浮上の兆候を見せていた。

 やがて首が左右を探るように揺れた後――


「……う、う……ん」


 ゆっくりと瞼が開いた。

 黒い、露に濡れたような瞳が現れ、揺れる。焦点が定まらないまま、天井の白を彷徨い、やがて俺達の顔へと辿り着く。


「リオン!」

「リオン兄!」


「あ……俺……は? 勝負は……どうなった?」

「試合は、終わりました。

 ……リオンの優勝ですよ。リオンの意識が戻れば後、一刻の後。

 二の木の刻から、表彰式が行われる予定になっています。

 身体は……動きそうですか?」


 フェイの説明に、リオンは手のひらを握り、開くを繰り返し、自分の身体の接続を確かめる。

 指先が僅かに震えるのは疲労か、あるいは戦いの名残か。だが、その瞳の奥にある芯は揺らいでいない。


「なんとか……なりそうだ」

「良かった。心配していたのです。勝利の宣言とほぼ同時、貴方が倒れたから。

 皇子の命令で顔近辺を洗浄し、休憩室で眠らせていました。

 まさか……」

「フェイ、アル」

「なんです?」

「なんだ?」


 リオンは目を閉じ、二人に言う。

 息を整えるように一度だけ喉を鳴らし、それから――


「マリカ達の方に行って、説明して来てくれ。

 あっちがどうなったかも知りたいし、向こうも心配してるだろ?」

「あ、それならおれがひとっ走り行って連れて……」

「……解りました。

 皇子、リオンをお願いします」

「え? でも、フェイ兄?」

「ああ、心配するな」


 眼を瞬かせるアルの背中を身体で押しながら、フェイは部屋の外に出て行った。

 パタン、と扉が閉じられる。


 途端に、闘技場の轟音が遠のいたように感じた。

 残されたのは、呼吸と布擦れの音、そして鼓動だけ。

 部屋の中は俺とあいつの二人だけ。


「相変わらず頭の良い子だな?」

「俺の魔術師だからな」

「……薬を盛られたか?」


 あの状況からして、アルフィリーガが倒れるとしたら理由はそれしかない。

 だが、奴は――


「もう終わったことだ」


 静かにそう微笑む。

 それは肯定であると同時に、奴を罪に問う意志はないという事。

 唯一、怒る権利があるアルフィリーガが不問にするというのであれば、ことさらに事を荒だてる必要も無いだろう。


「解った。お前がそう言うのなら、それでいい」

「ありがとう。ライオ」

「こんなことで、礼を言わなくていい」


 ふと、目が合い、微笑が零れた。

 静かな、でも、優しい沈黙が言葉にしない互いの思いを汲み取ってくれるようだ。


「本当に、いいんだな? アルフィリーガ」

「? 何がだ。ライオ」


 ずっと、抱えていた疑問と思い。

 それを確認する為のこれは最後の機会であるから。

 俺は無理を押して今、ここにいる。


「貴族の地位を得る事だ。

 それは同時に『精霊の獣(アルフィリーガ)』が国に縛られることになるという事。

 お前達の翼を折るつもりは無いが、多少なりとも制限はかけられる事になる。

 それでもいいのか?」

「ああ、構わない」


 刹那の間もなく返った返事に、迷いは確かに見えなかった。


「ずっと、お前には助けられて来た。

 あの時も、そして再会してからも。

 フェイではないが、俺は戦う事しか知らず、考えずに生きて来たから当たり前の知識や常識が足りない。

 きっとこれからも迷惑をたくさんかけるだろう。

 俺だけではなく、マリカや皆、魔王城を守り、抱えるお前に、たくさんの迷惑を」


 ただ勧められたからではなく、自分達の状況やできること。

 十分に考えた上での決断だと、解ってはいる。

 だからこそ、その言葉は重い。軽い覚悟の声ではない。


「だから、これでいい。

 やっと戻ってきたんだ。お前の隣に。

