王都 出会いが齎すもの
トランスヴァール伯爵のストゥディウム様は、私から見てもなかなか魅力的な男性だった。
第一皇子派閥の大貴族は、けっこうお年を召した――というか、見た目五十代くらいかな? という方が多いのだけれど、その中ではかなり若い方に入ると思う。
「若いということも良い事ばかりではないさ。
上の方からは、ずっと若造扱いだ」
肩を竦めるストゥディウム様。
同じ年頃の知人の中には、大貴族の息子として五百年、ずっと親に頭を押さえられて芽が出せない者もいるらしい。
そういう者達に比べれば、まだ幸運だとおっしゃるけれど。
……不老不死が一番良くない点は、世代交代が出来ない点だと思う。
善政を布く王様の国であればいいのだろうけれど、悪い王様だったら苦労も苦難も永遠に続く事になる。
才能ややる気があって成人しているのに、親がずっと頭を押さえているなんて、本当に大変だろう。
そういう意味では、ケントニス様にも少し同情はする。
ちゃんと世代交代して、責任のある仕事を与えられていたら、少しはマシになっていたのだろうか?
……いや、無理っぽいか……。
「この間、倒れていたお前を見つけ出してくれたのがこいつでな。
礼を言ったら、これを機に俺の方に庇護を与えて貰えないか、というので受ける事にした」
ライオット皇子が、紹介するようにストゥディウム様へ視線を向ける。
「つまり、派閥を移るということですか?」
「そうだ。元々我がトランスヴァール領は派閥の順位としても高い方では無く、重用されていた訳でもなかった。
『新しい味』に驚愕し、ぜひとも好を結びたいと願っていた時に、君と出会い助ける事になったのも運命だろうと思う。
第三皇子の元でお役に立ちたいと思っている」
棚ぼた。
瓢箪から駒。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
第一皇子への嫌がらせ――基、警告だった仮病騒動が、まさかこんなキーパーソンを運んで来ようとは……。
「あ、これで、もしかして勢力逆転とかだったりしませんか?」
今まで第一皇子派と第三皇子派の大貴族の支持基盤の割合は九対八だった筈だ。
元は十対八だったのが、ドルガスタ伯爵の失脚で九対八になっていた。
そこにストゥディウム様がこちらに付けば――八対九。逆転する。
大貴族と皇王家はそれぞれ選挙の投票権があり、重要事案に関しては基本、選挙で決めるのだと聞いている。
支持基盤の割合が勝敗を左右する筈で――。
「そうだな。すぐに何かをする訳ではないが、有利な立場に立ったのは事実だ。
だが、ストゥディウムには当分の間、派閥を移ったことを兄上には知らせず、今まで通り兄上のサロンに行ってくれ、と頼んである」
「御意」
楽しそうに目線を合わせるお二人に、私は眼を瞬かせた。
「え? いいんですか? そんな事をして……」
それはすなわち、スパイ行為に他ならない。
せっかく味方になってくれた人を、危険な目に遭わせていいのだろうか?
「まあ、あまり褒められた事ではないが、別に派閥を出る入るに誓約書を書く訳でもない。
庇護を願い、受け入れられれば派閥に入ったことになり、サロンに出入りしなくなれば派閥から抜けたことになる、くらいなものだからな」
「抜けた相手に対して、嫌がらせとかされたりしないんですか?」
「ない、とは言わないが、入る者は拒まず、出る者は追わずが基本だ。
相手もバカじゃない。
恨みも永遠、憎しみも永遠。
軽い気持ちでやったことが相手に永遠の傷をつけかねない、ということをもう解っている筈だ」
皇子の言葉の意味を、私は噛みしめる。
アドラクィーレ様は、良かれと思った訳ではないにしろ、ティラトリーツェ様にたった一度の事で永遠に憎まれることになった。
不老不死だからこそ、やってはいけないことがあるのだろう。
「ついでにお前の護衛も兼ねている」
「え? 私の護衛? 大貴族様が?」
ぼんやりと考え事をしていた私は、思わぬ言葉にびっくりした。
「兄上がお前に無茶をさせぬように監視しろ、とな。
宴の後だったこともあって、ストゥディウム以外の大貴族には、お前が倒れたことを兄上は知らせていないし、知られていない。
ストゥディウムにも余計な事は言うなと口止めしたそうだ。
こいつの目があれば、余り無茶は言われずに済むだろう」
「君と好を繋がせて貰えるなら安いものだ。妻も納得している。
どうか良しなに」
優雅に踊るようなお辞儀。流石、本物の貴族だ。
思わず見惚れてしまう。
確かに、孤立無援、味方がいないと思っていた第一皇子派閥の中に味方ができるというのは心強い。
「解りました。でも御無理はなさらず……」
「お前が言わなければ、こいつが派閥を移ったことは誰も知らない。堂々としていろ」
「はい。どうぞよろしくお願いします。
トランスヴァール伯爵」
こうして私達は、色々な意味で重要な仲間を手に入れる事に成功したのだった。
……ちなみに、その後の会話の方が私的には超重要だった。
「あ、トランスヴァール伯爵。
私を助けて頂いたお礼に、もしよろしければ料理人にレシピを教えても良いと店主に言って貰っています」
「それはありがたいな」
「王宮では目立ちますので、店か第三皇子家に料理人を寄越して頂く事はできませんでしょうか?」
「勿論構わない。パータトのサラダという奴に興味があるな」
「トランスヴァール伯爵領には特産などは無いのでしょうか?」
「海と、海から来る塩のせいで、我が領地はあまり豊かではなくてな。
塩の他は、パータトや一部の野菜、ナーハの花などが咲くくらいだ」
「海!
トランスヴァール伯爵領には海がおありなのですか?」
思わず声が裏返りそうになった。
「ああ。昔は漁が盛んで、海産物などを出荷していた。
今は素潜りの海人が貝を取り、稀に出る真珠を探るくらいだが……」
「あと、ナーハの花とおっしゃいましたか?」
「ああ。春口に一面に咲く黄色い花はなかなかに見ごたえがある。
種を絞ると油が採れるのでな。蝋燭を買えない者達が灯り代わりに使って……」
「あ、あの……本当に少しお話させて下さい!
商談になるんですが……」
「?」
……これは本気で、精霊の導きかも知れない。
かくして私達は、憧れの海産物と、食用油の入手の道を手に入れたのだから。




