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王都 大貴族視点 腕の中の少女

 私はトランスヴァール伯爵家の当主、ストゥディウム。

 第一皇子派閥の――大貴族、と周囲からは見做されている。


 もっとも『今は』と注釈をつけたい。

 私個人としては、派閥の移動。

 それを、今まさに真剣に考えているところだからである。


 皇国アルケディウスの大貴族は一枚岩ではない。

 相争う、という程の激しい敵対ではないが、二つの潮流に分かれている。

 皇位継承権第一位の第一皇子ケントニス殿下と、第三皇子であり『この国の英雄』と呼ばれるライオット殿下の派閥に。


 不老不死の世界になる以前は、派閥はもっと複雑だった。

 自らの娘を皇族に嫁がせる。あるいは自らも皇族を目指す。

 大貴族達は、己の血と地位のために本気で動いていたからだ。


 特にプレンティヒ侯爵家などは、第一皇子の第二夫人として娘を嫁がせ、次代の皇妃を目指すつもりだったらしい。


 けれど――世界が不老不死となって以降、我々の居場所は固定された。

 皇族は皇族、貴族は貴族、平民は平民。

 無理にそれを壊して高い位置を目指しても意味はない、と誰もが気付いてしまったのだ。


「恨みも永遠、そねみも永遠、だからな」


 永遠の日常を居心地良く過ごす為に、最低限のことをしておけば十分。

 どうせ世界は何も変わらない――。

 その諦めにも似た確信が、長い年月の中で国全体の空気になっていた。


 元は、大貴族に派閥というものは無かった。

 第一皇子ケントニス殿下が明確な皇位継承権第一位であり、第三皇子ライオット殿下は臣下に降り、完全に継承権から外れていた為。


 ライオット殿下が一時、不老不死を得ず、そのまま死を選ぶのでは――とさえ思われていた時期もある。

 第一皇子殿下が『永遠に皇位を継ぐことのない第一皇子』であったとしても、この国の中枢を担う存在だと、多くが信じて疑わなかったのだ。


 それが二分されたのは、ライオット殿下が不老不死を得たこと。

 そして皇子妃ティラトリーツェ殿下が、積極的に味方を集め始めたことに端を発する。


 城を出て独立したライオット殿下は、国の実務を実質的に担うことになった。

 その補佐に興味を持つ者。

 あるいは単純に、ケントニス殿下やアドラクィーレ妃殿下の人格を厭う者。

 そうした者達が、お二人の元に集っている。


 何せ永遠に近い時間を共に生きるのだ。

 合わない人間との時間は――苦痛でしかない。


 そして今日。

 その『潮流』のどちらに己が乗るべきかを、私は改めて測るつもりでこの場に在った。


「今日は皆に、昼餐を用意した。秋の戦の後、正式に皇国に――全世界に広める本格的な『新しい食』のフルコースを存分に味わっていくといいだろう」


 自慢げにケントニス殿下が胸を張ると、サロンの中の大貴族達が騒めいた。

 皇国の新しい主力産業。人々を魅惑する『新しい味』『食』。

 だが大貴族でさえ、それを味わう機会はまだほとんど無い。


 穀物が実る肥沃な地を領地に持ち、ガルフの店へ材料を納めた南部の僅かな大貴族が、いくつかのレシピを手に入れただけ――。

 改めて調べ、探して解ったことだが、皇国は麦や小麦の栽培にあまり適していない地だったのだ。


 特に我がトランスヴァール領は皇国最北端。

 アルケディウスで海を持つ唯一の領地であり、不老不死以前から全くと言って良い程、穀物栽培に向いていなかった。


 かつては海産物や塩で収入を賄っていたが、不老不死以降はそれも途絶えている。

 真珠と、僅かな貝殻の加工品。

 他領地に勝るもののない貧しい我が領地。


 故に私は、情報を集め、慎重に見定めるべきだと思っている。

 新しい何かが動き始めたこの国で――我が領地が生き延びるにはどうしたら良いか、を。


