王都 騎士試験本選 第二試合
騎士試験本戦、御前試合。
リオンの第一試合に続く、第二試合、第三試合を見ながら、私は今更ながらに気付く。
私は、二年以上も一緒に暮らしていても、リオンの能力や戦い方を――ほとんど理解していなかったんだなあ、と。
「私、リオンは短剣やショートソードを主武器とする軽戦士、だと思っていたけど違うんだ……」
単なる頭の中の整理のための独り言で、返事を期待していたわけではなかったのだけれど。
「そうだな。あいつの戦い方は基本的に徒手空拳。
ナイフや短剣は最後のとどめを刺すために、敵の武器の攻撃をいなすために添えてあるだけだ」
ライオット皇子が、何でもないように応えてくれる。
「敵の弱点や苦手とするところを見抜き、そこを的確に突いて素手でも十分なダメージを与え、仕留める。正に、獣だ。
身体が育ちきっていなくて、力が足りないと昔から不満そうだったが、それを武器にする、と割り切ってからは一気に強くなったな」
「昔から?」
怪訝そうにこちらを見るのは、隣の席のケントニス様。
長いバルコニー風の桟敷席には、皇王家の家族が揃って座っている。
「そんなに懐かしむほど前から、ゲシュマック商会の子どもに目をかけていたのか?」
しまった。
どう誤魔化そうか、と慌てた私だったけれど――五百年間、魔王城の秘密を守り通して来た皇子のポーカーフェイスは筋金入りだった。
「まあな。
あいつを早く表舞台に出してやりたいとは思っていた」
平然とした顔で闘技場を見遣る。
「才能を見込んで拾ってから、随分と手塩にかけて育てていましたからね。
実戦経験を得させるために、ゲシュマック商会に貸し出したあの子が戻ってきて、成果を上げるのは誇らしい事でしょう?」
「なんだ。お前が育てたのか? どうりで強いと思った」
「ゲシュマック商会の子ども達は、マリカといい、陛下の魔術師といい、そしてあの子といい、逸材揃いですね」
フォローに入ったティラトリーツェ様。並びの席の二人の会話を耳にしたのだろう。
皇王妃様も、柔らかな笑みで褒めて下さる。
とりあえず、ライオット皇子が気にしている本当の理由には気付かれていないと思う。
まあ、言ったところで誰も信じないとは思うけれど。
リオンが勇者の転生だなんて。
――ずれた話はさておき。
午前中のうちに第一試合の八戦は無事に終了した。
びっくりすることに、第一試合で参加者の四分の一を占めていた重戦士系は、全員が落ちた。
プレートアーマーを着ているという意味では剣士と槍騎士も二人、それに加わる。
一回戦を生き残った戦士の全員がスピードファイターである、という事実。
異種格闘戦、単独の戦闘で勝ち残るには、単純なパワーファイターはなかなか難しい――ということなのかもしれない。
スピードファイター達は、みんな自分達の不利を把握した上で、パワーファイターの有利な点を阻害し、自分が有利に動けるよう計算して動いていたからだ。
リオンとほぼ同じ。鎧の上から衝撃を与えたり、関節の部分を狙ったり。
若い槍使いさんが、ピンポイントで膝関節に槍の穂先を差し込んだのは見事だった。
まるで稲妻が走るのを見ているようだった。
パワーファイターが悪いわけではない。
けれど、個人戦はあまり向いていない。
集団戦やパーティ戦で真価を発揮するタイプだろうな、と思うのだ。
そして――いよいよ第二回戦。
第二回戦の第一試合にも、リオンが登場する。
トーナメントの一番か二番を引いたらしい。
今日は、右手にショートソードを持っているだけ。
