王都 騎士試験本選 決勝 私達の勝利
良かったと、思う。
「おとうさん! だいじょうぶ?」
「しっかりして!」
ずっと、心配そうで不安そうだった姉弟は、意識の戻った『父』に縋り、寄り添う。
小さな体が震えているのが見えた。歓声の余韻がまだ闘技場に渦巻いているのに、その二人の世界だけは静かで、必死だった。
二人と目が合った父は、一瞬困惑の表情を見せた後、顔を綻ばせた。
「プリエラ…クレイス…」
傷だらけの身体を起こしながら、彼はしっかりと子ども達を抱きしめた。
良かった。と心から思う。
この幸せな光景を見る為に、私は、いや私達は東奔西走したのだから。
ただ一つ、ただ一つだけ不満な事があるとすれば……
「リオンが、優勝するところ、見損ねちゃったなあ…」
私の呟きを聞きつけたのだろう。
側で見ていたヴィクスさんは、そっと頭を撫でてくれた。
「頑張ったな」
と褒めるように。
その手は騎士の手で、硬いのに温かかった。胸の奥に張り詰めていた糸が、少しだけ緩む。
――けれど、ここに至るまでの道のりは、穏やかとは程遠かったのだ。
アルケディウス、騎士試験決勝前夜。
私達はガルフやリードさん。ジェイド達。
皆で協力して集められる限りの情報を集めた。
目的は明日のリオンの対戦相手。
カニヨーンのウルクスの身辺調査。である。
私達が魔王城からアルケディウスに向かった時点で、二の風の刻に入ろうとしていた。
夕刻を通り過ぎてもう、真っ暗。
慌てて足を速めた。
みんな、特にジェイド達が寝ちゃう前に、できる限りの調査はしないと。
周囲の噂、オッズ表。
賭け事の噂話、など。
本当に、ゲシュマック商会の総力を挙げた調査の結果、判明した黒幕と思しき人物はベネットという人物だった。
辺境で子どもや様々な理由で身を落とした人間を買い取って売りさばく旅の奴隷商人。
彼の元にウルクスが身を寄せている事。
今回の、騎士試験のトトカルチョでただ一人、ウルクスに賭けた人物である事などは、比較的簡単に調べが付いた。
彼の商品であるらしい子どもの話も。
「プリエラとクレイス、というお姉ちゃんと弟の姉弟だそうです。
用心棒であるウルクスさんと仲が良く、面倒を見ているとのこと。
今まで強さを買われて、騎士試験などを勧められてもいい返事をしなかったウルクスさんは、彼らの出会いの後、騎士試験の受験を決意したとか。
もう、これは間違いないですね」
直ぐにでも助けに行きましょう、舘に乗り込んででも。
騎士試験の決勝戦前の朝。
私は集まった皆の前でそう言った。
私は本気で、カチコみかける気満々だったのだけれども。
「待て。本当に、落ちつけ。マリカ」
ライオット皇子に比喩では無く、首根っこを掴まれてしまった。
まるで持ち上げられた子猫のようだ。
ニャン。
「どうしてです? 一刻も早く助けないと試合が始まっちゃいますよ。
子ども達の身が危険ですし…ウルクスさんも」
「よく考えろ。その奴隷商人は何一つ悪い事をしていないんだ」
ジタバタと動かしていた私の足はピタリと止まる。
「え? だって、人身売買を…。それにウルクスさんを脅して…」
「人身売買は勿論、あまり褒められた事ではないが、子どもや税の支払いができない大人を対象にしているのであれば、法に反するものじゃない。
ウルクスを脅している、というのも証拠はない。
今の所は知人であるウルクスを励まして騎士試験受験を勧め、応援の為に籤を購入しただけだ」
「あっ…」
少し、頭が冷える。
言われてみれば、確かにそうだ。
ウルクスを勝たせる為に不正行為をしたわけではない以上、この間のファミーとセリーナのように、考え無しに突入したらこちらが誘拐犯になってしまう。
「それに、だ。
試合が終わる前に、対戦相手の子どもをゲシュマック商会が手の中に入れるのは危険すぎる。
お前達は純粋に子どもを助けたいだけだと解ってはいるが、見方によってはア…リオンの優勝を手助けする為に子どもを手に入れ、敗北を強要したと見られかねんぞ」