 用意された『料理』が供され始めると、大貴族達からも声にならない声が上がった。


「これは……!」

「なんと……」


 最初に出された前菜、と呼ばれるものから既にそれは今までの宴席の常識とは違っていた。

 皿に載せられているのは、小さく焼かれた小麦のパン。

 その上に色とりどりの食材が乗せられ、まるで花のように整えられている。


「前菜はカナッペです。よろしければ手で掴んで召し上がって下さいませ」


 ケントニス殿下の横で、青い服を纏った少女が促すように微笑んだ。

 あれがゲシュマック商会の料理人で、皇族の気に入り――マリカという娘だろう。


 やっと手に入れた、と随分嬉しそうに殿下が語っていたことを思い出す。

 その言い方が、なぜだか少しだけ胸に引っ掛かった。


 私達は言われるまま、料理に手を伸ばした。

 物を手づかみで――しかも、こんなにわくわくとした気持ちで口に運ぶのは、どれほどぶりだろうか。


 さくっ、と。


 歯に当たった音が快感だった。

 身体のどこかが、眠りから覚めていくような感覚さえある。


「こ、これは……!」


 誰もが声にならない声を上げる。

 何をどう言えばいいのか、言葉が見つからない。


 硬めに焼かれた小麦のパンの香ばしさ。

 その上の肉の旨み。

 甘やかな卵。

 爽やかなエナの風味。

 濃厚な何かが、それらを一つにまとめ上げている。

 どれを取っても驚愕するしかない。


「もしお気に召されたら、美味しい、と評して頂ければ料理人達も喜ぶと存じます」

「美味しい……」


 零れた声に、少女は微笑む。

 ああ。これを『美味しい』と評するのか。


 私はやっと、その言葉の意味を本当の意味で理解できた気がした。

 ただ腹を満たすためのものでも、贅沢の記号でもない。

 舌が、心が、確かに納得する。

 これが『味わう』ということなのだ。


「薄切りにしたパンにバターを塗り、ハム、スクランブルエッグ、チーズとエナを乗せました」


 私は少女の説明を一言も聞き逃すまいと意識する。

 この少女と、この料理が世界を変える。

 それを、はっきりと確信できたからだ。


「次はパータトのサラダです。お好みで胡椒をかけてみてください」


 回された不思議な道具から、粗びきの胡椒が落ちてくる。

 言われるままにかけ、口に運ぶ。


 濃厚な味わいのソース。

 そこに絡められた、柔らかく甘みのある食材。

 ぴりりとした刺激が、甘さを惹き立てる。


 パータト。

 報告では、我が領地にも僅かにあるという。

 この味なら――もしかしたら再現可能ではないか。

 胸の奥で、小さな計算が始まる。


「続いてはコンソメスープです。鶏の骨と野菜を煮詰めて作ったものです」


 口に含んで、私は再び驚いた。

 今まで宴席で出されるスープといえば、野菜や肉をただ煮たもの。

 だがこれは違う。

 丁寧に手間が掛けられていると、一口で解る。

 油もほとんど浮いていない。

 純粋な素材の旨みが、静かに広がる。


「メインディッシュはハンバーグになりますが、今回は少し工夫を凝らしてみました」


 肉をそのまま焼くステーキだけではない。

 手間を掛け、味を引き出す。

 それが調理の神髄だと知らしめる――ハンバーグとベーコン焼きは、ゲシュマック商会の人気商品だという。


 特にハンバーグは皇子のみならず、皇王陛下もお気に入りであると聞いた。

 私は見るのも、食べるのも初めてだ。


 分厚い肉の塊が鉄板の上で音を立てている。

 じゅうじゅうと油が焼ける音。

 ごくり、と飲み込んだ唾の音が、やたらと大きく聞こえた。


 この胸の高鳴る期待感が、食欲というものなのだろうか。


「どうぞ。真ん中にナイフを入れて切ってみてください」


