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王都 皇王の魔術師

「だ、誰、です?」


 現れた人物に、皆がさっと膝をつく中――一人だけ、尻もちをついたまま小首を傾げるフェイ。

 ほんの少し前まで、激しいバトルを繰り広げていたとは思えないほどの緩みっぷりだ。


 あ、でもそうだ。フェイは知らない。

 この方が誰であるかを。


 シルバーブロンドに黒い瞳。

 王宮内の非公式な場であるからか、王冠はなく、頭には軽いサークレットだけ。

 顎鬚と口ひげを蓄えたその姿は、私にとっては見るからに絵に描いたような『王様』なのだけれど、この世界生まれのフェイにはそんな固定イメージ、そもそも無いよね。

 普通の子どもに、王様なんて縁がないし。


「アルケディウスの皇王陛下だよ。フェイ!」

「えっ?」


 私の囁きに、流石のフェイも青ざめた。

 即座に身を正し、慌てたように膝をつき、跪く。明らかに緊張している。


 リオンが何より一番なフェイだけれど、国の王様を前にして、まともな教育を受けた人間が平静でいられるはずもない。

 ましてや、仕掛けられたとはいえ――バトルなんかやっちゃっていたのだ。動揺するのも当然だ。


 そんなフェイの様子を楽しそうに見遣ると、皇王陛下は視線をソレルティア様へと移した。

 ……視線を、二度。まるで状況を一瞬で整理し直すみたいに。

 ソレルティア様の方は、しまった、という色の濃い顔をしている。


「任官の前に少年に答案の意味を問いただす、では無かったのか? ソレルティア。子ども相手に随分楽しそうであったが、私はあそこまでやれとは言っていないぞ」

「も、申し訳ありません」

「まあ、良い。其方も色々と思う所があるのは解っている。下がっておれ」

「はい」


 一切の言い訳をせず、頭を下げるソレルティア様。

 皇王陛下はそれ以上怒るでもなく、鷹揚に笑った。大人の余裕――いや、王としての器だ。


 彼女を後ろに従えると、改めて皇王陛下はフェイへ向き直る。


「ゲシュマック商会のフェイは其方で間違いはないな?」

「は、はい。お初にお目にかかります。皇王陛下」

「即答を許す故、気持ちを軽く持ち、こちらを見るがいい」


 柔らかい、緊張をほぐす態度でフェイに向き合って下さる。

 約束の刻限には少し早いけれど、招待状には『皇王陛下が直々に話をする』ともあった。

 ……これは、この場で話が始まるということかもしれない。


 そう思い、私もガルフと共に、そっと一歩、後ろに下がった。

 ここから先は――主役はフェイだ。


「其方を呼び出したのは他でもない。其方の試験結果は興味深いものだった。故に、直々に其方の採用と配属を伝えて進ぜようと思ってな」

「興味深い……ですか? しかも、採用、と? つい先ほど、ソレルティア様には、文官、司法官の適性が無いと怒られたばかりであるのですが……」


 意味が解らない、と小首を捻るフェイ。

 その視線の先で、ソレルティア様は口を結んでいる。

 皇王陛下はくすり、と含み笑うと、まるで最初から計算済みだったような調子で言った。


「そのようなことを申したか。まあ、あながち間違ってはおらぬ。国政には向かぬ人材ではある。だが、我らが求めていた人材であるのだ。其方は」

「?」


 驚くフェイ。

 そして、私達に向けられた言葉は――あまりにも意外なものだった。


「ゲシュマック商会 フェイ。其方に準貴族の地位を与え、私、皇王抱え魔術師として採用、任命する。其方は王宮魔術師リーテ以来五〇〇余年を経て任官される『皇王の魔術師』だ」

