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王都 騎士試験本選 一回戦

風の一月 最終週 火の曜日。


 騎士試験本戦が、いよいよ始まった。


 野球場より少し小さいくらいの闘技場。普段は騎士の訓練に使われているけれど、年に一度のこの御前試合のために創られたものだと、ティラトリーツェ様が教えて下さった。


 騎士試験の本戦は御前試合。

 主催は騎士団長でもある第三皇子ライオット様――けれど、御覧になるのはそれだけではない。皇王陛下と皇王妃様。第一皇子、第二皇子も夫婦同伴で席につき、王宮魔術師ソレルティア様が皇家の方々を守るように後方に立っている。

 傍らには王宮魔術師見習いのフェイ。背筋を伸ばしながら、妙に落ち着かない様子で視線だけは試合場から逸らさない。


 この試合で優勝すれば貴族位を得て、騎士団の指揮官クラスになる。

 本戦出場の時点で騎士資格と準貴族位は得ているけれど、それ以上の地位を得るため、あるいは望む役職に就くため、多くの者がこの場に立つのだという。


 意欲を失った人が多いこの世界で、それでも『強くなる』ことを選ぶ者達。

 それは本能なのかもしれない。

 少なくとも今、入場を待つ参加者の気配には、他の人達よりも濃い意思と、張り詰めたやる気が見えた。


「出場者、入場」


 高らかな宣言が響く。

 喝采を表す表現はこの世界でも拍手で、万雷の拍手が闘技場を叩いた。

 その波の中を、一六人の戦士が入場してくる。


 観客の視線は、最初は鎧や武具に惹きつけられる。

 高身長、筋肉隆々の偉丈夫達。重厚な鎧。力を帯びた武具。外見だけで強さが語られる者ばかり――なのに。


 たった一人。

 それが『見えない』存在がいた。


「リオン……」


 一六人の真ん中近辺で、リオンは歩いていた。

 遠目には、ほぼ平服に見える。皮のベストとシャツ、スラックス。

 コートも、マントさえもない。


 一見すれば、武器さえ帯びていないように見えるだろう。

 成人女性よりも低い身長。細身。周囲の戦士達の肩より下で、ともすれば隠れて見えなくなってしまいそうなのに――目が、離せない。


 存在感だけが、妙に際立っている。

 まるで、獲物を狩る前の獣のように静かで、けれど確かにそこにいる、と主張しているみたいに。


「もっとしっかり応援してもいいわよ」


 リオンから視線を離さない私に、ティラトリーツェ様が微笑んで下さる。

 ティラトリーツェ様とライオット皇子に頼み込み、従者として――本当はチケットがないと見られないこの御前試合に、潜り込ませてもらったのだ。


 主催者席。よく見える。特等席。

 けれど、それは同時に、逃げ場のない席でもある。

 この場所で一人の選手を大声で応援するなんて、できるはずがない。


「今は、まだ大丈夫です。

 けじめます。

 心の中ではしっかり応援してますし。戦いが始まったら、声を上げちゃうかも、ですけど……」

「ま、無理はしない程度にね」


 そんなやり取りをしているうちに、参加者が皇家の席の前に並び、跪いた。

 空気が変わる。ざわめきが薄くなり、拍手が止み、呼吸音まで目立つようになる。


 皇王陛下に軽く会釈をし、ライオット皇子が前へ進み出た。

 生きた伝説の登場に、会場の熱が一度ぴたりと凍る。


「皆の者! 見るがいい。ここに新たなる皇国の守護たる騎士が生まれた」


 その声に、唸るような同調が返る。

 皇子が皇子であることは疑いようがない。けれど、こうして『場』を掌握する姿を見ると、ライオット皇子は本当に国を動かす皇子で――カリスマの塊なのだと、肌でわかる。


「ここに立つ者は皆、一騎当千の勇士である。それを今、披露しよう。

 彼等の活躍を目に焼き付け、そして安堵するがいい。彼らがある限り、この国の平和は守られると!」


 拡声器などなくても、その声は届く。

 誰一人無駄口を叩かず、雑談すらしない。

 だからこそ、朗々とした声が闘技場の隅から隅まで満ちていく。


「これより、騎士試験 本戦。御前試合を開始する!」


 途端、人々の歓声がコロシアムを揺らすほどに爆発した。

 情熱の失われた世界だと思っていた。けれど――強い存在への羨望は、まだ消えていない。

 驚くほどの熱量で、人々は戦舞台の中央と、そこに立つ戦士達を見つめていた。


 第一試合。

 ざわめきとどよめきが広がっていくのがわかる。