「あ…う…。はい、確かにその通りです」
私達はリオンの強さも能力も知っているけれど、そうでない人から見ればどうして子どもが大人に勝てているのか解らない。
不正をしているからだ。
という展開になるのは自明の理。
そこに変な理由やスキを与える訳にはいかないか。
「あ、でも皇子はリオンが優勝すると信じていらっしゃるんですね」
「当然だ。あいつが理由も無く俺以外の人間に敗ける未来など考えたことはない」
「あれだけ、ハンデかけておいて?」
「それくらい入れて丁度だろう?」
清々しいくらいに揺ぎ無いな。この方。
「では、どうすれば」
「我々に、お任せを」
そう言って下さったのはヴィクスさんだった。
皇国騎士団の副団長にして第三皇子の腹心。
騎士団主催の騎士試験の最終戦の朝、忙しいだろうに皇子と共々来て下さったのはありがたい。
心から。
「準貴族の依頼により、家族を保護する。という名目でその奴隷商人から子どもを買い取りましょう。
本来であれば、そこまでの処置はしませんが、そもそも平民から一気に貴族、準貴族のトップまで上り詰めた者はいませんし、今回は特例という事で」
皇国騎士団が、代理人として動き子ども達を保護してくれるのなら、これ以上の安心は無い。
「ただ、奴らが本当に保護を必要としているかの確認は必要になる。
子どもと、本人、ウルクスの言質だな。
本人のはバトル中にア…リオンが確認すればいい。
あとできれば動く前に、子どもの側から、事情と思いを聞きたい。
奴隷商人の所に戻りたいと言うとは思わんが…」
保護すべき子どもは二人。
多分、一人はウルクスに脅しをかける意味で、連れて来られるだろう。
姉と弟なら、弟の方かな。
フェイも言ってたけど、お姉ちゃんの方はベネットの所で監禁されている可能性大。
危険性もお姉ちゃんの方が断然高い。
最悪、ウルクスが敗北したらその場で酷い目に合される可能性だってある。
だから、スピード勝負だ。
「試合中に弟君にこっそり呼びかけて、事情を聞く事なら、多分できます。
弟君を保護して話を聞き、後はバトル中にリオンがウルクスの言質を取れれば、動いて頂けます?」
「ああ…。ウルクスから依頼があった、という事にして話を持って行こう。
子ども達の買い取り費用は…現金があれば強いんだが…」
クオレに手伝って貰おう。
あの子なら、テレパシーみたいな能力で近くにいる相手なら言葉が伝えられる筈。
なんとか監視を撒いてもらい、保護できればこちらのものだ。
後は…現金か。
「であれば、それはゲシュマック商会でとりあえず立て替えておきましょう。金貨十枚もあれば足りますか?」
私がガルフに切り出すより早く、リードさんがそう言ってくれた。
「…子ども二人の買い取りと考えれば十分だろう。
しかし、金貨十枚を右から左で動かせるのか?」
「マリカ様の無茶ぶりには慣れておりますので、食材の買い付けやその他の為に、いつもである程度の金額は動かせるようにしてあります」
ごめんなさい。ごめんなさい。
でも、頼もしくもありがたい。
「ならば、方針はそれで決まりですね。
マリカは子ども達の保護の方に、回って貰えますか?」
配置とやるべき事を再確認すると、私の位置はやっぱり、知らない所に連れて来られる子ども達のフォローになるだろう。
「うー、リオンの決勝戦応援したかったけど…仕方ないよね。
私の代わりに、しっかり応援して、後で話を聞かせて。フェイ、アル」
「解っています」
「後で、昨日よりもパワーアップバージョンで聞かせてやるからさ」
二人の言葉を楽しみに、私は決意を固めた。
リオンは自分の舞台で、やるべきことをやる。
必ず成し遂げる。
だから、私はそれを私にできる全てで助けるのだ。
子ども達は必ず、助け出してみせるから。
今回のこれはチームプレイだということは解っている。
その中心はリオン。
「これより、騎士試験 御前試合 決勝、最終戦を開始する!
両者前へ!」
彼とウルクスの試合に、会場中が注目している間に事を片付ける!
