王都 逆襲計画
ティラトリーツェ様の妊娠報告と、その場で放たれた明確な宣言に、居並ぶ者達は一様に言葉を失った。
一瞬、時が止まったかのような沈黙が広がる。
「な、何を言っているのです?
ティラトリーツェ。其方は、自分が何を言っているのか理解しているのですか?」
真っ先に我に返ったのは、アドラクィーレ様だった。
声を荒らげ、感情のままに捲し立てるその様子は、明らかに取り乱している。
けれど当のティラトリーツェ様は、そんな動揺など意にも介さぬ様子で、静かに背筋を伸ばしたまま微動だにしない。
「勿論、誰よりも良く存じております。
私は夫、ライオットとの子どもを産みます。
それが、貴族社会において数百年ぶりの事であろうとも——やり遂げると、既に夫とも話し合い、決めたことです」
揺るぎない声。
そこには迷いも、言い訳もない。
「今、三カ月前後、ということは……出産は真冬ね。夜の月の頃かしら」
「はい、皇王妃様。夜の一月の終わり頃から、二月にかけてになるのではないかと有識者に知らされております」
流石は皇王妃様だ。
即座に暦と季節を照らし合わせ、正確に出産時期を把握しておられる。
……考えてみれば当然か。
経産婦であり、二人の皇子を出産なさっている方なのだから。
「そうね。なら、主だった社交シーズンも終わっていますし、冬の最中は特別な行事も無い。
暫くはつわりなどで大変でしょうけれど、秋の戦や大祭の頃には、身体も落ち着くはず。
新年の祝祭までに出産が終われば、大きな問題は無いのではなくって?」
理性的で、現実的な判断。
それに続いて、ティラトリーツェ様もまた、既に先を見据えた言葉を重ねる。
「私も、預かっている仕事を疎かにするつもりはございません。
ただ、皇族の料理人達については、既に基本的な調理法は身に付いております。
今後は彼等が主導となって、新しいレシピを考案し、貴族へと広めていくことでしょう。
また、マリカも礼儀作法や各種対応が、随分と板について参りました。
これからは、この子に貴族対応や実務を教え、実践を積ませて行きたいと考えております」
二人の言葉は、どこまでも冷静で、建設的だった。
それとは対照的に——
「そんな事を言っているのではありません!!」
場の空気を叩き割るように、アドラクィーレ様が声を張り上げる。
「貴族、それも仮にも皇族が妊娠し、挙句の果てに出産するなど……恥ずかしいとは思わないのですか?
と、言っているのです!!
子など、愛欲に耽った挙句の醜い出来物。腫物と同じ。
仕事に差し支え、体形も崩れる。
今日のように体調を崩し、周囲に迷惑をかけることになると、以前にも言った筈ですが?
解らないのですか!」
……ふうん。
なるほど。
そう言って、ティラトリーツェ様の子どもを流産させたのか。
胸の奥で、冷たい怒りがじわりと滲む。
言い返したい言葉は幾つも浮かんだけれど、私が口を開くより早く——
「少し、お黙りなさい。アドラクィーレ」
優しく、けれど決して逆らえない声音が、場に降りた。
「こ、皇王妃……様?」
例えるなら——蛇に睨まれた蛙。
そんな表現が浮かぶほど、アドラクィーレ様は言葉を失っていた。
正直、少し溜飲が下がる。
「不老不死の時代になってから嫁いできた其方達が、この時代の価値観に染まっていることは否定しません。
けれど本来、子どもを産み、育てるということは、決して蔑まれる行為ではないのです。
其方達も、皇子達も——皆、女の腹に宿り、育てられて生まれてきたのですから」
「……あ。そ、それは……」
やはり。
私達の目に狂いはなかった。
本当に頼りになるのは、皇王妃様だ。
実際に子を産み、育ててきた女性の言葉には、揺るぎない説得力がある。
「アドラクィーレ。
其方が、かつてティラトリーツェが宿した子の流産に関わっていたことは、聞いています。
あの頃も、やり過ぎだと思いました。
妊娠に纏わる、利点や難点、利益、不利益を理解した上で、ティラトリーツェが出産を決意したというのであれば……今度は、邪魔することを許しませんよ」
ゾクリ、と背筋が冷える。
目に見えぬ皇王妃様の怒りと意思に、アドラクィーレ様はもはや返す言葉を持たない。
「メ、メリーディエーラ?」
「私、今回の件に関しては中立とさせて頂きます。
マリカには色々と借りもございますし。
それに……子ども、というものにも、少々興味が湧きました。
自ら産もうとは思いませんが、退屈を凌いでくれそうですもの」
味方を求めて視線を彷徨わせたアドラクィーレ様だったが、思惑を察したのか、メリーディーラ様は軽やかに微笑み、距離を取る。
……敵にならないだけでも、十分ありがたい。
「そ、そうです。マリカ!」
孤立を悟り、アドラクィーレ様は私に目を向けた。
「何か、御用でしょうか? アドラクィーレ様」
「其方の保護者たるティラトリーツェは、妊娠したとなれば、我が子を優先するでしょう。
指導は続けると言っても、ままならぬことも多くなる筈。
私が、其方の後見を引き受けましょう」
「それは、ありがたいことでございます。
アドラクィーレ様」
私の背後に立ち、肩へと確かな手を置きながら、代わりに応じるティラトリーツェ様。
「おっしゃる通り、私一人では、マリカの後見に手が届かぬ部分も増えるでしょう。
この国きっての貴婦人であるアドラクィーレ様が後見を下さるのなら、私も安心です」
……ここが、肝心なところ。
「今後、調理実習も、先程申し上げた通り、基本的なことは伝え終えておりますので、週一回程にさせて頂ければと存じます。
場所も王宮にて、それぞれの工夫と応用を重視する形で。
今後は、この子に貴族対応や実務を教え、実践を積ませて行きたいと考えております。
それで、いかがでございましょうか?
当面の間、調理実習とマリカの指導。
そして、大貴族の料理人に新しい料理を伝える仕切りを、アドラクィーレ様にお願いできないでしょうか?
何より……私、つわりで小麦の匂いに吐き気を覚えてしまうのです。
暫く、調理実習の仕切りが務められそうにございません」
一瞬、不安げに揺れていたアドラクィーレ様の表情が、ぱっと明るくなる。
……解りやすい。
この方、女性派閥の頂点に立ち、常に陰謀を仕掛ける側だからこそ、仕掛けられることには慣れていないのだろう。
「良いでしょう。
マリカは、私が預かり指導いたします。
其方は、自分の子に専念なさい」
「御厚情、感謝申し上げます。
マリカ。アドラクィーレ様にご挨拶を」
喜悦の笑みを浮かべるアドラクィーレ様の前へ、ティラトリーツェ様は私をそっと押し出す。
私は静かに跪き、深く頭を下げた。
「どうぞ、よろしくお願いいたします。
アドラクィーレ様」
「この国の為、皇家の為、精進なさい。マリカ」
——とりあえず、成功。
第一段階、開始。
さあ。
ここからが、本当の始まりだ。
アドラクィーレ様を押さえ、生まれてくる子どもを守る。
私達の逆襲の——。