 鉄製の、使い心地の良さそうなナイフを手に取る。

 言われるまま、中央を切り開いた。


 ――と、どうだろう。

 茶色の肉の塊だと思っていたものの中から、白と黄色の美しい色合いが現れた。

 とろりと、黄色の液体が皿の上に零れ出る。


「これは?」


「ハンバーグの中にクロトリの半熟卵を入れました。

 中の黄身を肉やソースにまぶして食べてみてください」


 ソースはエナの実を煮詰めて作ったものだそうだ。

 口の中に広がる濃厚な肉の旨み。

 爽やかなソースに黄身が絡まると、言葉に出来ぬ豊かさが加わる。


 今まで料理というものは、無駄を楽しむステータスでしか無かった。

 だが、ここにきて考えを変えさせられる。


 味わうという事は、これほどまでに人に感動と、力を与えるものだったのか。

 そう思い知らされた気分だった。


「最後にデザートです。パウンドケーキに、甘みの少ないクッキーなどをご用意しました。

 暑い季節ですので、氷菓などいかがでしょうか?

 こちらはビールとワインのシャーベットでございます」


「ビール! あのビールか?」


「はい。ゲシュマック商会に与えられた分を特別に使いました。こちらは大聖都のワインです。

 対比をお楽しみいただければ……」


 酒を凍らせるなど、考えたことも無い。

 だが汗ばむ陽気に、その冷たさはまさしく天にも昇る味だった。


 一口、口に含むごとに幸せな甘さが広がる。

 微かな酒精に、ほのかな甘さ。

 爽やかな酸味。

 何もかもが柔らかく溶けていくようで、ただ幸福だ。


 パウンドケーキやクッキーも美味。

 これが『新しい味』か……。


「皇子、今日の食事は本当に素晴らしいものでございました!

 『新しい味』の素晴らしさを改めて実感いたしましたぞ」


「そうであろう。私もなかなかに驚いた」


「これはぜひ恒例にして頂きたい。

 そして叶うなら冬になるまでに、我が領地の料理人にもぜひ作り方を!」


 食事が終わると、昼餐の会場からサロンへ移動となった。

 茶が出され、つまみ用の糖菓が置かれ、給仕の娘は去って行く。


 大貴族達は皆、目を輝かせて皇子に話しかけ始めた。

 『新しい味』に夢中になり、なんとか殿下に好を繋ごうと必死の様子が見て取れる。


 だが、その喧噪に紛れ、私はこっそりとその場を離れることにした。


 扉を守る護衛士を言いくるめ、私は部屋の外に出る。


「どうなさったのですか?」


 側近がついてくる。

 皇子のサロンであるので本来、大貴族以外は入るを許されていない。

 今回は給仕役として一名のみ同行を許されたのだ。


「あの娘を追うぞ」


『新しい味』は素晴らしい。

 けれど、それを本気で手に入れようと思うなら、好を求める先は皇子ではない――。


 あの娘だ。


 殿下は労いの言葉一つも無いまま下がらせた。

 だが今なら、まだ追える。


 大貴族が簡単に平民の店の――しかも子どもに近付く事はできない。

 今がチャンスなのだ。


 おそらく厨房へ向かっただろう。

 廊下に出て、厨房への道を辿る途中で、私はカシャン、と不思議な音を聞いた。


 慌てて駆け出し、音がした廊下の向こうを見る。

 そして――想いもしないものを見つけることになる。


 倒れたカート。散らばった茶器。

 そして……倒れ伏した青い服の少女。


「おい! どうした? しっかりしろ!!」

「ご主人様?」

「グライヒ! ……皇子……いや、厨房に行って人を呼んで来い!」


 抱き支えながら、ごくり、と喉が鳴ったのを感じていた。

 腕の中にいるのは、青白い顔の娘。

 体温が低い。呼吸が浅い。


 ゲシュマック商会の――世界を変える、あの娘が……。

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