王都 魔術師の決闘
ここは中世異世界。
剣と魔法の生きる世界。
多くの人が不老不死を持つが故に、戦争さえ遊びになってはいるけれど。
それでも、あの世界で失われた戦いの技が今も残る世界である。
――だというのに。
そんなものを見るのは、この世界においてでさえ初めてだった。
「ま、まさかこんな凄い戦いを見る事があろうとは……」
目の前で繰り広げられる光景が信じられない、とぽっかり口を開けて呟いたのは、私でもガルフでもない。
目の前で戦う魔術師の副官たる大人である。
多分、五百年の時を生きて来た不老不死者。
それほど生きて、それでも「初めてだ」と目を輝かせて魅入ってしまうほどの光景――魔術師同士の、ガチンコの決闘。
カキン!
鋼同士がぶつかり合う澄んだ音が響いた。
互いの急所を狙った短剣が止められ、弾かれた音だ――などと理解するよりも早く、膝をついた女性が手を水平に伸ばす。
「エイル・シュルトス!」
呼び声に応えるかのように、くるくると空気の刃が弧を描いて襲いかかる。
狙いは、彼女の眼前で戦う少年――フェイ。
「くっ! エア・スクートゥム!!」
受け止めるように伸ばした手の前で生まれた風は、その名の通り主を守る盾となった。
空気の渦が盾に弾き飛ばされるように消え、空へ戻っていく。
けれど呑気に息を吐いている暇はない。
詠唱の僅かな隙を突いて、カモシカのように長い脚がフェイの足元を掬いに来る。
回し蹴りにも似た鋭い回転。私なら確実に引っかけられて倒れている――そう断言できる速さ。
でも。
フェイにとっては、後ろへ飛び退くくらいの余裕がある。
相手は戦士ではなく、魔術師なのだから。
攻撃が入らなかったことを確認した刹那、彼女もまた後方へ退き、間を取る。
最初とほぼ同じ立ち位置に戻ると、顎をしゃくって見せた。
「子どもの割にはなかなかやりますね。しっかりとした良い立ち回りです」
「貴女こそ、年に似合わぬ敏捷な動きをなさると感心しました。息も上がらず呼吸も乱れない。
年の功、というやつですか?」
あ、まずい。
フェイの挑発交じりの賛辞――いや、賛辞交じりの挑発だろうか。
それは女性の踏んではいけない地雷を、遠慮なく踏み抜く。
「うわっ!」
飛んできたのは、かなり大きな竜巻。風魔術だ。
確か、エイアル・シュートルデン。
近付いて来る超小型低気圧を前に、けれど逃げることなく。
フェイは小さく呟き、両手に纏わせた風で――まるでカーテンを開くように――それを二つに裂いた。
ちょっと、マジ?
顕わになった台風の目。風の大独楽がふわりと空に溶けていく。
「何するんですか? コレは人間にかけていい魔術じゃないでしょう?」
「ごめんなさい。手が滑りました」
「思ってもいないことを言うのは止めて下さい!」
互いに視線を交わし、不敵な笑みを交差させ――そこからまた真剣勝負。
風の魔術が踊り、舞い、空を裂く。
「この年増!」
「子どものくせに!!」
悪態をつきながら呪文を放つ姿は漫才を見ているみたいなのに、戦いは真剣そのもの。
放たれる呪文、しなやかな攻撃。
一手一手が、無防備な相手なら必殺級の威力を持っている。
いや、凄い。本当に。
何より凄いのは、どちらも杖を遣わず、呪文の呼びかけと詠唱だけでやってのけていること。
私、なんとなく「杖がないと精霊術が使えない」って思い込んじゃってたよ。
でも、発音が上手で、言葉と意志がちゃんと伝わって、なおかつ気に入られていれば――仲介者がいなくても、手を貸してくれる精霊もいる、って感じなのか。
そう考えると納得がいく。
「ほらほら! それで終わりですか? やっぱり杖が無いと何もできないのですか!」
「……一体、どこが力が弱まっているんですか? 引退を考えているなど適当なことを!」
舌戦もすさまじい。
どちらも頭が良くて口が達者だから、まるで機関銃みたいに悪口が撃ち出されていく。
ただ――それが、どちらも妙に楽しそうで。
まるで姉弟喧嘩みたいで。
色んな意味で驚きのバトルに、私はガルフと一緒に、ただただ魅入っていた。
◇
時は少し遡り、一の火の刻。
王宮の裏手、その一角――騎士や魔術師の演習エリア。
城に呼び出されたフェイとその付き添い、つまり私達は、まず王宮魔術師に謁見と相成った。
簡単で定型の挨拶の後。麗しの王宮魔術師ソレルティア様は、この演習エリアに私達を案内すると、鷹揚に問いかける。
「さて、ゲシュマック商会の魔術師フェイ。其方は何故ここに呼び出されたか解りますか?」
「解りません。お聞かせいただきたく」
フェイも魔王城で、そしてこちらに来てからは折に触れて第三皇子の館で、貴族へのマナーや対応を教えられてきた。
