王都 幸せの味
ちょっとした閑話休題。
「マリカ。ストルディウム伯爵領からの荷物に、変なものが入っていたのですが……」
「変なもの?」
ある日、仕事を終えて帰り支度をしていた私を、フェイが呼び止めた。
外はもう薄暗く、店の中も片付けの気配が濃くなっている。
けれどフェイの顔は、どこか困ったようで、同時に少しだけ面白がっているようにも見える。
フェイは毎日、ストルディウム伯爵領へ転移術で荷物を取りに行ってくれている。
ストルディウム伯爵領は国内唯一の海を持つ領地。
運ばれてくる荷物はもちろん海産物だ。
毎日運ばれる海産物は、アルケディウス王都でもすっかり人気を博している。
特にヒラメのムニエルや、ブリの塩焼きなどは男性を中心に評判が高い。
貝類――ホタテや牡蠣類も、意外なほどすんなり受け入れられている。
料理人さん達が扱いに慣れてくれたら、仕入れ量を増やしてもいいかな。
そんな事を考え始めた頃だったのだけれど……。
「マリカに、こういうのがあったら獲ってくれと言われた。
けっこういたから採ってみたが、これでいいのか? というお話ですけれど……」
フェイはそう言いながら、桶を差し出してくる。
私は受け取って、そっと中を覗き込んだ。
黒くて、トゲトゲ。
見事に、うにうにしいそれは――正しく。
「ウニだぁ!!! こっちにもあったんだ♪」
声が弾ける。
だって、凄い。生きてるウニ!
向こうぶりだ。こっちの世界では当然初めて見る。
向こうの世界では大好物だった。
超高級食材。
高くて、本当にシーズン一回食べられるかどうかのお楽しみだったけれど――。
本場の岩手に行って食べた時の、あのウニの味が忘れられなくて。
年に一回、バカンスに行ったりしたんだよね~、なんて、頭の中で一気に思い出が溢れる。
「ウニ? これ食えるのか? っていうか、生き物なのか?」
「黒い棘ばっかりで、食べられるとこなさそうだけど?」
私の歓声を聞きつけたらしいリオンとアルが、揃ってやって来て、私が抱えた桶を覗き込む。
うん、まあそうだよね。
普通の人は、これを食べ物だとは思わない。フツー。
一体どうやって、これが美味しい食べ物だと解ったのだろう。
古の日本人達の食への情熱には、本当に感心する。
「美味しいよ~。私、大好きだったの。
まあ、見てて」
私は桶を持って台所へ向かった。
今日の営業は終わったけれど、まだラールさんと何人かが残って仕事をしている。
片付けの水音、布の擦れる音。
火の落ちかけた竈のぬくもりが、背中にふわりと残っている。
「すみません。片付け中に、ちょっといいですか?」
「構わないよ。どうしたんだい?」
「新しい食材が手に入ったので、捌いてみようと思って……」
「新しい食材? 見せて貰ってもいいかな?」
興味津々という顔のラールさんや、料理人さん達。
その視線を受けたら、断るなんてできない。
私は調理台の一つにまな板を置いて、桶からウニを一つ取り出した。
「真っ黒だね。しかも大きな棘がたくさん。手を刺さないように気を付けて?」
「ありがとうございます。大丈夫です」
まずボウルに水を汲んで、塩水を二つ作っておく。
それから、ウニをひっくり返して――ハサミで、唯一棘の無い所。
つまり、ウニの口の部分を切り開いた。
少し白くて硬い口の……なんて言ったらいいんだろう。唇? 嘴かな?
その部分を外して切り込みを入れると、殻が割れて中が見えて来た。
「オレンジ色の身がキレイですね」
「うん。ここの部分を食べるの」
本当は精巣とか卵巣の部分なんだと聞いたけど、説明が面倒なので割愛。
以前、ウニの本場に行った時、ウニ祭りをやっていて――(というか、それに合わせて行ったのだけれど)
殻付きウニの捌き方を教えて貰ったことがある。
ウニの中は、いくつかに仕切られていて、節々にワタ――食べられない所が付いている。
それを取り除いてから、小さなスプーンで殻に沿って、えぐり取るように身を取り出す。
まだ残っているワタを塩水で洗いながら外し、
大よそ綺麗になったところで、塩水でさっと洗う。
一個のウニから塊として出てくるのは、五つくらいかな。
とりあえず……。
「まあ、食べてみて」
私と、リオン、フェイ、アル、ラールさんの手のひらに、
一つずつ剥き身のオレンジの塊を乗せた。
ぷるっとしていて、形もしっかり。
獲れたてはいいなあ。
「食べるって、この身を、このまま?」
「味付けとかはなし、ですか?」
「なしで大丈夫。このまま、ペロッといっちゃって」
毒見を兼ねて、この国最初のウニを私はパクッと口に入れた。
見ている厨房スタッフが少しギョッとした目をしているけれど、気にしない。
「うーん。おいしい。ふんわり、蕩ける♪」
向こうの世界と、ほぼ同じ。
口に入れると潮の香りが微かにして、その後、甘く濃厚な味わいが口の中に広がっていく。
ああ、幸せ……。
「!」
「これは……」
「この世には、こんな食べ物があったんですね?」
「凄いな、これ……トロッって蕩けるのに、舌の上に味がしっかり残ってる」
うん。ウニは存在感があるよね。
海産物に慣れていないと、潮の香り、海の香りというのは出てこないと思うけれど、
濃厚な余韻が、かなり強く、長く残る。
私はもう一つ割って、残りの厨房スタッフにも生ウニの味を体験して貰ってから、
残りのウニを二つ割にする。
ハサミを使うフリをしながら、ギフトで少しズルはしたけれど。
それから、切り分けたウニは竈に火をつけて、バーベキュー用の網に乗せて焼く。
「焼くのかい?