対戦相手は、今回の中で一際異色の武器を扱う戦士だった。手の中に丸め畳まれたそれを、しっかりと握りしめている。
ここからだと良く見えないけれど、第二回戦の相手ということなら、鞭を使って槍使いの手足を拘束し、倒した彼だろう。
硬い持ち手に、皮で編まれたしなる先端が伸びた牛追い鞭。
外見は細身。銀髪に紫の瞳の優しげな美青年。
けれど戦闘になれば、そんな印象を吹き飛ばすほど、トリッキーで大胆な戦い方をする人物だ。
彼も軽いブレストアーマー以外は身に付けていない、いわゆる軽戦士。
確か、フェイの話では――リオンと武術家、そしてこの鞭使いが、今回の平民からの騎士資格取得者だという。
「第二回戦 ゲシュマック商会のリオン対 イスマスのゼファード 始め」
合図と同時、バシン! と伸びた皮鞭の先端が地面を叩く。
先手必勝。第一回戦と同様に、相手はリオンの足元を狙い、愛用の鞭、その先端を走らせたのだ。
目にも見えないくらいのスピード。
攻撃モーションが、まったく見えなかった。
リオンは即座にバックステップ。鞭のリーチより間をあけて遠ざかる。
――けれど。
ゼファードと呼ばれた鞭遣いは、皮で編まれた鞭を手元に引き戻すと、逆にダッシュするように踏み込み、再びリオンへ真っ直ぐに打ち込む。
速い!
熟達した鞭の使い手が振るうと、そのスピードは音速を超えるという。
正しく、そんな感じだった。
あと一歩、後ろに下がるのが遅れていたら――身体に当たっていたのではないか、と背筋が冷える。
鞭使いは、自分の鞭の長さ、攻撃の威力、どの角度にどう向けて撃てばどう鞭が動くかを完全に熟知しているようだった。
リオンが鞭が戻った、と思った瞬間に踏み込もうとダッシュをかける――が、と同時に何かを感じたかのように、逆に間をあける。
結果から見れば、それは成功だった。
戻ってきた鞭を持った手を、その勢いのまま頭の後ろで回転させる。
遠心力が加わり、勢いを増した先端は――リオンが飛び退いたコンマ数秒の後、彼のいた空間を横に裂く。
空気が、切れたように見えた。
「……今のを、躱しますか?」
シュルン、と音を立てて鞭を引き戻し、ゼファードは肩を上げて、ため息を吐きそうに言った。――と、後でリオンが教えてくれた。
「人間離れした反応速度ですね。確実に獲った、と思ったのに」
「あんたもな、まるで鞭が手足のようだ」
小さく互いに笑みを交わして、二人はまた駆け出していく。
スピード対技。
目を見張るようなバトルが続く。
攻撃は常に鞭使い。
リオンは防戦一方で、攻撃をかけるどころか近寄らせてももらえない。
圧倒的に不利に――見えるだろう。
けれど、刻一刻と顔つきが険しくなっていくのは鞭使いの方だった。
一方でリオンの表情には、笑みさえ浮かんでいる。
攻撃を仕掛ける度に、鞭の長さ、間合い、攻撃スピード。
それらを読み取られていくのが、相手にも解っているのだろう。
ひらり、ふわり。
風に揺れる柳のように、リオンはしなやかにかわし、正確に間合いを取る。
鞭の先端は――あと少しのところで、いつも届かない。
何度やっても、届かない。
唇を噛みしめ、リオンを睨み付けるゼファード。
けれど攻撃の手は緩められない。
鞭に殺傷力は少ない。こういうバトルには使い辛い武器だ。
有利な点は、中距離の相手に攻撃が届くことと、敵の動きをコントロールできること。
でも、対等以上のスピードと動きを持つ目の前の少年は、素直にコントロールされてはくれない。
ついでに言えば、全身と腕を使って振るう以上、体力も削られる。
焦りが、目に見えてきた。
「さて、そろそろ、間合いは見切った」
やがて、何度目かの攻防の後。