一度覚えたことをフェイは忘れない。
第三皇子の折り紙付きの礼節を守りつつ、棘を隠さない返事。
王宮魔術師はくすりと笑い、側に控える副官から数枚の羊皮紙の束を受け取った。
「先に、其方が受けた文官採用試験の結果を伝える為です。
通常であれば合否を発表し、合格者は後日手続きと意思確認の上で城に雇い入れる。それだけ。
ですが――其方の解答は、あまりにも特殊でしたから」
「特殊……ですか?」
意味が理解できないという表情のフェイに、彼女は頷く。
当たり前だ、と言わんばかりに。
「特殊です。よくもまあ、これだけ空気を読まない解答ができるというもの。
文官長や皇王陛下も、大笑いされていましたよ」
空気を読まない――それは、フェイの文章記述問題の答えのことだろう。
定型問題は決まった答え。空気を読むも読まないもない。
けれど文章は……そうなる。
「定型問題は完璧。一問の間違いもない、大したものです。
ですが文章記述問題は、己の信じる正義と意志と意地の塊。
周囲や、他国、あるいは神。
他者への配慮というものが、まるで見られない。
全くの誤答、という訳ではありませんでしたけどね」
あー、やっぱり。
教えてくれた「試験の型」以外を、フェイは自分の信念で書いたんだ。
「子どもであるなら、試験など受けた事もないでしょうから仕方ない。
ですが覚えておきなさい。
『試験』というものは、必要とされる人材を探し、選び抜くもの。
『正しい』が『正解』では必ずしもありません。
自分の立場や役割に求められていることを的確にこなせる人材が優秀であり、必要とされるのです」
天才フェイに突き付けられた、ぐうの音も出ない『大人』の正論。
彼は声を発する事さえできない。
「国の司法官、文官としての適性は、お世辞にも高いとは言えない結果です。
本来なら不合格もありうる所ですが――定型問題と、魔術師としての実力がそれを補って、ギリギリ合格ラインとなっています」
「であるならば、不合格として下さい。
国に求められる人材でないのであれば、それが妥当な判断であるかと」
頭を下げて告げるフェイの返答は硬い。
悔しさと苦みを宿し――言ってみれば、完璧に拗ねた子どもの答え。
けれど大人であるソレルティア様は、そんな甘さを
「それができるなら苦労はしません。
本当に、世間知らずな子どもはこれだから」
一笑に付した。
「ゲシュマック商会の杖持ち魔術師が、近年稀に見る実力者だと、既に大貴族の間では話題になっています。
ロンバルディア候領から麦酒。トランスヴァール伯爵からは、新鮮さが命の海産物の輸送。
請け負っているのですって?
お二人が積極的に言いふらしている訳ではありませんが――少し考える頭のある者なら解りますよ。
其方が転移術を使える事くらい」
「あ……」
顔を合わせたのは私とガルフ。
新しい食材や海産物に浮かれて――ライオット皇子にも忠告されていたのに――随分とフェイに動いて貰っていた。
だからフェイが目を付けられたというのなら、それは私達の責任だ。
「転移術は、国中どころか世界中の誰もが喉から手が出る程欲しがる秘術。
悔しいですけれど、私も使えません。
もし今回の試験で其方が不合格と発表されれば――まず間違いなく、大貴族のほとんどからゲシュマック商会に買い取り、雇い入れの打診が行くでしょう。
転移術の使える無位無官、子どもの魔術師。
一介の商人が、国中の大貴族からの、なりふり構わない要請を、どこまで断り切れるかしら」
またしても返す言葉が見つけられない。
それは紛れもない事実だから。
「王宮への就職を断った場合、第三皇子に抱えて頂くのが――まあ、他の大貴族を牽制する唯一の方法かしらね。
それでも其方の争奪戦は続くでしょう。第一、第二皇子達も巻き込んで。
妊娠中のティラトリーツェ様に良くない位に姦しく。
いい加減、自覚する事です。
表舞台に出てきてしまった以上、其方にはもう王宮で保護を受ける以外の選択肢はないという事を……」
フェイは悔しさと一緒に唇を噛んでいるけれど。
私には、ソレルティア様の言葉が不思議な程、優しさを含んでいるように思えた。
裏を返せば――王宮に入れば守ってやる、と言って下さっているのではないだろうか。
「納得がいかない、という顔をしていますね。
はっきり顔に出ていますよ。今後、王宮で仕事をするつもりなら、自分の腹の内や感情は隠すことを覚えなさい。と、忠告しておきます」
「……僕は……王宮で働くつもりは……ありません。
僕は……ただ、僕が仰ぐ主の為に、妨げられずに自由に動く為に、貴族の地位が欲しかっただけで……」
「試験を受けておいて何を言っているのですか?
