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王都 魔術師の決闘 SideA

魔術師の決闘 SideA Sideアダルト 大人、です。



 足は、疲れてフラフラだった。

 今、強く押されたら、その場で転び、倒れてしまうだろう。


 それでも、そんなふがいない身体に、無理やり力を籠める。

 精一杯の虚勢と共に。


 前を睨み付ける。

 視線の先には、まだ――あの子がいる。


 解っている。


 ……彼は、彼女は……。


 運命の姉弟。

 精霊に愛されし者。

 同じ志と、同じ願いを抱く者。


 足に、もう一度だけ力を入れ直す。


 であるからこそ、負けるわけにはいかない。


『彼に』『彼女に』

 負けるということは、自分を信じてくれた精霊石に、キズを付けることだ。


 精霊石の信頼を裏切ること――

 それだけは、認める訳にはいかない。


「行きますよ!」

「今度こそ、終わりです!」


『私』は、きっと今度こそ本当に最後になる一歩を、正に踏み出そうとしていた。


 ◇◇◇


 ……全く、この子どもは……。


 私は、驚きに声も出なかった。

 もう、なんだかんだで一刻近く戦っているというのに、この子は、まるで戦意を失っていない。


 多分、体力は尽きているはずだ。

 そうであってほしい。

 こちらはもう、疲れ切って、このまま寝そべりたいくらいなのだから。


 私は、やってきた少年に、試験結果を告げた。

 冷静に、冷酷に――そう演技して。


 けれど、心の中では飛び跳ねたいくらいに嬉しくて、

 しゅんと項垂れるその様子さえ、可愛いと、そう思っていた。


 この子は、私が、そしてあの方が、ずっと待ち続けていた――

 本当の、本物の、魔術師なのだから。


 今の世界を支配しているのは、言うまでもなく神だ。

 神が世界を動かし、精霊と人間はそれに従属している。


 不老不死という恩恵を受けて生きる身。

 それが間違っているなどと、大っぴらに言えるはずもない。


 けれど――

 間違っていると思う心は、確かに自分の中に在る。


 精霊魔術とは、精霊の力を借りるものだ。

 精霊に願い、応えをもらうものだと、私は思っている。


 そうでない魔術師もいるけれど。


 だが、神の使う魔術は、精霊魔術とは根本から異なる。

 神という名の鎖で縛り付け、強制的に従わせる力。


 ――私は、それが大嫌いだ。


 それでも、それを言葉にすることは出来なかった。

 一度、不老不死を得てしまえば、なおさらだ。


 死ぬことが怖い。

 神に逆らうことは、もっと恐ろしい。


 建前と義務と立場と。

 幾重にも絡んだしがらみに縛られ、本心を表に出せなくなっていた。


 だから、きっと――

 彼にも、杖にも、愛想を尽かされたのだろう。


 それでいい。

 仕方がない。


 この世界で生きるには、それしかないのだと、

 自分に言い聞かせ、覚悟も決めていた。


 ……けれど。


 この少年は、違う。


『ほほう、こんなことを書ける者が、まだ存在したか』


 皇王陛下が感心するほどの、明確な思想。


『神と、精霊は同系統ではない。

 似て非なるものである。

 世界を本当の意味で守り、統べるのは精霊であり、

 神はその従属物――付随する存在に過ぎない』


 そう、はっきりと宣言した。


 あり得ない、と思った。

 神と精霊の関係を記せという問題。


 多くの者は、神を精霊の上位、支配者として書く。

 だがこの少年は、それを明確に否定し、

 精霊こそがこの星の主であると言い切った。


 それは……

 精霊を愛する者にとって――

 あまりにも気持ちのいい答えだった。


 嬉しかった。

 立場に縛られた大人の自分には、決して口に出来ない言葉。


 正しく精霊に愛され、精霊を愛する者にしか出せない答え。


 溜飲が下がる、とは、ああいう感覚を言うのだろう。


 他の問題も同じだった。

 揺るぎない自分の正義を持ち、それを貫いている。


 大切なものの為だけに、全力を尽くす。


 悪く言えば、他者への気遣いが無い。

 周囲を見ず、合わせられない――子どもの考え方だ。


 けれど、それは。

 失ってしまった者にとっては、眩しいほどに美しい。


「大事なものを最優先に、他のものを切り捨てるのは簡単な事。

 大事なものと、そうでないもの、両方を立てて、生かし切るのが、大人というものなのですよ」


 そう、偉そうに言ってはみたけれど。

 そんなことを考えているうちに、両方を失うことだってある。


 命がけで守るという選択が、間違いだとは、私は思わない。


 魔術師、フェイ。

 精霊と、杖に愛された、真正の魔術師。


 小手先の技なら、自分の方がまだ勝るだろう。

 生きて五十年。