「…いた。クオレ。お願い」
「解った」
観客の最上席、関係者用チケットには不似合いな場所に、その少年は居た。
本来なら席に座るべきは彼だろうに、隣に立つ付き添い名目の男に奪われ、所在投げに立ち尽くしていた。
けれど、目はやはり舞台を見ている。
父を心配する子の眼差しで。
「!」
隣で目を閉じていたクオレの呼びかけが、あの子に聞こえたようだ。
顔を上げて、周囲をキョロキョロと見回している。
「クオレ、後ろに来てって伝えて。そこで、ミーティラ様があの子を保護してくれる」
「解った」
クオレの能力は一種のテレパシーだ。目に見えている状態なら、その人物にしか聞こえない声を届ける事ができる。
問題は、あの子が信じてくれるか…だけど。
男の子は、少し迷ったような表情をしながらも、そっと席を離れ観客席の後方にやってきた。
扉を抜け、通路へ。
そこで……
「クレイス君? ウルクスの息子さんの?」
私は彼に話しかけた。
膝を折り、目を合わせて。
子どもに話しかけるのは得意技、だ。
「あなたは、きのうの…。うん、クレイスだよ」
「よかった。私、いいえ、私達は貴方達を助けたいと思っています」
「え? おとうさんを、かたせてくれるの?」
期待に満ちた眼差しには、私ははっきりと首を横に振る。
「お父さんと戦う彼は、勝たないことはできません。
今、繰り広げられているのは真剣勝負。
どちらが勝つかは、誰にも解らないのですから。
でも、貴方とお姉さんを助けて、お父さんと一緒に暮らすことはできるようにしてくれます。
それでは、ダメですか?」
所在投げに揺れていた手に、そっと触れる。
他人に触れられる事が嫌な子もいるから慎重に。
でも、彼はぴくりと肩を揺らしながらも――
「ううん。それでいい。
おとうさんは、きっとじぶんでかつから。そういったから。
だから、おねえちゃんをたすけて!」
私の手を拒む事はせず、そう顔を上げてくれた。
「解りました。では、少し聞かせて。
お姉さんの居場所と、今の、貴方達の事を」
私はミーティラ様立ち合いの元、彼からできる限りの情報を聞きだした。
今、囚われている姉の居場所を最優先に。
彼らの現状や、ウルクスとの関係も。
そんな話をしている中、どうやら男の子がいないことに気が付いたようだ。
「おい! 貴様、また何してやがる!」
同行していた男が、肩を怒らせながらこっちにやってきた。
「うろちょろするな! こっちへ…」
「失礼。この子の席は関係者用の特別席で在る筈です。
この子はウルクスの息子と聞いていますが、貴方は?」
男の子、クレイスの手を乱暴に掴もうとする男を、ミーティラ様が遮ってくれた。
見るからに貴族と解る仕草と衣服。
男は怯む様に後ずさりながらも――
「お、おれはその子の保護者から、そいつが迷子にならないように、頼まれて来た監視役だ」
「そうですか。それはご苦労様です。
ですが、この子の保護者は準貴族ウルクス。
子弟であるこの子は、試合終了後は貴族区画に住むことになります。
皇国騎士団の名に置いて責任を持ってお預かりしますので、どうぞ、お戻りください」
「ま、待て。そいつは奴隷、主の持ち物なんだ。勝手に持って行かれたらおれが主に…」
「では、詳しい話をお聞かせください。向こうで…」
「は、離せ!」
ミーティラ様の部下である騎士に両脇を押さえられ、男は別室に連れていかれていく。
「あの男は、こちらで引き留めておきます。
マリカ、お前はあの人の所に行って、女の子の方の救出に入って下さい」
「解りました。ミーティラ様。お願いします」
ミーティラ様を見送った後、消えた男と現状に解らず呆然とするクレイスと、私はもう一度視線を合わせた。
「もう、貴方を傷つける人はいません。
席に戻って、お父さんを応援してあげて下さい」
「いいの?」
「ええ。私は、お姉さんを、助けに行ってきます」
監視役がいなくなったのなら、人の目の多い観客席にいた方がこの子も安全だし、ウルクスも安心するだろう。
「ありがとう。おねえさん!」
クレイスは、満面の笑顔で席に戻っていく。