 早くも、リオンが呼ばれたのだ。


 相手は、重戦士という言葉が相応しい巨漢。背も高い。

 リオンとは頭一つどころか、二つは違いそうに見えた。

 鈍い鳶色の全身鎧。肩に担がれた大斧。

 並ぶとリオンは、大木の前の苗木みたいだ。


 舞台の中央で、重戦士がダン、と斧を地面に撃ち落とす。

 斧だけでもリオンの身長と同じくらいありそうで、振り下ろされれば、地面ごと割れる気がした。


 柄頭に両手を重ね、リオンを見る。

 固い兜で表情は見えないのに、嘲りと余裕が浮かんでいるのが、なぜか伝わってくる。


 一方のリオンは、両手に銀の短剣。

 ダガ―タイプの細身のものと、少し大きめのショートソード。


 ――リオンって、両刀使えたんだ。


「第一試合 リュエルのマイオールと、ゲシュマック商会のリオン

 始め!」


 合図と同時。

 マイオール、と呼ばれた重戦士は斧を掴み、大上段から一気にリオンへ――正確には、一瞬前までそこにいた場所へ、叩き込んだ。


 武器の取り回しは的確で早い。

 相手が子どもであることも、不老不死者ではないことも。攻撃を受ければ死ぬことも。

 一切考慮していない。

 容赦のない一撃。直撃していれば当然即死だったろう。


 けれど、リオンは――余裕だった。


 後ろへ飛び退き、空気を切り裂く斧の軌道を紙一重で外す。

 そのままサイドステップ。

 さらに一歩。いや、もう一歩。

 軽いダッシュで、重戦士の背後へ回り込む。


 後ろを取られたことに、重戦士は気付いている。

 それでも焦らない。

 全身鎧が身を護っている。頭も首も兜で覆われ、簡単にダメージは入らない――そう確信しているのだ。


 実際、ここで回し蹴りでも入れようものなら、鎧に弾かれてリオンの足首の方が先に砕けるだろう。

 無防備に見えるリオンの方が、危ない。


 重戦士は斧を握り直し、軸足を回転させ、リオンに向き直ろうとして――


「ぐ、ぐああああっ!」


 突然、悲鳴じみた大声を上げた。

 頭を押さえ、斧を取り落とし、膝をつく。


 硬い鎧に頼っていたからこそ、気付かなかったのだろう。

 何をされたのかを。


 リオンは――剣を二本とも鞘に戻していた。

 そして、重戦士の硬い鎧の背中を足場にして、駈け上がったのだ。


 壁を垂直に駆け上るかのように。

 鎧の隆起や肩の段差を一瞬で踏み台にし、体幹でぶれを殺し、迷いなく上へ。


 言葉が出ない。

 観客が息を吸い込む音が、波のように広がっていく。


 頂点で、リオンは真上に跳んだ。

 次の瞬間、真っ直ぐに重戦士へ蹴りを叩き込む。


 狙いは兜の頭頂部。

 皮のブーツの固い踵。

 重力加速まで乗せて。


 ガツン!


 高い音が響いた。

 普通の蹴りでは鎧の固さに阻まれて大したダメージにならない。

 けれど、頭の真上から、兜の正中へ。

 それはメイスの一撃にも似た衝撃で、重戦士の脳を揺らす。


 武器を手放し、周囲への警戒もできず、放心する。

 その好機を、リオンが見逃すはずがなかった。


 力を貯めて――跳躍。

 しなやかなバネのように、リオンは戦士の顔へ飛び込み、膝を叩き込む。


「がっ、はあ……っ」


 完全に意識を持っていかれた重戦士は、そのまま後方へ倒れた。

 背中が大地につく。

 ずずん、と地響きが走り、審判の旗が上がる。


「勝負あり! 勝者 ゲシュマック商会のリオン!」


「やった!」


 思わず零れた声を、慌てて手で押さえる。

 ティラトリーツェ様は諌めるでもなく、よかったわね、と微笑んでくれた。


「まあまあ、と言ったところか」


 ライオット皇子は微かに鼻を慣らし、腕組みのまま見ている。

 けれど、その瞳の奥に誇らしげな光があるのが、はっきりわかる。

 フェイの方を見れば、満面の笑顔で頷いてくれていた。


 響き渡る拍手と喝采の中、リオンは応えるでもなく静かに退場していく。

 その直前。

 彼の視線が貴賓席――つまり、私達の方を仰いだ。


 視線が合った。

 そう思ったのは、自意識過剰ではない――と思っておく。


 私やフェイの応援する気持ち。

 そしてライオット皇子の願いと思い。

 届けばいい。きっと届いたと、私は信じている。


 優勝までの試合回数は四回。

 残りは三試合だ。

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