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アルケディウス 海に捧げる誓い

 大バーベキューパーティから一夜明けて。

 浜辺の片付けにやって来た私は、目の前の光景に思わず息を呑んだ。


「うわあっ、凄い人……」


 昨日、この街に来た時には、貝を集めて真珠を探す人達がほんの少しいただけだった。

 けれど今は、海岸も港も人で埋め尽くされている。


 領主様が宣言された通り漁を再開すると決めて、そのための準備に皆が励み始めたのだろう。

 船を引き上げ、磨き、網を持ち寄って縫い直し、竿や糸を点検し――海へ向かう者、港で受ける者、声を掛け合い指示を飛ばす者。

 昨日までの静けさが嘘みたいだ。


「おや、お嬢ちゃん。昨日はありがとうよ」

「とっても美味かった。また作っておくれ」


 姿を見かける度に声をかけてくれる皆さん。

 頬の緩みが、隠せない。


(これは……王都での海産物の受け入れ態勢を急いだ方がいいかもしれない)


 せっかく獲ってもらった品物を、無駄にすることは絶対にあってはならない。

 こちらで買い切れない分は、街で消費してもらうか、保存が効くように加工してもらうか。

 干物、塩漬け、燻製――できることはいくらでもある。


 綺麗に洗ってまとめておいてもらった食器や道具類を片付けながら、私はワクワクとそんなことを考えていた。


 


 片付けを終えて城に戻ると、既にリードさんが領主様との間で海産物仕入れについて、大よその概略をまとめてくれていた。

 商談については、提案はできても、私に決定権は無い。

 一応、そういうことになっている……。


 最初は一日、魚五十匹。

 貝類は乱獲にならないように各一籠を、平日に納入。


 フェイが魔術で取りに来ること。

 それを絶対に口外しないこと。


 魚については最初、種類を問わず一匹、高額銅貨一枚。

 貝類は真珠を探す以上むき身になるので、鍋などに入れて五十個で少額銀貨一枚を目安。

 こちらの受け入れ態勢が整ってから、種類ごとに金額を詰めていく。


 できるだけ丁寧に扱い、魚に傷をつけないこと。

 貝類はよく洗い、触れる時には必ず手を洗うこと。

 などなど――細かい項目も抜かりなく。


 契約金代わりに、領主様の料理人さんへ昨日作った料理のレシピと、魚の捌き方を。

 それから余った魚を保存できるよう、魚の干物、一夜干しの作り方も教える。

 ホタテの貝柱も、余ったものは干しておいてもらえれば保存が効くし。


「木板に残しておきましたので、料理人さんから一般の方に教えて、広めて下さい」

「いいのか? 料理のレシピは金貨数枚クラスの秘伝技術と聞くが?」

「元々、料理をする習慣を広めるのが我々の目的です。

 買い取り切れなかった魚などを無駄にするのは勿体ないですし、皆さんが美味しく食べる事で価値を理解して頂ければ、今後の漁にも力が入る事かと」


 今はまだ旅行者などが簡単に訪れることはないだろう。

 けれど、いつか。

 新鮮な食べ物が港町の名物になったら――その日を想像するだけで胸が熱くなる。


「それから、魚、貝以外でも興味のある産物などがあれば、採集頂けないでしょうか?

 食べられるかどうか調べて、美味しい時には買い取ります」


 説明が難しいけれど、例としてカニや、ウニ、昆布、ワカメなどが欲しい。

 言葉でどれだけ伝わったかは解らない。

 それでも、一応、丁寧に説明しておいた。


「海、というのは本当に素晴らしいもの。

 海産物は星よりの恵みです。どうか大切になさって下さいませ」

「うむ。我々、海辺の民に誇りを取り戻させてくれたことを感謝する。

 その恩には必ず報いよう」

「ありがとうございます」


 本当に嬉しい。

 これで当分の間、レシピに苦しまずに済む。

 秋の大祭には、焼き魚も出せるかもしれない。


「今日の夕刻には帰るのだな?」


 一通りの話を終えた後、確認するような領主様の問いに、私は頷いた。


「はい。夕刻に今日採取した魚、貝類を頂いて戻ります。

 明日には第一皇子のサロン、明後日は皇家の方達に向けた調理実習もございますので。

 そこで海産物をお披露目させて頂く予定でございます」

「魔術での帰還に同行させて貰えるか?」

「重ね重ね、でございますが。魔術師の力を口外しないことと、通常の移動に原則、要請はしないことをお約束願えれば」

「了解している。どうしてもの時は、正当な代金を持って依頼しよう」


(代金を取るなら、一回金貨一枚くらいにはしないといけないなあ)