 五百年生きる者が闊歩するこの世界では、若造もいいところだが。


 それでも、精霊を愛し、魔術に向き合う姿勢だけは、

 誰にも引けを取らないと、自負していた。


 ――だが。


 本物を前にすれば、それは自惚れだったと、嫌でも解る。


 こうして戦っていても、勝利するヴィジョンは、まるで見えてこない。

 一瞬の油断で、叩き伏せられる未来だけが、はっきりと見える。


 虹を宿すような銀髪。

 強い意志を宿した蒼い眼。


 最高位の杖を操り、精霊に愛された存在。


 悔しさはある。

 自分の子ども時代でさえ、ここまでの力は無かった。


 それでも――

 その在り方には、思わず見惚れてしまう。


 杖を奪い、自分が精霊として永らえる。

 そんな思惑は、この子に出会った瞬間、霧散していた。


『まさか、其方、杖無しで術が使えないと言いますか?』

『勿論、できます!』


 自分以外に、何人できるだろう。


 杖無しの詠唱、秘術。

 皇子付きの魔術師達にも出来ないことを、あっさりとやってのける。


 ――天才だ。


 羨ましい。

 けれど、それ以上に。


 こんな子が生まれてきてくれたことが、嬉しい。

 存在した奇跡が、心から。


 戦いが終わったら、知る限りの全てを教えてやりたい。

 この子が次の王宮魔術師。


 自分は、引退するべきなのだと、覚悟は決めている。


 悔しくても、

 それがこの国と、精霊達にとって最良の選択なら、我慢できる。


 この少年が、正しく周囲との関わりを学べば、

 人と精霊を繋ぐ、真実の魔術師になれる。


 きっと。


 ――けれど。


 それは、今じゃない。


 この勝負だけは、負けるわけにはいかない。

 唇の端に滲んだ血を、指で拭った。


 負けて、この子に見下される訳にはいかない。

 一度、その鼻っ柱を、叩き折っておく必要がある。


 この子の為にも、国の為にも。


 そして――

 私の杖を、渡す訳にはいかない。


 四十年近く、私を支えてくれた大事な杖だ。

 ぞんざいに扱われるなど、断じて許せない。


「そろそろ、終わりにしましょう」


 少年は間合いを開け、短剣に炎を宿らせる。


「エル・フェイアルス」


 ボッ、と鈍い音。

 剣に炎が灯る。


「ほう!」


 思わず、心からの称賛が零れた。

 精霊を武器に纏わせる戦法――新しい技術だ。


 まだ、この世界に、精霊との新しい関係が生まれる余地がある。


「面白い事を考えますね」

「風の術だけしか、使えない訳ではないですから……」


 剣の耐久と攻撃力を補強する発想。

 真似してみようか、と考えた、その時。


 ポケットの中の、小さな護身用の小瓶に気付く。


 ――これを使えば。


 思いついた瞬間、胸が躍った。

 上手く決まれば、きっと驚いた顔が見られる。


「行きますよ!」


 少年が短剣を掲げる。


「今度こそ、終わりです!」


 私は受けて立つ。

 体力も、時間も、限界だ。


 互いに無言で、地面を蹴った。


 美しい剣捌き。

 正面からと見せかけて、側面へ。


「!」


 軌道を読み損ねた。

 相手は、勝利を確信しただろう。


 私は小瓶を取り出し、蓋を開け、中身を投げつける。


「エル・ミュートウム」

「うわあっ!」


 水の盾が張られ、炎を消し、弾ける。

 空気中から水を集めるには時間がかかる。

 だからこその、備え。


 呆然とする彼に、空になった瓶を投げ、間合いを詰めた。


「うっ!」


 首元を掴み、全体重をかけて押し倒す。

 足はもう限界だが、丁度いい。クッションになってもらおう。


「時間と、杖があれば空中から水を汲み出すことも出来なくはありませんが、

 こんな時の為に精霊を用意しておくのも、魔術師としての備えというものですよ」


 ほぼ馬乗り。

 絵面は最悪だが、仕方がない。


「……僕は……何の準備もさせて貰えなかったのに……ずるいと、思います」

「まあ、それは否定しませんが……さて、降参しますか?」


 体格差。

 経験差。


 あと数年で追い越されるだろう。

 だが、今はまだ、こちらが上だ。


『子ども上がり』の人生を、舐めるな!

 喉元に短剣を当てようとした、その瞬間。


「そこまでだ!」


 声が響いた。


「時間切れだ。良い勝負ではあったが、この戦い、私が預かる!」


 ……え?

 完全に勝ち戦だったのに?


 不満を押し殺し、私はその声に従った。


 戦場だった場所。

 ――過去形だ。

 主役が変わったことを理解して。

 少年の上から降り、跪く。


「随分と楽しそうだな。ソレルティア」

「皇王陛下……」


 舞台の中央には、新たな主役。

 アルケディウス皇王陛下が、立っておられた。

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