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王都 小さな策士

 作戦としては、まずまず成功かな。


 久しぶりのお休みを、私は魔王城の中庭で満喫しながら、あの日の事と――これからのことを考えていた。

 澄んだ空気が肺の奥まで通って、肩の力が少し抜ける。

 雪の残り香みたいな冷たさと、石畳の温度。

 この城の中庭は静かで、世界の喧噪から隔てられているみたいだ。


 あの日。

 第一皇子主催の宴会は、一応無事に終わったものの――その後は、やっぱり大騒動になった。


 第一皇子は、宴会の大成功と大貴族達の賛辞を受けて貴族達を送り出した後、まさにご満悦のところで、とんでもない知らせを受ける事になる。

 つまり、私が倒れたという知らせである。


 今回、宴席が終わった後に疲労で私が倒れる。

 それが――第一皇子の無茶ぶりに対する私の作戦だった。


 本当は宴会の給仕中にぶっ倒れてやろうか、とも思った。

 でも流石にそれをやると皇子の面目が丸つぶれになるし、他の大貴族達にも示しがつかない。

 変に波風を立てるのは得策じゃない、と自重したのだ。


 宴会の最後のお茶出しが終わり、手柄を独り占めしたい皇子が私を追い出したところで決行する。

 ……つまり、殿下が『満足の絶頂』にいる瞬間に、『責任』だけを差し出す。


 ちなみに今回の件は、王宮関係者には誰にも話していない。

 ライオット皇子にもティラトリーツェ様にも、だ。

 逆にゲシュマック商会側には、リオンにもフェイにも伝えてある。

 顔を顰められたけれど、理解はしてくれた――と思う。多分。


 宴会の途中は料理を運ぶ手伝いの人が多い。

 だから彼等には食器を先に片付けてもらい、最後のお茶を出し終えた後、私が一人になるタイミングを作った。


 わざと音を立てて。

 廊下に膝をつく。


 私が戻ってこない事を心配したペルウェスさんが探しに来てくれるまで待つ――つもりだった。

 けれど、思ったより早く人の気配がしたので、私は慌てて体を投げ出すように寝そべった。


 そして、その私を見つけたのは――ペルウェスさんではなく、大貴族のお一人だった。


「大丈夫か? しっかりしろ?」


 お姫様抱っこのように抱き上げて下さった方の顔を、私はまともに見ることができなかった。

 『倒れてるフリ』の最中に目が合ったら、変な罪悪感で起き上がりそうだったから。

 でも後で伺ったところ、その方はトランスヴァール伯爵家当主ストゥディウム様だったという。


 黒髪に青い瞳。柔らかい印象。

 見かけは三十歳くらいだろうか。

 確か『情報通』と名高い、と奥方達の宴席で聞いたことがある。


 彼は側仕えさんと一緒に廊下に倒れている私を見つけ、厨房に声をかけてペルウェスさんを呼んで下さった。

 そしてペルウェスさんは私を連れて使用人の休憩室へ運び、私室にいらした皇子妃アドラクィーレ様と、大貴族を送り出した後のケントニス皇子に知らせて下さったのだ。


「どうしたのです? マリカ?

 目を醒ましなさい!」

「何があったというのだ?

 誰か解る者はいないのか!」


 お二人は青ざめて私に声をかけ、周囲に伺うけれど――意識は戻らない。

 ……戻らない、フリをしている。


 不老不死の世界なので医者もいない。

 体調を崩した子どもの対応の仕方なんて、誰も解らない。

 結局、皇子達はゲシュマック商会に連絡を取り、ガルフを呼ぶ以外になかった。


「マリカ!」

「マリカはどうしたというのですか?