 私がそう思っていたところで。


「一通りの話が終わったのなら、夕刻まで少し時間はあるだろう。

 着いて来るがいい。面白いものを見せてやる」


 領主様は立ち上がり、楽しそうな笑顔で手招きした。


「面白いモノ……でございますか?」

「ああ。この街以外では見られないモノ、だ。

 そして、この街が衰退した理由の一つでもある」

「?」


 小首をかしげる私達に、彼――トランスヴァール伯爵ストゥディウム様は頷いた。

 どこか寂しそうな笑みを浮かべて……。


 


 私達が馬車で連れて来られたのは、とある岬だった。


 人の集まる賑やかなそれではない。

 一際突き出た岬の崖。

 その奥へと促され、私は足元を確かめながら立つ。


(ここから落ちたら死ぬかなあ……)


 そんなことを思ってしまう視線の先。

 雲一つない空の蒼を映す海の彼方、視界の遠くに――けぶるように霞む、何かが見えた。


「あちらに、土地が見えるだろう?」

「はい」


 頷く私に、彼は静かに告げた。


「あそこが所謂、魔王城の島だ、と言われている」

「な……!」


 私も、フェイも、リードさんも、びっくりして目を見開く。

 けれどリオンだけは驚いた様子がない。


 黙ったまま――刺すような、いや違う。

 射抜くような眼差しで、遠い大地を見つめている。


「こんなに、近くだったのですか?」

「近いように見えて、百レグランテ程は離れている。

 でも、まあ……近いな」


 1グランテ≒1メートル。

 1000グランテ=1レグランテ。

 大体、百キロくらいだろうか。


「言われている、というのは?」

「あの島に海から入った者はいないからだ。

 島全体が厳しい岩礁と渦、そして崖に囲まれている。

 島から海に注ぐ川もいくつかあるが、全て船が出入りすることが出来ない程に厳しく、キツい岩礁によって侵入を阻まれる。


 島に近付いた船は呪いがかかったように動けなくなり、渦に飲まれ、あるいは岩礁により船底に穴が開き、一隻残らず沈む。

 ここ数百年は諦め、侵入を試みた者もいないが――

 不老不死前後の数百年ほどにあの島に挑み沈んだ船は、その年月の数倍になる」


 ……沈んだ船が百隻以上。

 つまり死んだ乗組員は、少なくともその数倍……。


「実際の所、あの島が本当に魔王城の島かどうかは解らぬ。確かめた者はいないからな。

 ただ、不思議なことに、世界が闇と黒雲に覆われ光が差さなくても、かの島に闇が落ちることは無かった。


 精霊の守り深き土地と崇められていた時代もあり、楽園があるという者もいたが、侵入を阻む強固さから、徐々に魔王の座す島であるというのが定説となった」


「そういえば聞いたことがあります。

 世界のどこかに、魔王城の島を視界に写せる場所があると。

 それがまさか、ここだったとは……」


 リードさんの言葉に、伯爵は静かに頷いた。


「かつてビエイリークは造船の街でもあった。

 魔王城の島に挑める船を造る。そのためにビエイリークは長く、総力を挙げて取り組んでいた。


 ……かつて魔王討伐を目指す勇者一行も、この街を訪れたことがある。

 私はまだその時、ほんの幼子であったが、強く輝かしい魂を持つ彼らとの出会いを、今もはっきりと覚えている。


 彼等は海からの侵入を諦めたが、当時の領主であった父と大工達は、勇者達と――島に辿り着けるような船を作ると約束した」


 ほぼ無意識に、私達は一斉にリオンを見てしまう。

 だが、リオンは視線に気付くこともなく、ただ遙か彼方――遠い何かを仰ぎ見る眼差しを、魔王城の島に向けていた。


「勇者が魔王を倒し、光が蘇り、人々が不老不死になっても、あの島の強固さは変わらない。

