王都 家族面接
私から話を聞く代償として、か。
王宮の魔術師――ソレルティア様は豆知識を披露するような調子で、魔術師と精霊石、そして杖の関係について教えてくださった。
曰く。
この世界に魔術師と呼ばれる存在は、そもそも数が多くない。
そして術を行使する際の媒介は、主として装身具に加工した精霊石なのだという。
理由は単純だ。
杖に仕立てられるほど大きな精霊石が、ほとんど存在しないから。
装身具の方が持ち運びもしやすく、目立ちにくい。
杖に出来る石を、あえて装身具にする者も少なくないらしい。
――エリセのペンダントのような感じかな?
一方で、術の使い勝手という点では、杖は圧倒的に装身具に勝る。
力の集注、精霊への呼びかけの通りやすさ。
借り受けた精霊の力を適切に配分し、狙い通りに使うという点において、杖は比類なき力を発揮する。
だから――杖を持つ、というだけで相当の術者だとわかるのだという。
「今、アルケディウスに登録の魔術師は十二人。全員が王宮、もしくは貴族抱えの貴族、あるいは準貴族です。
その中で杖を持って術を行使する者は五名。
うち二人は第一皇子と第二皇子の魔術師ですから、其方の兄が試験に合格すれば、おそらく第三皇子の魔術師として取り立てられるか、私のサポートとして王宮所属――魔術師の束ねとなるか、どちらかになるでしょう。
皇王様に抱えられる可能性も……ない、とは言い切らない程度にはありますが」
思った以上に、力のある魔術師って少ないんだな――と改めて思う。
杖を持つ魔術師のうち、残りの一人はエクトール荘領のオルジュさんだろう。
となると、国全体でもそんなものなのだ。
ソレルティア様は文官から筆記用具を受け取り、机に自分の杖を立てかけた。
その所作は美しく、迷いがない。長年繰り返した動きなのだろう。
そして私に向き直る。
「では、改めて確認です。其方の名はマリカ。ゲシュマック商会の料理人。
其方の兄、名はフェイ――間違いありませんね」
「はい」
「年齢は?」
「今年で十二になったと言っていました。私も、兄も孤児でございますれば、正確なところはわかりませんが……」
「まだ不老不死を得ていない子ども、ですね」
「はい」
「現在の所属はゲシュマック商会、と?」
「はい。あと、時々皇国騎士団の手伝いをしているようです」
「魔術は誰に習いましたか? 杖はどこで?」
「ええと、私達は拾われた後、山奥の隠者の元で育てられ、教育を受けました。
兄はそこで見込まれ、隠者がかつて使っていた杖を譲られたようです。詳しい事情は知りません」
「得意な術は?」
「風の術のようです。店では商品の輸送や温度管理を担当しています」
「どんな術が使えます?」
「詳しくはよくわかりません。ただ、物を凍らせたり、冷やしたり、水汲みを手伝ったりしてくれました」
「読み書きはできますか? 計算は?」
「どちらもとても得意です。頭はかなりいいと、育て親も、店の主も褒めています」
「身体が弱いとか、体調に不安がある、などはありませんか?」
「ありません。とても健康だと思います。
もう一人の兄が今度騎士試験を受ける実力者なので、一緒に戦いの訓練などをしているようです」
「他にも兄弟が?」
「はい。ゲシュマック商会に勤めるため家を出て、同居している兄弟は私を含めて三人。
あと、故郷にも同じように引き取られて育った兄弟がたくさんいまして、みんな兄を慕っています」
「仲が良いのですね?」
「はい。そう思っております」
本当に、家族面談のように彼女は質問を重ねていく。
私は万が一にも変なことを口走らないよう注意しながら、外の世界で説明するために用意した『設定』を告げた。
当たり障りのない確認がいくつか続いた後――ソレルティア様はふいに筆を止め、私をじっと見つめた。