「え?」

「リーテ?」


 フェイを王宮、しかも皇王陛下自身が抱える――その決定も衝撃だけれど、私とフェイは別のポイントに息を呑んだ。

 『リーテ』。その名が出るはずがない、場所で。


 私達の様子に気付いたのだろう。皇王陛下は片眉を上げる。


「ほう? その様子だと知っているな。ライオはよほどお前達を可愛がっているとみえる」


 にやりと笑って顎ひげを撫でつけた。

 遠い、大事な何かを思い出すような瞳で、皇王陛下は語り始める。


「かつて『魔王を倒した』と伝えられる勇者とその仲間。うちの一人、魔術師リーテは元は私抱えの魔術師。精霊国 エルトゥリアより託された希望の子でな。ライオットを旅に出す時に、私が貸し与えた者なのだ」


 ちょ、ちょっと待って、と言いたくなる。

 爆弾発言が連発すぎて、声が出ない。


 世界が闇に包まれていた時、少年少女が世界を旅し、精霊を喰らう魔性と戦い、魔王を倒し人々を救った――それが勇者伝説。

 勇者アルフィリーガの他は、戦士、魔術師、神官、としか語られず、基本的に名前は伝わっていない。

 戦士ライオットことライオット皇子は生きているので誰もが知っているけれど。


 魔術師リーテさんの名前を私が知っているのは、勇者(リオン)本人が教えてくれたからだ。

 ……そう言えば、ライオット皇子から旅時代の話、聞いたことないな。


 と、話がずれる。

 顔を戻さないと。皇王陛下の話を聞き逃すわけにはいかない。


「精霊国……エルトゥリア……ですか?」


 震えるフェイの肩と声に気付いてか、気付いていないのか。

 皇王陛下はうむ、と頷いて続ける。


「其方らは知るまいな。かつてこの世界のどこかにあったと伝えられた精霊の国、だ。溢れる精霊の恵みを有し、星の守護と共に国々にその恵みを分け与えて下さった。大聖都とはまた違う、我らにとっては神の国のようなものだと思っておくがいい。説明が難しい」


 ……濁されてしまった。

 でも要するに、精霊国エルトゥリアは存在したけれど、どこにあるか解らない隠れ里のような存在として認識されていたのだろう。

 そこから精霊の恵み――きっとカレドナイトや精霊石がもたらされ、優秀な魔術師や精霊術師も派遣されていた。


 不思議に思ってたんだよね。

 勇者と旅した魔術師が、エルトゥリアの魔術師と兄妹だったって聞いて。

 ……そういう事情があったのか。


「エルトゥリアは我々に惜しげも無く、その豊かな精霊の恵みを分け与えたが、国々の中にはそれを疎む者もいた。特にアーヴェントルクなどは、国の主産業であった鉱山からのカレドナイトのシェアを奪われると、恨んでさえもいただろう。

 どこにあるかも解らぬ事も重なって、いつしか存在さえも幻の様に語られ、神により魔王と同一とされるようになった。

 ライオットは何も語らなかったが、その慟哭からなんとなく私は事情を察している……。エルトゥリアは滅び、かの国を治めていた麗しの女王陛下も亡くなったとな」


 なるほど。うっすら、納得。

 本当に、うっすらだけど。


「私は今も、神以上に精霊とエルトゥリアを尊んでいる。神が世界を支配する世では大っぴらには語れぬことではあるがな。故に、神よりも精霊を愛し、信じるあの答案に私は可能性を見出したのだ」