私がそれを確かめて、第三皇子の元に報告に行こうと思った矢先――
「マリカ!」
「ヴィクス様!」
私に駆け寄るヴィクスさんの姿が見えた。
数名の騎士を引き連れ、完璧な正装で。
「皇子から指示があった。ウルクスが、保護を受け入れたと。直ぐに奴隷商人の元に向かうが、行けるか?」
「はい。先程男の子の方も保護しました。
女の子は今、奴隷商人の事務所にいる筈だ、とのことです」
「解った。行くぞ」
いつもは皇子に振り回されている側近のイメージが強いけれど、こうしてみるとやはりヴィクスさんはアルケディウス正当の騎士、貴族で、上に立つ人なのだなあと思う。
本当に指揮官、という感じでカッコいい。
私は少し見惚れながらも、置いて行かれないように小走りで彼の後ろを追いかけて行った。
「…それは、余りにも…急で…無体な話で…」
一切の前触れ無しに強襲した奴隷商人の店。
出迎えた主は、皇国騎士団から『この店にいる娘を指しだせ』の指示に、当然ながら難色の色を示した。
「タダで連れ去るとは言わぬ。準貴族の娘と息子。
奴隷としての商品と聞く。金貨五枚を用意している。十分な値であろう?」
「…で、ですが…この子らは、私の…親友が、大事に…している子ども…で」
「ほう? 準貴族ウルクスを親友というか? なれば、彼の新たなる旅立ちを祝福してやるが良かろう。
奴は、今日より準貴族として国に仕える。
ここを宿としていたようだが戻ることはない」
だが、圧倒的上位者として命令に慣れた貴族を前に、正当な理由を持って論破されれば、それ以上食い下がるのはなかなか難しいだろうと思える。
背後で威圧をかける部下さん達もいい仕事をしている。
完全に場のペースはヴィクスさんのものだ。
「手切れ金も込で、金貨十枚を支払おう。
店主。この先もアルケディウスで仕事を続けていきたいと思うのなら、この辺が退き時だと理解せよ。
子ども達を買い取り手を引け。以降ウルクスへの関与も禁止する。良いな?」
「………」
「…良いな?」
「…はい、かしこまりました」
商人は膝をつき、従属の様子をもって頷いた。
しぶしぶと、顔には書いてあるけれど、貴族、しかも皇国騎士団に逆らう事はできない。
逆らえばタダでさえまともでは無い裏家業。
睨まれれば商売ができなくなる。
「では、子どもをここに。ああ荷物、私物などがあれば全て持って来させよ。
我々が引き取っていく」
「…解りました」
彼は頭を下げると離席し、数分後、一人の女の子を連れて来た。
「マリカ。間違いないか?」
私が連れて来られたのは、顔の確認の為もある。
一度だけだけれど、この子がウルクスと一緒にいるのを見た事があるのだ。
金髪、蒼瞳の美少女。
うん。間違いない。
「はい。間違いないと存じます」
「解った。では支払いを。
店主はここに受領のサインを」
奴隷商人は袋で差し出された金貨を確認すると、売買契約書と受領書にサインを入れた。
細かい細工その他が無いかを綿密に確かめ、ヴィクスさんも頷いた。
「よし、これで、ウルクスとこの子ども達は自由となる。
店主よ。感謝しているぞ。この国に、新しい戦士を与えてくれたことをな」
「プリエラさん…」
「あなたは? 私は? 本当に、店から出てもいいのですか?」
まだ状況が解らず、怯えた様子で進み出た女の子の手を、私はそっと握りしめる。
細くて、小さくて……沢山傷のついた手を、包み込む様に。
「いいんです。あなたのお父さんが頑張ったので、あなた達はもう奴隷じゃ無くなったんです。
これからは、お父さんと一緒に、幸せに暮らしましょう…」
「ありがとう!」
ふわっと、小さな身体が私の胸にもたれかかる。
小さい。私よりも一回りは小さいその身体を、しっかりと抱きしめた。
良かった。
これで、私の任務は完了だ。
そうして、無事にプリエラちゃんを連れ帰った私達は聞く事になる。
騎士試験、最終試験の終了と、リオンの優勝を。
私達の勝利は、あの親子の笑顔。
うん、それは間違いないのだけれど。
リオンが、優勝する瞬間は見たかったなあ、ぐっすん。