 あの島の沿岸、おそらく二十レグランテ程は、不老不死者を封じる呪いがあるとも言われている。


 海に潜っても我々は息が止まることは無いが、あの島の側で沈んだ船から帰ってきた者はいない。

 不老不死世界になっても――変わらず、だ」


 魔王城。

 私達が住んでいる島。


 島全体に守護の結界が、今も張り巡らされているという……。

 私達を守る結界と暗礁は、裏を返せば、多くの人がそれで命を落としたという事なのか……。


「神殿、他国、諸侯……アルケディウスの皇王様はそれほど魔王城攻略に執心しなかったが、

 多くの者達がビエイリークの船を買い、島に挑み、そして死んでいった。


 やがて船大工達は大きな船を作らなくなる。

 棺桶を作るのと同じだ――とな。


 それとほぼ時を同じくして、食が不要という考えが広まり、海産物にも需要は無くなり、

 ビエイリークはその存在の意味の大半を失くしたのだ……」


 島を見つめる伯爵の視線に、恨みや憎しみはない。

 ただ、何かを諦めたような諦観の色は、確かに見て取れた。


 でも、そういう事情なら他国にも大きな船は存在しないだろう。


「私が領地を継承したのは、魔王城の島に挑む船を造ることを諦め、失意のうちに死した父の後を継いでのこと。

 勇者との約束を守り、叶えるその日まで――と頑なに不老不死を得なかった父が死に、私は今いる大貴族の中で最後にその地位に着いた者となった。


 流石にライオット皇子に合わせる顔が無く、ケントニス皇子の派閥に属する事になったが、

 父の無念と、果たせなかった約束は、今も胸の中に燻っている。

 例え皇子がそれを許して下さっても、だ」


 五百年。

 気の遠くなるような時の彼方にも、それは消えない。


 伯爵の、そしてビエイリークの後悔なのだろう。

 そして――今、伯爵の目には、その後悔を振り払う慈しみと決意が、はっきりと宿っていた。


「まだ、皇子にも言うつもりは無い。

 だが、ビエイリーク復活と共に、私は再び目指そうと思う。約束の実現――造船業の復活を。


 一度、途絶えた知識と技術を復活させるのは容易い事ではないが、

 最初は近場で漁をする船から始め、船で海産物を他国や王都に運ぶなどから実用船の技術を取り戻し、

 そしていつか、あの島に届く船を造る」


 少年のように微笑み、伯爵は海に――魔王城に背を向ける。

 涼しさを含んだ海風が、彼のマントと髪をかき上げ、その笑顔を私達に見せてくれた。


「口に出してしまえば逃げられない。逃げるつもりは無いからな」


 何が、これ程までにこの人を変えたのかはわからない。

 けれど、その真摯な思いは、言葉は、誓いは――確かに届いたはずだ。


「君にあの日、出会ったのも、思えば運命だったのだろう。

 ビエイリークと、私の心を蘇らせてくれた運命に感謝を。


 この街の変化を見ていてくれ。

 神の世にて、我らを見守る勇者と共に」


 神の国ではなく、歩き出す彼の背後で。

 まるで幼子の成長を見守るような優しい笑みを浮かべる勇者に――。


 


 かくして私達の二度目の遠征は、大成功と言える結果で終わりを告げる。

 沢山の海産物を仕入れ、ビエイリークと協力体制を作り。


 その日の夜、第三皇子に。

 翌日に第一皇子に。

 そしてその翌日には皇子妃達に。


 広められた新しい『食材』――海産物は、アルケディウスに万雷の喝采と共に受け入れられたのだった。


 よかった。


 これで、レパートリーが切れる恐怖から、もう少し逃れられそう。

 皆にも栄養を付けて、喜んでもらえると嬉しいな。

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