 ……そっか。

 皇王陛下は本当に、この国と世界、そして精霊を愛しておられるんだ。

 世界が暗黒に覆われた時、唯一、皇子を差し向けてまで闇を解決しようとしていた。

 考えてみれば――その時点でもう、覚悟の重さが違う。


「詳しい話はおいおい、してやるとしよう。私は其方が気に入った。しかも優秀な能力者。放置するのも混乱の元であるなら、この方法が一番、其方を有効的に使えるだろう。

 フェイは私が抱え、当面は国の事業の為にゲシュマック商会に貸し出すとする。皇家の人間や大貴族などが必要とする時は、私が命じて其方に仕事として割り振ろう。

 建前上は子どもであることも含めて準貴族だが『皇王の魔術師』。私の手足として、貴族や大貴族を助けたり、査察したりすることになろう。

 其方に直接『命令』できるのは私と、文官長、それにソレルティアのみとする。


 成人までフェイはソレルティアの元で王宮魔術師としての基本や、人間関係を学べ。いずれは国を動かし守れる魔術師となることを期待しているぞ」


 不合格や、逆に国に繋がれてゲシュマック商会の仕事ができなくなることも考えていた。

 それと比べれば、文句のつけようのない好条件だ。


 けれど――


「皇王陛下……。一つお伺いしたい事があります」

「フェイ!」


 意を決した顔で、フェイが皇王陛下に問いかける。

 ソレルティア様の声は鋭い。でもフェイは一度、息を吸って、まっすぐに言った。


「なんだ?」

「僕には、既に絶対の忠誠を誓った主がいます。皇王陛下にお仕えする事に否はないのですが、主が必要としたとき、そちらを優先する事をお許し頂けますでしょうか?」


 自分にとって最優先するもの。

 絶対、譲れないものを。


「其方! 皇王陛下がこれほどまでに慈悲と寛容を示して下さっているというのに。まだ、そんな事を!」


 ソレルティア様が眉を上げる。

 けれど皇王陛下は、彼女を手で制して、静かに微笑んだ。


 それは――本当に久しぶりに見るような。

 子どもという存在そのものを認め、許し、愛する大人の眼差しに、私には見えた。


「人の心は縛れぬ。好きにするがいい」

「皇王陛下!」

「ただし、地位には責任が伴う。我が儘を聞く分、こき使わせて貰う。

 転移術も私の許可なくばゲシュマック商会の仕事以外は基本使用禁止とするが、逆に私の許可がある場合にはどんどん使ってもらう。


 働け『皇王の魔術師』。

 地位に相応しき仕事は期待しているぞ」


「……必ずや、ご期待に応えて見せます」


 深々と頭を下げるフェイ。

 その眼差しに嘘はない。

 皇王陛下へのはっきりとした敬意と、自身を認められた喜びが、こんこんと湧き上がる泉のように――深い青の瞳に宿っていた。


 ◇◇◇


 正式な叙任と詳しい話は後日、と私達は城から返された。

 色々騒動はあったけれど、フェイの試験結果は――私達から見れば文句のつけようのない大成功と言える。


「よかったね。フェイ」

「ええ。これでリオンにも安心して報告できます」


 他にも色々と収穫はある。

 皇王陛下、ソレルティア様。

 国の方達の考え方や思いを知ることができたのは、特に有益だった。

 アルケディウス上層部は、神よりも精霊を大切に思ってくれている――ということも。


 杖を賭けた勝負はうやむやになってしまったけれど、むしろ、あれでよかったのだ。

 きっと。


 私達が拠点としたこの国が、ガチガチの神国でなかったことはありがたい。

 でも今後、精霊よりも神を重要視する国だってあるかもしれない。

 注意が必要だ。


「ソレルティア様とも仲良くして、しっかり足りない所、勉強してね」

「解っていますよ。……なんだかんだで、彼女の実力は認めています」

「へえ~」


 自分より知識も技術も無い者に従うつもりは無い、なんて言ってたのに。

 変わるもんだ。


 にやにや笑う私に、


「そんなんじゃないですよ」


 と怒るけれど、そこはかとなく顔は朱い。

 今は突っ込まないでおくけど。


 私は、フェイにとってソレルティア様が、一つのきっかけになればいいな、と真剣に思っている。

 実際、人と接することでしか得られない常識や対人スキルを身に付ければ、フェイに本当に死角はなくなるのだから。


「頑張ろうね。フェイ」

「ええ。ああ、でも。もしできれば王宮に通う者同士、色々と助けてくれると嬉しいです」

「それは勿論」


 できるフォローはするつもりだ。

 私の方がフェイに助けて貰う事の方が多そうだけれど。


 そしてこの秋、アルケディウスは五〇〇年ぶりに生まれた皇王の魔術師と、もう一人、最年少騎士貴族の誕生に湧く事になる。

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