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王都 皇国のブラック経営者

 翌日、私はガルフと共に第一皇子の居住エリア、その謁見の間に招かれた。


 白を基調とした回廊はどこまでも静かで、足音がやけに大きく響く。

 豪奢で、磨き上げられ、そしてどこか冷たい。

 皇族の居住区とは、こういう場所なのだと改めて思わされる。


 程なくして、第一皇子ケントニス様が、皇子妃アドラクィーレ様と並んで姿を現した。


 私がケントニス様に直にお会いし会話するのは、これで三度目になる。

 大祭の宴会後、この国での食の事業について語られた時。

 そして、印刷物の許可を得るために正式に申し込んだ、あの謁見。


 皇王妃様主催の麦酒の報告会でもお姿を拝しているから、数えるなら三度目。

 けれど、こうして向き合う空気は、そのどれとも違っていた。


「妻の命令が聞けて、私の命令が聞けぬと言うか?」


 低く、苛立ちを隠そうともしない声。


「いえ、そうではございませんが。

 相手は子どもにございます。幾ばくかのご配慮を賜れませんでしょうか、と申し上げております」


 ガルフの声音は落ち着いていて、言葉選びも慎重だ。


 だが、私達の申し出に対して、ケントニス皇子は思った通り――いや、想像以上にあからさまな不快感を顔に浮かべた。


 皇子妃アドラクィーレ様は、扇で口元を隠したまま。

 視線すらこちらに向けない。

 助け舟を出す気は、最初から無いらしい。


 ……私に恩を売りたいなら、こういう場面で助けてくれればいいのに。


「マリカは、まだ十歳になったばかりでございます。

 五百年以上の時を生きてきた不老不死である我らからすれば、生まれたばかりの赤子も同然。

 知識はあっても、体力も能力もまだ十分とは言えません。か弱き子どもにございます」


 ガルフは続ける。


「木の曜日と風の曜日に王宮の料理人様方に料理を教え、水の曜日に皇子妃様のお茶会と給仕。

 火の曜日には皇子様と大貴族様方に恥ずかしくない昼餐の献立を考え、

 合間の時間は下ごしらえや準備、打ち合わせ。

 これは、いかに不老不死であろうとも、かなり厳しい日程かと存じます」


 説明は正確で、理屈も通っている。

 けれど――


「それくらい、当然だ」


 即座に切り捨てられた。


「誰しも休みなど無く働いている。

 子どもと言えど、給金を貰い仕事をするのだ。

 その程度の事で泣き言を言うなど、自覚が足りないのではないか?」


 取り付く島もない。


 転生前の職場を、嫌でも思い出す。


『給料が低くても、仕事を持ち帰っても、子どもの為に頑張るのが保育士でしょう?』


 そう言っていた上司の顔が、脳裏に浮かぶ。


 ……うわぁ。

 本気で引いた。


 働いて給料を貰う、なんてことを一度もしたことのない箱入り皇子が、そういう事を言うのか。


「まして皇族への奉仕だ。

 国を動かす皇族と大貴族に仕える名誉を与えるというのに。

 平伏し、感謝して承るのが当然であろう?」


 顎をしゃくり、当然のように言い放つその姿に、かつてのブラック上司が重なる。


 頭を下げながら、私は内心でイライラ、ムカムカ、キリキリ、ムカムカ。

 完璧に頭にきていた。


 今回の食の事業が始まるまで、ろくに仕事もせず、遊び暮らしていたと聞く相手だ。

 それで、この態度。


 給料や待遇ではなく、『名誉』や『やりがい』で人を動かそうとする。

 典型的なブラック企業の経営者だ。


 ちなみに私、皇子からお給料なんて一銭、じゃなかった銅貨一枚だって頂いていませんからね。


「大貴族達へ初めての本格的な食のプレゼンテーションだ。

 失敗すれば、私の顔を潰すことになる。

 ひいては食の事業にも、そなたらの店にも悪影響を齎すことになると解っているだろう?」


 脅しまで付けてくる。


 子どもや庶民相手に、平然と。

 大事なのは自分の面子。

 解りやすい。


 ……これで、遠慮なく決行できる。


「解りました」


 私は静かに答えた。


「甘えたことを申し上げましたこと、心よりお詫び申し上げます。

 全身全霊にて務めさせていただきます」


「マリカ」


 ガルフが心配そうに私を見る。

 けれど、これはもう話が通じない相手だ。


 言っても無駄。

 そう判断したから、私は頭を下げた。


 その様子を見て、皇子は満足そうに鼻を鳴らす。


「解れば良い。

 当日は男性九名の昼餐を用意せよ。

 メインはハンバーグが良いだろう。

 甘いものが得意ではない者もいる。デザートは甘さ控えめにせよ」


 ……ご自分の事ですね。


 心の中でそっと息を吐き、私は口答えせず内容を確認する。


「人数が多うございますので、給仕はそれぞれの側仕えの方にお願いしてもよろしいでしょうか。

 毒見は皇子様がなさいますか?」

「良いだろう。

 だが、私には其方が給仕しろ。

 大貴族達に料理を説明しながら、だ」

「かしこまりました」


 やはり、給仕込み。


 仕方がない。

 私を手に入れたことを誇示したいのだろう、とは予想していた。

 ……そして、丁度良くもある。


「今回の件が上手く行けば、大貴族達も料理に興味を持つ。

 材料探しにも精を出すだろう。

 今後の仕事にも重要な繋ぎとなり、この国に大きく貢献する。

 引き続き励め。下がれ」

「楽しみにしていますよ」

「はっ」


 一方的に話は打ち切られ、私達は追い出されるように部屋を辞した。


 扉が閉まる音を確認して、私とガルフは同時にため息をつく。

 周囲に人影が無いことを確かめてから、私は小さく呟いた。


「皇族って、本当はこういうのがデフォなのかな?」

「これが普通だとは、思いたくありませんな。

 ですが最初に第三皇子家の方々と出会えたのは、幸運だったのでしょう」

「ほんと。

 あの方達が王様にならないだけでも、不老不死って少しは役に立ったのかな、って思っちゃう」


 思わず零れた本音だった。

 ここまで予想通りだと、いっそ清々しい。


「ガルフ、いいよね」

「お望みのままに。

 ただ……十分にお気を付けください」


 ガルフは止めなかった。

 きっと、同じように怒ってくれているのだろう。


 私は振り返り、閉ざされた扉を見る。


 その向こうで、きっとほくそ笑んでいる二人の姿が、ありありと想像できた。


 仕事はやる。

 ちゃんと。


 でも――少し、頭は冷やして頂こう。


 これからの為にも。

 お互いの為にも。

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