 倒れるようなことはさせてはいませんよ?」


 フェイとリオンを連れて飛び込んで来たガルフに、アドラクィーレ様は取り繕う。

 けれど、ガルフは怒りを隠さなかった。

 お二人に正面から向き合い、丁寧な口調のまま、しかし刃のように言った。


「怖れながら、前にも申し上げました通り、マリカは子どもでございます。

 先にも、子どもには過剰な仕事量である、と配慮を願うと幾度も申し上げた筈でございますが!」


 はっきりと抗議だ。

 甘えたことを言うな、とガルフの意見を退けたお二人は――返す言葉も無く、押し黙った。


 魔術師であるフェイが私の具合を見て、首を横に振る。


「過労であると思われますが、私が手を出してどうこうできる話ではありません。

 家に戻して休ませるのが一番かと存じます」

「解った。

 ……怖れながら、マリカを連れ戻す事をお許し下さい。

 かような事情ですので、明日の調理実習はお休みを頂きたく」


「わ、解りました。ゆっくり休ませなさい」

「リオン」

「かしこまりました」


 リオンは倒れた私を抱き上げるのに慣れている。

 今回は意識があるので少し恥ずかしい。

 けれど力を抜いたまま、私はリオンの胸に抱き寄せられるように抱え上げられ、王宮を辞した。


 念の為、馬車の中でも私は声を上げなかった。

 目配せだけで、無事を皆に知らせておく。


 その後、私はガルフの店で一日休み、空の日からこちらに来ている。

 報告を聞くに状況は――大勝利、と言って良い方向に進んでいるようだった。


 まず第一に、ガルフの店から第一皇子夫妻へ正式に抗議がなされた。

 先に言った通り、子どもの身に過重労働をさせてもらっては困る、と。


 第二に、ティラトリーツェ様とライオット皇子も抗議して下さった。


「あの子は、私が皇国の事業の為に預かり、手塩にかけて育てている子です。

 第一皇子妃様であるなら、私には足りぬ礼儀作法を教えて下さると思ってお預けしたのに、好き勝手に使ったあげく使い潰すなど困りますわ!」


 元々、私の仕事は王宮の料理人さんに料理の仕方とレシピを教える事だ。

 個人的な宴席の仕切りや調理、献立作成、給仕などは仕事に入っていない。

 私が倒れたこともあり、第三皇子家に思う所があるお二人も反論ができなかったとのこと。


 加えて、調理実習が中止になったことで皇王妃様に理由を問われた。

 事情を知らせない訳にはいかなかったお二人は、皇王妃様からもかなりのお叱りを受けたらしい。


「まだ子どもであるマリカに何をさせているの?

 あの娘はゲシュマック商会の従業員であって、貴方達の使用人ではないのですよ?

 貴方達は、もう少し他者への気遣いを学びなさい」


 かくして私は、調理実習以外の業務には基本的に関与しない、という言質を得る事ができたのである。


「子ども、というものへの加減が解らず迷惑をかけました。

 許して下さいね」


 休暇の前に回復の報告に向かった時、アドラクィーレ様は少し、しょんぼりした顔をなさっていた。

 一方、ケントニス様はと言えば――


「ふん。あの程度の事でひ弱すぎる。

 今後、国の事業は更に拡大していくのだ。体力をつけて期待に応える仕事ができるようになれ」


 と、あくまでブラック企業経営者。

 つける薬が無い。


 ただ――


「貴方!」


 アドラクィーレ様に注意され、殿下は肩を竦めていた。

 これで少し懲りて頂けるといいのだけれど……。


 一番心配だったのは、私が倒れたことを隠蔽されたり、口封じっぽくされたりすることだった。

 けれど流石に、そこまで悪どくは無かった。


 倒れた私を誰も心配してくれなかったら、それはそれで間抜けだったけれど  

 ――みんな凄く心配して下さった。

 仮病なのに申し訳ないくらいだ。


 ……解っている。

 本当に申し訳ない事をした。


 だからもちろん、こんなことを何度もやるつもりはない。

 今回限り。

 後は頼まれれば献立作りや給仕も手伝うし、調理もする。


「マリカ姉? なにしてるの?」


「あそぼ?」


 ぼんやりしていた私を見つけて、リュウとジャックが手を引いた。

 私はお尻の埃を払って立ち上がる。


「うん、久しぶりのお休みだもん。遊ぼうね」


 子ども達が笑顔で過ごせる世界を作る。

 その為にやるべきことは、なんでもやると決めているのだから。




 休み明け、木の曜日。

 私は王宮に行く前に呼び出され、第三皇子の館に回った。

 そこで、思いもかけない人と『再会』する事になる。


「お前に紹介したい奴がいるんだ。新しくうちの派閥に入った大貴族でな」


「改めまして。ゲシュマック商会の世界を変えるお嬢さん。

 私はトランスヴァール伯爵家のストゥディウム。

 どうかお見知りおきを」


 そう言って、彼は優しく微笑むと私の手を取った。

 そして騎士のような仕草で、キスをした。

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