文官になる意志を持って採用試験を受けたのでしょう?
地位は欲しい。そのくせ働く気はないなど、甘いにも程があります」
「フェイ……」
呆れたように肩を竦めるソレルティア様。
フェイの気持ちも言い分も解る。けれど社会人としてなら、文句のつけようもなくソレルティア様が正しい。
地位には責任が伴う。
仕事もせずに地位だけ欲しいなんて通用しない。子どもの我が儘と言われても仕方ない。
未だに顔を上げないフェイに、呆れたようにため息を落として――
「では、一つ賭けをしましょうか?」
「え? 賭け?」
王宮の中とは思えない、物騒な言葉。
「自分には我が儘を言うだけの実力があると示してみなさい。
私と戦い、術で倒せたら、其方の去就に多少の融通を効かせると約束しましょう」
「術で? でも……」
ソレルティア様は、杖が使えない筈。
そうでなくても、最高位の精霊石の杖を持つフェイに叶わないんじゃ――と私は思った。けれど。
「勿論、杖無しで、です。
己の杖を賭けた術師同士の真剣勝負」
壁に杖を立てかけ、空手になったソレルティア様。
その指先で――
エル・フェイアルス
夢見るように優しい、でも正確で美しい呪文に呼び寄せられるように、風が渦を巻く。
ビックリ。
精霊術士って、本当に杖が無いと術が使えないと思ってたよ、私。
「杖は媒介。精霊に思いを伝える手助けをしてくれる存在です。
杖が無いと高度な術や難しい技は使えませんし、細かい調整が難しい。
ですが、正しい発音と呪文で真摯に精霊に呼びかければ――応えてくれるものなのですよ。
まさか其方、杖無しで術を使う事ができないと言いますか?」
「……勿論、できます!」
売り言葉に買い言葉。
フェイも杖を壁に立てかけ、歩み出る。
私は、フェイがシュルーストラム無しで術を使うところを見たことがない。
本当にできるのかな――と、喉がひゅっと鳴った。
「結構。
勝負に勝った方が、負けた方の杖に対して権利を得る。良いですね?」
「僕の杖を貴女が得たとしても、使えるとは限りませんが?」
「そんなこと、やってみないと解らないでしょう?
貴方が勝ったら、私の杖に対する権利を預けます。
まあ、それだけ高位の杖を持っているのですから、私の杖は不用でしょうが。
ですから、それに加えて其方の地位について、融通を効かせると約束しましょう」
風を消したソレルティア様のエメラルド色の瞳には、強い自信と矜持が宿っている。
精霊を信じ、自分を信じ。
負ける等、欠片も思っていない目だ。
フェイの杖を狙っているとは思ったけれど――まさか正々堂々、真っ向勝負で挑んでくるとは。
「勝負は風の刻の間。空の刻になったら終わり。
相手が負けを認めるか、立てなくなったら、動けなくなったら、そこで勝負あり。
杖を使わない代わりに、短剣を一本ずつ持って戦います。
先は潰してありますけれど――急所を攻撃されたら、それでも勝負あり、ですよ」
「解りました。……まあ、僕は絶対に、負けを認めたりなんかしないですけど」
「奇遇ですね。私もそうです。だから……覚悟なさい!
徹底的に叩きのめしてあげましょう!」
「フェイ!」
試合開始の合図も無く、一気に踏み込んで来たソレルティア様のつま先が、間一髪、後ろに避けたフェイの鼻先を掠めていった。
「! せめて開始の合図とかないんですか? 審判を入れるとかは?」
飛びずさって崩れた体勢を立て直しながら、フェイが悲鳴にも似た声を上げる。
けれどソレルティア様は気にする様子も無い。
「審判など必要ありません。この勝負の一番の敵は自分自身。
勝ったか負けたか、誰よりも己が一番よく知っている。
これは、そういう戦いですから!」
その軽やかな宣言こそが、戦い開始の合図。
フェイは小さく舌打ちし、短剣を構えた。
二人は互いを見据え、真っ直ぐに。躊躇うことなく。
絶対に負けられない相手へ、踏み込んでいく。
華やかで賑やかな魔術バトルに魅入る私達の後ろで――
「いや、随分と難儀な相手に惚れ込んだものよの」
「貴方程ではございませんよ、シュルーストラム」
主に置いて行かれた精霊達が、くすくすと楽しそうに笑っていた。
そのことに気付く者は、まだ誰もいない。