その視線が、絡みつくようで息苦しい。
まるで、こちらの言葉ではなく『隙』を探しているみたいだ。
「変なことを問う、と思いますが……お前達は精霊を信じていますか」
「え? はい。それは勿論」
――半分、精霊みたいなものですから、とはとても言えない。
けれど、もしかしたら。
この人も高位の術者なら、精霊の気配を感知できるかもしれない。
私は膝の上に置いていた鞄を、そっと足元へ移動させた。
鞄の中――肌身離さず持ち歩いているバングルに、触れないように。
「神よりも?」
「不老不死を賜った訳でもないので、はい。今のところは」
「それは兄も同じですか?」
「はい。多分」
「なるほど。わかりました……。
話はこれで終わりです。手間をかけました」
ペンを置き、彼女は私を促す。
退室せよ――という意味だと受け取り、私は立ち上がった。
「ああ、それから最後に一つ」
「はい、なんでしょうか?」
私を呼び止める目は、射抜くような真剣さを帯びていた。
さっきまでの当たり障りのない質問とは、明らかに色が違う。
これが一番聞きたかったのだ――と直感する。
「貴方の兄が、杖を手放すことはあり得ると思いますか?
より優れた魔術師に、と頭を垂れて」
「ありえません。絶対に」
即答。
一秒たりとも考える必要のない、決まりきった答えだ。
「フェイ……兄と杖は一心同体だと、いつも言っています。
杖が兄を見限らない限り、兄から杖を手放すことはないと断言いたします」
そもそも杖――シュルーストラムがフェイを手放す可能性はない。
変生までかけて作り上げた真正の魔術師を、あっさり見限るなんてありえない。
だから、絶対にないと断言できる。
「そう、ですか?」
だが、この人の目はそれを納得していない。
底の見えない水面を覗き込むように――静かに、ひやりと冷たかった。
「えっ?」
ふと、杖と『目が合った』。
もちろん比喩だ。けれど精霊石に一瞬、人影が映った気がしたのだ。
青銀の髪。水色の瞳。
シュルーストラムにどこか似た、男性の姿。
何かを訴えようとするように――こちらを見た気がして、私は目を凝らす。
だが。
「……わかりました。
貴方の兄に、試験を終え会える日を楽しみにしていると伝えて下さい」
微かに微笑んだ後、彼女は視線と杖を扉の方へ向けた。
もう一度よく見ても、今度は石に何の影も見えない。
今度こそ退去の促しと理解し、私は部屋を出た。
足早に裏門へ。
「お待たせして申し訳ありませんが、急いでください」
馬車に急かされ、私は店へ戻る。
早く――フェイに報告しないと。
◇◇◇
「ソレルティア様……本当にあの者の兄から?」
「あの娘も申したでしょう? 杖が見限らぬ限り、と。
おそらく彼の杖は、滅多に存在しない――意思を持つ杖」
ソレルティア様の指先が、無意識に己の杖を撫でる。
愛撫にも似たその仕草に、焦りの影が滲んだ。
「ならば杖が子どもを見限り、私を選べば良いのです。
私が新しい杖を手に入れた後、何でしたら私の杖を譲っても構いません。
高位の杖に選ばれる子どもなら、あの杖も使えるようになるでしょう。
そうすれば新しく二人の魔術師が生まれる。最善、最良の結果です」
「私共は、ソレルティア様の有能も、努力も存じております。
魔術が使えなくなっても、皇王陛下も文官長としての地位をお約束されておいでですのに……」
「そんなことはできません」
切り捨てるような声。
それなのに瞳だけが、ひどく揺れている。
「王宮魔術師が、魔術を使えなくなって何故のうのうと王宮にいられるでしょう?
最後の希望が叶わぬのなら、私は……私はお暇を戴き、死を探すと決めているのです」
「麗しき王宮の花、ソレルティア様。
どうか、その望み……願いが叶いますことを」