 手に入れたんだ。お前を助けられる力を。


精霊の獣(アルフィリーガ)』の使命は神を倒し、この世界に精霊の力を取り戻す事。

 けれど、それとは別の所で俺はお前の力になり、助ける。

 使命では無く、役割でも無く、俺自身が、そうしたいと願うからだ」


「解った……。お前がそう言うのなら……それでいい」


 俺は鷹揚に頷いて見せる、フリをした。

 胸の中にこみ上げる歓喜の思いを、精一杯に押し隠して。

 奴にはきっとバレバレだと解っていても、一応、年上にして皇子の威厳を壊すわけにはいかないからだ。


「そこのテーブルに、この間頼んだ礼装が出来上がって、届いている。

 丁度いいから受勲式にはそれを着て出ろ」

「え? いや……いい。

 俺はこのままで……。ウルクスとの差が出すぎて……」

「ウルクスにも適当な服を見繕ってやる。

 ……俺が見たいんだ。

 お前が最高の舞台で、祝福と喝采を得る姿を。

 ……あの時は最後まで見る事が、できなかったからな」

「ライオ……」


 それだけ告げて、俺は部屋を出た。

 間もなく、マリカ達も戻って来るだろう。


 受勲式まであと一刻。

 無理を言って出て来たが、主催者としていつまでも場を空ける訳にはいかない。

 ライオから、皇子ライオットに戻って、俺は歩き出す。

 足音を整え、背筋を正し、顔に『皇子』の表情を貼り付ける。胸の奥だけを、熱いままにして。


「では、これより、表彰式と 騎士叙勲の儀を執り行う。

 ゲシュマック商会のリオン! 前へ」

「はい!」


 皇王陛下の前に進み出たリオンを見て、会場全体が溜息と賞賛が入り混じったような吐息と、喝采に溢れたのが解った。


 先ほどまでの殆ど普段着と変わらない服では無く、この国の民族衣装。

 戦う者に許されたチェルケスカ。

 戦士の礼装を身に纏ったリオン。


 黒い瞳と髪を際立たせる白いコートの意匠も思った以上に優美で、それでいて力強く、戦士としての奴に似合っている。

 自画自賛も良い所だが、良くできたいい服だ。

 シュライフェ商会のデザイナーは相変わらずいい仕事をする。

 布が光を受けるたび、白は白として冴え、装飾は決して主張しすぎず、ただ彼という存在の輪郭を祝福のように浮かび上がらせる。


 貴族の証。

 黄金のメダルを授けながら、皇王陛下が親し気に笑いかける。


「……久しぶりだな」

「どこかで、お会いしましたでしょうか?」

「……いや、いい。

 此度の戦いぶり、見事であった。今後もライオットを支え、この国の守護を担ってくれ」

「必ずや。世界と精霊と、この国の為に全力を尽くします」


 一際、高く、大きな拍手が会場に響いた。

 アルケディウスに史上初、最年少にして子どもの少年騎士貴族が生まれたのだ。

 喝采は波となり、壁に跳ね返り、天井に吸い込まれ、それでも足りないとばかりに渦を巻く。

 誰もがその瞬間を目撃している――そういう熱だった。


 ずっと願い続けてきたことがある。 


 夢と、呼ぶのもおこがましい、ただ、本当に当たり前のこと。

 この『美しい』男に、親友に相応しい報いを、光を。


 願ったのは本当に、ただそれだけのことだったのに。


 まさか、五百年もかかろうとは。


「覚悟しろよ。アルフィリーガ」


 奴には聞こえない呟きで、俺は微笑む。

 一度、表舞台に出て来た奴は宙に昇った太陽と同じ。

 周囲を照らし、生きる力を失っていた人間達を変えていくだろう。


 世界がきっと、奴に魅了される。

 俺は、その日がとても楽しみだった。


 偽りの勇者伝説は終わる。

 新しい、そして本当の勇者伝説が、今日、ここから始まるのだ。

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