この蕩けるような柔らかさと味わいが、消えてしまわないかな?」
「消えちゃうんですけど、代わりに違う味わいが出てきますから」
言っている間に、ウニの身がふつふつと、呼吸するように上下し始める。
おっと。焼き過ぎは禁物。
「これもどうぞ。焼きウニです。
スプーンでこう、ほじって食べてみてください。火傷には気を付けて」
出来上がった順に皿へ入れて、みんなに渡す。
私も勿論食べる。
「うーん、最高!」
焼く事によって水分が抜けて、蕩ける感覚は少し遠くなる。
でもその分、味は濃厚。
凝縮されて、濃くって、しっかりした味わいが口の中に広がるのだ。
「うわっ!」
「いや、本当にこれは凄い……」
「味が濃くなってるよな。オレは生よりこっちの方が好きかも」
みんな目の色が変わっている。
向こうの世界でも超、高級食材の一つ――ウニだもの。
当然、当然。
「この濃厚な味わいは、パスタとかに合わないかな?」
「流石ラールさん。ご明察です。
ウニのクリームパスタとか、最高に美味ですよ。
加工に時間と手間がかかるのが唯一の難点ですが……」
私は紫色に染まってしまった手と、まな板を指し示す。
この様子からして、ムラサキウニの亜種だと思う。
ゴミも大量に出るから、家庭で殻付きウニを加工するのはなかなか大変だ。
私は牛乳瓶入りのウニをいつも買ってた。
「現地でウニの剥き身にして貰えるようなら、いいんですけどね。
二十個加工して、塩水につけた状態になっているのであれば、
私は少額銀貨一枚くらい、普通に出します」
「それは随分と張り込むね。
でも……確かに、この味にはそれくらいの価値がある……か」
ウニといえば、ウニ丼が至高――だと私は思っている。
炊き立てのご飯に、ウニをいっぱいに盛って食べる。
これに関しては、醤油は殆ど無くていい。
醤油のコクが、ウニの繊細な甘みを殺してしまう。
少し塩をかけるか、塩水につけてあればそのままでも十分。
口の中にご飯と一緒に含むことで、絡まり、蕩けて広がる甘さと潮の香り。
本当に最高だから。
ただ、手ごろさ、簡単さで言うのなら、麺に絡めるのも美味だ。
冷やし中華にウニを乗せて絡めて食べるのは最高。
麺に絡まったウニは、安い一パック一九八円の特売冷やし中華を、
二五〇〇円出しても食べられない超高級料理に変える。
ゆでたてパスタに、ウニをふんだんに使ったクリームソースをかけるのは、本当に美味しい。
平打ちのフェットチーネ風が良いと思う。
あの味をこの世界で食べられるなら、私はホント、少額銀貨一枚くらい普通に出す。
あっちの世界でだって、牛乳瓶入り生ウニはそれくらい当たり前にした。
「とりあえず、ガルフとトランスヴァール伯爵に相談してみます。
他にも美味しい海産物は色々あるので、ラールさんも研究してみてください」
「解った」
「フェイは次にトランスヴァール伯爵領に行った時、
ウニも乱獲にならない程度に獲っておいて下さいってお願いしておいて」
「解りました」
ウニは初夏から真夏が一番美味しい。
もう今年はそろそろ終わりに近いだろう。
でも――懐かしくて大好きな味が、この世界で味わえて、大満足。
「マリカは美味いものを食べてるとき、本当に幸せそうな顔するよな」
リオンがどこか呆れたような顔で笑う。
自分ではよく解らないけれど――。
「そうだね。そうかもしれない」
懐かしい味と、遠い昔。
車で一人旅をして見つめた海。
登る朝日に光る、金色の海を思い出した。
向こうの世界に戻りたい、とは思わないけれど。
あの時は、一人旅だった。
でも今は、美味しい、という幸せを分け合える人がいる。
うん。私は、けっこう幸せだと思う。