息を切らせ始めた鞭使いと、最初とほぼ同じ間合いを取ったリオン。
無造作のようで緻密に計算された、鞭の届かない位置だ。
にやりと笑い、疲労も見せずリオンは短剣を構える。
「行くぞ!」
そのまま、一気に膝を折る。
鞭使いの間合いに踏み込むつもりだろう。
二人の鞭の間合いは六グランテ(=メートル)強。
リオンなら一秒どころか、コンマ数秒で詰め切る。
ゼファードはとっさに後ろ飛びする。その勢いと腕の回転を利用して、最後の攻撃を仕掛けた。
足を狙うのは無理だ――ならばその動きを少しでも。
振るわれた一番攻撃力の高い先端は、多分、踏み込みの一瞬で追い越されてしまう。
だから狙うのはサイドアームからの側面。
リオンの脇腹を打つはずだった起死回生の鞭は――
「な!」
立ち止まり、攻撃に向けて差し出された右手に絡め取られてしまう。
短剣によって微かに軌道と勢いを殺された先端を、リオンは己の腕に、自分から絡め取ったのだ。
ありえない、と。
鞭使いの目が言っている。
本来なら、それは鞭使いにとって有利な展開だ。
相手の動きを拘束し、次の攻撃へ繋げるのが本懐なのだから。
けれど勝負を決める綱引きは、驚愕の一拍の隙を突き、状況判断と予測能力に優れたリオンが、ほんの僅か先に出る。
先端を絡めたまま、リオンは同時にぐい、と力任せに鞭ごと彼を引き寄せた。
「うくっ!」
姿勢を崩したゼファードは、たたらを踏む。
なんとか転倒は免れたが、その瞬間に握りが緩み、ハンドルから手が離れた。
鞭は、完全に奪われた。
腕に鞭を絡めたまま踏み込んだリオンは、再び地面を蹴り、突進する。
もう目前。
そのスピードは、もしかしたら鞭の動きよりも速いのではないか――と感じたかもしれない。
少なくとも私は、そう思った。
「な!」
左足を軸に、リオンは回し蹴りを放つ。
右足と一緒に遠心力をつけて、右腕も回る。手首に絡みついたままの鞭と一緒に。
持ち手と主を逆にしたサイドアーム。
皮鞭の攻撃が、一瞬前の持ち主へ襲い掛かる。
鈍い音がした。
脇腹にめり込んだリオンの足首と、鞭に側面を打たれた頭が立てた音が重なる。
ゼファードが空を舞った。
「ぐああっ!」
受け身を取ることもできず、呻き声と共に地面に転がるゼファード。
一番殺傷力のある先端でも、固い木材のハンドル部分でもなかったのは不幸中の幸いだろう。
それでも、背中は明らかに地面に密着していた。
勝負あり、だ。
「そこまで! 勝者 ゲシュマック商会のリオン!」
歓声と拍手に遮られ、ここまで聞こえてきたわけではない。
けれど、リオンの肩が大きく下がり、安堵の息を漏らしたのが解った。
手首に絡め取った鞭の先端を外し、皮鞭を畳み直す。
まだ地面で呻き声を上げる対戦相手に近付き、リオンは手を伸ばした。
「使い辛い武器を良くここまで極めたものだな」
「……百年かけて磨き上げたつもりの技を、ここまで見切られるとは……。
完敗です。悔しさも出て来ませんよ」
鞭使い、ゼファードは差し出された自分より遥かに小さな手を、躊躇うことなく掴み立ち上がる。
そして差し出された鞭を笑顔で受け取ると、今度は逆にリオンの手首を掴み、高く掲げた。
「お、おい!!」
「いいから笑って笑って。観客を喜ばせるのも、舞台に立つ者の務めというものです」
観客席の喝采が、さらに高まっていく。
熱戦の後に、敗者が勝者を称える――最高のシチュエーションだ。
美青年と美少年。見ていて萌える。
観客席だけでなく、貴賓席の貴人達も、最高のパフォーマンスを見せた二人に惜しみない拍手を送っていた。




